追放された無骨な剣士の生き方
やはり奴らは俺が邪魔だったのだ。つまり俺は、
―ー追放された。
今しがた俺は所属するパーティのメンバー4人から追放を言い渡された。いつも通り頑丈な鎧と相棒の剣を身につけて、日の出に合わせてパーティの宿舎に入った、矢先だった。メンバーのバランスが悪いだとか、俺とは方針が合わないなどと理由をつけた。
奴らは、顔だけは申し訳なさそうにして見せる。お前なら他でもやっていけるなどと励ましたりする。吐き気がするほど不快な光景だった。俺は一人一人と目を合わせて皆が本気だという事を確認してから、「わかった」とだけ言って去って来た。
宿舎のドアを開け出て、ドアを閉める。一息吐いてから、ドアの取っ手を離した。帰る道を踏みだす。朝の日の光が煩わしくて、眉の上に手を当てて伏し目がちに歩いた。
パーティの居心地は悪くなかった。だが残してくれと懇願しようとは思わない。そこまでして、要らないと言われたメンバー達と一緒にやっていく気などしない。それに意地もある。実力は俺の方が上だ。
そう意地を張ってみても、落胆はする。パーティのために、メンバー達のために命を削ってきた。俺にしかできない貢献もした。だが奴らにとってそれは、要らなかったし、むしろ邪魔だったのだ。
確かにそれは俺の意思でやってきた事だった。頼まれた以上の事をしてきた。それが気に食わなかったのだ。奴らが欲しているのはパーティの実績の最大化ではないし、ましてや未踏の地を旅する浪漫でもない。パーティやギルドの内での自身の地位なのだ。後から入った俺が彼らの地位を、脅かしたのだ。
不満や怒りが一瞬よぎる。だが、そのはけ口など無いことはすぐに悟られる。どうしようもないのだ。はけ口のない感情は霧散するしかない。すると最後には、虚しいになる。
これまで全身全霊をかけてやってきたことが、他人には邪魔だった。それは俺が抱いた冒険者としての理想の否定になる。俺を突き動かす根源の否定なのだ。全てが無意味に感じる。胸の内がすかすかになる。虚しいのだ。
その日以来、俺はずっと虚しいまま、荒れた部屋でただ寝て起きてを繰り返した。虚しいは体が活動する気力を奪う、食事の味すらも奪う。生きてる事に疑念が浮かぶことすらある。
虚しいから救ってくれたのは、結局、剣だった。剣を振り続けていれば、虚しかった心が満たされていく。振る度に、血がめぐり肉が力を取り戻すようだった。何の装飾もない無骨な鉄の剣だ。俺にはこれが馴染む。初めての攻略報酬を使って、ずっと世話になっている鍛冶職人に打たせたものだ。
何度も振った。一日中、何日も剣を振り続けた。俺はようやく生き方を思い出した。こうやって生きるしか方法が無いのだ。
気力が蘇ってくると戦士の本能がうずく。俺は剣を背中に差してダンジョンに向かった。それは街を離れた山のふもとにある。入り口は巨大な岩に囲われている。5人のパーティでも苦戦したダンジョンだ。一人で入るなど無謀だと分かっている。強敵との力比べだけじゃない、背後から不意を突かれるか罠に嵌れば、なすすべなく死ぬ。中からは冷たい空気と邪気が溢れてくる。恐怖に心臓を締め付けられる。だが身動きを押さえつける恐怖ではない。むしろ恐怖に導かれて、俺はダンジョンの中へと引きずり込まれていく。
中に入ると、魔物のうめき声や、男や女の悲鳴が響いてくる。爆発音や衝突音とその振動がやむことはない。ダンジョン内は薄暗い。壁に埋まった一部の石が淡く青白い光を発しているのが頼りだ。俺は気配を探りながら奥へと進む。
バタバタッと視界の端でコウモリが飛んだ。首を上げてコウモリに目をやった時だ。
―ー後ろだ。
俺は体を背後に向き返り、一歩踏み出しながら、最短の動作で剣を振り下ろす。ガキンと敵の硬い体表に弾かれ、俺は後方に飛んで距離を取る。
全身紫色の鱗で覆われた大きなトカゲの化物だった。二足で立っており俺よりも背が高い。前に突き出た長い口から舌を垂らし、よだれがこぼれ落ちる。細長い瞳孔で俺を威嚇してきやがる。――気色の悪い化物だ。
半端に剣を振れば、さっきの様に硬い鱗に弾かれる。だから、地面を蹴って側面の壁に向かって飛ぶ。膝を折って壁にかがむようにして足に勢いを貯める。そして剣先をトカゲに向けて一直線に、壁から飛び出した。トカゲがこちらを振り向いた時にはもう、俺の剣先はやつの脇腹の前だ。飛び込む勢いに加えるよう腕を伸ばし剣先を押し出す。キンと鋭い接触音を立てた後、ぐちゃりと鈍い肉の音が響く。
完璧に貫いた。
シュウウという音を立てて、トカゲの化物の体が煙に変わっていき、やがて跡形もなく消え去った。
しばらく実戦から離れいたわりには悪くない戦いだった。判断力は以前より鈍ったかもしれない、だが力と技の切れは増している。やれそうだ。俺は静かにうなずく。
俺は何度か接敵しながらダンジョンの奥へと進んだ。以前よりも敵の強さが上がっているようだった。俺のスピードについて来る敵や渾身の一振りを受け止める敵もいた。探索が進むとダンジョン全体の強度が上がる事がある。地面には折れ曲がった短剣が転がっている。敗れ散った冒険者の物だろうか。
主部屋の大きな扉の前に辿り着いた。奥には階層の主となる強力な敵がいる。ここまでの敵の強さから言って、きっとこの先の主は相当に手強いはずだ。負けるかもしれない。甘い覚悟で扉を開ければ、即刻に殺される。弱い方が死ぬ。
現実に死を意識してみると、見ぬふりをしていた疑問と向き合う事になる。
俺は今何を求めてダンジョンを進んでいるのか。
冒険者としての栄光や夢などという明るい希望ではない、ましてや食うための銭が欲しい訳ではない。――なら死にたいのか。死んでもいいと思っているのかもしれない。ただ、死ぬだけだったら別の方法があるだろう。かといって是が非でも生きたい訳もない。確信できるのは扉の向こうの敵を倒したくて仕方がないという衝動だった。
必ず勝つと確信して、俺は主部屋の扉を豪快に開いた。
俺が部屋に入るなり、敵は荒々しく吠え叫びながら、牙が向き出たその大きな口から火炎を浴びせてきた。俺は咄嗟に横に大きく飛んで避ける。そいつも即座に四足で飛び上がり、俺を追いかける。
迫り来るのは、白い体毛に黒い縞模様がある大きなトラだ。
前足を猛然とはたきつけてくる。ガンと剣でトラの鋭い爪を受けながら、また横に飛び上がって逃げる。
防戦一方だった。避けて受け流すのに精一杯で、反撃の隙が与えられなかった。ただ、致命傷をくうこともなかった。このまま体力勝負になれば、勝機はある。
そう考えた時だった。俺の一振りでトラの前足をはじき返す事ができた。傷付ける事は出来なかったが、攻め手の可能性を見出した。
しかしそれがまずかった。トラを本気にさせた。
トラは動きを変え、後ろに大きく飛ぶ。着地すると大きく息を吸って、目一杯に咆哮を浴びせた。後退したトラを追いかけようと動き出した俺は、その強烈な咆哮の威圧を受けて、その場に釘付けにされてしまった。
咆哮を終えたトラは体全体に電光を帯びていた。口を大きく開き、喉から激しい光が発せられる。俺は咆哮の残響からまだ動けないでいた。トラの口の中に光が集まる。極限まで集まった光が口から漏れ出て、後光のように周囲に放射された時、トラは前のめりになって、ついにそれを吐き出し、放った。
俺が動きを取り戻した時、俺は己の全霊を剣に込め、向かってくる光の束に渾身の力で、振り下ろした。トラの光線と俺の剣がぶつかる。
ドンと衝撃が周囲に広がる。――圧される。剣の刃が溶け始める。歯が砕けるほど噛みしめる。
―ーまだ諦めてはいない、だが数舜の後に死があるのだと悟っている。また圧される。剣を握る手の骨が悲鳴を上げる。死ぬまで剣だけは離さない。
俺は目の前の強烈な光に、次第に魅入られていく。神々しくて禍々しくて濃艶ですらあった。
俺が死を確信した瞬間、扉が開く音がした。
「ゴウ!死ぬな!」
死に際に一番憎たらしい奴の声が聞こえた。ゴウは俺の名だ。死ぬなはいくらパーティのリーダーでも無理な命令だな。
目を覚ましたのは治療院のベッドの上だった。
どうやら生きて帰ってきたらしい。記憶をたどる。死闘が脳裏によみがえる。「死ぬな」と言った声がする。一番助けられたくない奴に助けられたのだろうか。
「ゴウ、目覚めたようだな」
こいつは俺を追放したパーティのリーダーだ。キースという名の魔法も使える万能型の剣士だ。
「俺を助けたのか?」
「そうだ。ゴウが1人でダンジョンに入るのを見たって話を聞いて、俺達のパーティで後を追ったんだ」
「…………」
「どうせ、助けてなんか欲しく無かったと思ってるんだろ?」
「…………」
俺はキースに答えずに、彼から目をそらした。
「わかってる。俺が勝手にやったことだ。お前は相変わらず生意気だよ」
キースは溜息をついて、言葉を続ける。
「罪滅ぼしってわけでもないんだが。お前はこの街にとって有望な剣士だし、それに大事な仲間だった。義理が無けりゃ、冒険者はやれないだろ」
「……ふん。礼は言わねえが、文句も言わねえよ。貴様が勝手にした事だ」
俺はそっけない口調でキースに答えた。
「それで十分だよ。恨んでくれても構わない。……それじゃあ、ゆっくり休んでくれ」
キースはそう言って立ち上がり、背中を向けて雑に手を振りながら部屋から出ていった。
俺はキースに気を許すことはできなかった。そして今更言いたい事も無かった。ただ、あいつがわざわざ俺を助けに来た事は意外だった。
俺の思考は、生き残ってしまった事に向く。自分で挑んだ戦いに敗れたのだから死ぬべきだったのではないかと。あの主部屋を開けるときは、限界まで剣を振って、負けて死にたいとすら思っていたのだろう。
ガチャとドアが開く。入って来たのはリアナだ。長くて明るい緑色の髪だからすぐに分かる。
彼女は俺を追放した1人だ。
「キースから目が覚めたと聞いて来たの。無事でよかったわ」
「今日は一人一人とご対面することになるのか?」
俺は冗談ぽく言った。彼女はくすっと笑って受け流した。
「みんな心配したのよ、あなたが1人でダンジョンに入ったって聞いて」
「余計な事だよ。……ただ、体を張ってくれた事は、確かだ。そこは一応感謝しとく」
「素直じゃないわね」
俺はふんと笑って返すと、リアナもふきだすように、ふふっと笑った。
俺たちは、互いに思い合っている。互いの気持ちを確かめ合った事は無いが、通じ合っている。関係が進まなかったのは、俺が剣に執心だった事と、俺が素直じゃなかったからだ。
「ゴウ。あなたは、人を頼るのが下手なのよ。助けを求めることも大事なことよ」
リアナには何度も似たようなことを言われている。俺は深く考えずに答える。
「きっと楽なんだろ、一人でやる方がさ」
リアナは諦めたような、もしくは哀れむように苦笑いをする。
「そういうところも嫌いじゃないけどね。でも……」
リアナは少しためてから、真面目な表情で言う。
「生きてね」
「……分かったよ」
リアナは、最後は明るい笑顔をつくって「それじゃあ」と言って部屋から出ていった。
俺はこれからの事を考えながら、傷の回復を待った。
治療院を退院した日、俺はリアナをたずねた。彼女は「待ってたわ」と心安く俺を迎えた。
俺はあれから考えた事を彼女にぶつける。
「リアナ。俺は君たちが俺を追放した事に納得もしていないし、まだ君たちを憎んでもいる」
「――きっとそれでいいの。おかしくないわ」
「ただ、向き不向きというのも有るんじゃないかと思うようになったんだ。これから、パーティは組まずに、街を出て旅をしようと思うんだ」
リアナは深くうなずいてから、言葉を返す。
「それがいいと思うわ。応援してあげる」
「……」
俺は少し言葉につまった。ただ、言おうと決めてきた言葉がある。
「リアナお願いがある。一緒について来てくれないか?もしくは、導いてくれないか?」
俺は、彼女の反応を確かめながら息を吸ってから、言葉を続けた。
「助けて欲しんだ。……俺は他人に合わせられるほど器用じゃない上に、きっと1人で生きれるほど強くもないんだ。……お願いだから、俺を助けてほしい」
彼女は返答を考えるように、うつむいた。
俺は「頼む」と言って頭を下げた。
それを見た彼女は難しい顔を崩して、色っぽく笑った。
「いいわよ、一緒に行ってあげる。ずいぶん素直ね」
彼女は嬉しそうに、ふふっと笑う。
俺もほっと安心して、ほほが緩む。
その瞬間、追放された時の虚かった胸の内が、一杯に満たされていた。
<了> 蜜柑プラム