4-11 親友の婚約者をダンジョンでわからせる(注:寝取りじゃないよ)
ダンジョン受付では女子に先を譲ったカイト達……しかし実態は真逆。
それを悟られないようにしていたドレイクだったが、リリーナ達がダンジョンに入ったのを確認すると、笑いをこらえることができなかった。
「ふふふ……はーはっはっは!我がフィアンセはなんて純真無垢で可愛らしいんだ!そして我が親友はなんと策士で恐ろしく!頼もしく!ああ!もはや美しい!まさか召喚獣だけ先に潜り込ませるなんて!」
「人聞き悪いこというなよ。そもそも5対3で不利なのに、メタルリザード狩りなんて俺に不向きな勝負を持ち掛けきたんだから、これくらいセーフだろ。まあ、向こうは気付いてないかも知れないけどセリアさんもメタルリザードに逃げられるレベルなんだけどね」
全く悪びれる様子のないカイトの作戦は割とシンプルだった。カイトとカイトの召喚獣は強すぎてメタルリザードが逃げ出してしまう……それを逆手にとって、先に潜り込ませた召喚獣にメタルリザードを威圧させることで一か所に集めて一網打尽にする追い込み漁。カイトはリューネの性格を熟知していたので、正攻法をとって必ず3階層の屑石廃棄場でメタルリザードを狩ることを見越して、真っ先にそこに召喚獣を向かわせ別のフロアに追い立てていた。
そんなグレーなことをするカイトとそれに賛同したドレイクにパチョレックは驚いていた。
「こんな事をしなくてもカイ君なら他のやりかたでも勝てただろうに……それにドレイク君も正々堂々とか言うと思ったけど意外だよ」
「パッチョの言う通り本当はこんなにムキになる必要はないけど、これはリリーナさんのための教育……セリアさん風に言えば『わからせ』が必要だと思ったんだ」
「ええ?わからせ?Sクラスの優等生なのに?」
「ああ、むしろそれがダメなんだろうな。ダンジョンやモンスターを甘く見てるし、一番良くないのはダンジョン内で安易に競争をしようとする事……ビッケスさんに注意されたのはそういう精神面だから、徹底的に鼻っ柱を折ってやらないといつか大怪我……いや、早死にするタイプだな」
そんなカイトの考えにドレイクも大きく頷いていた。
「カイトの言う通りさ!リリーナはいい子なんだ!本当は優しく!正義感が強い!しかし……ああ……貴族的なプライドと思考が結びついて視野が狭い!そんな愛しのフィアンセに救済を!カイトのわからせが必要なのさ!それに明確なスタートの合図があるわけでもないのだから、召喚獣を先行させる事は卑怯ではない……むしろ立派な戦略なのさ!はーはっはっは!」
「そ、そうなんだ……そういう事なら僕も全力で頑張るよ」
こうして三人の気持ちが一つになってダンジョンに突入――
気持ちを引き締めたパチョレックだったが、初めてのダンジョンの美しさに目を輝かせていた。
「わあ、クリスタルホールっていうだけあって本当にあちこちに綺麗な鉱石が……」
「龍脈の影響で結晶や鉱石が次々に湧いて出てくる人気ダンジョンだからな。これの採集とその護衛をする冒険者がほとんどだから、わざわざモンスターを狩ろうとするのなんて俺達くらいだろう……お、噂をすればカッターバットだ」
カイトは向かってくるコウモリに気付いたが手を出そうとしない……これはあくまでドレイクとパチョレックのために予行演習。それにまだ一階層ということもありモンスターが少なく一匹のカッターバットが向かってくるだけなので、槍を構えて颯爽と躍り出たドレイクに任せることにした。
「ははは、私の栄えある最初のモンスター退治は漆黒の黒き刃……悪くない……はあ!」
ドレイクは軽口を叩きながらも、集中してコウモリの胴体を槍で串刺しに――そんな親友にカイトはワンポイントアドバイス。
「やっぱドレイクの槍捌きは見事だな……でも、ダンジョン内だと場所によっては槍は取り回しが難しいから柄の長さを調整できるようにした方がいいな」
「なるほど……S級冒険者の金言は心に響く……もっと!僕がより美しくなるようにもっと助言を!」
「そうだな……一対一なら今のやりかたで問題ないが、相手が複数だとうかつに突きは使えない……それじゃあ、せっかくだからパッチョとコンビ魔法を使ってみよう」
こうして下の階層に行くと天井に沢山張り付いているカッターバットの群れを発見――他の冒険者パーティーが近づけず立ち往生しているので、コンビ魔法の的に決定する。
「ドレイクは雷属性でパッチョは水属性と相性がいい……じゃあ、さっき言った通りにやってみてくれ」
ドレイクとパチョレックは同時に頷いて目を合わせると、先に魔法を仕掛けたのはパチョレックだった。
「ふー……苦手な水魔法だけど威力よりも精度を……いけ『ウォーターボール』」
パチョレックの魔法の腕そのものは確かなのだが、水魔法……とくに放出するタイプの魔法が苦手で、彼のウォーターボールそのものには殺傷力は無かった。
しかし、その水の球にドレイクが電気魔法を上乗せすることで殺傷力は跳ね上がる。
「見事だパッキー!その美しい水球と私の雷が加わって一つに……『エレキアロー』」
こうして電気を帯びた水球がカッターバットの群れを一網打尽――その天井一帯は強力な電流とその範囲を広げる水によってシュワシュワと湯気を出して、カッターバットは一たまりもなくボトボトと落ちてくる。単体では弱くても群れで襲い掛かってくると脅威となるカッターバットには魔法による範囲攻撃が有効だった。
「やった。僕の未熟なウォーターボールが役に立ったよ」
「パッチョは放出系の魔法の射出スピードがないだけで、繊細なコントロールはピカイチだから自信持てよ」
「う、うん……それにメタルリザードは僕がやるんだよね……」
「ああ、お前ならできるさ」
カイトは元気づけるためにパチョレックの頭をポンポン……そのやり取りをドレイクは満足そうに腕を組んで眺めていたが、他の冒険者には兄妹か恋人と勘違いされていた。
こんな感じでドレイクの槍と二人の魔法で順調に進んで最下層に到達――
そこには先客が……カイトが先行させた闇属性の犬の召喚獣ポチと光属性の虎の召喚獣タマがお出迎え。
「ワウワウッ」
「グルニャア」
そんな二匹をカイトは褒めるようにモフりながらダンジョンの壁にある大きく深い亀裂に目をやった。
「よしよし、よくやった。それじゃあパッチョ……準備はいいか?」
「うん……あの中にメタルリザードがたくさんいるんだね」
「ああ、危険を察知すると物陰に隠れる習性があるからな。おまけに硬くて魔法も弾く金属の鱗に覆われてるから、危険度は低い割に討伐が難しいモンスターだけど、パッチョの水魔法……いや氷魔法は効果抜群だ。頑張れ」
パチョレックはカイトの解説と激励を聞いて、静かに闘志を燃やしながら魔力を練り上げる。
「カイ君と練習した氷魔法……よし、『アブソリュートゼロ』」
パチョレックは強烈な冷気を発生させて亀裂内のメタルリザードを氷漬けに……いくら魔法に耐性があっても、氷漬けにされて体温を奪われると変温動物であるトカゲはイチコロだった。
その光景にドレイクは惜しみない拍手を送っていた。
「素晴らしい!美しい!氷結の黒魔導士の誕生だ!ああ!なんて甘美な響き!そして可憐なパッキーがあんなに無慈悲で残酷な冷気を……カイト……私が言うのもなんだが、どうしてパッキーはあの魔力でBクラスなのだ?平民とはいえAクラスで問題ないと私は思うが……」
「パッチョが水魔法を使えるようになったのは最近……と言っても初歩のウォーターボールの威力は水鉄砲レベルなんだけどな」
「信じられない……あの氷魔法の威力は間違いなく学年トップクラス……しかし、そんなパッキーがBクラスというのも美しい」
ドレイクがそういう感想を抱くのは無理もないがパチョレックの魔法は少しピーキーな性能をしていた。もっとも基本となる手元で水を生成して、それを射出するという事は苦手だったが、氷魔法に特化して、さらに射出よりも座標指定型の魔法が得意……それに気が付いたカイトのアドバイスを受けた練習の成果がこの『アブソリュートゼロ』だった。
こうしてダンジョン内のメタルリザードをほとんど狩ったカイト達は、それを積み上げてリリーナ達が来るのを待ち構えると、ちょうどのタイミングで合流――
明らかにメタルリザードを一匹も狩れず意気消沈している女子グループを見ると、カイトは少しやりすぎたと反省しながら、
「お疲れ様……そして、ごめんね。ちょっとやりすぎちゃって、俺達でメタルリザードを狩りつくしちゃった……てへ♪」
そんなカイトの後ろに氷漬けのメタルリザードが山積みにされている光景を目の当たりにしたリリーナは膝から崩れ落ちてしまった。
「そんな……こんなの認められませんわ……私はパーティー内最弱で……おまけにメタルリザードを狩るどころか見つけることもできず……ドレイク様と変態と平民のパーティーに完全敗北だなんて……」
完全にプライドを砕かれたリリーナ……その姿が会ったばかりの頃のリューネと被ったカイトはアドバイスを送った。
「あ~……リリーナさん……こうして話すのはほとんど初めてだけどハッキリ言わせてもらうね。今のままダンジョンやモンスターに関わると危ない……というより死ぬ……いや、それならマシかな?」
「死ぬのがマシ?それはどういう……」
「自分のプライドを優先して周りを危険にするってことだよ。そうしたら今みたいに悔しがるだけでは済まなくなる」
そこまで言われたリリーナは意外とすんなりとカイトの忠告を受け入れる――貴族のプライドさえ取っ払えば根は素直で聡明だった。
「はい……カイトさんの言う通りですわ。冒険者ギルドでの一言で冷静さを失って皆さんを巻き込んで……私は自分の今の実力を……無力さをわからされました」
その反省した姿を見たカイトは一安心するのと同時にビッケスの言う通りこういう教育のためにモンスター討伐演習コースがあるのだと理解できた。
「で、俺から言いたい事は以上だけど……ドレイク、罰ゲームは決めた」
「ああ、もちろんさ……それは……」
負ける事を考えていなかったリリーナはゴクリと唾を飲んだが、ドレイクは優しい微笑をたたえていた。
「リリーナ……今度、僕と二人でデートしよう。自分の事にかまけてフィアンセである君との時間を……ああ!君が罰を受けるなら僕が引き受ける!そして僕の幸せは君に!そのためにもっと互いの事を理解し合う時間をつくろう!」
「はい!ドレイク様!」
突発的に勝負していたのが嘘みたいにラブラブしはじめる二人……それを見たカイトは気が抜けてため息をついていると、彼の周りにわからせシスターズが……彼女達は顔を紅潮させながら包囲網を狭めてくる。
そしてセリアが正妻として代表になって、
「カイト君♡私達にも罰ゲームを♡敗者にお仕置きを♡わからせをお恵みください♡」
「ああもう……そんなことするためにダンジョンに来たわけじゃないのに……」
こうしてカイトの企画したダンジョン予行演習はセリアのわからせ実習に乗っ取られてしまった。