4-9 ※リリーナ視点 侯爵令嬢の惨めな冒険者デビューと仲間による無自覚わからせ
私はリリーナ・パーマストン。名門パーマストン侯爵家の才色兼備の完璧令嬢ですわ。そんな私はクラスメイトと付き添いの先生と共にC級ダンジョン『クリスタルホール』で婚約者であるドレイク様のいる『わからせ組』と勝負をする事になりました。
それにあたってライバルであるリューネさんが気を使ってくださいました。
『リリーナ、今回のパーティーの指揮はあんたがとりなさい。あんたが言い出した勝負なんだから、そうしないと納得できないでしょ?』
流石は我がライバルですわ!私の心情を汲み取ってくださいました。本音は初めてのダンジョンとモンスターとの戦闘で不安ですが、リーダーになったからには弱音を吐くわけにはまいりません。
「おーほっほっほ!お任せください!必ずや私の完璧な指揮でドレイク様達に勝利してみせますわ!」
少し強がっていることは否定できませんが、それでも自信がありました……その理由は二つございます。
一つは、私が今日の予行演習にあたってクリスタルホールの地図などの情報を完璧に予習していることですわ。本当はドレイク様にカッコイイ所を見ていただくはずでしたのに……いえ、今のドレイク様は敵!最下層への道順とメタルリザードの出現ポイントを完全に把握しているので、私は最善のプランがあります……それでドレイク様達を出し抜いてみせますわ!
そしてもう一つがパーティーメンバーです。はっきり申しまして、女子限定でしたら現在のランベルク学園で最強の面子が揃ったと言っても過言ではありません。私のライバル……いえ……悔しいですが、最近絶好調で名実ともに学年№1の魔法剣士リューネさん。その妹で王国史上最高の聖女になると噂されているヒーラーのセリアさん。それに加えて、元問題児でしたが現在はカイトさんの指導でメキメキと頭角を現している召喚士のフェリスさん。さらに元A級冒険者のパレット先生まで保護者として随行してくださっているのです。向こうにはS級冒険者のカイトさんがいたとしても、このメンバーを私が完璧に指揮すれば負ける道理などありませんわ!
それですのにドレイク様ったら、ダンジョンの入り口で余裕ぶっております。
『はーはっはっは、もちろんレディファースト。お先にどうぞ』
ダンジョンの受付の順番を先に譲ってくださいました。本来ならば嬉しいのですが、舐められた気分で私の闘争心に火が……先にメタルリザードを狩りつくしてあげますわ!
そんな私の甘い考えは早々に打ち砕かれることになりました。
『……メタルリザード……いないわね……』
リューネさんが一生懸命探していますがメタルリザードの姿どころか尻尾の先っぽも見つかりません……おかしいですわ……こんなはずでは……クリスタルホールは鉱物資源が豊富な全部で10階層の中型のダンジョン……その3階層にある他の冒険者が寄り付かない屑石廃棄エリアにメタルリザードが一番多く分布しているので、ドレイク様達より先に駆け付けたのですが……これではリーダーの面目丸つぶれですわ!
「メタルリザードさん!出てきてくださいませえええ!」
『ちょっ!馬鹿!大きい声出すと……ああ!やっぱり……』
あうぅ……リューネさんに叱られてしまいましたが、それも無理はありません。ダンジョン内で大声は厳禁。私の絶叫に反応した大きなコウモリ――カッターバットが襲い掛かってきました。これは私の責任……パーティーリーダーとして責務を果たす時ですわ!
「皆さん下がってくださいませ!ここは私にお任せを!」
私は自慢のサーベルを抜いて初めてのモンスターとの戦闘……ですが心配ご無用!カッターバットは鋭い翼以外は大きいだけのコウモリ……私の敵ではありませんわ。
「我が魔法にひれ伏すのです!逆巻け『スパイラルゲイル』」
私の得意の風属性の小さな竜巻はカッターバットに直撃しました。これで致命傷にならなくともダメージは十分。そのまま逃げるのならば見逃してあげますわ……そんな楽観的な私にリューネさんが後ろから注意してくださいました。
『リリーナ!まだよ!油断しちゃダメ!』
言われなくともわかっておりますわ!そう言おうとしたら、私の肩をカッターバットの翼が掠めていきました……くう!不覚ですわ!カッターバットは一匹ではありませんでした。うす暗いダンジョンの天井には大量のカッターバット……お、落ち着いて対処すれば……私は学年トップの……名門貴族の……その私を上から見下ろすなんて不敬ですわ……ああ……そんなのモンスターには関係ないのですね……私は恐ろしくて体が震えていました。
そんな私を見かねたリューネさんが私の隣に来てくれました。
『初めてのダンジョンとモンスターで緊張するのは当たり前なんだから、もっと周りを頼りなさい。ほらっ、指示を出すのよ』
「あ、その……ええっと……」
ああ……なんて情けないのでしょう……震えて声も出せない姿も哀れですが……もっとひどいのはその内側……こんな醜態をドレイク様に見られなくてよかったなんて考えている自分が嫌になってしまいます……私はリーダー失格……それを認めなければなりませんわ……
「りゅ、リューネさん……私の代わりに指揮をお願いします」
『……わかったわ。とにかくリリーナは自分の身を守ることに専念して』
私はコクコクと頷きました。もうリューネさんを軽々しくライバルだなんて呼べませんわね。そう思うほど……いえ、わからされるほどの見事な指揮と魔法でした。
『フェリスはアゲハでコウモリの群れを痺れさせて!セリアはリリーナとフェリスを守りながらヒールの準備!パレット先生は後方から別のモンスターが来ないように結界を!』
皆さんはリューネさんの指示通りに動くと戦闘はすぐに終わりました。パレット先生が後方をバリアで遮断したことで前方の敵に集中して、ヒーラーのセリアさんが中央でいつでも回復ができる場所に控えると反撃開始――フェリスさんが大きな蝶を召喚して鱗粉を散布するとカッターバット達の動きが鈍くなり、それをリューネさんが的確にファイアボールを打ち込む事で殲滅――負け惜しみをいうわけではありませんが、カッターバット単体の戦闘力は大したことはありません。落ち着いて対処すれば私にも……それが難しい事をわからされたから指揮権をリューネさんに移譲したわけですけど……違和感が……
「あの……皆さん……少し強すぎではありませんか?」
『『『『え?』』』』
四人ともポカンとした顔で私の顔を見ていますが……あら?私がおかしいのでしょうか?パレット先生が強いのは理解できますわ。元A級冒険者ですし……でもリューネさんも最近絶好調だとは思いましたが明らかに基礎から強くなってますし、フェリスさんの召喚獣も大量のカッターバットを痺れさせるなんて……そしてセリアさんが明らかに異常ですわ。回復魔法の天才ということは知ってますが、佇まいとオーラは武闘家のそのもの……今の戦闘では何もしていませんでしたが、おそらくこの中で最強……冷静に考えると私はこのパーティーメンバーの能力を正確に把握しておりません!
「そもそも皆さんのレベルは今いくつ教えて頂けますでしょうか?」
人のレベルを聞くというのは本来ならマナー違反ですが、少なくとも今は同じパーティーなのですから情報を共有するのは当然のこと……ですから皆さん割とすんなり答えてくれました。
『私は最近やっと36になったけど……はあ、最近伸び悩んでるのよね……』
ひああ!?リューネさん!?私よりも10も高いだなんて……うう……レベル差が絶対ではありませんが、同じジョブならレベルが10以上離れると勝負にならないと言われてます……はあ、これでは私は学年№2が確定してしまいますわ。
そんな風に落ち込んでいる私に更なる追い打ちが……
『その年でレベル30代後半とは……流石はリューネさんです。教師である私がレベル42でうかうかしていると追い抜かれてしまいますね』
『にしし♪ボクはレベル33だよ。そのうち皆を追い抜いてやるもんね♪』
はわわわわ……パレット先生がレベル42というのは納得できますがフェリスさんがレベル33だなんて……これでは学年№2どころか№3……いえ……まだセリアさんが……正直聞くのが恐ろしいですわ……それは私以外のメンバーも同じようで、皆さん神妙な面持ちでセリアさんを凝視しています。
それなのにセリアさんは普段通りの聖女スマイルを崩していません。それが余計に不気味で、そんな彼女の口が開くと衝撃が走ります。
『え?私?私はレベル58です。最近カイト君に教わった超リアルイメージトレーニングで毎日仮想巨大カマキリと戦ってたらレベルが上がってました♪』
それを聞いた瞬間、私は黙っていられませんでしたわ。本当は色々と言いたい事、聞きたい事があるのですが、現在の私達に最も大切な事……それは……
「レベル58!?セリアさん!そんな強いのではメタルリザードが逃げてしまうではないですか!メタルリザードがいない理由は貴方の異常な強さのせいだったのですわ!」
まさかメタルリザードが姿を消した犯人がここに……って、そもそもメタルリザードの習性を知って、このルールにした張本人ではないですか!この聖女……もしかしたら頭がイカレてるのではありませんか?
そんな私の危惧はどうやら的中してしまったようです。
『私が強い?何を言ってるんですか?私は弱い……弱くて……ダメな女……そうです……私はカイト君のメス豚……わからせとお仕置きが必要なか弱い存在なのです』
あまりセリアさんとはお話する機会はありませんでしたが……この人……狂ってますわ……私はダンジョンやモンスターよりもこの聖女が恐ろしく言葉を失ってしまいました。