3-16 わからせ召喚士は風呂の素晴らしさをわからせたい
カイトの宮廷召喚士としての初仕事に国からの特別報酬は『聖☆わからせ隊』の宮廷公認冒険者パーティーになることだったが、カイトはこれでは満足していなかった。そもそもピピンがカイトの料理の腕を王に自慢したのが発端だったので、カイトはピピンにその貸しを返してもらうために、暖めていたプランをベルリオーズ家全員揃った場で発表した。
「今回、頑張った自分へのご褒美としてこの家に『バスルーム』を作りたい」
日頃は大人しくてワガママを言わないカイトの要望に対して、皆の反応は……
「カイトは本当に風呂が好きだなあ」
「あらあら~、カイトちゃんったら、まだそんなことを言ってるのね~」
付き合いの長いピピンとマリアはカイトが昔から風呂好きなのを知っているので、二人とも驚きはしないものの薄いネガティブなリアクションをした。
それに比べると、婚約者三姉妹の反応は様々だった。
「カイト君……いつのまにそんなエッチに……わからせ力をこれ以上磨くというなら……私……もっと頑張らないと……」
「カイト!あんた不潔よ!」
「ええ~……カイちゃんって風呂好きなの?潔癖症だと思ってたのに意外だね」
セリアの反応はイレギュラーとして、リューネとフェリスの反応が一般的なもので、この世界では風呂というのは不潔なものとされている。カイトはその価値観の違いに最初のうちは戸惑っていたが、異世界の生活に慣れると次第に納得してしまっていた。その理由は単純で、魔法が普及している異世界において、体の洗浄をする『生活魔法』の方が風呂に入るよりも手軽かつ圧倒的に清潔なのだ。おかげで風呂に入らなくても髪も体も常に綺麗な状態だし、トイレでわざわざトイレットペーパーなんかも必要ないので、野外でも清潔な状態を保っていられる。
そうなると風呂をわざわざ作る理由は主に二つ――
一つ目はセリアが興奮している目的……つまりエロ目的だ。
「はあはあ……風呂ができればプレイの幅が広がって……伝説のスケベイス……渡り人の古文書に記されていたマットプレイ……美女エキスたっぷりお湯……最高です……」
セリアの脳内にはソープランドのようなエロ設備が充実した風呂の光景が広がっているが、これはエロ目的の貴族の風呂としてはオーソドックス。そのため風呂を持っている貴族は好色貴族のレッテルを張られるので、大っぴらにせず別荘などに秘密に建造する者が多い。そういう価値観が根強いので、生真面目なリューネは不潔と非難したのだ。
そして第二の理由は魔法が使えない人が体を洗うために仕方なく使うというもので、貧民街出身のフェリスがこの中では最も詳しかった。
「う~ん……貧民街に風呂屋はあったけど、客層は最悪だし、混浴だったからボクは怖くて……少しでも魔法が使えればいく必要がないし、売春婦のたまり場か同性愛者のハッテンバのイメージが強すぎるよ」
これが世間でもっとも一般的な風呂のイメージだった。魔法をろくに使えない最下層の人間や罪を犯して魔法を使えなくされた犯罪者のためのモノという認識で、まともな人間は利用する機会はなかった。
しかし、カイトはそれを知ったうえで提案している。
「わかってるよ。生活魔法が便利すぎて風呂なんて必要ないことも、エロ貴族か最下層民のモノって認識なことも……でもね……違うんだよ。風呂は単に体を洗うものではなく、心も綺麗にしてくれる……日本人の心なんだ!」
そんな風に熱く力説するカイトに熱烈に賛同するのは一人だけ……
「流石はカイト君!素晴らしいです!体ではなく心の救済!聖女として大賛成!全力で協力します!」
明らかに性女としてのエロ目的だが、カイトは数少ない味方を減らさないために余分な事を言わなかった。
「ありがとうセリアさん。そして……ねえ、ピピンはもちろん俺の味方だよね?」
カイトはねっとりとした視線を義父に送ると、ピピンは目線を合わせないように俯きながら口をモゴモゴさせている。
「その……今回の件ではカイトに借りがあるが……やはり世間体というものが……」
ピピンはカイトに恩返しをしたいのはやまやまだったが、名門ベルリオーズ家の家名を汚すわけにいかないという気持ちがブレーキを踏んでいた。
そんなピピンを見たカイトはもうひと押しだと踏んで、小声でボソボソと……
「そっか……それじゃあベルリオーズ家の本家に……俺まだ行ったこと無いし……ビッケスさんに『ピピン坊ちゃま』の昔話でも……」
それが耳に入ったピピンは観念してカイトサイドに付いた。
「わかった!わかったから、ビッケスと昔話するのだけはやめてくれ!」
こうして賛成と反対は3対3……ベルリオーズ家は真っ二つになり、反対派はなかなか強硬だった。
「カイトちゃん……お母さんはカイトちゃんがいい子なのは知ってるけど、ようやく変態『わからせ召喚士』の風評が薄れてきたのに、風呂なんて作ったら完全にスケベ召喚士って思われちゃうわよ~」
「カイト!私はカイトのためを思って反対してるの!そんなに溜まってるなら……火曜の夜……お姉ちゃんがサービスしてあげるから……お願い」
「ボクもカイちゃんにエロ貴族のレッテルを張られるのは嫌かな……カイちゃんがエッチなのは大歓迎だけど、他人にカイちゃんを馬鹿にされるのは嫌だもん」
こうして均衡は崩れず、膠着状態がしばらく続いたがカイトは閃く。
「そうだ!まだこの家には一票が残ってる!」
それにセリアはハッと気が付いた様子で、
「そうか、パレット先生ですね!先生ならきっとカイト君とお風呂プレイを望むはずです」
それには反対派もやられたという表情を浮かべたが、カイトが否定する。
「いや、いくら将来的には家族になるとはいえ、まだここに住んでいないパレット先生を巻き込むのは……」
「え……それじゃあ一体誰が?」
「ほら、あそこで丸くなってるよ」
カイトが指差す先には丸くなってウトウトしているフェンリルのチャッピーがいた。
「チャッピーだってこの家の一員なんだから、チャッピーの意見も聞かないとね。フェンリルは知能が高いから、だいたいの人間の言葉を理解してるし」
「そ、それはそうですけど……チャッピーはお母さんの従魔ですよ」
セリアは弱弱しい声でカイトに忠告するが、カイトは自信満々だった。
「いや、チャッピーは俺が特製のシャンプーとブラシで手入れしてるから風呂の良さを一番理解しているはず……さあ、チャッピー!賛成なら俺の胸に飛び込んで来い!」
そんなカイトにマリアはテイマーの矜持を守るためにチャッピーに指示を出す。
「惑わされてはダメよ~チャッピー。ほら、お母さんの膝にきなさい」
こうしてベルリオーズ家の風呂をかけたチャッピー争奪戦が始まったが、勝負は一瞬――チャッピーは迷いなくカイトに飛びついて顔をベロベロ舐める。
それを見たマリアはガックリと肩を落とすとリューネが慰めるように背中をさすった。
「元気出してママ。でも……最近、チャッピーの世話をカイトに任せすぎだよ」
「そうね~……カイトちゃんのブラッシング技術がプロ級だからって頼りすぎてたわ……テイマーとして一からやり直さないといけないわね~」
そんな敗戦ムードの反対派にカイトが歩み寄って、
「これで4対3……賛成派の勝ちだから風呂はつくらせてもらうけど、反対派の皆にも納得してもらえる最高の風呂をつくるから安心して」
そんなカイトの隣で、セリアが発起人のカイト以上のやる気に満ち溢れていた。
「ええ!史上最高の風呂に!そう、風呂の素晴らしさをすべての人間にわからせるつもりで作りましょう!」
その異様な熱意にカイトは思わずたじろいでしまったが、こうしてベルリオーズ家の風呂作りが始まった。
しばらく風呂系の変態回が続きますが、フィニッシュは健全なオイルマッサージです。
リンパの流れを改善するだけの下着着用の健康的な行為なのでセーフです。