3-12 レインボーホエールの発見と地底湖の中心で愛を叫ぶ女
未発見ダンジョン『虹の吹き穴』はダンジョンと呼ぶにはあまりにも単純な構造で、海中の入り口にさえ到達できれば、だだっ広い一本道とその奥にレインボーホエールの巣穴である巨大な地底湖があるだけだ。途中には細い亀裂や小さな横穴などが存在するが人間が通れる大きさでなく、普通の生物やモンスターの住処になっている。
そんなシンプルなダンジョンに突入してカニを狩りながら30分ほどで最深部に到着したカイト達一行が見たものは――
「広いですの……地下だなんて信じられないですの……」
ルミナは巨大な地下空間に目を丸くして呆然としていた。王都のコンサートホールよりも広い円形の地底湖……見上げると天井も果てしなくて高くて、ここがトキョボ山の真下にあるのだと直感的に理解できた。そんな広大さにばかり目がいってしまい、地底湖にうごめく黒い大きな影に気付くのが遅れたが、それが目的のレインボーホエールだった。
その水中の黒い生物をセリアは目を細めて凝視しながら首を傾げる。
「カイト君……あれがレインボーホエールなんですか?ずんぐりしている大きいイルカって感じで、全然レインボーじゃないですよ」
「レインボーホエールはお腹に虹色の鱗を持ってるからね。それ以外は逆に光を吸収する黒い皮膚になってるせいで海中にいる姿を気づかれないんだよ。だから幻の存在だけど……さて、どうやって水中から引きずりだそうか……」
カイトがルミナをチラッと見ながら、レインボーホエールを苦しめず傷つけないようにお腹の鱗を頂戴する方法を思案していると、ダンジョンの調査があらかた終わったのでさっさと帰りたいビッケスは右手に電気を発生させてバチバチさせていた。
「まどろっこしいねえ……私が一発電気をぶち込めば、腹を浮かべてプカプカと浮かぶだろうさ」
「ダメですの。レインボーホエールさん達はルミナ達を襲ってくるわけでもないので可哀想ですの」
いくら面倒くさがりのビッケスでも姫様に涙ながらに止められると、やれやれといった雰囲気になって少し妥協した。
「姫様の願いじゃあ仕方ないねえ……じゃあ、気絶させないレベルに電気を抑えて少しビックリさせるならばいいのだろう?」
ルミナがコクコクと頷くのを確認してから、ビッケスはパチパチと電気を帯びた右手を湖に――すると近くのレインボーホエールがバシャッと水音を立てて陸に上がってきた――器用に二足歩行ができるレインボーホエールのお腹を見たカイト達は愕然とする。
「あれ?お腹が虹色に光ってない?」
カイトはゲームと同じ姿かたちなのに、トレードマークのお腹の色だけ違うので、わが目を疑った。他のメンバーも驚きを隠せないが、セリアはカイトを信じてビーナスハンドで指眼鏡を作って注意深く観察すると、やはりこの生き物はレインボーホエールで間違いないようだった。
「確かに黒ずんでいますが、よ~く見ると僅かに虹の模様になっている所もチラホラ……でも、私の知っているレインボーホエールの鱗は、虹色に光っている部位だけが美味で滋養強壮の薬になると……」
目的のレインボーホエールの鱗は目の前に……しかし、その鱗が虹色に光っていなければ意味がない。想定外の事態に計画は暗礁に乗り上げたが、解決策はレインボーホエールが教えてくれる事になる。
その予兆にいち早く気が付いたのは鼻の利くマーリェンだった。
「クンクン……あの鯨……メスだ……しかもかなりムラムラしてやがる……ん?あいつ様子が変だよ」
マーリェンが指さしたメスのレインボーホエールは、円形の陸地の中央に立って大きく深呼吸してお腹を膨らませた次の瞬間に口を上に大きく開いて、
キュオオオオルウウウウウウンン!
地響きのような鳴き声――地底湖の水面に波紋が発生して、壁や天井に反響――しかし、獣の遠吠えというよりもオペラ歌手のような気品が漂っており、カイト達も思わず聞き入ってしまった。そして、その鳴き声が止まると大量のレインボーホエールが水面に顔を浮かべた次の瞬間、地底湖が虹色に輝きだした。
「綺麗ですの!湖の中で虹が光ってますの!」
「いえ、これはレインボーホエールの腹が虹色に光っているんです……そうか、レインボーホエールは求愛しないと腹は虹色にならないのか」
一同がレインボーホエールの生態を少しずつ理解し始めると、その採取方法も分かってきた。
「あ、カイト君。水中のレインボーホエールが自分のお腹の虹色に光ってる鱗をちぎって、さっきのメスに投げてますよ」
「本当だ……メスがそれを拾って食べてる……お、あの鱗が気にいったみたいだな。そのオスのところに泳いでいったね」
「わかりました!レインボーホエールのメスが求愛の鳴き声でオスを引き付けて、オスがそれを気に入ると自分の虹色の鱗を渡して、メスはその中から気にいったオスを見つけ出すんですね?」
「そうみたい……これで虹色の鱗の入手法がわかったけど……」
実際にどうやって手に入れるかとういう問題だが、レインボーホエールのラブシーンを見せつけられたマーリェンが名乗り出る。
「アタイに任せな!要はサカリ声でオスをムラムラさせてやればいいんだろ?」
ざっくりした理解で、さっきのメスのレインボーホエールのいた場所に走っていったマーリェンは全力で叫ぶ。
「うおおおおおおん!アタイもやりたいいいいい!強いオスは名乗り出な!アタイを孕ませれるオスウウウウウ!強い遺伝子寄越せええええええ!」
若干趣旨を忘れて欲求不満をぶちまけたマーリェンの叫びを聞いたカイト達は呆れて何も言えなかったが、予想外にレインボーホエール達は反応して水面に顔を出した。その反応にメスとしての優越感を感じたマーリェンは、
「へへへ、アタイの魅力はクジラにも……って、プハアッ!?なんで水をかけてくるんだい!?」
オスのレインボーホエール達は鱗ではなく、ブーイングの代わりに口から水鉄砲をマーリェンに放つ。たまらず逃げ帰ってきたマーリェンの自慢の毛並みを水でビシャビシャだった。
「なんだいあいつら!?アタイの良さがわからないのかい!?ふん!こっちから願い下げだよ!」
そんないじける従者をみたルミナは覚悟を決めた面持ちで、
「マーリェン……大丈夫ですの!次はルミナが行ってきますの!」
それを聞いた途端にマーリェンは冷静になって押しとどめる。
「ダメです姫様。姫様がそんな……」
「いえ……そもそもの原因はルミナにありますの。そのルミナが自分でレインボーホエールさん達にお願いに行くのが筋ですの」
ルミナに力強い口調で説得されると、マーリェンは折れるしかなかった。
「わかりました……ただし、危険だと思ったらアタイ達がすぐに助けます」
「ええ、でもレインボーホエールさん達は大人しいみたいだから大丈夫ですの」
事実、レインボーホエールは普段は水中に潜っているだけで凶暴なモンスターではなかったので、カイトは黙ってルミナを見送ることにした。
そしてルミナはマーリェンが水浸しにされた場所で、ピンと背筋を伸ばしてから深々とお辞儀した。
「レインボーホエールさん達。ワガママは承知ですけど、ルミナに虹色の鱗を分けて欲しいですの……そういうわけで……ルミナ、歌いますの」
そんな挨拶をしてからルミナは天使のような歌声を披露した。地底湖はたちまちコンサートホールとなり、レインボーホエールたちも大人しくルミナの歌声に耳を傾ける――マーリェンの時とはえらい違いだが、虹色の鱗の代わりに尾で水面をパシャパシャと叩く――明らかに敵対的な行為ではなく、歌声に拍手を送っているようだった。
その反応にルミナは喜びと無念さが入り混じった表情でカイト達のもとに帰還した。
「ごめんなさいですの。レインボーホエールさん達は喜んでくれましたけど……ルミナ……たぶん子ども扱いされましたの」
ベストを尽くしたルミナをカイトが慰めるしかなかった。
「そうですね……レインボーホエール達は『大きくなったもう一度聴かせてくれ』と言ってるようでした……それにしても……くっ、一体どうすれば……」
ルミナの美しい歌声でもダメだったことに絶望したカイトは、残り二人の女性に視線を送ると、ビッケスは首を横に振って拒否。そうすると残りの女性は……
「ええ、ついに私が……カイト君の正妻であり聖女のセリア・ベルリオーズの出番ですね」
自信満々の変態聖女に他のメンバーは直感的に「こいつはだけはダメ」と感じていたが、選択肢が他に無いというのが紛れも事実だった。