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3-8 聖女vs.犬耳護衛 冒険者ギルド地下訓練場で女の戦い

 本当は一人で『虹の吹き穴』に行くつもりだったのに、気づいたらピピン、ルミナ、マーリェン、そしてこれから合流するビッケスを連れていくはめになって、ただでさえ気が重いカイトの目の前に自分の婚約者が……


「セリアさん……学園を抜けてきたの?」


「なんだか胸が苦しくて早退を……そして家に帰る途中、気晴らしに遠回りしたら偶然ここに……あ、胸のもやもやはカイト君の姿を見たら治っちゃいました♪」


 堂々と見え透いた嘘をつく婚約者にカイトは呆れて苦笑いを浮かべ、父であるピピンは頑固な娘の性分を知っているので今から学園に戻るよう説得するのを諦めて黙っていた。ルミナに至っては状況が理解できずボケっとしていると、その護衛であるマーリェンが鼻を抑えて顔をしかめた。


「こいつがアンタの女かい?アタイはこの女の匂い知ってるよ……万年発情してる変態女の匂いだね」


 カイトの耳元でコソコソ囁くマーリェンにセリアが不敵な笑みを浮かべながら、


「自己紹介が遅れました。私はピピン・ベルリオーズの娘でカイト君の正妻であるセリア・ベルリオーズです。以後お見知りおきを」


 やたらと『正妻』を強調して、礼儀正しいというよりも慇懃無礼な挨拶でマーリェンへの敵意を隠し切れないセリア――それに対してマーリェンは大人の余裕を見せつけるように鼻で笑う。


「そうかい。あんまりエグイ匂いがするから変態ストーカー女だと勘違いするとこだったよ」


「ふふふ、カイト君の遺伝子目当ての泥坊猫……いえ泥坊犬にしては物分かりがいいですね」


「あん?ピピンの旦那の娘にしては口の利き方がなってないね……アタイ達はこれから行かなきゃいけないところがあるんだ。アンタみたいガキの相手してられないから、お家に帰っておねんねしてな」


「そうは行きません。カイト君の正妻として同行させていただきます。夫の貞操を奪おうとする女が一緒にいるのなら尚更」


 王宮の門でバチバチやり合う二人を仲裁する自信のないカイトだったが、二人を物理的に引き離す妙案を思いつく。


「と、とりあえず冒険者ギルドへ行こう。姫様もいる事だし馬車で……この人数だと2台に分けた方がいいよね?」


 露骨にセリアとマーリェンを別々にしようとするカイトに対してルミナは空気を読もうとはしなかった。


「いえ、お忍びの外出ですから徒歩で移動しますの。もう変装もしてありますから、馬車ではかえって目立ちますから必要ないですの」


 すでに動きやすい服装になってハキハキと答えるルミナの言う事はもっともなので、カイトは分離作戦を諦めて険悪な雰囲気のまま冒険者ギルドへ――

 カイト達は副ギルド長室で朝からウトウトしているビッケスに事情を説明すると、露骨に嫌そうな顔で大きなため息をつかれてしまう。


「はあ、また私の昼寝の邪魔を……まあ、王命なら仕方ないけど、先に後ろの二人をどうにかしてくれないかねえ?」


 ビッケスはそう言ってカイトの後ろを顎で示す。カイトが振り返るとセリアとマーリェンが険悪を通り越して一触即発の雰囲気になっていた。


「ですから!カイト君の正妻で聖女である私が同行するって言ってるじゃないですか!」


「アタイは反対だ!戦力は十分だし、姫様の護衛としてはこんな変態女の方がモンスターより危険なんだよ!」


 そんな二人にルミナもピピンもオロオロするばかり……カイトもどうしたものかと頭を抱えていると、面倒くさがりのビッケスは冒険者ギルドらしい解決法を提案する。


「セリア嬢ちゃんも犬耳の姉ちゃんも口では決着がつかないなら、手っ取り早く拳で白黒つけるってのはどうかね?」


「「賛成!」」


 いがみ合っているのに息の合った返事をするセリアとマーリェン……こうしてギルド地下訓練場で無駄な戦いが始まった。


「問題が起きると副ギルド長の私の仕事が増えちまうから、ほどほどにするんだよ」


 審判兼立会人のビッケスは二人に念押しをしたが、目線はセリアに向いていた。

 しかし、セリアは全く意に介さす素振りはなかった。


「安心してくださいビッケスさん。サカっているワンちゃんにしつけ……いえ、わからせを遂行するだけですから」


「はあ!?聖女が【武闘家】のアタイに勝てると思ってるのかい」


「え?武闘家だったんですか?あんまりにも可愛いので王宮の愛玩犬だと思ってました」


 互いに煽りあっている二人を見かねたビッケスは呆れながら開始の合図を……


「はじめ」


 その瞬間に二人は真っ直ぐに突進して互いにハイキック――二人の足が交差して、衝撃がギルドの地下の空気を震わせた。


「くうっ!犬のくせに足技なんて生意気です!」


「そっちこそ!いきなりハイキックをかます聖女なんて聞いたことないよ!」


 模擬戦になっても口喧嘩をやめない二人は、その後も互角の戦いを繰り広げた。純粋な戦闘ステータスはマーリェンの方が上だったが、セリアはビーナスハンドとカイト仕込みの体術で不足分を補っている。

 そんな戦いを眺めていたルミナがはしゃいでいた。


「ピピンおじ様!娘さん凄く強いですの!マーリェンと素手で互角戦える女の人を見るのは初めてですの!」


「お褒めの言葉を頂きありがとうございます。私もここまで娘が強くなっているとは……」


 ピピンはチラッとカイトを見ると頬をポリポリかいていた。


「いやね……最近のリューネとフェリスの急成長に刺激を受けて体術に磨きを……特に受けの才能が凄くて」


 そう言うカイトの視線の先では、セリアが空手の受けを駆使してマーリェンの攻撃を無力化していた。


「しゃあっ!聖女式『絶対領域』の前には、あなたの攻撃など無力です!」


「ちいっ!アンタ絶対に聖女じゃないだろ!この変態詐欺女!」


「ふふふ、どうせ泣き言なら『ワンワンッ』と鳴いたら手加減してあげますよ」


「言わせておけば……悪いけど本気を出させてもらうよ」


「本気?三回まわってワンでもするんですか?」


 そんなセリアの煽りで完全に切れたマーリェンは大きな深呼吸をして、全身に魔力を行き渡らせると全身の毛が逆立ち、爪が伸び、瞳孔も獣のものに変化――獣人族の潜在能力を限界まで引き出す『ワイルドビースト』を発動させる。


「フシュゥゥ……こうなると手加減ができないから、怪我しても恨むんじゃないよ」


「そうですか。それなら私も本気で相手にしてあげますか……ちょうど試したい技もありますしね」


 セリアはそういうと顔の前で手を合わせて『ビーナスハンド・合掌』をして、さらにその手の周りの金色のオーラを吸い込んで、肺から全身に――セリアの体中が神々しく発光する。

 その姿にマーリェンも驚いたが、思わぬ好敵手の出現に戦闘狂の血が疼いて笑いが止まらなかった。


「へへへ、アンタ……気に入った!変態が治ったら王宮の護衛隊に推薦してやってもいいよ」


「お誘いありがとうございます。ですが、私はカイト君専属の護衛ですから、辞退させていただきます」


 こうして互いの力量を認め合いクライマックスに突入――二人の重心が前に移動して決着を予感させた時――


「「あばばばばば!」」


 セリアとマーリェンは同時に間抜けな悲鳴をあげながら前のめりに倒れてビクンビクンと痙攣する……二人の首筋には電気を帯びた針が刺さっていた。


「最初に『ほどほどに』って言っただろう。そんなフルパワーで戦って地下訓練場が壊れたら、私が怒られるじゃないのさ」


 やれやれという雰囲気のビッケスの手には針が握られている。口で言っても止まりそうにない二人を電気針で痺れさせたのだ。

 それに気が付いたセリアは恨めしそうな声で呻く。


「う、ううう……ビッケスさん……酷いじゃないですか……もうちょっとで『わからせ』を遂行できたのに……」


「いや、私の見立てだと相打ちだったよ……それより、そこの犬耳の姉ちゃん」


「あ、アタイのことかい?」


「そうだよ。あんたがセリア嬢ちゃんの同行を反対したから模擬戦をやったけど、この娘の実力はわかっただろう?」


「あ、ああ……でも、アタイが反対したのは実力云々よりも……危険な匂いが……S級の変態の匂いがしたから……」


 そのマーリェンの言い分にはビッケスも苦笑いして頷いてしまった。


「確かにこの娘は思い込みが激しいし狂人の部類だけど基本的に無害さ。カイト坊や以外には興味がないから姫様には変なことはしない……なんなら私が保証してやるよ」


 副ギルド長のお墨付きとなるとマーリェンとしては納得するには十分な材料だった。何より、実際に戦ったことでセリアの戦力はルミナの安全性を高めると感じたので、反対する気持ちも薄れていた。


「わかったよ……同行を認める……これ以上モタモタしてられないしね」


 マーリェンがようやく折れるとセリアが倒れたまま笑っていた。


「ありがとうございます。でも、カイト君との濃厚接触は禁止ですからね」


「ふん!それに関しては、次こそ拳で白黒つけようじゃないか」


「ええ、望むところです」


 こんなゴタゴタを経て、未発見ダンジョン探索隊が全員揃って、ようやく出発することができた。

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