3-4 姫様への変則焦らしプレイ「魚嫌い克服実食会」は失敗する
獣人の(性的)餌食になりかけていたカイトにとって救いの天使の登場――生まれ持った高貴な雰囲気、光沢のあるツヤツヤの黒髪、13才らしく線は細いがスラリとしたプロポーション、非の打ち所がない顔の造形美――マーリェンが女の匂いが染みついているカイトに対して過剰に警戒したのも理解できる美貌だった。
そんな麗しい主の登場で正気に戻ったマーリェンが跪いた。
「る、ルミナ姫!えっと……アタイはこの『わからせ召喚士』のカイトがフラフラ他所へ行かないよう捕まえていただけです!決して、仕事中にチョメチョメしようなんて事はありません!」
マーリェンがあまりに必死なので、カイトもピピンも黙ってあげるとルミナ姫はそれを疑う事はしなかった。
「ん~……チョメチョメというものがよくわかりませんが、とにかくご苦労様ですの。それで『わからせ?召喚士』の方と……あ、ピピンおじ様!」
ルミナはピピンの存在に気が付くと嬉しそうに駆け寄って行くので、ピピンも跪く。
「ご無沙汰しておりました。姫様もすっかり大きくなられましたな」
「はい、先月13歳になりましたの。来週のベイヒン諸島連合の使節団の方との会食で外交デビューですの」
「そのことで私……というよりも私の娘婿で宮廷召喚士のカイトが王命で参上いたしました」
ルミナはピピンの言葉で状況を理解してカイトの方を向いた。
「あなたが……お父様から私の魚嫌いを治す人が来ると聞いてましたので、てっきり料理人の方がくると思ってましたの」
「はい、王の直々の依頼を受けて参上した私がカイトにございます。新米宮廷召喚士ではありますがルミナ姫様の外交デビューのお手伝いさせていただきます」
カイトが礼儀正しく挨拶するとルミナもそれに答えた。
「はい。こちらこそよろしくお願いしますですの」
そのルミナの受け答えを目の当たりにしたカイトは、語尾が少し変な事以外は魚嫌いさえ克服できれば問題なさそうなので、早速本題に入った。
「ではルミナ姫様……魚が食べられないということですが、アレルギーというわけではありませんよね?」
「アレルギー?それは何ですの?」
「ああ、言葉足らずで申し訳ありません。アレルギーとは特定の物を食べると湿疹ができたり呼吸ができなくなるなどの症状です」
「それなら大丈夫ですの。ルミナは健康だけが取り柄ですの。それに……昔は魚を食べられましたの……」
カイトはルミナに魚貝類アレルギーが無い事を確認できてホッとした。しかし、昔は魚を食べられたと言われると、なんだかややこしい話の予感がして、いっそアレルギーだった方が魚を食べられない正統な理由ができて楽だと思ってしまったが、それを口には出せなかった。
「昔は食べられたということは……食べられなくなった原因に心当たりがあるんですか?」
「はい……あれは5年ほど前……お父様と海に出かけましたの」
「はあ……5年前に何が?」
「そこでお父様と釣りをしましたの……その時、お父様と一緒に可愛いお魚さんが釣りましたの……ルミナは生きているお魚さんを見るのが初めてで……嬉しくて心の中で勝手に『マンムル』と名前をつけましたの……お父様も『活きがいい』って褒めて水槽に入れて持ち帰ったのですが……」
「あっ……ん、んん」
カイトはそこまでの流れでオチが読めたが、違ったらいけないので黙って聞くことにしたが、やはり予想通りだった。
「その日の晩御飯……マンムルが活け造りにされて……それ以来、魚料理がでると……マンムルのあの淀んだ悲しい目を思い出してしまいますの」
カイトはそれを聞いた瞬間に頭を抱えて絶叫する。
「んなああああ!国王のせいじゃねえか!絶対、原因知ってたのに黙ってたな!そもそもトラウマの解消なんて精神科医の仕事だろおおお!」
カイトは単純に美味しい魚料理をつくればいいという話でなくなったのに絶望していると、マーリェンが肩を叩いて励ましてくれた。
「おいおい、最強召喚士様がみっともないぞ。まあ、確かに一筋縄ではいかないだろうが……そこでアタイにいい考えがあるんだ」
「え?本当ですか?」
「ああ、アタイはルミナ姫の護衛だから、どうすればいいか前から考えててね……つまり姫様の魚に対する認識を変えればいいんだろ?」
「そうですけど……口で言うほど簡単じゃないですよ」
「いやアンタなら……なあ、そのアイテムボックスの中に美味しい魚料理も入ってるんだろ?」
カイトはマーリェンの眼光がギラギラしているのに気が付いたので、彼女の魂胆を見抜くことができた。
「……まさか姫様じゃなくてマーリェンさんが食べるつもりじゃ」
「なんだいその目は!?アタイはルミナ姫のために、目の前で実食して魚が美味しいってことをわかってもらうだけ……つまりアンタの『わからせ』のサポートであって、決して食い意地を優先したわけじゃ……そうだ!ピピンの旦那も一緒に!そうすれば効果二倍だよ!」
「わ、私もか?」
こうしてピピンも巻き込まれる形でルミナのための魚料理実食会が唐突に始まる。離宮の庭先の丸テーブルにルミナ、ピピン、マーリェンの三人――魚料理限定の食事会だがルミナの前は水だけ――ピピンとマーリェンが美味しそうに食べることでルミナのトラウマを食欲で上塗りするという一種の焦らしプレイだった。
そんな不敬かつマーリェンの私欲が混じった作戦にダメもとでカイトは乗っかってアイテムボックスの魚料理を放出する。
「んんん……刺身系はトラウマを刺激しそうだから……最初は『紅マグロの竜田揚げ』をどうぞ」
カイトは衣がついていて魚の身が直接見えない竜田揚げをチョイスすると、マーリェンに好評だった。
「下味もしっかついててサクサクの衣の食感のおかげで魚感が無いね!さすがアタイの見込んだオスだよ!」
マーリェンは趣旨を忘れてパクパク食べている……しかし、意外と効果があった。
「ジュルゥ……」
よだれを垂らすルミナ……そんな姫らしくないリアクションをピピンが見逃さなかった。
「姫様、お一ついかがですか?」
信頼するピピンの勧めだったがルミナは首を横に振った。
「ピピンおじ様、ごめんなさいですの。ルミナは口が小さいから一口で食べられないから、きっと食べた断面の魚の身を見ると倒れちゃうと思いますの」
ちょうど竜田揚げを平らげたマーリェンはルミナの言葉を聞くとカイトに別の料理を要求。
「ほれ、次々!見た目だけじゃなくて、中身も魚っぽくない料理はないのかい?」
「見た目だけじゃなくて……アイテムボックスにそんな……あっ、試作の『ラグル鰯のハンバーグ』があった」
鰯のすり身に玉ねぎ、卵、豆腐などを混ぜて作ったハンバーグに特製のソースをかけた逸品――これにはルミナも目を輝かせた。
「わあ、これが魚料理ですの?はわわ、柔らかくてソースが凄く美味しいですの!」
遂にルミナに魚を食べさせることに成功したカイトは「よっしゃ!」とガッツポーズをしたがピピンとマーリェンは浮かない様子だった。
「あ、あれ?二人の口には合わなかった?まあ、少しお子様向けだったかも知れないけど……」
少し落ち込んだ様子のカイトを見たピピンはすかさず否定。
「いや、もちろんカイトの料理は美味いぞ。しかしなあ……」
言葉を選んでいるピピンに代わってマーリェンが素直に喜べない理由をカイトに教える。
「そうだねえ……アタイも美味いと思うけど、ベイヒン諸島連合では魚を他の食材と混ぜるのは好まれないのさ。あくまで料理の主役は魚ってお国柄だから、この料理だと魚の存在感を消しすぎだね……つまり使節団の会食のメニューには向かないし、ルミナ姫も魚嫌いを克服したわけじゃないみたいだし……そういうことで次!」
魚を食べさせる事を重視しすぎて、会食に出すための料理という事をすっかり忘れていたカイトは再び頭を抱えた。そしてアイテムボックスの中で一番魚の形をしたものを出す。
「もう……これしか思いつかない」
「なんだいこりゃ?魚の形そのまま……って甘っ!中身は黒くて甘い豆じゃないかい!」
「だって!もう魚の形をしてる魚嫌いが食べられそうなものって『たいやき』しか!他の魚料理はピピンの酒のつまみの『なめろう』とか『刺身盛り合わせ』くらいしかないんだよおお!」
こうしてルミナの魚嫌い克服実食会は失敗したが、甘いモノが女子に受けるのは異世界でも同じだった。
「はむはむ……美味しいですの!カイトさん!ルミナにこのタイヤキをもっと……いっそルミナの専属料理人になって欲しいですの!」
「え、ええ!それは困ります!とりあえず今日はこの辺で失礼いたします!」
当初の目的は失敗したカイトだったが、料理のおかげルミナとマーリェンの好感度を上げることに成功……というよりも好感度を上げすぎたので、その日はピピンと共に逃げるように王宮から撤退して、家で作戦を練る事にした。
次回から2話続けてセリア視点の変態回です