3-2 ケモ耳従者を極上肉料理でわからせすぎた?
王命で姫様の魚嫌い克服のために離宮へ……そんなカイトの初仕事の最初の障害は離宮の入り口で仁王立ちしているケモ耳の女性――青い髪とピンと立った犬耳が特徴的な獣人の美女――カイトはその女性がルミナ姫の護衛だと理解できたが、王から話が来ているはずなのに、どうして威嚇されなければならないのか分からず困惑していると、ピピンが間に入ってくれた。
「マーリェン殿、お久しぶりですな」
顔見知りのピピンは宥めるように親しげな口調で挨拶をしたが、マーリェンの毛は逆立ったままだ。
「ピピンの旦那!姫様の離宮にそんな匂いをした男を連れてくるなんて……アタイはあんたを見損なったよ!」
一国の姫君の側近とはにわかに信じられないような乱暴な口調――そんな女性に匂いで難癖付けられたカイトは心外な気分だったが、念のため自分の体臭を確認する。
「くんくん……服も卸したてだし、家を出る時に浄化魔法で体を清めたはずなんだけど……ピピンも嗅いでみてよ」
カイトは義父にも匂いチェックしてもらったが、やはり問題なし。
「いや、私の鼻では何とも……マーリェン殿、カイトから怪しい匂いなどしておりませんぞ」
「カイト!?そいつが例の召喚士で旦那の娘婿か……なら変態って噂は本当のようだね!」
王宮内ということもあって、これまで大人しくしていたカイトも初対面の人間に噂と匂いで変態扱いされては黙っていられなかった。
「初対面の人間に変態扱いされる覚えはありません!だいたい俺から何の匂いがするっていうんですか!」
「はん!そんなに女に匂いプンプンさせておいてよく言えたもんだね!」
それを聞いたカイトは露骨に勢いを失って、
「え?え?女の……匂い?」
「そうだよ!ほとんど毎日女と乳繰り合ってなきゃ、いくらアタイの鼻でも反応しないさ。しかも……クンクン……一人じゃないね……3……いや、4人も女を囲ってるね?」
カイトは婚約者が4人いる事を言い当てられて、マーリェンの嗅覚に脱帽するしかなかった。
「その……確かに俺には婚約者が4人いて、平等に愛し合ってますが……みだらな行為はしてません!まだフィニッシュまでイッてません!基本的に健全なプレイ中心です!」
そんなカイトの言い訳にマーリェンはドン引きしていた。
「いや……本当にキスとハグだけの健全な関係なら、プレイなんて言葉はすんなり出てこないだろ……しかも基本的にって……たまには変態プレイしてるって暗に認めてるじゃないのさ」
「いや、その……自発的にはノーマルなプレイがメインなんですけど……たまに流れで……」
「と・に・か・く!アタイの仕事はそういう変態男を姫様に近づかせないことなんだよ!ほら、さっさと失せな!」
言い方は悪いが仕事に実直なマーリェン――しかし、仕事に誇りを持っているのは彼女だけではない。この事態に責任を感じているピピンは一歩も引かなかった。
「マーリェン殿……あなたの働きぶりには感服しましたが、カイトがここに来たのは公務のため……それも王命ですぞ。それをあなたの一存で妨害するのは忠義とはいえないのではないですか?」
「む……う~む……でもアタイが姫様を守護するのも王命。だから、すんなり旦那の言うことに従うのも違うだろ?」
「一理ありますな。しかし、カイトは姫様の外交デビューを成功させるために来たのに、あなたがそれを邪魔して姫様が外国の使節団の前で恥をかいた場合は……当然責任はカイトではなく全てあなたのモノになるでしょうな」
基本的に腕っぷし自慢で弁が立たないマーリェンは言葉が出てこない……そんな彼女を見かねてカイトの方から歩み寄った。
「あの……俺は今回、召喚士というよりも料理人として来たんで……俺の料理をマーリェンさんが審査するっていうのはどうですか?」
マーリェンはカイトの思いがけない提案に乗っかった。
「ほう……悪くないね……じゃあ、宮廷の厨房へ案内するよ」
「いえ、その必要はありません」
カイトはアイテムボックスからテーブルと食器一式を取り出して離宮の庭にセッティングする。さらにコップに水を注いで準備完了。
「俺のアイテムボックス内に料理が出来立ての状態で保管されていますから、どうぞお座りください」
「ほう……伊達にその若さで宮廷召喚士になったわけじゃないね……とりあえず、ただの変態でないことは認めといてやる。でも、アタイは味にうるさいよ。姫様の護衛だけじゃなく毒見係も兼ねてるから、すっかり舌が肥えちまってね」
そう言ってふんぞり返っているマーリェンにカイトが提供するのは肉料理――獣人の肉好きはこの世界の人間の常識だった。
「それでは『アイアンマンモスのステーキ』です」
一見すると普通のステーキだが、マーリェンはその肉の名前に驚いていた。
「アイアンマンモス!?S級モンスターの!?確か最上級の部位だとグラム当たりの価値が金と同じになるっていうあの肉かい!?」
「ええ、ボトムレスアビスの中層に出現するので俺にとってはそんなに珍しいモノじゃないんですけどね」
マーリェンはカイトの言葉を素直に信じることはできなかったが、目の前の肉から発せられる圧倒的な旨味成分を含んだ肉汁の匂いでクラクラしていたので、行儀作法なんてものはお構いなしで噛みつくと……
「うっま!本当にアイアンマンモスみたいだね!この肉質……体表を硬質化するかわりに、その下の肉はマンモスとは思えない柔らかさと上品さと聞いてたけど……美味い!肉汁の甘さと岩塩のしょっぱさの組み合わせ!アタイの唾液腺が壊れちまいそうだよ!」
マーリェンはペロリと平らげてご満悦なので、カイトはご機嫌をうかがいながら、
「あの~、これで認めてもらえたでしょうか?」
そんなカイトの顔を見たマーリェンはハッと我に返って再び態度を硬化させる。
「ふん!確かに旨かったさ!でも、これはアンタがアイアンマンモスを狩れる強い冒険者だって証明しただけで、料理の腕がいいのかイマイチ伝わってこないね!だから……」
もったいぶった言い方をしてケチをつけるマーリェンだが尻尾は素直だ。次の料理を期待して激しくブンブン振っている。
カイトはもうひと押しだと思いとっておきの料理を出す。
「たしかにアイアンマンモスだと素材が良すぎて焼くだけで美味しいからマーリェンさんの言うことも一理ありますね……それでは次は一般的な牛肉をつかったハンバーグです」
「ハンバーグ?なんだいそれ?」
「そっか……ハンバーグはこっちではあんまり一般的ではないんですね。簡単に言えばひき肉と玉ねぎを混ぜたものを焼いたものです」
「ふ~ん、アタイは歯ごたえがある方がいいけど……ほら、さっさと出しな」
「その前に……ニシキ頼んだよ」
カイトは鉄板を出すと、いきなりニシキを召喚――召喚獣の火魔法で鉄板を加熱すると、マーリェンは驚いた様子で、
「い、いきなり召喚獣だして何するつもりだい?」
「ハンバーグは出来てるんですけど、この熱した鉄板で最後の仕上げを……じゃあ、いきますね」
カイトはマーリェンの目の前でハンバーグをアツアツの鉄板に押しつけてるとジュウジュウという肉の焼ける音――マーリェンはすでのよだれが垂れていたが、カイトがそれを二つに切って、肉汁が鉄板に流れ出ると我慢の限界だった。
「なあ!もういいだろ!早く食べさせてくれ!」
まるで「待て」をしている犬みたいなマーリェンにカイトは笑いをこらえながら最後の仕上げ……デミグラスソースをたっぷりかけて完成。
「どうぞ、お召し上がりください」
カイトがそう言い終わる前にはマーリェンのフォークがハンバーグに刺さって、大きな口を開けて一気に食べる――本当に上手いと人間は語彙力なくなる――マーリェンは口いっぱいに頬張りながら目でおかわりを要求。結局ハンバーグを10皿も平らげてマーリェンはようやく満足した。
「ふ~……アタイの完敗だね。こんだけ上手い飯つくれるなら、女を4人囲えるのも納得さ」
「はは、別に女の人を口説くための料理じゃないんですけど……それにピピンも俺の料理目当てで婿にしたみたいですしね」
「なるほどピピンの旦那も……なあ、アンタ……愛人はいるのかい?」
「は?いきなり何言ってるんですか?」
マーリェンを納得させられたと一安心していたカイトは、また話が変な方向へ行きそうなので、笑ってはぐらかそうとする。しかし、マーリェンは真剣な表情でカイトに近づいて首元の匂いを嗅いでいた。
「スンスン……女の匂いで気付かなかったけど、アンタかなり強いね……よし、決めた!アタイがアンタの愛人になってやるから、子種を寄越しな!」
「ちょっと待って!俺は姫様に会いに来ただけなのにいい!」
ケモ耳美女の突然の愛人宣言に、最近は女性関係がようやく落ち着いたと油断していたカイトの情けない悲鳴が王宮内をコダマした。