3-1 わからせ召喚士の初仕事 特命『姫様に魚のおいしさをわからせろ』
「カイト……明日、王城で宮廷召喚士の叙任式があるから準備しておいてくれ」
ピピンに突然告げられたカイトは露骨に嫌そうな顔をする――ピピンは噓が苦手だから、言いづらい事がある時は必ず歯切れの悪い口調になる。そしてカイトの更なる懸念材料は、
「宮廷召喚士に内定してから随分経つくせに、叙任式の日取りは急なんだね」
カイトに指摘されたピピンは眼を泳がせていた。
「その……ローガンの賄賂を受け取っていた汚職高官の処分に時間がかかってしまったそうだ」
それは事実なのだろうが、それ自体は叙任式の日程が伸びた理由であって、こんな急なスケジュール調整になったのは別の理由がある気がしてならない……しかし、カイトはこれ以上ピピンをイジメる事はしなかった。
「了解したよ。詳しい事はきっと王様が教えてくれるだろうしね」
「ああ……その……頼んだぞ」
そして翌日、カイトはピピンと共に王城へ――
「初めての時よりは緊張しないけど、この格好がなあ……」
カイトは仰々しいローブ姿の自分に違和感を覚えて落ち着かない様子なので、ピピンは思わず笑ってしまう。
「ははは、魔導士の正装なんて冒険者時代にはすることがなかったからな。意外と似合ってるぞ」
実際にカイトの魔術師姿はサマになっており、セリアは興奮のあまり叙任式に同行しようとした。それを止めるのに苦労したカイトはすでに少し疲れた様子で、
「はあ……召喚獣を使わないときは体術ばっか使うから、もっと動きやすい服装が良かったのに」
「仕方ない。宮廷召喚士は枠組みとしては宮廷魔導士の一部なのだから諦めろ」
そんなこんなで王に謁見して、玉座の間で騎士と同じ作法で叙任式が行わるはずだったのだが――
「やあ、カイト君。御前試合以来だね。叙任式?そういう堅苦しいのはカットで……はい、これが宮廷召喚士の証ね」
王は相変わらずフランクで、カイト専用に作らせた『わからせ召喚士』の二つ名と王家の紋章が刻印された短剣を近侍の者に渡させる――せっかく一生懸命に礼儀作法を一夜漬けで覚えたカイトは、努力が無駄になったので若干イラッとしたがそれを表には出さなかった。
「トラギア王国の宮廷召喚士に拝命させていただき光栄にございます……そして……今日はこれだけというわけではありませんね?」
王は改めてカイトの察しの良さを気に入ってニコニコしていた。
「流石はピピンの娘婿。話が早くて助かるねえ。それでは早速カイト君に宮廷召喚士としての初仕事をお願いするけど……その前に『ベイヒン諸島連合』は知ってるよね?」
「はい。トラギア王国の南に位置する島国の連合国家ということは……」
「そうそう。その使節団と王都で開かれる会食の料理について頼みがあるのさ」
宮廷召喚士の仕事ということで、モンスター退治や盗賊団の討伐などを想像していたカイトは想定外の王の言葉に流石に眉をひそめた。
「畏れながら……召喚士の私ではなく宮中料理人の領分かと……」
そんなカイトの正論に王はため息をついた。カイトに失望したというより、本当に困り果てている様子で、
「カイト君の言う通りなのだがね……余の娘……ルミナ姫の魚嫌いに料理人がお手上げで参ってるのだよ」
いよいよ話が分からなくなってきたカイトは首を傾げた。
「ルミナ姫?魚嫌い?」
「うむ。私の娘のルミナ姫は13歳になったので王族の掟として外交デビューするのだが……ベイヒン諸島連合にはお互いに魚料理をもてなすことで親睦深める文化があってね」
「なるほど……こちらもベイヒン諸島連合の流儀にならって使節団に自国の魚料理を振舞わなければならないのに姫様がそれを食べられないのでは格好がつかないというわけですね」
「はあ……料理人たちも創意工夫して頑張ってくれたのだが、ルミナが食べられて外交の席に出して恥ずかしくないものとなるとなかなか……そんな時さ!ピピンがカイト君の料理の腕を自慢しているのを思い出したのは」
王のその言葉を聞いた瞬間に、カイトは自分の後方で気配を消しているピピンに目をやる――ピピンは申し訳なさそうな顔をしてうつむいていた。
「なるほど……それで急いで私を正式に宮廷召喚士にしたわけですか」
「そういうことだ!渡り人のカイト君ならルミナが食べられる異世界の魚料理を作れると思って……急で悪いが頼む!」
王なのに随分へりくだった言い方だが、王命とあらばカイトに拒否権などなかった。
「はい、微力ながら姫様の栄えある外交デビューのお役にたって御覧に入れます」
想定外の展開すぎて、最早どうとでもなれと開き直っていたカイトの返事は力強かった。
「うむ!使節団との会食は一週間後だが頼んだよ!」
「い、一週間……思ったより時間がありませんね」
「まあ、わからせ召喚士のカイト君ならルミナに魚の旨さをわからせるなんて簡単だろうさ。はははは」
カイトは「わからせ」というのが謎の便利ワード化していることに頭を痛めながら、
「それでは……実際にルミナ姫様にお会いして、どうして魚が苦手なのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんそのつもりだよ。そうなると思って後宮には話を通してあるから、ピピンに案内してもらうといい」
こうして王宮の奥の王族のプライベートスペースへの立ち入りを許可された。
ピピンの後ろをついて歩くカイトは不気味なほど口数が少ない……するとピピンがこらえ切れずに謝りだした。
「カイト……本当にすまん。まさか王にカイトの料理の話をしたことでこんなことになるとは……」
「まあ、仕方ないよ。ピピンに悪気はないのはわかってるさ……それに日頃から世話になってるし……でも一つ貸しにしといてよ」
「ああ、今度何か埋め合わせをするよ」
とりあえず父子間の事はこれで良いとして、本題はこれから……しかし、その前に問題が再び発生した。
「ん!?そこの怪しい奴!ここに何の用だ!」
ルミナ姫専用の離宮に待っていたのは獣人の女性――話は通してあるはずなのに敵意むき出しで毛を逆立たせている――カイトは踏んだり蹴ったりで泣きたい気分になっていた。
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