2-17 初ダンジョンでのレベリングは繊細なゴーレム狩り
ヤバいテンションの夜が明け、『聖☆わからせ隊』はエンシェントパレスに到着した。ダンジョンというよりも古代遺跡という風情で、ツタで覆われた城壁を間近で見るとなかなか迫力があって、リューネは深呼吸してから剣を抜く。
「よし……いよいよね」
そんな本気モードのリューネを落ち着かせるような声色でカイトが、
「やる気満々なのはいいけど、その前にダンジョン受付をしなくちゃ」
「あ、そういえばそんな話あったわね……それって必要なの?」
「ああ、行方不明になった時やダンジョン内での事件や犯罪を取り締まるために、王国が管理してるダンジョンに入る時は必ず受付を済ませないといけない。これを無視すると戦利品を没収されたり、最悪逮捕されることもあるからルールは守ろうね」
「ふーん、でも受付ってどこよ?セリア、あんたなら知ってるでしょ?」
「うん、あそこの小屋だよ。お~い!バゾルお爺さ~ん!」
セリアが呼びかけた先に粗末な小屋――立派な城門の脇にポツンとあり、人がいるとは思えない程にボロボロだったが、そこから簡素な防具姿の老人が現れた。
「ほお、セリアちゃん久しぶりじゃのう……儂は寂しかったぞい」
杖を突いた歯抜け老人がニコニコとセリアに話かけてくるが、その姿はとても冒険者ギルドの職員とは思えなかった。
「えへへ、ごめんなさい。これからはパーティーでちょくちょく来ると思うから、よろしくね」
「ほほ、やっとパーティーを組んだのかい。それじゃあ、この受付簿に記入して頑張ってくるんじゃよ」
バゾルとセリアが顔見知りだったので、すんなり受付が済んだ。新米パーティーだと色々聞かれたりして手間取ることもあるのだが、ほとんど顔パスで通れたのは、それだけセリアが信頼されている証だった。
「セリアさんは随分可愛がられてるみたいだね」
「私以外にエンシェントパレスに通う冒険者なんてほとんどいませんからね……たぶん今日も貸切状態だと思うので、周りの目を気にせず思いっきり暴れましょう」
「はは、程々にね。遺跡を破壊したら怒られちゃうし」
こんな軽口を叩きながら『聖☆わからせ隊』はエンシェントパレス入口の城門を通過すると、元は広大な庭であったであろう場所に様々な植物が繁茂して、その向こうには立入禁止の巨大な宮殿がある。
「へえ……ボク、もっとおどろおどろしい雰囲気だと思ってたけど、ダンジョンって意外と普通なんだね」
パーティー内で最も警戒心が強いフェリスは、そう言いながらもキョロキョロ落ち着かない様子なので、セリアが後ろから包み込むように抱きしめる。
「大丈夫ですよ。エンシェントパレスは私の庭みたいなものですから安心してください」
「う、うん……でもエンシェントゴーレムってA級モンスターが徘徊してるんだよね?」
「硬いだけで、いつも単独で行動してるから割と安全です……あ、噂をすればさっそく出ましたよ」
セリアがそう言って指差した方に一体のエンシェントゴーレムが――体高は2.5mほどで、ずんぐりした体系と太い腕でゴリラのような歩き方でゆっくり向かってくると、なかなかの威圧感があった。
それを見たリューネは剣を構えたが、いざ対峙してみると、自分の剣がひどく貧弱に感じられたので、牽制がてら魔法攻撃を仕掛けてみる。
「喰らいなさい!ファイアボール!」
リューネは単発のファイアボールを放つがエンシェントゴーレムの陶器のようなツルツルしたボディには僅かな焦げ跡もついていない。
「くっ、魔法防御まで高いなんて……」
そんな悔しがる姉を見たセリアはダンジョン攻略の先輩としてゴーレム狩りの見本を披露することにした。
「お姉ちゃん、エンシェントゴーレムに普通の魔法攻撃は効果薄いよ。かといって刃物で攻撃してもゴーレムの丸みを帯びたツルツルの表面を滑るから、お姉ちゃんと相性が悪いです」
「魔法もダメ、剣もダメって……どうすればいいのよ!?」
「それは……パワーです!」
セリアは聖女らしからぬ台詞を放つと、カイトと模擬戦した時に使用した必殺技『ビーナスハンド・合掌』で両手を金色のオーラで強化してエンシェントゴーレムの懐に真っ直ぐ突っ込み――
「ハアッ!」
短く力強い気合と共に放たれたセリアの右拳がエンシェントゴーレムの心臓部までめり込むと、ゴーレムは完全に機能停止――セリアは右手を引き抜く時にコアの残骸を取り出してリューネ達に見せる。
「これがエンシェントゴーレムのコアです。これを破壊しない限り動き続けますけど、場所は必ず胴体中央部にあるから、慣れれば楽勝ですよ」
A級モンスターを素手で瞬殺した聖女は簡単そうに言ってのけると、握っていた青いコアをガチャッと握りつぶして完全破壊……すると固まっていたエンシェントゴーレムがボロボロと崩壊して、ただの砂になる。エンシェントゴーレムは苦労して倒しても戦利品が得られないので、これがエンシェントパレスを不人気にする理由でもあった。
その一連の流れをただただ見ることしかできず言葉を失っていたリューネだが、自分の変化に気付いて、
「あっ、この力が流れ込む感覚……これがモンスターを倒した時に発生する魔素吸収?」
初めて高レベルモンスターの討伐に居合わせたことで、魔素の吸収を実感して喜ぶリューネだが、カイトは残念な事を伝えなければならなかった。
「ああ、でもリューネのレベルが上がるほどではないと思うよ」
「そっか、この四人に分散しちゃうのよね?」
「しかも、高レベルの人間に多く吸収されてしまうから、リューネとフェリスが吸収できる魔素はソロ討伐時の4%~7%くらいかな?それに二人の適正魔法はエンシェントゴーレムの聖属性じゃないから、吸収効率もよくない」
こういうレベルアップの仕組みがあるので、レベリングする時は同じくらいのレベルのメンバーを組むのがベターとされている。しかし、それでも得られる魔素は等分されてしまうので、最高効率はソロで自分の適正魔法と同じモンスターを狩りまくる事――そう意味では、エンシェントゴーレムしかでないエンシェントパレスはセリアにとって理想のレベリングスポットであった。
カイトはこの事態を予想していたので、レベリングのテクニックを教えることにした。
「ちょっと邪道だけど俺とセリアさんがダメージを与えておいて、とどめをリューネとフェリスでさせばいいんだよ。モンスターはそれぞれ討伐時の魔素放出距離が異なるけど、さっきのエンシェントゴーレムを観察したところ、その距離は30mくらいかな?だからとどめを刺した時に俺とセリアさんが離れていれば、二人だけで魔素を吸収して効率的にレベリングできると思う」
そのカイトの提案にリューネは腑に落ちないといった表情で、
「ん~、何だかズルしてるみたいね」
「まあ、二人は新人なんだからズルじゃなくてテクニックだと割り切ればいいさ」
そんな事を話していると新たなエンシェントゴーレムが現れた。
「もっとジックリ観察したいから、次は俺だけで戦ってみていい?」
カイトが真剣な表情になると3人は少しウットリした表情で頷いた。
それを確認したカイトはまずは素手でエンシェントゴーレムに挑む――小手調べに、身体強化無しで正拳突きを放つと――
「かってえ!パラメータの数値以上に硬いな!確かゲームだとハンマーとかの打撃系の武器以外ダメージ減だったよな……」
少し赤くなった拳をさすりながら、カイトはエンシェントゴーレムのスローな攻撃を避けながら考える。
(う~ん……パワーはあるけど動きが遅いから攻撃を受ける心配はないかな……でも、あの二人が攻撃に専念できるように……試してみるか)
カイトはエンシェントゴーレムのパンチに合わせて飛びつき腕十字を極めた。
「んんん!おらあ!」
予想通り関節部分のパーツは表面の装甲よりも脆かったので、肘から先をもぎ取ることに成功。同じ要領でもう片方の腕もへし折って、攻撃手段を削いだ。
「よし……エンシェントゴーレムは腕を使った打撃攻撃しかないからこれで……ってアレ!?」
すっかりひと段落したと思いカイトが油断していると、もぎ取ったゴーレムの前腕が砂になって、それがゴーレムに吸収されて少しずつ腕が再構築していた。
「そっか……自動修復機能があるのか……厄介だな。いっそのこと物理攻撃でギリギリまでぶっ壊すか……じゃあゴクウ、手加減してスクラップ手前くらいにしちゃえ」
カイトはそんな曖昧なオーダーをだしてゴクウを召喚する。
カイトの召喚獣に慣れた婚約者達だったが、ゴクウが戦う姿を見るのは初めて――特にセリアが興味津々。
「あ、ゴクウちゃんだ。私の修行相手にしてくれってお願いしてるのに、カイト君が『本当に危ないから絶対ダメ』って拒否するから実際に戦うのは初めて見ますね」
「見た目は服着た可愛い猿なのにね」
リューネもセリアに相槌を打って割と呑気な事を言っていたが……
ズゴシャッ!
およそ聞いたことのない轟音――硬いものが強力な力で一瞬でひしゃげる背筋の凍るような音に三人は飛び上がって驚く――ゴクウが如意棒でエンシェントゴーレムを一撃で粉々にしていたのだ。
カイトはそんな恐ろしい召喚獣に穏やかな口調で説教。
「ああもう、手加減しろって言ったのに……スクラップ手前どころか原型もないじゃないか」
「キイ……」
ゴクウは小さく鳴いて反省のポーズをしている――微笑ましい光景にも見えたが、そこにいるのは途轍もない怪物とその主。
その光景にリューネは血の気が引いた様子で、
「あんなの詐欺よ……ゴーレムが跡形もないじゃない」
しかし、そんな姉の隣でやっぱりセリアは興奮してしまう。
「はあはあ……すっごい……あんなの喰らったら……骨がボキボキ……内臓グチャグチャで吐血……ダメ……沈めないと……今はゴーレム狩りに専念しないと……ああ、でもやっぱり……興奮しちゃいます」
こうしてゴーレム狩りは討伐そのものでなく、程々の手加減の具合を探る方向で難航してしまうことになる。
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