2-6 お姉ちゃんに薬が効きすぎた!?
リューネという少女は家でも外でも真面目だ。常に規範というものを意識した行動と立振る舞いをして、甘えられるのは両親だけ。そんなリューネが……
「カイトどうしたの?お姉ちゃんにいつもみたいに、ただいまのキスは?」
普段からは想像できないデレデレした顔でカイトに抱き着いてキスを催促しているので、帰宅して事情を知らないカイトは理解が追い付かずフリーズモードになって固まっていた。
薬を盛ったセリアとフェリスも想像したのと違う効果に戸惑いながら小声で、
「セリアお姉ちゃん……なんかヤバいよ……いろんな意味で……」
「こ、こんなはずでは……でも……このお姉ちゃんもいい……」
そんな二人の様子に感づいたカイトは、すぐに問い詰めたいのはヤマヤマだったが今はそれどころではなかった。最初はウキウキで抱きついていたリューネが涙目になっていた。
「今日のカイト……冷たい……お姉ちゃんのこと嫌いになっちゃったの?」
「ちょ、ちょっと待って!お姉ちゃんって……俺はリューネの弟なの?」
カイトが至極当然な疑問をぶつけるとリューネは目を丸くして驚いていた。
「当たり前でしょ。カイトは私の弟で婚約者♡いつも帰ってきたら私の頬にキスしてくれるのに……ねえ、お姉ちゃん何かダメなことしちゃった?カイトに嫌われることしちゃった?」
ツッコミ切れないカイトだったが、このままでは埒が明かないと思ったので、リューネを落ち着かせるために彼女の頬にソフトなキスをする。
「こ、これでいい?」
「うん♡おかえりカイト♡チュッ♡それじゃあ、お姉ちゃんが今からオヤツつくるから少し待っててね♪」
おかえりのキスをしたリューネは、普段は料理なんてカイトまかせなのに、まるでそうするのが当たり前かのようにキッチンへ……
カイトはようやく元凶の二人に尋問は開始する。
「……どういうことか説明してくれるかな?」
普段は女性に優しすぎるくらいのカイトが静かに怒ると二人は全面降伏。
「「ごめんなさい。実は……」」
セリアが経緯と薬の事を洗いざらい吐くと、カイトはこめかみを押さえてため息をついた。
「は~……やっちゃったもんは仕方ない。でも、あれは素直になるとかのレベルじゃないよ。ありもしない記憶を捏造しちゃってるし……」
「確かにおかしいですね……取扱説明書を読んでみますか……」
セリアはそう言って真新しい説明書を取り出すとカイトは呆れたような声を出す。
「え、ええ……まさか初めて読むの?」
「はい。私、説明書とか読まない主義なので♪何事も実践あるのみです」
婚約者の意外とズボラな一面を知ったカイトは軽い眩暈を起こしたが、すぐに気を取り直して、説明書を広げて三人で読むと――
製品名:ソメルニアの涙
ああ、大好きな彼に告白したい!でも私って恥ずかしがり屋だし……そんなあなたにこの一本!これを飲めば、大胆になって異性に素直になって愛を伝えることができます!さあ、告白してそのままラブラブになりましょう!あるいは盛大に散って次の恋を!え?副作用?後遺症はありませんが、薬が効いている間は素直になるために『ちょっと』自分にとって都合のいい設定や記憶を作ってしまいます。相手がそれにビックリして、中には恐怖して泣き出す人がいるのが「ソメルニアの涙」という製品名の由来です♪
この舐め腐った説明書を読んだカイトは思わず叫んでいた。
「何が『ちょっと』だ!記憶どころか人格まで入れ替わってるじゃねえか!」
「お、落ち着いてカイト君!確かにドン引きするくらいの変貌ぶりですけど、あれがお姉ちゃんのカイト君への本当の気持ちなんです」
セリアにそう言われるとカイトは余計に反応に困ってしまう。
「うーん……確かに惚れ薬ってわけじゃないみたいだけど……でも、あれがリューネの本当の気持ち?」
「そうです!素直になれないだけでお姉ちゃんはカイト君が大好きなんです!あの姿がその証拠です!だから……薬の効果は今日一日ですから、弟として振る舞ってあげてください!」
「そ、そうなのか……まあ、今日一日くらいなら……」
カイトはセリアに言いくるめられたところでリューネがキッチンから出てきた。
「オヤツができたよカイト♡ほら、ア~ン♡」
こうしてカイトのリューネの弟としての一日がスタートした。
「カイト♡お姉ちゃんが耳掃除してあげる♡ほら、膝枕♡」
「ふふ♡カイトはかわいいね♡よしよし♡」
「カイト♡夕飯の前にお姉ちゃんと剣の特訓しよ♡」
ずっとこんな調子の甘々お姉ちゃんモードのリューネとそれに作り笑顔で付き合うカイト……それを眺めていたセリアは恍惚の表情を浮かべていた。
「いい!私さえ知らなかったお姉ちゃんの一面がカイト君に引き出されて尊い!」
能天気に舞い上がっているセリアとは対照的にフェリスは頭痛がしていた。
「でも……こんなリューネちゃん学園では見せれないよ」
「大丈夫ですよ。一晩寝れば治ってます。ただ……この記憶は残ってますけどね♪」
「それはそれで怖いよお!」
こんな吞気な事を言いつつも何だかんだ責任を感じた二人は、帰宅した両親に事情を説明して、リューネのお姉ちゃんライフをサポートした。
こうして夜までリューネはカイトのお姉ちゃんとして振舞った。
「やっぱりカイトのご飯は世界一♡ふふ、私は世界一幸せなお姉ちゃんだよ♡」
「カイト♡お姉ちゃんも洗い物手伝うね♡」
「ほら♡お姉ちゃんと明日の宿題一緒にしよ♡」
こうしてリューネがお姉ちゃんとして振る舞えるのも寝るまで――
「カイト……昔みたいにお姉ちゃんと一緒に寝ようよ……」
寝間着姿のリューネがモジモジしていたがセリアがそれを阻んだ。
「ごめんね、お姉ちゃん。今日は月曜日だから……」
「そっか……カイトはセリアと……」
露骨に落ち込んで肩を落とすリューネにカイトはかける言葉を考えていると、リューネは気丈に振舞った。
「大丈夫だよ。気にしないで……でも、お姉ちゃん……カイトならいつ部屋に来てもいいからね♡」
それだけ言うとリューネは逃げるように自分の部屋へ。
それを見届けるとセリアがカイトを自室へ引き込んでから労いの言葉をかけた。
「私のせいで……今日はお疲れ様でしたカイト君」
「はは、疲れたっていうとリューネに失礼だけど……何だか普段と違いすぎて戸惑ってるうちに時間が過ぎちゃったよ」
「え?確かに急にカイト君のお姉ちゃんだって言い出した時は驚いたけど、それ以外は別に……」
「いやいや、全然リューネらしくないじゃん。出会った時みたいに嫌われてはないと思うし、今は婚約者として認めてくれてるけど……正直、リューネが俺のことどれくらい好きなのか見当もつかないよ」
それを聞いたセリアは少し驚いたような顔をしてカイトを壁の方に誘導して、
「カイト君……隣はお姉ちゃんの部屋です。私がビーナスハンドでカイト君の聴覚を強化しますから、壁に耳を当ててください」
セリアにそう言われたカイトは盗み聞きをするのは良くないという罪悪感もあったが、好奇心の方が勝って言われた通りにした。
するとリューネの淫靡な独り言が――
「カイト♡好きいい♡だいしゅきいい♡ああん♡今頃セリアと……私もカイトと♡チュッチュしたい♡……はあ♡はあ♡どうしたらカイトと……カイト……お姉ちゃん寂しいよぉ……でも毎晩カイトのことしか考えられない変態なお姉ちゃんなんて嫌だよね……ダメなお姉ちゃんでごめんね……ああん♡せめて妄想でカイトと♡カイト♡カイト♡カイトオオ♡」
とんでもないものを聞いてしまったカイトは言葉を失うが、セリアは動じない。
「普段のお姉ちゃんしか知らないカイト君が驚くのは無理もありませんが、薬がなくても、お姉ちゃんは毎晩こんな感じですよ?」
「ええ!?噓でしょ!?」
「噓じゃありません。ここのところ毎晩あんなんです。それに私達がヤッてると、鍵穴から覗いてることもありますよ」
「え、ええ……俺のリューネのイメージが……」
「そんなイメージ捨ててください。お姉ちゃんは本当にカイト君が大好きなんです。それなのにお姉ちゃんだけ相手しないなんて可哀想……だから私達が背中を押そうとしたんです」
「そうなんだ……明日からのリューネの接し方を考えなくちゃ……」
そんなカイトにセリアはむくれた顔をして、
「もう……それは明日以降にしてください。今のカイト君は私のものです♡」
こうしてカイトはセリアはイチャイチャしてから共に寝た。リューネのことは夜が明けて、彼女の薬が切れてからゆっくり考えようとした。しかし、現実はそんな悠長な状況ではなかった。
明くる日――
いつものベルリオーズ家の朝の食卓のはずなのだが……
「カイト♡ほら、ア~ン♡」
「あ、ありがとうリューネお姉ちゃん。俺もお返しに出来立ての特製スープを……ア~ン……どう?」
「もちろん美味しい♡カイトが作った料理をカイトが食べさせてくれるなんて最高よ♡」
こんな感じで二人だけの世界を作ってリューネがカイトとデレデレしているうちに、他のメンバーでコソコソと緊急会議。
ピピンはツルツルの頭をこすって思案する。
「う~む。セリアが兄さん経由で手に入れた薬だから品質には問題ないはずなのだが、どうしてリューネは元に戻らない?」
「きっとアレよ~。リューネちゃんの溜まってた想いが吐き出しきれなくて、薬が切れないだけよ。だから、放っておいていいんじゃないかしら~。あんなに幸せそうだし無理に解毒剤で治すのは可哀想よ~」
そんなマリアに元凶の聖女は同調した。
「そうです!あんな仲睦まじい二人を引き裂くようなマネはできません!」
「でも、いくらなんでもボクはあの状態で学園に行くのは反対だよ。薬が切れたら、リューネちゃんが恥ずかしさで不登校になるかも……」
意外と現実的なフェリスの言葉に静まり返るとピピンは決断した。
「よし!とりあえず今日はカイトが風邪をひいたことにして、リューネは看病という形で家にいさせよう。そうしてやれば、自然と今日中に薬も切れるだろう」
「「「賛成」」」
それを伝えられたカイトは渋々承諾した……というよりもするしかなかった。
ピピンが「カイトは風邪っぽいから休みなさい」と言った瞬間に、リューネが青ざめて震えだしたのだ。
「カイトが風邪!?カイトが死んじゃうのイヤアアアア!」
「大袈裟だよ、リューネ……お姉ちゃん。あ~、リューネお姉ちゃんが看病してくれたら、きっと治るんだろうな~」
カイトが棒読みのヘタクソな演技をすると、リューネは皆の思惑通りの行動に出た。
「うん!もちろんお姉ちゃんの私がカイトの看病するわ!」
それを聞いたピピンは作り笑いを浮かべながら、
「そ、そうか。では、リューネ、カイトのことは頼んだぞ」
こうして家には、自室のベッドで寝ている仮病のカイトと傍を離れようとしないリューネの二人だけ――
「コホン、コホン」
カイトが噓っぽい乾いた咳をすると、リューネが心配そうに抱きしめる。
「カイト大丈夫?いつも頑張り過ぎなんだから、しっかり休んで……他の人の目もないんだから、お姉ちゃんに思う存分甘えていいんだよ?」
「そうか~……じゃあ、喉が痛いからリューネお姉ちゃんが作ったハチミツレモンが飲みたいなあ」
「ハチミツレモンね?すぐに作ってくるから動いちゃダメよ♡」
ようやくリューネが離れるとカイトは大きなため息をしてから頭を抱えた。
「え~、どうしよう……ずっとこのままって訳にもいかないけど……本当の事言ったら……いや、やっぱりリューネが満足するまで付き合うしかないよなあ」
独り言を呟くことで精神疲労を和らげようとしたが、ブレークタイムもすぐに終わる。リューネが手際よくハチミツレモンを作ってきたので、カイトはもっと時間のかかるものをリクエストするべきだったと後悔していた。
そんなカイトにリューネはハチミツレモンをグイグイと押し付けてくる。
「お姉ちゃんの愛情タップリだからしっかり飲んでね♡」
美少女の満面の笑みが添えられた飲み物――自分が頼んだのだから、カイトは当然飲み干すが、完全に油断していた。
「あ、あれ……何だかんだ眠く……」
急激な眠気に襲われ、瞼が重くなって意識を失うカイトが最後に見たのは、今まで見たことのないリューネの歪んだ笑顔――
「疲れてるのよ……お姉ちゃんが傍にいるから、安心して眠りなさい」
まったく安心できないカイトは抗おうとしたが、体にまったく力が入らずコクンと落ちてしまい……目が覚めると、そこは自分の部屋――見慣れた天井、いつものベッド――眠る前と同じ状態だが……
「ちょ!な、何してるんだよ!?」
いつの間にか上半身裸になっていたカイトの横には、リューネが布団に入り込んで抱きついていたので、思わず大きな声をあげていた。
そんなカイトに少し残念そうな顔をしたリューネは、艶っぽい声で、
「カイトが苦しそうだからお姉ちゃんが人肌で温めてあげたよ♡」
普段の印象とは正反対で色気たっぷりのリューネの胸や太股の柔らかい感触に理性がグラついたカイトは完全に冷静さを欠いていた。
「リュ、リューネ!もういい加減目を覚ませ!」
「何でそんな事言うの?お姉ちゃんのこと嫌いなの?」
「リューネの事は好きだけど……俺はリューネの弟じゃない。いや、昨日はそうだったかも知れないけど今は違うはずだ」
その言葉を聞いたリューネの顔は引きつっている――もうお姉ちゃんの顔ではなかった。
「ど、どういう意味?」
「もう気づいてるだろうけど、リューネは薬のせいで俺を弟だと思い込んでたんだ。でも、それは昨日まで……薬はもう切れてるはずだし……黙っててごめん……朝食に……俺がリューネに飲ませたスープに……万能解毒剤を入れてたんだ……だから今のリューネは……」
それ以上先を言うのをカイトがためらっているとリューネは顔を真っ赤にしていた。
「い、言わないで!カイトの馬鹿あああああ!」
リューネは逃げるように飛び出して自分の部屋に閉じこもってしまった。
次回からリューネ視点の恋愛回が二話続きます。
その後に締めとしてセリア回をやって、エロパートから修行・冒険パートに移行する予定です。
追記 2021/10/11
運営に怒られたので修正しました。