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1-4 聖女様は近距離パワー型?

 爆風に吹き飛ばされて少し焦げて倒れているリューネの元に妹のセリアが駆け寄っていった。


「もうお姉ちゃんったら」


 少し呆れた様子のセリアが回復魔法をかけるとリューネはむくりと起き上がった。


「あんた何体も召喚獣と契約してたのね」


 リューネは悔しそうに呟くと、カイトは悪びれもせず肯定した。


「そうだよ?状況に合わせて召喚獣を使い分けられるのが召喚士の強みじゃん。まあ、リューネの知ってる召喚士は一体としか契約してなくて、俺も同じだろうと勘違いしたのかもしれないけど」


 全くその通りなのでリューネはぐうの音も出ない。体術、魔法、あらゆる面でリューネの完敗だった。


「突っかかって悪かったわね。素直に負けを認めるわ」


 リューネは意地っ張りだが根は素直だった。

 カイトもそれが分かったので茶化さず受け入れた。


「ああ、俺も茶化して悪かったよ。これからよろしくな」


「ええ、よろしくカイト」


 そうして二人が仲直りの握手をすると、ピピンとマリアもホッとして、これで全て丸く収まる雰囲気だったが――


「あの……カイト君。私も模擬戦してみたいけど……ダメかな?」


 セリアの唐突かつ謙虚な宣戦布告に一同が目を丸くした。

 真っ先に反対したのは、負けたてホヤホヤのリューネだった。


「やめなさいセリア。あんたのジョブは【聖女】で回復系の能力だけでしょ?」


「でも……私、足手まといにならないように近接戦の特訓してて……最近レベル55になったの」


 それに一番驚いたのもずっと一緒にいたはずのリューネだった。


「え!?私の倍以上じゃない。何で言わなかったのよ」


「うん。私、別に学園内の順位とか興味ないし……むしろ騒がれるの嫌だし……この一年、隠れてA級ダンジョンにソロで潜ってたの」


 それにはリューネも言葉が出なかった。セリアは学校では回復魔法専攻だから戦闘力を披露する機会がないから気付かなかった。また、レベルは必ずしも学校に申告しなければならないわけでなかった。学校からすれば、レベルの高い生徒は勝手に申告してくるし、レベルが低い生徒を下手に煽って危険なレベル上げさせるわけにはいかない。あくまで授業内のテストやレポートだけで評価するので、セリアは隠すことができたのだ。

 もっとも普通、そんな生徒はいない。模範的優等生タイプのリューネには理解できなかった。

 そんな姉をよそにセリアは可愛らしく駄々をこねていた。


「お姉ちゃんばっかりカイト君と……ずるい。カイト君にもっと私を知ってもらいたいです」


 そんな娘にリューネ程ではないが動揺を隠せないピピンが、


「カイト、連戦で悪いけど」


「それはいいけど……うーん……」


「カイトちゃんお願い。私たちも一年ぶりの娘の成長を見てみたいの」


 こう言われてしまうとカイトは断れなかった。仕事だったとはいえ双子姉妹から一年も両親を離す原因を作ったのは紛れもなく自分なのだから……


「わかりました……じゃあ、攻撃魔法無しのルールで」


「ありがとうカイト君。お手柔らかにお願いします」


 セリアはパッと明るい笑顔を浮かべて、ペコリとお辞儀をする。

 カイトが本当に血の繋がった姉妹なのか?とリューネとセリアを見比べながら開始位置につくと、ピピンが開始を宣言した。

 

「じゃあ、カイト君。行くね」


 セリアはニコニコと笑みを浮かべ、全く殺気を出さずに真っ直ぐ歩み寄ってくる。その姿に、その場の全員が毒気を抜かれてしまい、浮ついた気持ちのカイトは接近を許してしまった。

 セリアは間合いに入っても天使のような笑顔を崩さずに「えい」と拳を突き出してきた。そのゆっくり腹に向かってくる拳――女の子の白くて小さい可愛らしい拳――避けないで受けてもいい……そう思ったカイトだったが、拳が当たる直前に脳裏に浮かんだのは「死」

 激痛ですまない破滅的危険を察知して、機敏な猫のように後ろに大きく飛んだ。

 そんなカイトの挙動にセリアはキャッキャッと喜んだ。


「カイト君……やっぱ凄いね。男の人って見栄張って避けないけど、カイト君は騙されない。ああ、お父さん、お母さん、こんな素晴らしい男の人見つけて来てくれてありがとう」


 模擬戦の最中と思えない惚気た空気を出すセリアとは対照的に、少なからず油断していたカイトは精神を戦闘モードに切り替え、肉体強化の支援魔法をかけて臨戦態勢に入った。


「セリアさん……ちょっと本気だすよ」


「はい。よろしくお願いします」


 その言葉を合図に再開された婚約者同士の素手の肉弾戦。互いに手技中心の体術で、広い庭を目まぐるしく移動しながら常人の肉眼では追いきれない高速の打撃戦を繰り広げた。

 

「噓でしょ……」


 それがレベル50overの戦いを初めて目の当たりにしたリューネの感想だった。学園の模擬戦とは別次元の動きに、もはや悔しさも湧いてこず、ただ茫然としていた。

 当のカイトは、セリアに攻撃する気はなく打撃を捌くことに専念しており、まだまだ余裕があったが、それでも冷や汗をかいていた。

(基礎能力、体格、体術の練度……あらゆる面で俺が数段上だけど……これがヤバい!)

 セリアの拳……というより手から発せられる圧力。当たっても掴まれても終わりという直感に従って、手に直接触れない立ち回りを強いられていた。

 双方決め手を欠いて膠着状態が続き、互いに少し息が上がってきて、一旦間合いをとる。


「セリアさん……その手は固有スキル?」


 そのカイトの問いにセリアは笑顔で答えた。


「嬉しい。カイト君は言わなくても気付いてくれたんですね」


「うん、明らかにヤバいよね」


「私の固有スキルは【ビーナスハンド】手の周りの魔法効果が増大する能力です。最初は手で触れる回復魔法に使ってたんだけですけど、身体強化にも使えるって気付いたら……ほら」


 そう言いながら拳を強化して地面に振り下ろすと轟音と共に小さなクレーターが発生した。さらに地面に転がった石を握りつぶして砂に変えてみせた。

 会ったばかりの婚約者にそんな物騒な拳を向けられていたのかと寒気を覚えたカイトに対してセリアは慌てて釈明した。


「あ、もちろんカイト君を壊す気はないですからね。こうやってすぐ治せるもん」


 セリアはクレーターと粉々になった石を復元させてみせた。

 無機物の修復は本来の回復魔法とは勝手が違うのだが、【ビーナスハンド】の力で無理矢理やってのけたのだ。

 破壊も再生も自在の聖女様にカイトは詐欺だろと思った。

(見た目は聖女だけど能力は、某漫画四部主人公じゃん)

 さあどうするかとカイトが頭を捻っていると、セリアが艶っぽい声色で、


「これは……人前で使った事ないけど……私の初めて、カイト君に見てもらいたいの」


 何だか色っぽい言葉だったが、カイトは戦慄した。

 セリアは祈るように手を合わせる――【ビーナスハンド】による魔法強化が手を合わせることによって通常の倍以上の効果を発揮して、セリアの両手は尋常でない強化魔法で金色に輝いていた。

 その圧倒的なプレッシャーにリューネは姉の尊厳を完全に失って「ひえぇぇ」と間抜けな悲鳴を漏らしていた。

 それとは対照的にカイトは冷静さをキープしていた。


「確かに、それならソロでA級ダンジョンに潜れるだろうね」


「はい。もう少ししたらギルドマスターにはS級ダンジョンの許可もらおうと思います。そうしたら二人でS級ダンジョンデートしませんか?」


「この模擬戦で生き残れたら」


 カイトは冗談ぽく言ったが、セリアの金色に輝く拳が直撃したら並みの冒険者や魔物では即死は免れない。相手が女の子だから、婚約者だから……と手加減している場合ではなくなり、切り札の白い龍を召喚する。


「ピースケ!支援魔法特盛一丁!」


「ピーッ!」


 子犬サイズの龍の召喚獣のピースケはカイトの呼びかけに答えて、様々な効果の聖属性魔法でバフをかけた。

 それによって神々しいオーラを纏うカイトにセリアは恍惚の表情を浮かべていた。


「はあ、やっぱカイト君すごいです。ドラゴンちゃんも可愛いです。もっともっとカイト君を知りたいです、感じたいです……では、行きますね!」


 セリアが目をギラつかせて仕掛けけるべく重心を前に移動しようとした瞬間――


「やめ!そこまで!」


 ピピンの悲鳴じみた中断の声で二人は緊張を解いた。

 セリアが少し不満そうに父親の顔を見たが、ピピンはそんな娘を諭した。


「これ以上続けるとどちらかが死ぬからダメだ」


「でも、私は全力だったけど、カイト君まだまだ手加減してたんだもん。そうですよね?」


 それに対してカイトはノーコメント。つまり肯定だ。

 そのやり取りにリューネはプライドを完全に粉々にされて「えへへ」と少し壊れた笑い声をあげていた。

 

「カイトが本気出すと王都の騎士団を動員しないと対抗できない。これ以上は私では止められないから我慢しなさい」


「え?騎士団を動員……でも、やっぱり本気のカイト君が見たかったです」


 そう言っていじける姿は可愛らしい少女なのだが、近接戦闘の破壊力は間違いなくS級。総合的な能力も限りなくS級に近いAランクというところだろう。

(レベル差がなくなったら、単純な肉弾戦はキツイかな……)

 そのカイトの視線に気付いたセリアは表情を曇らせた。


「あの……カイト君。がっかり……しちゃったかな?」


「え?何で?」


「だって、やっぱり……男の子は、か弱い女の子が好きなのかなって……私より、お姉ちゃんの方がかわいいですよね?」


「そんな事ないよ」


「でも……カイト君の目……私が怖いって言ってます」


「違うよ。尊敬してるんだ。たった一人でこんなに強くなれるなんて信じられなくて」


 セリアはカイトの言葉をまだ信じられない様子だった。


「セリアさんとなら俺もっと強くなれると思ったんだ」


「私で……いいんですか?」


 目を潤ませて上目遣いのセリア――どんな男でもイチコロにできる美貌の中に、底知れないものを感じるカイトだったが、それは決して邪なものでないという確信もあった。なにより、カイトという少年は真っ直ぐ好意を伝えてくれる婚約者を無下にできるような人間ではなかった。


「セリアさんがいい」


 下手な美辞麗句を並べるよりも、この一言が彼女の心に響いたようで、セリアは今日一番の笑顔でカイトの両手を力強く握る。


「カイト君これからよろしくお願いします」


「うん、よろしく」


 出会って半刻も経っていないのに、すっかり心を通わせるカイトとセリア――そんな二人を満足そうに眺めるピピンとマリア……と、やっぱり横槍をいれるリューネ。


「ちょっと、なに二人だけの世界作ってるのよ!」


「大丈夫だよお姉ちゃん。お姉ちゃんの第二夫人の地位は私が保証するから」


「だ、第二?って、そんな事じゃないわよ。私だってすぐにレベル50超えて見せるんだから……だからあんた達も私のレベリングの手伝いしなさい」


「レベリングって名目のデート?ふふ、お姉ちゃんもちょっと素直になってきたね」


「もう!そういう意味じゃないわよ」


 そんな姉妹のやりとりをカイト、ピピン、マリアは笑って眺めていた。

 かくしてカイトの王都マクセラでの生活が始まった。

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