1-34 卑劣召喚士の陰謀は、わからせスイッチをONにする
御前試合当日――ベルリオーズ家とパレットの姿は観客席にあった。
リューネは落ち着かない様子で気を紛らわすために、父に話しかける。
「ねえ、パパ。宮廷召喚士って何する役職なの?」
「そうだな……国防や治安維持が主だが役職というよりも資格という側面が強い」
「資格?」
「ああ、上級召喚獣を人に対して使うのは宮廷召喚士以外禁じられているんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。あれ?じゃあ下級召喚獣としか契約していないカイトには必要ないんじゃないの?」
そんなリューネの真っ当な疑問にピピンとマリアは渋い顔をした。
「……今日の試合を見てればわかる。危ないと思ったらすぐに私の後ろに来なさい」
「?う、うん……あれ、そういえばフェリスは?」
リューネがキョロキョロとフェリスを探していると、
「あらあら~、さっきまで私の隣で小っちゃくなってたわよ~。控室のカイトちゃんのところにでも行ったのかしら?」
マリアがそう言うが、フェリスの行方を知っている者はいなかった。
「は~、こんな大事になるなんて……」
フェリスの姿は人気のない闘技場の廊下に――フェリスは御前試合の会場に入ると、自分がきっかけで大事になってしまった事を実感して、落ち着かなくなって会場を少し離れ、一人になって今までの事を思い返していた。娼婦の娘の貧民街時代……母が死んだ時の絶望……引き取られてからの地獄の日々……カイトとの出会いと今……そしてこれからの新しい自分の未来……それを考えると自然と笑みがこぼれる。
そんな幸せな気分を一瞬で真っ黒に塗りつぶす声が……
「やあ、フェリス。もう、あの小僧の女になったつもりでいるのか?」
突如現れたローガンにフェリスの心臓がキュッと縮こまるが、そんな動揺を見せまいと気丈に振舞う努力をする。
「にい……ローガン……何の用?」
「随分な態度だな。お前はまだ私の妹であり婚約者なんだぞ?」
「それもあと少し……ボクは名実ともにベルリオーズ家の人間になって、カイちゃんの女になる」
今までからは考えられない毅然とした態度のフェリスにローガンは眉を吊り上げたが、すぐに余裕ぶってみせた。
「ふ、ははは……お前がどんな女か知らないわけではないだろうに物好きな男もいたもんだな。しかし、恥知らずな女だ。ベルリオーズ家の迷惑など考えてないのだろ?」
「ベルリオーズ家の人達は知ったうえでボクを受け入れてくれたもん!知りもしないくせに偉そうなことを言わないで!」
「知っていても見てはいないだろ?実際のお前の痴態を」
「いやいやだった!ボクは、もうしない!もうカイちゃん以外の男に触りたくもない!もうボクには関係ない!」
「そうかな?もし、その映像を記録したスフィアが出回ったら……名門ベルリオーズ家の次期当主様は娼婦の女を孕ませて、その娘もとんだ淫乱女だと家名を傷つけることになるのではないかな?」
ローガンはこれ見よがしに映像記録の魔法水晶をちらつかせてみせた。
フェリスは何も言えない――映像をとられた覚えなどなかった。接待を受けた高官たちもそんなものがあっては困るし、得する人間など誰もいない。しかし、無いと言い切れる証拠もなく、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
そんなフェリスの胸中を見透かしたようなローガンが蓋付きストローの飲み物を取り出した。
「ふふ、安心しろ。こんなものが出回れば私だってただでは済まないだろう。だから取引をしよう。このスフィアを破棄するから、お前は試合前にこのドリンクを小僧に飲ませろ」
「そ、そんなの!カイちゃんを裏切るわけないじゃん!」
「ふ、どうするかはお前の自由だ。もちろん私のところに帰ってきてもいいんだぞ?宮廷召喚士になればもう接待の必要もなくなって、私専用の女になれるから安心しろ」
そんな気持ち悪いセリフとコップを残してローガンは去っていった。
フェリスはそのコップを持って放心状態でいると、なかなか戻ってこないので心配したセリアとリューネがカイトを連れて来た。
「お~い、フェリス。こんなところでな……」
カイトは涙目で振り返るフェリスを見て、何が起きたかを察した。
そのカイトの様子にフェリスはありのままを話した。
「カイちゃん……一人で出歩いてごめんなさい。今、ローガンに……この飲み物をカイちゃんに飲ませないとボクの……ボクの男との映像スフィアを……脅されて……」
フェリスがたどたどしく説明するとカイトが頭を撫でて褒めた。
「しっかり相談できて偉いぞ、フェリス。そのコップを貸してくれないか?」
本当はこんな物は床に叩きつけたいフェリスだが、震えながらカイトに渡す。
それを受け取ったカイトは蓋を外してから匂いを嗅いで、舌先をつけるとフッと鼻で笑った。
「なるほどね~。まあ、想定内かな」
そんな独り言の後に、一気に飲み干した。
フェリスは唖然としていたが、リューネは黙っていられなかった
「ちょっ!罠だってわかってるのに、何で飲むのよ!もし、あんたが負けたら……」
リューネはそれ以上、言葉が出ない――普段のカイトからは想像できないプレッシャーで息が止まっていた。
「俺がこんな事をする奴に負けると思ってるの?」
「い、いや、そういうわけじゃ……ご、ごめんなさい」
普段の彼女らしくなく怯えきった様子のリューネを見て、カイトは我に返った。
「ごめんね、リューネ。心配してくれてるのはわかってるんだよ。でも……ただ勝つだけじゃダメなんだ。あいつはこれで俺に勝てると思ってやがる。なめてやがる。……わからせなくちゃいけないんだよ。自分の弱さを、愚かさを……フェリスに手を出したらどうなるかを……って、あれ?セリアさん?ボケーっとしてどうしたの?」
カイトの視線の先のセリアは頬を朱に染めてウットリしている。
「え、えへへへ……何でもないです。それよりカイト君、もう時間ですよ」
「あっ、ほんとだ。それじゃあ行ってくるね、皆」
そう言って駈け出そうとするカイトの手をセリアが掴んで、
「カイト君、しっかりわからせてきてくだいね……それでは……ご武運を」
そんな貞淑な妻のような振る舞いをするセリアにカイトは微笑んでから、そっと髪を撫でた。
「うん、任せて」
カイトはそう言い残して、堂々とした足取りで三人を残して戦いに赴く。
その二人のやり取りを見た勘のいいフェリスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あ~……にしし♪セリアお姉ちゃん、おめでとう♡」
そんな察しのいい妹からの祝福にセリアはハニカミながらピースをすると、この状況を全く理解できないリューネは喚き散らした。
「ちょっと!二人とも何!?何か私に内緒にしてるの!?っていうかフェリス、あんたいつからセリアのこと『セリアお姉ちゃん』なんて呼ぶようになったの!?」
「もう、リューネちゃんはお子様なんだから。リューネちゃんもそのうち……いや、ボクの方が先かもね♡」
フェリスが少しあおるような言い方ではぐらかすと、リューネは頬を膨らませた。
「なんで私馬鹿にされてるのよ!?それにセリアがお姉ちゃんなら私の事も『リューネお姉ちゃん』って呼びなさい!」
「え~、リューネちゃんはお姉ちゃんって感じじゃないんだよな~」
そんな姉妹喧嘩を続ける二人に、セリアはパンッと手を叩く。
「はい、そこまで。そんな事してるとカイト君の雄姿を見逃しちゃいますよ?ほらほら、観客席に戻りましょう」
こうしてセリアが先導して観客席のピピン、マリア、パレットと合流。
闘技場にはすでにカイトの姿があり、それを見たピピンがセリア達に尋ねる。
「おお、戻ったか。なんだかカイトの魔力が萎んで見えるけど、何かあったのか?」
そのピピンの問いにフェリスが即座に頭を下げて謝罪した。
「ピピンお父さんごめんなさい。ボクが迂闊に一人になったら、ローガンが変な飲み物を持ってきて……それをカイちゃんが自分から飲んじゃったんです」
泣きそうに報告するフェリスにピピンは優しく微笑んだ。
「ああ、そういうことか。そんなことなら大した問題はないから安心しなさい。それより……ローガンという男は救いがたいな」
ピピンがそう吐き捨てるとマリアがすかさず同調した。
「ほんとにお馬鹿さんね~。大方デバフ薬を飲ませたんでしょうけど……そんな事でカイトちゃんに勝てるんなら、私たちもこんなに気苦労しないわよ~」
そんな父と母の反応にリューネは戸惑いを隠せない。
「何でそんなに落ち着いてられるの?相手はクズだけど、上級召喚獣を使えるのにデバフなんて……カイトが心配じゃないの!?」
そんな娘に両親はポカンとした顔で同時に振り向いて、
「「全然」」
「え?」
「むしろ、付帯被害を抑えられて感謝するべきなのか……」
「逆よ、あなた~。カイトちゃんがキレて本気出さないか私は心配よ~」
そんな両親のやりとりにリューネはもう言葉が見つからず、闘技場のカイトを見まもるしかなかったが、心中は穏やかではない。
もう!私しかカイトの事を本気で心配してない!そりゃカイトが強いってわかってるけど……婚約者の心配するのが普通でしょ!パパとママはカイトのこと信頼し過ぎだよ!パレット先生は自作のうちわで応援してるし、フェリスもカイトの負けを微塵も考えてないし、セリアは……あれ?セリアってこんな表情する子だったかしら?大人しいっていうか、物静かっていうより……よくできた新妻って雰囲気……って、新妻!?そういえば、今朝はカイトの部屋から出てきたような……まさかね?姉を差し置いて婚約者と一線超えるなんて……でも、さっきのセリアとフェリスのやりとりは……だあああ!私ったらこんな時に何考えてるのよ!……カイト!戻ってきたらキッチリ喋ってもらうから!そんなクズ男さっさとやっちゃいなさい!
リューネがそんな想いでカイトに熱視線を送ると、カイトは何かを感じとって、リューネに振り返って小さく手を振っていた。リューネはそれで幾分か溜飲が下がる。
場内の雰囲気とは裏腹に、緊張感のないベルリオーズ陣営だったが、決戦の時は近づいていた。
あと2話で第一部は完結する予定ですので、最後までお楽しみいただければ幸いです。