1-32 御前試合と決戦前夜 夜露の蝶の交わり
国王との謁見――
想定していた展開と随分違ってしまいカイトは困惑していた。
まずカイトの想像よりも王は若かった。年はピピンと同じくらいだが、黒々とした髪があるおかげで、幾分か若い印象を受ける。そして何よりフレンドリーだった。自分からの玉座の間に招き入れ、ピピンを信頼しているからか、人払いをしてから事情を聞いてくれていた。
「ははは!ピピンに隠し子?そんなの誰も信じるわけなけないだろ。あー、お腹痛い」
王はピピンの肩をバシバシ叩きながら大笑いしていた。
「あの時はそうするしかなかったのです。そして……ご協力いただけますか?」
「他ならぬピピンの頼みだし、これでカイト君が官職についてくれるなら安いものだ」
「ありがとうございます。私としては宮廷召喚士がよろしいかと」
「そうだな。宮廷召喚士なんて有事の際しか仕事がないし、ちょうどローガンをどうするか悩んでいたところだったから渡りに船だ」
ピピンはこちらから切り出す前にローガンの宮廷召喚士の事を王が言及してくれたので、だいぶ肩の荷が軽くなった。
「それを聞いて安心しました。さきほどのローガンと少し話しましたが、本人はもう宮廷召喚士になった気でいたので、王が確約したのかと危惧しておりました」
「ああ、あいつが高官に賄賂をばら撒いて、そいつらが強く推薦するから、仕方なく『前向きに検討する』と言ったが……そうか、勘違いしていたか。しかし、上級召喚獣と契約しているし、人間性はともあれ資格があるのは事実だ。だから……」
「ええ、やはりそうなりますか……」
二人はじっとカイトを見つめる。
カイトはだいぶ異世界に慣れてきたから、だいたい察した。
「どちらがふさわしいか決める御前試合……といったところですか?」
カイトの物分かりの良さに王はパッと笑顔になる。
「その通りだ。余の意見をゴリ押してカイト君を宮廷召喚士にするより、そちらの方が周りからの文句も出なくなる。勝った方が宮廷召喚士の地位とフェリス嬢を手に入れる。うむ、分かりやすくて結構ではないか」
カイトはある意味理想的な形で話が終わってホッとする……と、思ったら、王が急に真剣な顔になって問いかけてきた。
「しかし、その前にカイト君……改めて君に問う。君は貴族になり、宮廷召喚士になり、そしてさらに出世していくだろう……その先で、君は何を手にしたい?何を望んでいる?余はピピン達からの報告で君の実力は疑っていない。だから、それだけ聞かせてくれ」
突然重々しい空気になったこともありカイトは真剣に考える。当たり障りのない事を答えるのは簡単だ。しかし、この場でそんなことを求められていない事をカイトは理解して思考を巡らせた。そして出た結論が……
「女です」
それには見守っていたピピンもビクッと驚いていた。
カイトはそんな義父に構わずに言葉をつづけた。
「私は女が好きです。だから、今回のフェリスのような可哀想な女がいれば助けて、その元凶に自分のしでかした事の罪の重さをわからせていくつもりです。そうなると女を養うために、大金が必要ですし、地位も必要です。さらには皆で住むための大きな家、彼女たちを喜ばせるプレゼント、うまい飯……ええ、こうして考えると欲望が止まりません。それが私という人間です」
カイトがそう言い終わると、ピピンがどうフォローするか目を白黒させていた。
そんなピピンに王が笑いながら、
「ピピンよ……どういう教育をしたんだ」
「も、申し訳ありません。しかし、カイトは口ではこう言っても、本当は潔癖な……」
「違う。完璧な答えだと褒めているのだ」
思いがけない褒め言葉にピピンは思考を停止する。
「か、完璧……ですか?」
「ああ。そうだな……ピピン、お前ならなんと答える」
「そうですね……一切の私心を捨て、国と国王陛下に忠義をつくすことが、最上の喜びです……私ならきっとそう答えるかと」
「同じだな」
「え?何とですか?」
「先ほどローガンにも同じ質問をして、ピピンと同じようなことをペラペラ言っていたよ」
それを聞くとピピンは急に恥ずかしい気持ちになるが、王がそれにフォローする。
「安心しろ。ピピンとローガンが同じ人間だという意味ではない。ピピンは信頼しているが、ローガンのような屑も口では綺麗ごとを言う……その点カイト君の答えはすばらしい。国など一言も口にせず、ただ純粋な自分の欲望だけを述べている。だから、信用できるのだ」
「そういうものでしょうか」
「ピピン……王の立場からすると『国への忠義』という言葉は恐怖なのだ。もし余自身が国にとって有害だと思われたら排除される理由になるからな。しかし、カイト君が大切なのは女。その女たちを大切にする限り、カイト君は私に反旗を翻すことは無い。そうであろう?」
カイトは王に再度問われると、姿勢を改めた。
「はっ!彼女たちがこの国を愛し、国も彼女たちを守ってくださる限り、私は全身全霊をもって陛下にお仕えします。ただし……」
「女をないがしろにしたら、王でもただではすませないと?」
カイトは何も言わず、ただジッと王の目を見た。それが答えだ。
王は満足して笑い出した。
「はははは!ピピン、でかしたぞ!最強の家臣を手に入れることができた!褒美に御前試合をすぐにセッティングしよう!そしてカイト君!君はそこで、持てる力を隠さず全て出して、勝利したまえ!」
「「はっ!」」
ピピンとカイトは同時に返事をする――こうしてカイトとローガンの宮廷召喚士とフェリスを賭けた戦いが決まった。そして王は本当にすぐにセッティングした。会見から一週間後というのだから、カイトは王って暇なのか思ってしまった。
そして決戦の前夜――
カイトが自室のベッドの上で寝転んでいるとノックする音……フェリスだった。
女子寮からベルリオーズ家に引っ越して、大分馴染んでいたが、こんな時間にカイトの部屋に来たのは初めてだった。
「にしし♪今……ちょっとだけいい?」
「ああ。でも、夜に男の部屋に長居してはだめだぞ」
「今更?カイちゃんったら、ボクを兄さ……ローガンから寝取ったくせに♡」
カイトは一瞬否定しようとしたが、客観的には完全に寝取っているという事実に今頃になって気がついて、苦笑いしてしまった。
「えへへ、ごめんごめん。カイちゃんはそんなんじゃないよね……その今更だけど、ありがとう……明日の御前試合前にどうしてもそれだけ伝えたくて……」
「なんだよ、改まって。ここまできてそんな……」
カイトが喋り終わる前にフェリスが体当たりするような勢いで抱き着いてきた。顔をカイトの胸にうずめて動かない。
カイトはそんなフェリスの頭をそっと撫でた。
「不安か?」
「……ううん、違うよ……カイちゃんがあんな奴に負けるわけがないって、わかってるから……ボク、カイちゃんからいっぱいもらった……優しさ、暖かさ、新しい家族……本当にたくさん……それなのに、ボクはカイちゃんに何もあげれてない。もらってばかりで、カイちゃんを戦いに送り出すのが……辛い……」
カイトはその気持ちだけで十分だった。しかし、それを言ってもフェリスが納得しない事が分かるので、抱きしめながら、ひたすらに頭を撫で続けた。
しばらくすると、フェリスが顔をあげてカイトの目を真っ直ぐ見た。
「カイちゃん……バタフライキスって知ってる?」
「え?あ~……うん、バタフライキスね……ごめん、知らない……」
「にしし♪バタフライキスっていうのは、お互いのまつ毛を触れ合って蝶みたいにパサパサすることだよ」
「そんなのあったのか……知らなかったよ。フェリスは物知りだな、ははは」
カイトがはにかんで笑うとフェリスは涙目になっていた。
「ボク……他のはじめては全部奪われちゃった……だけど、これは誰にもしてない……ボク、汚れちゃってるけど……ボクの最後に残ったはじめてをカイちゃんにあげたい」
「……わかった。ありがたくもらうよ。でも、その前に言わせてくれ。俺はフェリスが汚れているなんて思ってない」
カイトはそう言ってからフェリスに顔を近づけ、互いの右目のまつ毛を触れ合わせた。最初はぎこちなかったが、目と目が合うたびに愛おしさが深まっていくのが感じられる。カイトはフェリスの涙で濡れたまつ毛を堪能することで、明日の決戦の英気を養った。
いよいよ最終決戦ですが次回はセリア視点を挟みます。
フェリスがメインヒロインっぽくなってますが彼女はあくまでサブヒロインです。(心の綺麗な非処女キャラは好きですが、メインヒロインは処女っていうのが私のポリシー)
すっかり色物ギャグ要因みたいになっているセリアがこの作品のメインヒロインなので、名誉挽回のため頑張ってヒロインして××展開になりますが、ノクターン送りにならないギリギリの描写なのでご安心ください。