1-30 ざまぁ開演 わからせ召喚士脚本・演出の不倫劇場
ランベルク学園へ乱暴に乗り付けたドラゴノート家の馬車から金髪の美青年が降りてきた――ドラゴノート家の現当主、フェリスの異母兄であり婚約者のローガン・ドラゴノートだ。フェリスの契約魔法印が暴走したと聞いて飛んできたが、それは単純にフェリスを案じていたからではない。
「くそっ!あと少しで宮廷召喚士になれるのに!あのグズ!」
ローガンは明日、宮廷召喚士採用の最終面談――つまり、国王への謁見が控えている。それなのに、身内のフェリスが契約魔法印を制御できませんでしたでは格好がつかないのだ。せめて明日まで宮中にこの話が広まらぬように、穏便に事後処理するために自分自ら学園に乗り込んできた。
そんなローガンをパレットが出迎えフェリスのいる保健室へ誘導する。
ローガンは美女に対応されて、すっかり上機嫌になっていた。
(宮廷召喚士になったら、こういう女を妻にするのもいいな……フェリスは高官の接待用と優秀な召喚士を産ませるために一生飼っておくが、自分専用の女はやはり胸のでかいほうがいい。ははは、私が昔、宮廷召喚士になれなくて婚約破棄してきた女よりもいい女をかき集めてやる!それにしても……見れば見るほどいい女だ。少し堅物そうで、いい年齢だし、もう男が……いや寝取ってしまえばいい。もうすぐ私は宮廷召喚士なのだから、向こうの方から喜んで股を開いて乗り換えてくるだろ)
先行して歩いていたパレットは、後ろを付いてくるローガンがそんな事を考えながら体を舐めまわすように見てくるのが気持ち悪くて仕方なかった。
「ローガンさん、私の服に何かついていますか?」
「いえ申し訳ありません。あなたがあまりにも美しくて見とれてしまいました。そうだ。私事ですが、宮廷召喚士に内定しておりまして、近々パーティーを開く予定です。ぜひ、あなたのような美しい女性をお招きしたい。来ていただけますよね?」
昔のパレットなら婚活のために誘いにのっていたかもしれない。しかし、あいにく既にカイトにわからされ済なので、やんわり断る。
「お招きいただき光栄ですが、婚約者と相談してから決めさせていだきます」
「え、ああ……しかし、たまには婚約者のことを忘れて羽を伸ばすのも……いえ、私が婚約者のことなど忘れさせてあげますよ」
そんなローガンなりの決め台詞をパレットは一笑に付した。
「ふふ、フェリスさんのお兄様はご冗談が上手いのですね。しかし、ここは神聖な学び舎ですので、そういうお遊びはご遠慮ください」
ローガンは全くなびく気配のないパレットを、いつもフェリスにするように殴ってわからせてやりたくなるが、歯嚙みしてグッとこらえた。
そんな情けないローガンをパレットはさらに挑発して、男としてのプライドを傷つける。
「それに……私の婚約者を忘れさせるなんて無理な話です」
「ふむぅ、そんなにいい男なのですか?」
「それはもう。年は私よりも下ですが、強く優しい最強の召喚士です。私はその召喚魔法を受けて、すっかり身も心も彼のものです」
「最強の召喚士!?いや、それよりも女性に召喚魔法を使うなんて!そんな暴力を振るう男はよしなさい。私が優しくしますよ」
家で暴力を振るう男ほど、外面はいいものだ。パレットはフェリスの事情を先ほどカイトから聞かされたので、嫌悪感を露わにし、肩に回そうとしているローガンの手を結界魔法で弾いた。
ローガンもいよいよ手が出そうになったが、それどころでなくなる。保健室から、男女の喧嘩……というより、女性の罵り声が聞こえてくる。
「あなた!私だけだって言ってたのに!やっぱり、あのポーラとかいう女と!しかも子供まで作ってたなんて!」
「すまないマリア。今日まで知らなかったんだ。信じてくれ。頼む」
完全に想定外の状況にローガンは困惑するが、それはパレットも同様。彼女はローガンを保健室に連れてくるよう、カイトに頼まれただけ――その任務を遂行する。
「ローガンさん。フェリスさんのいる保健室はこちらです」
パレットが扉を開いて、ローガンが中に入ると、確かにフェリスがいる。他には男が二人と美女が三人。とりわけセリアの美しさに目を奪われ、穏便に処理してフェリスを連れ帰るという目的を忘れて、どうやって口説き落とそうかと考え出した。
そんなローガンを青筋たててご立腹の様子のマリアが怒鳴りつけた。
「どちら様ですか!?今、家庭内の話で取り込み中です!用がないのなら出て行ってもらえます!?」
美人が怒ると余計に怖い。ローガンはすっかり気圧されて怒鳴り返す気力はなかった。
「わ、私はそこにいるフェリスの兄で……連れて帰りに」
それを聞いたマリアは鋭い視線をピピンに向けた。
「ほら、あなた!あなたの娘のお兄さんだそうよ!しっかり説明しなさい!」
「フェリスが……娘!?だ、誰の娘なんだ!?」
ローガンが泡を食っていると、ピピンが申し訳なさそうに前に出る。
「その……私はピピン・ベルリオーズというものなのですが……お恥ずかしい話、さきほどフェリスさんが……私が昔、恋仲だった女性との子供だとわかりまして」
ローガンは思わぬ大物が出てき完全に冷静さを欠いていた。
「ピピン・ベルリオーズ!?S級冒険者の!?王直属って噂の!?ま、待ってくれ。何がどうなればフェリスがあなたの娘になるんだ!?」
「それが……本日フェリスさんが何かのショックで契約魔法印が暴発したので、その召喚獣を私と妻のマリアで抑え込んだのですが……その時、フェリスさんがこれを持っていることを知りまして……」
ピピンはそう言ってローガンにブルースフィアモルフォの右羽を見せた。
「そ、それは確かブルースフィアモルフォの……そんな希少なもの」
「はい。これは私が若い頃、恋仲だった娼婦に贈ったものの片割れです。そしてフェリスさんがこれの左羽を持っているのを知ったのです」
ピピンはフェリスのそばに行くとフェリスがブルースフィアモルフォの左羽を取り出す。完璧な左右対称だった。
もちろんカイトが即席で作った嘘だが、それを嘘と証明する事は意外に難しい。
「フェリス!お前がそんな物を持ってるなんて私は初めて知ったぞ!」
フェリスが怒鳴られてビクッと怯えるとピピンが牽制する。
「私の娘に大きな声を出さないでください」
「な!?くっ……フェリス、その話は本当なのか?」
「はい……兄様。ボクのお母さんがボクの本当のお父さんが持ってるから、見つかるまでは誰にも見せてはいけないって遺言で……ずっと黙っててすいません」
フェリスはしおらしく演技をしている。
そんなフェリスをローガンは忌々し気に睨みつける。ローガンはローガンなりにフェリスを愛している。サンドバック代わりの妹として、ストレス発散の道具として、ドラゴノート家の血を濃くする女として、出世のための接待用の奴隷として……どれもまともでないがローガンはフェリスに執着していた。それがピピンの娘となってしまうと困るのだ。フェリスを失うだけの話では済まない。今までのことなどが表沙汰になったら……特に明日謁見する王の耳にでも入ったら……フェリスの体を差し出して高官のご機嫌を伺い、ようやく巡ってきた宮廷召喚士の話がメチャクチャになる。だから冷静さを失い必死になった。
「嘘だ!そんな物どこかで買ってきただけに決まってる!」
ピピンは予想通りの反応をしてくれるローガンを笑いそうになったが、平静を装う。
「嘘?しかし、ブルースフィアモルフォを買おうとしたら、王都一等地の屋敷を買えるくらいの金が必要ですし、その希少性ゆえに市場に出れば、必ず噂になり、取り扱えるのは王家御用達の店くらい……そのどこにも購入履歴がないはずですよ?」
「そ、それは……」
「そうなると手に入れられるのは、ボトムレスアビスの最深部にいけるS級冒険者くらい……若い頃、私と妻のマリアで行きまして……」
ピピンが言い淀むと、マリアが補足するように喚き散らす。
「そうよ!あの時!命がけで最深部まで行った時!愛してるのは私だけだって言ったのに!私にはくれないで娼婦に渡してたなんて!」
こうなってくるとローガンはブルースフィアモルフォの出所や信憑性をつついたところで、どうにもならない気がしてきた。
「しかし、フェリスは先代当主の父と娼婦の間に生まれた子供のはず……」
ローガンがそうボヤくのをピピンは聞き逃さなかった。これを待っていたのだ。
「その娼婦の名前は?」
「え?娼婦は……娼婦としか……」
「娼婦にだって名前はありますよ。まさか名前も知らないのですか?」
「いや、でも……フェリスは娼婦の子供だって」
「名前も知らない娼婦の子供ならば、勝手に自分の子供と認定してもいいのですか?それではただの人攫いではありませんか?」
もちろんフェリスは先代当主と娼婦の間の子供である。しかし、DNA鑑定があるわけでもないので、ハッキリいって曖昧なものだった。ローガンはフェリスを娼婦の子供としか聞いていないので名前などわからない。だから、さっき聞いた名前を口に出してしまった。
「ポ、ポーラ……そう、フェリスは先代の父と娼婦のポーラの子供……」
これを聞いた瞬間、カイトは見えないように小さくガッツポーズをする。ハッキリ言って賭けだった。しかし、カイトはフェリスの扱いを聞いて、ローガンがフェリスの母の名前など興味がないという確信があり……そして勝った。
「レビアだよ……」
フェリスが呟くと、ローガンはハッとした顔でフェリスの方を向いた。
「え?レビア?」
「そうだよ!ボクのお母さんの名前はレビア!ポーラなんかじゃない!だからボクは兄様の……あんたの妹じゃない!」
フェリスの叫びにローガンは震えて、次にポーラと言っていたマリアを見る。
するとマリアはいつもの「あらあら~」の顔になっていた。
ローガンはようやくはめられた事に気が付く。
「さっき……さっきポーラって……」
半ば放心状態のローガンをしり目に、マリアはピピンと話始める。
「あらあら~、あなた私に嘘ついてたの~」
「すまないマリア。本当の名前を言うと君が探し出して殺してしまうと思ってつい偽名を……」
「あらあら~、ひどい人ね~。私そんな怖くないわよ~」
「ははは。しかし、これでハッキリしたじゃないか。フェリスさん……いや、フェリスは私の娘で、ローガンさんの妹さんはポーラという娼婦の娘。もちろん私はポーラなんて娼婦は知りませんがね」
ローガンは反論できなかった。確かにフェリスはローガンの異母妹であるが、フェリスとベルリオーズ家が結託して即興の不倫劇を演じることで、事実をうやむやにする事ができた。
もうローガンは何をどうすればいいのかわからなくなっていた。
「しかし……でも……フェリスは私の妹で……こんやk」
ピピンはその言葉を言いきらせなかった。
「ローガンさん」
「は、はい」
「今日までフェリスを育てて頂いてありがとうございました。後日、これまでどのようにお世話になったかフェリスに聞いて、お礼にあがりますので、お引き取り願えないでしょうか?あなたも明日大事な用事があるとフェリスから聞いておりますので……」
ピピンが丁寧かつ穏やかな口調で脅迫するとローガンは逃げるしかなかった。
「ちっ!後日改めて話し合いの場を設けて頂きます。本日はこれで……」
怒りを隠しきれず、顔を真っ赤にして、大股で出ていくローガン。
ローガンが十分離れた瞬間、それまで一言も喋らなかったカイトが飛び上がってガッツポーズ。
「よっしゃ!どんなもんじゃい!完璧な脚本と演出だったでしょ?あの糞兄貴の顔ったらないぜ!ざまぁ!あははは、は……アレ?皆……その目は何?」
カイトは自分に賞賛が贈られると思って調子の乗っていたが、そういう雰囲気ではない。特に婚約者三人の視線が冷たい……そしてリューネがカイトの胸倉を掴む。
「カイト!あんた、フェリスにあんなものプレゼントしてたの!?」
「え?う、うん。虫が好きっていうからアイテムボックスにあったものを……」
「あんなもの渡したんだから、あんた責任とりなさいよ!これでフェリスを嫁にしなかったら……殺す!私も一緒に死んであげるわ!一夫多妻制がどうとかぬるい事いうんじゃないわよ?いい?わかった?」
「は、はいぃぃ」
カイトが思ってる以上にブルースフィアモルフォの羽の価値と意味は重かった。現代に置き換えれば、十数億円の婚約指輪みたいな物もの……婚約者たちは、そんなものを慰み者にされ心身ともに傷ついた少女に安易に渡すカイトの無神経さに呆れていた。
そんな女性代表としてリューネがカイトを教育すると、今度はフェリスに向かう。
「はあ、カイトのアイテムボックスの棚卸は今度するとして、フェリス……流れとはいえ、私たちの家族になるけどいい?」
フェリスは夢見心地でボーっとしていて反応が薄い。
「ボク……本当にいいの?ただの演技じゃ……マリア先生……ピピン先生……ボク、二人の子になっていいの?」
ピピンは照れくさそうにハゲ頭をかいていたが、マリアはいつもの笑顔で、
「当り前じゃない。だって夫の子供なんだから私の子よ。ね~あなた」
「そうだな。フェリスさ……いや、フェリスはベルリオーズの家の子だよ」
その瞬間、フェリスは泣いて動けなくなってしまったので、マリアが優しく抱きしめた。
そんな二人をカイトが満足そうに見ているとピピンが肩を叩く。
「カイト……これで終わりじゃないぞ」
「ああ、わかってるよ。予定通り、明日王宮へ行く」
カイトのやるべき事とローガンへの制裁はまだこれからだった。