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1-3 生意気婚約者わからせタイム

 カイトとリューネの決闘はベルリオーズ家の庭で行われることになった。


「さあ、どんな手使ってもいいから、かかってきなさい」


 リューネは剣を構えて息巻いているが、カイトは手ぶらでまるで緊張感が無い。


「カイト君、頑張って~」


 セリアが惚気きった応援を送ると、カイトは顔を緩ませて手を振る余裕さえある。

 リューネは余計に苛立って剣の切っ先をカイトに向けた。


「はじめ!」


 ピピンのその合図にリューネは「どうやって叩きのめしてやろうか」と考える――その開始直後の一瞬にも満たない油断を突くように、カイトは瞬時に間合いを詰めると、無造作に構えていたリューネの剣を蹴り上げて、正拳突きを放った。

 呆気にとられたリューネはカイトの繰り出した正拳突きが寸止めされたのに全く反応出来ず、眼前の右拳からの風圧で目をパチクリさせた。


「え?」


「勝負ありだよな?」


 さっきまでの馬鹿面していた人間とは別人のような冷たい声のカイトにリューネは声を荒げた。


「わざと油断させたわね!それに、その体術は何なのよ!あんた召喚士じゃないの!?」


「そっちが勝手に油断しただけで、召喚士が近接戦闘できないなんて決まりは無いけど?俺はリューネが隙だらけだから、肉体強化の魔法を使って真っ直ぐ間合いを詰めただけだよ」


 その通りだろうがリューネはまだ現実を受け入れられなかった。

 そんな娘にピピンとマリアが説明を加える。


「リューネ。言ってなかったがカイトは召喚獣無しでもS級冒険者クラスの力あるからな」


「そうよ~リューネちゃん。カイトちゃんは素手の格闘ならお父さんよりも強いわよ~」


 そんな両親の言葉があってもリューネは信じられなかった。

 召喚士のくせに召喚獣無しでS級?

 素手同士ならパパより強い?

 それよりも彼女の学年トップというプライドがこの結果を受け入れられなかった。


「も、もう一回!今のは油断しただけ。あと、あんたも手加減しないで召喚獣使いなさいよ」


 そんなリューネの要求に対して、カイトは不満そうな目線をピピンに送ると、彼は申し訳なさそうに首を横に振る。一年間共に過ごしたカイトには、ピピンの「娘のわがままに付き合ってくれ」という意図が伝わった。


「はー、わかったよ。じゃあ、今度は物理攻撃無しの魔法勝負にするか」


 リューネは「しめた」と顔にだした。【召喚士】は攻撃魔法が使えないジョブだから、純粋な魔法勝負なら魔法剣士のリューネが圧倒的に有利だからだ。


「ええ、それでいいわよ。私が勝っても一勝一敗の引き分けって事にしてあげるわ」


「はいはい。それでいいよ」


 再び両者が開始位置につくと再びピピンが開始の合図をだした。

 リューネはその合図フライングギリギリで火魔法を放った。


「ファイアボール!」


 リューネは先の失敗を反省して、油断せずに先手で魔法を放ち、主導権を握ろうとした。

 しかし、そんな彼女の思惑通りには事は進まなかった。


「えっ、そんな! 私のファイアボールが相殺された?」


「たしかに俺は攻撃魔法を使えないけど、俺の召喚獣はそうじゃないからね」


 いつのまにかカイトの右腕に赤い蛇が巻き付いる。その蛇の口から放った炎がリューネのファイアボールを打ち消していた。


「くっ、そんな下級召喚獣の魔法なんて!」


 リューネはより魔力を込めたファイアボールを連続で放ったがカイトは溜息をついた。


「はー……本当に召喚士の評価が低いな」


 カイトがこの世界に来て一番のギャップは召喚士の評価――ゲームでは特殊なスキルの組み合わせが発見されるとチート扱いされたのだが、こちらでは下級召喚獣を召喚するだけで笑いものにされる事がしばしばあった。

(ピピンとマリアさんでさえ召喚士から転職させようとしたもんな……まあ今じゃあバケモノ扱いされて『絶対に本気を出すな』って釘刺されてるけど)

 カイトは愚痴をこぼしながら、リューネのファイアボールを右手の蛇の召喚獣であるニシキの火魔法で打ち消した。

 そんな目の前の光景にリューネは自分の中の召喚士の認識を疑い始める。召喚獣のランクは星1~5まである。星1は下級、星2は上級、星3は超級、星4は幻級、星5は神級に分類され、一部の名門貴族が保有する星2の上級召喚獣は強力だが、星1の下級召喚獣に自分の魔法と互角の力があるなんて考えられないのだ。

 そんなリューネの考えはカイトに筒抜けだった。

 カイトは聞かれてもいないが彼女の疑問に答えてあげた。


「あー、俺の下級召喚獣が何でこんな強いのかって顔してるけど……召喚獣は召喚士の強さに連動するからね。俺のレベルは78だからただの召喚獣だと思わない方がいいよ」


「レベル78!?学年主席の私でさえ27なのに、どんなズルしたのよ?」


 リューネが声を荒げるのも無理はなかった。大人でもレベル30もあれば一流、レベル40で超一流、レベル50になる頃には引退。それより上は天才か狂人しかいない。


「ズルなんてしてねーって。ピピンとマリアさんと毎日S級ダンジョンに潜る生活してたから、頑張ってレベルが上げしたんだよ」


 その言葉をリューネは認めたくなかった。自分では両親に頼んでも絶対にS級ダンジョンに連れていってもらえない。つまりカイトの方が自分より信頼されているということだ。


「くーーー、あんたが私より強いのは認めるわ。でも魔法剣士の誇りにかけて魔法勝負では負けられないのよ!」


 リューネがそう宣言して再びファイアボールを放とうとしたが、カイトは構えない。気付いたら右手の召喚獣も消えていた。


「悪いけど、もう勝負ついてるから。足元見てみな」


「ほぇ?」


 リューネが間抜けな声を出しながら下を見るとハリネズミが足にくっついていた。


「チューッ」


 ハリネズミの召喚獣の鳴き声に(あ、かわいい)と思った次の瞬間――


「あばばばばばば!」


 リューネは電撃を喰らって恥ずかしい悲鳴をあげて前のめりになって倒れる。


「ハリーご苦労様。ったく、足元が隙だらけだよ」


 カイトは雷属性のハリーの召喚魔法を解きながらリューネを見下ろしていた。

 誰もが決着を確信したが、ボロボロのリューネは剣を杖代わりにして立ち上がろうとしていた。


「ま、まだまだ……」


 散々悪態をつかれたカイトも、リューネの筋金入りの負けず嫌いには呆れるのを通り越して、もはや尊敬の念を抱き始めた。


「いやいや、もう勝負ついたでしょ。そんなに俺が嫌い?」


「正直あんたのことなんてどうでもいいの。でも、私だってこの一年頑張ったのに……パパとママの前でこんな無様な負け方するのは嫌!」


 リューネの心はまだ完全に折れていなかった。にらみつけてくる彼女が健気に思えてきたカイトはポニーサイズの紫色のケルピーを召喚する。


「ジュリアナ、回復魔法かけてあげて」


 水属性の召喚獣のジュリアナは、「ヒヒン」と短く返事をすると、リューネにミスト状の水魔法をかけて、たちまち回復させた。

 ただダメージが消えただけでなく、コンディションが絶好調になったリューネは余計に敗北感を味わい、プライドを傷つけられた。


「なんで敵に回復魔法かけるのよ!」


「一年ぶりの親子の再会に水差したのは悪いと思ったから、もう少し付き合ってあげようと思ってね」


「くっ!私を馬鹿にしてるの?これは決闘なのよ!?」


「そういえば決闘だったね……もし俺がその気なら何回も殺されてるって自覚ある?」


「え……そ、それは……」


「言いにくいけど決闘だと思ってるのはリューネだけじゃないかな?俺はピピンに世界の広さをわからせてくれって頼まれただけだし……それに、この勝負に勝っても他の所に行くつもりだよ」


「そ、そうなの?」


 カイトの言葉に、リューネだけでなく他の三人も動揺していた。


「こっちの世界にきて一年……リューネは嫌だろうけど、世話になったピピンとマリアさんが家族として受け入れてくれるって聞いた時は嬉しかった。けど、俺のせいで本当の家族がギクシャクするくらいなら出ていくさ」


「でも、それじゃあ……どこか行く当てはあるの?」


「リューネが心配する必要はないよ。そうだな……正直、王都にも貴族にも興味無いし、また辺境で冒険者生活に戻ろうかな?もともと異世界に来た時は一人だったから元に戻るだけだしね」


 カイトが少し寂しそうに、そう言うとリューネはいたたまれなくなって謝罪した。


「ごめん!手紙でパパとママがいつも褒めてるからヤキモチやいてただけなの!パパとママを取られたみたいで……私だって頑張ってるのにって、悔しくて。だから、私のワガママであんたに出ていかれたらパパとママとセリアに申し訳ない……考え直して欲しいの」


 リューネのいきなりの態度の軟化に、出ていく腹積もりだったカイトの方が困ってしまった。


「え?リューネはそれでいいの?」


「い、いきなり婚約とかって言われて……正直よくわからないけど……思ったより悪い奴じゃなさそうだし……パパとママとセリアと仲がいいなら、一緒に住むくらい……べ、別に……いいわよ」


 リューネが照れくさそうに言うので、カイトまで気恥ずかしい気分になってしまった。


「……それじゃあ、もう決闘しなくていいよね?」


 そんなカイトの休戦の呼びかけにリューネは首を横に振る。しかし、彼女には先ほどまでの敵意はなかった。


「せっかくだから最後に私の修行の成果……私の最強魔法をパパとママ……そしてあんたに見せてあげるわ。だから、あんたも本気の魔法を見せなさいよ」


「ごめん、本気出すとこの辺り一帯が吹っ飛ぶから無理」


「ふん、吠え面をかいても知らないわよ」


 リューネが晴れやかな笑みを浮かべて、自分の剣にありったけの魔力を込める。


「これが……私がこの一年で習得した火と光の混合魔法『ソルプロミネンス』」


 ファイアボールとは比較にならない熱量の炎がリューネの剣先から放たれた。

 しかし、カイトは慌てることなく再び火属性のニシキを召喚して迎え撃つ。


「ニシキ、『ヴォルカストーム』中火」


 カイトは明らかに余力を残しつつも、リューネの『ソルプロミネンス』よりも少しだけ強い火魔法を事もなげに発動して見せる。

 リューネは自分の最強魔法が少しずつ飲み込まれるのを目の当たりにすると、もう苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ふふ……やっぱり私、あんた嫌い」


「そう?おれはリューネの事嫌いじゃないけど」


 二人がそんな軽口をたたいた直後、二つの火魔法が暴発して対消滅――その熱と衝撃は押し負けていたリューネに向かい、彼女は吹き飛ばされた。

 こうしてリューネの完敗で決着がついた。

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