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1-28 火竜を包装わからせクーリングオフとフェリスの告白

 フェリス・ドラゴノートという少女は普段の生意気な態度とは裏腹に、暴力を振るう兄に抵抗できなきくらいに気弱だった。そんな性分ゆえに他人を傷つけようと考えた事などなかった。そんな性格と固有スキルの影響で発動しなかった契約魔法印が、彼女の生まれて初めての本気の殺意に呼応する形で発動した。


「あ、熱い!熱いよおおお!」


 突然、叫んでうずくまるフェリスを見た女子たちは演技だと思って最初は笑っていたが、フェリスから発せられる魔力と熱気に恐怖して硬直する。中には失禁するものまでいた。


「ひ、ひいいいい!バケモノ!」


 一人がそう叫んで逃げ出すと、他も蜘蛛の子を散らすようにバラバラで逃げていく。

 しかし、フェリスにはそれを追うどころか見る余裕もない。自分でも制御できない力に恐怖して、抑えようと必死になっていた。自分の背中から立ち昇る火柱が竜の形になろうとしている――フェリスは本能的に、それが危険なものだと理解して、それが暴走することだけはなんとか阻止しようと抵抗している。しかし、背中の激痛にもう耐えられそうになく、意識を失いかけた時――


「フェリス!大丈夫か!?」


 駆けつけたカイトの声で、フェリスは途切れかけた意識を繋ぎとめた。

 今、一番会いたいけど同時に一番会いたくない人にフェリスは独り言のように、


「カイちゃん……ごめんなさいごめんなさい……もう、ボク……カイちゃんとは喋らないって……ボクなんか見捨てて逃げてください……」


 カイトは当然フェリスを見捨てないが、今はフェリスのメンタルのケアよりも、暴走している契約魔法印の召喚魔法をどうにかしなければいけない。フェリスが頑張って抑えようとしているが、それに彼女の体が持たないのは明らかだった。


「フェリス!言いたいことは色々あるけど、とにかく今はソイツをどうにかしなくちちゃならない!だから、それを無理に抑え込むな!開放しろ!」


「で、でも……カイちゃんに……迷惑かけちゃう……嫌われちゃう……」


 そう泣きながら訴えかけるフェリスをカイトは叱りつける。


「いい加減にしろ!こんなこと迷惑じゃないし、お前を嫌いにならない!っていうか嫌いになれない!だから、もっと俺を頼れ!」


 フェリスはそれを聞くと、一瞬笑みを浮かべて意識を失う――それと同時に、火柱は渦を巻き、火竜が顕現した。


「フェリスにカッコつけたけど……ちょっと厄介だな……」


 カイトは地響きのような唸り声をあげる巨大な火竜と睨みあいながら愚痴をこぼす。カイトの見積もりでは火竜そのものはS級モンスター。倒すだけなら難しくないのだが、暴走召喚の影響でフェリスとリンクしていて、下手に攻撃するとそのダメージがフェリスにフィードバックすると予想される。目的はフェリスを助けることなので、安易に火竜に攻撃できない。


「まあ、俺一人じゃ無理だけど、何とかなるか……コウベ、ジュリアナ、メル、ポチ、パンク」


 カイトは5体の召喚獣を同時にだして火竜に立ち向かう。ただ火竜を殺すなら、ゴクウだけで十分……しかし、火竜にダメージを与えずに無力化するとなると、この5体が最適解――気分としては、戦うというよりも、割れ物を過剰包装するのに近い。


「パンクは正面から駆け抜けて『デコイ』で攪乱、メルとポチはガチガチ拘束コースで頼む。ジュリアナは周囲の被害を出さないようにバリア展開。コウベは魔力を吸い取れ……では行動開始!」


 この作戦の要であるパンクが『デコイ』の魔法で火竜の注意を引き付け、メルとポチがそれぞれ木と闇の拘束魔法で火竜を縛り上げ、ジュリアナは火竜が放つ熱気を『バブルバリア』で打ち消して周囲の被害を無くし、コウベが『エナジードレイン』で火竜を沈静化させる。これはカイトの目論み通りうまくいった。


「ギュオオオオ!」


 5匹の完璧な連携の前に火竜は惨めな雄たけびを上げる事しかできない。

 問題はフェリスだ。カイトは5匹が火竜を抑え込んだスキにフェリスを抱き上げたが、息が早くて浅く、昏睡状態に近かった。

 

「カイトちゃん!フェリスちゃんの容態は!?」


 他の生徒の避難を終えたマリアがチャッピーに乗って駆けつけた。


「……普通の回復魔法では……マリアさん、今から俺がやるのはあまり人には言わないでください」


 カイトはそう言ってフェリスの衣服の背中の部分を手で引き裂く――フェリスの契約魔法印が鈍い光は放っている。暴走状態で、フェリスの意思を無視して彼女の魔力を火竜に送り続けていた。


「これがある限りどうにもなりません。だから消します」


「消すって……こんなもの消す魔法や薬なんて……」


「ええ、俺も知りません……だから創ります。ピースケ、タマ、頼むぞ」


 マリアが呆気にとられていると、ピースケの聖魔法とタマの光魔法が混ざりあって、フェリスの背中に降り注ぎ、契約魔法印が薄れていく。


「流石カイトちゃん……それにしても、こんな事隠してたのね~」


 マリアが褒めながらも、少しすねたような口調で言うと、カイトは悪びれずに、


「隠すもなにも俺だって初めてですよ。ピースケの『聖竜の加護』とタマの『獣王の威光』の二つのモンスター魔法の混合魔法なんて使う機会ありませんから」


 異なる属性の魔法を同時に発動させる混合魔法は難易度が高いが人間でも扱える。しかし、モンスター魔法は青魔法という特殊な訓練が必要で、それの混合などできる人間はいない。召喚士にしかできない芸当だった。

 何はともあれ、これでフェリスの契約魔法印が消滅して、同時に火竜も霧散した。

 しかし、これが全ての問題の解決ではなかった。




 フェリスは学園の保健室で目を覚ました。しかし、記憶が曖昧でぼんやりしていると、


「お、フェリス、ようやく目が覚めたな。まだ無理するなよ」


 その声に驚いたフェリスが起き上がるとカイトがいる。その他にもセリア、リューネ、マリア、そしてピピン。ベルリオーズ家が全員揃っていた。


「カイちゃん……ベルリオーズの家の皆さんも……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 涙目で頭を下げるフェリスにマリアがいつも通り微笑んでいた。


「安心して~フェリスちゃん。幸い怪我人は出てないわ~。被害は……しいて言えばカイトちゃんがフェリスちゃんの服破いて、契約魔法印を消しちゃったことくらいかしら~」


 フェリスが驚いて、自分の着ている服が変わっている事に今気が付いた。


「え!?カイちゃんが……消した……」


 フェリスに虚ろな目で見つめられたカイトは慌てて謝罪した。


「勝手な事してすまない。でも、あの状況では仕方なかったんだ。勝手に服脱がして……俺に触られて嫌かもしれないけど……」


「嫌じゃないよ!ボク、カイちゃんを嫌いになったことなんて一度もないよ!でも、でも……う、ううう」


 フェリスが堪えきれずに泣き出すと、セリアとリューネがフェリスの傍によって、優しく背中をさすってあげる――そして、少し落ち着いたところで本題に。

 カイトが重々しく口を開く。


「フェリス……一体何があったんだ?何か契約魔法印が暴走するきっかけがあったはずだけど……」


 心配そうに見つめてくるカイトの顔を見たフェリスは、どこか吹っ切れたような悲しい笑顔を浮かべていた。


「うん……もう、これだけ皆に迷惑かけて黙ってるわけにもいかないよね……」


 カイトはそのフェリスの雰囲気から何となく察していた。


「フェリスの家……やっぱり、その関係か?」


「カイちゃん……あんだけ言ったのに、調べたでしょ」


 少しいつものフェリスらしく少し生意気な口調だった。


「す、すまん。調べたわけじゃなくて……クラスメイトのロッシュから少し聞かされたんだ……今の当主がフェリスの兄さんって事くらいしか知らないけど」


「そっか……ボクの…………なんだ」


 カイトは『ボクの』の後の大事な部分が聞き取れない。フェリスも聞かれたくないのか、ものすごい小声だった。


「ごめん、よく聞き取れなかった」


 カイトの催促にフェリスは深呼吸をしてから答えた。


「すーーっ、はーー……ボクの、ボクの婚約者……兄様……現当主のローガン兄様なんだ」


 それはカイトが異世界に来て一番ショックを受けた言葉だった。カイト以外では、特にリューネが驚きを隠せずにいた。


「ぴ、ピピン……この国では、兄妹で結婚できるの?」


「……異母兄妹ならば可能だが……特殊な魔法使い一族のための古い法律で、正直一般的ではない」


 ピピンの返答にカイトは異世界のギャップに衝撃を受けて茫然としていた。

 そんなカイトにフェリスが慰めるような声色で、


「ボクは先代当主と娼婦のお母さんの間に生まれた子なの……この髪と肌の色はお母さん譲り……昔は貧民街に住んでたけど、お母さんが流行り病で死んだ時に引き取られて……優秀な召喚士を産ませるために……ドラゴノート家の血を濃くするために……ボクは兄様と結婚させられるの」


「そ、そうなのか……でも法律的に大丈夫なら……フェリスが幸せなら……」


 カイトはそう言いながらも、ロッシュからのフェリスの兄の悪評を思い出して胸がざわついていた。

 それ以上にフェリスが取り乱していた。


「幸せなわけないよ!昔から殴られて!蹴られて!踏まれて!……それだけじゃ……ボク……兄様に命じられて……貴族や商人相手の相手を……」

 

 フェリスは涙を零しながら絞り出すようにそこまで言うと、俯いて何も話せなくなる。そんなフェリスをセリアとリューネが抱きしめる。

 カイトは頭の奥が急速に冷たくなるのと同時に心臓が熱くバクバクと破裂しそうになるのを感じた――人生で最大の怒りを覚えた瞬間――表情筋は死んで、目に冷たく鈍い光が宿っていた。

 そんなカイトの変貌に気付いたフェリスは絶望の表情を浮かべて、


「カイちゃん、ごめんなさい!ごめんなさい!こんな汚れた女が!ベタベタして!甘えちゃって!ベルリオーズ家の皆さんもすいません!ボク、カイちゃんを誘惑しました!……実技試験の次の日……遊びに誘ってもらった日……兄様が宮廷召喚士になるために……高官の相手をさせられて……もう耐えられなくて……次の日に……カイちゃんに……好きな人に……抱いて欲しくて……我慢できなくて……」


 狂ったように謝った後、ボソボソと述懐するフェリスの頭をリューネがギュッと抱きしめた。


「もういい!もう話さなくいいよフェリス!誰も怒ってないから……大丈夫、大丈夫だよ……」


 これ以上聞きたくないというのがリューネの本音だった。

 しかし、もう全て吐き出したいフェリスは続けた。


「……ボク……この事を……カイちゃんに知られたくなくて……拒絶したのに……カイちゃんと……離れたくなかったのに……でも……今日の授業のグループに……ボクが相手した男の親戚がいて……カイちゃんにばらすって……そしたら……契約魔法印が……」


 フェリスはそこまで言うと黙ってうなだれていた。

 他の面々も言葉が見つからず重い空気が流れる――そんな空気をカイトが破った。


「フェリス」


 静かで力強く抑揚のないカイトの声に、呼ばれたフェリスは恐慌状態になる。


「カイちゃん!ごめん!ごめんなさい!黙ってて!騙してて!う、うううう……怒ってるよね……」


「ああ、怒ってる」


「そうだよね……ごめんなさい……ごめんなさい」


「俺が……俺がそれを知ったらフェリスの事嫌いになるような男だと思ったの?」


 カイトの悲しそうな顔……フェリスが一番見たくない顔だった。


「ち、違う!カイちゃんは本当に優しい!そんな人じゃないないよ!ボク、知ってるよ!でも、でも……」


「だったら……頼ってくれよ……俺……フェリスが好きなんだ。その話を聞いても……いや、今まで以上にフェリスを守りたい」


「ありがとう……ありがとう……嬉しい……でも、わかって……カイちゃんが本当に好きだから……だからカイちゃんにだけは知られたくなかったの……」


 そういうフェリスの頭をカイトが優しく撫でる。

 フェリスはカイト、セリア、リューネに囲まれて少し落ち着いた様子だった。

 しかし、その静寂を破られる――髪を振り乱すほどに慌てたパレットが教室に駆け込んできた。


「皆さん!ドラゴノート家の当主がフェリスさんを迎えに来るみたいです!」

 

 それはフェリスをどん底に叩きおとす言葉だった。血の気が引いて、震える。

 そんなフェリスにカイトが優しい声で話しかける。


「大丈夫だよフェリス。俺に任せて」


「でも……どうすれば……」


「なあ、フェリス。ブルースフィアモルフォの羽を貸してくれないか?さっき上着に入ってたのを、スカートのポケットに移しておいたけど」


「え、でも……これ、カイちゃんの……ボクの宝物なの」


「ああ、だから右の羽だけ貸してくれ」


「う、うん」


 フェリスが名残惜しそうにカイトに渡す。

 それを受け取ったカイトは、悪い笑顔でピピンに歩み寄って、


「ねえ、ピピンパパ♪お願いがあるんだけど♪」


「ふふ、また変な事思いついたな」


 ピピンはカイトがこういう顔をする時、ろくでもない事が起こるのを知っていた。しかし、ピピンはカイトが引き起こすろくでもない事が好きだったので、自然と笑いが止まらない。


 そんな父と婚約者を見ていたセリアは怒りと興奮で滾っている――


 クソオス!クソオスの中のクソオス!死ね!死ね!私の……いえ、カイト君のフェリスちゃんを傷つけやがって!悲しませやがって!許さない!許さない!でも……あはははは!私は何もしません!だって出る幕はありません!なぜならカイト君の顔にハッキリと書いてあるんです!反撃開始だと!ざまあの時間だと!そして真のわからせの時間だと!

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