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1-26 狂ったエロガキは拒絶する

「明日は休みだし試験の打ち上げで、皆で街に出かけましょう」


 ジョブ別選択授業の実技試験の翌日の学園は休み――セリアは試験が終わって、教室に集まったカイト、リューネ、フェリスに提案した。

 当然、全員予定が空きかと思ったら、フェリスが小さく手を上げた。


「明日は……ごめん……ボクは用事があるから……パスで」


 声に張りが無く、表情も暗いフェリス――今回の試験で一番頑張ったのは間違いなくフェリスなので、カイトが気を利かせて、


「それなら別の日にするか?」


 そう提案するカイトにフェリスは大きく首を横に振った。


「いいよ!ボクの事気にしないで!それに……カイちゃんは、最近ボクにかまけてばっかいたんだから、フィアンセにサービスしなくちゃ愛想つかされちゃうよ?」


 らしくない事を言うフェリスを意外そうな顔したリューネが小突いた。


「何いまさら遠慮してるのよ……まさか、試験で何かあったの?」


「もうお姉ちゃんは空気読めないんだから……ほら、私たちはパレット先生を誘いにいこう」


 セリアがそう言ってリューネを引っ張っていって、カイトとフェリスの二人だけの空間を演出する。しかし、気まずい沈黙が横たわった。

 そんな空気を思いつめた顔のフェリスが破った。


「カイちゃん……」


「どうした?」


「カイちゃんは……ずっとカイちゃんだよね?」


 カイトはフェリスが何を言っているのか理解できなかった。フェリス本人ですら、感覚的な言葉を口走った風で、言った事を後悔しているように見えた。

 カイトは深く追求せずにサラッと答える。


「そりゃ、俺はずっと俺だろ。なんだか分からないけど、心配するなよ」


「にしし♪だよね……じゃあ、またねカイちゃん」


 そう言って去って行くフェリスの背中が酷く寂しそうなので、カイトの脳裏に焼き付いて離れなかった。




 そして次の日、カイトは婚約者三人と街に出かけたが――


「はあ、せっかく旦那様とお出かけだというのに……なんで男が付きまとってくるのでしょうか……」


 露出の激しい服装のパレットは不思議そうに首を傾げているが、リューネがツッコミを入れる。


「いや……先生、その服は攻めすぎですよ。胸がこぼれそう……」


 リューネはパレットに刺激的な服装について指摘したが馬耳東風。


「しかし、旦那様とプライベートな時間を過ごせるのですから、やはり勝負服でないと……旦那様はお嫌ですか?」


 パレットは露わになった大きな胸の谷間をカイトの眼前に突き出しながら誘うような言い方をした。


「いや、すごくいいと思います。パレット先生の良さが全面に押し出されてますけど、押し出しすぎ……そりゃ男が寄ってきて当たり前ですよ」


「そんなに旦那様に褒めていただいてパレットは幸せです」


 パレットは年甲斐もなく喜んでいたが、こんなエロ衣装の女性と街中を歩くのは、色々とキツイと思ったカイトは、


「他に人がいなければ嬉しんですが街中なんで……セリアさんくらいの落ち着いた服装の方がいいかな……な~んて」


 カイトは清楚な私服姿のセリアを見ながら、遠回しにパレットに釘をさすと、有頂天になったセリアが即行動。


「じゃあ、私が聖女式コーディネートしてあげますね。さあ、先生こっちのブティックに行きましょう!カイト君、すぐに戻ってきますので、この辺りでお姉ちゃんとシッポr……仲良く待っててくださいね」


 こうしてカイトはリューネと二人きりに――

 リューネが出店の品を眺めている。そんな彼女を眺めるカイトは、フェリスにブルースフィアモルフォの羽をプレゼントした時の事を思い出す――話の流れとはいえフェリスに高価なものをプレゼントしておいて、自分の婚約者には何も渡さないというのは、ひどく不潔な事に思えたカイトは、リューネに何か買ってあげねばという義務感が生まれた。


「リューネは何か欲しいものある?あったら俺がプレゼントするよ」


 そんな、らしくないカイトをリューネが見透かしたように、


「あんた、今フェリスの事考えてたでしょ?」


「え?何でわか……」


「はあ、あんた、そういう所だけはダメね。ちょっとカマかけただけでコレ……」


 カイトが何も言い返せないでいると、リューネが更なる追撃を加えた。


「ねえ、カイト……フェリスのこと好き?」


 リューネはカイトの目を真っすぐ見る。冗談を言える空気ではないし、嘘を言っても通じない事をカイトは確信――だから思ったままの言葉が自然と口から出ていた。


「……嫌いと言ったら嘘になる」


 そんなカイトの搾り出したような答えをリューネは鼻で笑った。


「はん、好きっていってるようなもんじゃない。まあ、婚約者の前でハッキリと別の女が好きって言うよりはマシかしら」


「ご、ごめんリューネ。でも、俺はフェリスとは何も……」


「でしょうね。それくらい見ればわかる……それに勘違いしてるようだけど、別に私怒ってるわけじゃないのよ。むしろ、『どうでもいい』とか『嫌い』だなんて言ってたら、一発ぶん殴るつもりだった」


「え?え?じゃあ、どういう意図で……」


 リューネは自分自身でも考えがまとまっていないのか、少し空を見上げて逡巡を巡らす。


「自分の婚約者にこんな事言うのもアレだけど……フェリスに優しくしてあげて」


 カイトはリューネの思いがけない言葉に困惑した。


「……俺、フェリスに優しくないかな?」 


「違う!今のカイトがフェリスに優しくないって意味じゃないの!……私も上手く言えないんだけど、フェリスはカイトに会ってから本当に輝いてる。あの子……正直、女子の友達もほとんどいないし、下心丸出しの男ばかり寄ってきて学園生活すごくつまらなそうだった。それがカイトが来てから変わって……だから、これからも今みたいに上手くやってほしい」


「う、うん……言い方悪いけど、リューネに言われなくてもそのつもりだよ?」


「例えフェリスに婚約者がいても?」


 その言葉を聞いたカイトは自分の胸がチクッと痛んだのを自覚していた。今こうして婚約者の美女三人を連れ歩いているのに……自分の浅ましさに反吐が出そうだったが、なんとか平静を装った。


「そのつもりだけど……俺、フェリスから婚約者の話聞いたことが無い。リューネは知ってるの?」


「実は私も知らないの……それどころか、あの子は家の事を不自然なくらいに全く喋らないし……でもドラゴノート家は伯爵家。その令嬢に婚約者がいない方がおかしいのよ」


「それは同感だけど……もし婚約者がいるなら、どうして俺にあんなにベタベタしてくるんだろう」


「現実逃避……だと思う」


 リューネは確証が無いから自信なさそうに言ったが、カイトはストンと胸に落ちた。最近のフェリスの情緒不安定さもそれで説明がつく。そうなると、問題はフェリスの逃避したくなる現実が何なのか……しかし、彼女はそれを話そうとはしない。


「フェリスの事をよくわかってない私が偉そうに口出すのも気が引けるけど、カイトには一線を守った上でフェリスと仲良くしてあげてほしい」


 カイトは改めて、リューネは根っからの友達想いな優しい女の子だと気づかされて、彼女の依頼に笑顔で快諾した。


「ああ、約束するよ。そして、フェリスの事で悩んだら真っ先にリューネに相談する」


「ありがとうカイト……おだてるわけじゃないけど、カイトみたいに話しやすい婚約者を持てて、私は幸せよ」


 リューネは少し恥ずかしそうだったので、カイトは茶化して空気を変える。


「そう言ってもらえて嬉しいけど、おだてても高いものは買ってあげないよ?」


「もう、おだててないって言ってるでしょ。この馬鹿カイト!」


 そう言いながら、リューネは笑っていた。そんな仲睦まじい様子に、合流したセリアとパレットがヤキモチを焼いてきたので、カイトは女性三人のショッピングに付き合わされる事になった。

しかし、その間もカイトの頭の片隅にはフェリスの寂しい背中があった。

(リューネの言う通り……フェリスとは今の関係を……せめてフェリスの口から、婚約者や家の事を話してもらうまでは……そう、今の関係……それでいいんだ)

 カイトは帰宅してベッドの中でも、その事を悩みながら眠りについた。


 


 そして翌日、特別な事はない普通の学園――

 カイトは、いつもの日常がまた始まると信じて疑わなかった。


「あ♡カイちゃん、おはよー♪」


 いつもの元気で明るく生意気なフェリス――カイトは笑顔で挨拶を返したが、フェリスはいつもよりベタベタくっついてきて、人気のない空き部屋に引っ張っていった。


「ねえねえ、カイちゃん!昨日はボクがいなくて寂しかった?」


「ああ、フェリスがいればもっと楽しかったと思うよ」


「そっかそっか、にしし♪じゃあ、今度ボクと出かけよう♡お泊まりデート♡」


 それにはカイトはギョッとした。貴族の令嬢がする発言ではない。


「いや、流石にお泊りは……」


「ああ、フィアンセの問題?じゃあ、セリアちゃんとリューネちゃんとパレット先生も一緒でいいからさ。ね?ね?カイちゃん!ボクともっと一緒にいようよ」


 そう言いながら、抱きついてくる……というより、それを超えて、サカリの付いた猫のようにカイトに体を擦りつけてくる。フェリスの胸や太股などの女体の柔らかい部分がカイトを刺激してくる。明らかに今日のフェリスは異常だった。

 何かを焦っているのか、フェリスなのにフェリスでないようだった。


「どうしたんだ?何かあったのか?なんか今日のお前、変だぞ?」


 カイトのその言葉にフェリスが目を見開いたと思った次の瞬間、


「あ~、もうまどろっこしいなあ……ねえ、カイちゃん……しよ♡」


 フェリスは初めて会った時に見せた妖艶な女の顔になってカイトを誘惑する。


「お、お前!何言ってるんだよ!?」


「カイちゃんには、しっかりお礼したいなぁって……ああ、童貞だからって馬鹿にしないよ。ねえ、カイちゃん……カイちゃんがボクによくしてくれるのって、やっぱボクとヤりたいからだよね♡あっ、もちろんカイちゃんが根っから優しい人だっていうのは、ボクわかってるよ♡でも、考えたことくらいあるでしょ?ボクの小さい体を思いっきりだきしめたいよね♡ボクの桜色の唇吸いたいでしょ?舌を入れてくれていいよ♡あと、ボクのオッパイ……あは♡カイちゃん、もう見たじゃん♡ちっちゃいけど、形がよくて可愛く綺麗だったでしょ♡カイちゃんの好きにしていいよ♡たくさん揉んでチュウチュウ吸って♡ボクがヨシヨシしてあげる♡カイちゃん、いつも頑張ってるもんね♡そ・れ・か・ら……もちろんコッチも♪」


 そう言いながらスカートをたくし上げようとするフェリスの手をカイトは止めた。


「今日のお前おかしいぞ。いつものフェリスに戻ってくれ」


 そんなカイトにフェリスは吠えるように言い返す。


「ボクおかしくないもん!カイちゃんは、ボクの事嫌いなの?」


「嫌いなわけない……大切って言っただろ!好きだよ!だから、フェリスを大事にしたいんだ!」


 カイトが悲痛な声を出すと、フェリスは一転して押し黙ってしまう。

 そんなフェリスにカイトは傷つけないように優しい声をかけた。


「なあ、フェリス……悩み事があるのか?あるんだったら相談してくれよ。俺、頼りないかもしれないけど、できる限り力になるよ。悩みは、家の事か?友人関係か?進路か?それとも……婚約者とか、そういう関係か?」


 カイトは頑張って言葉を選んだつもりだったが――しかし、地雷を踏んでいた。

 フェリスは眼を見開いてカイトをジッと見つめていた。


「誰に……誰から聞いたの?」


「え?いや、多分そうじゃないかと……詳しい事は……」


「調べないで!絶対に!もう……これ以上、ボクの事知ろうとしないで!」


 フェリスからの予期せぬ拒絶にカイトは言葉を失ってしまった。

 そんなカイトにフェリスが乾いた声で、


「もう……カイちゃんイラナイ。ボクのこと……必要以上に知ろうとするカイちゃんなんて……カイちゃんは学園の中だけ……学園のボクだけ見てれば……そもそも実技試験のパートナーだっただけだよね?ボク、もう召喚獣だせるからカイちゃんなんか用済み……もう話しかけてこないで……」


 フェリスの吐き出すような声には、怒り、悲しみ……そういった感情よりも、純粋な絶望を感じさせられる。もちろんカイトは納得できないが、今のフェリスに無理な干渉をすると、彼女が本当に壊れて、どこかへ消えてしまう気がした。

 だから、カイトは彼女の言葉を受け入れた。


「……わかったよ。フェリスの言う通りにする……でも、話せなくなる前に、二つだけ、俺の話を聞いてくれないか?」


「……何?」


「契約魔法印だけど、俺なりに調べたんだけど、あれは体によくない。特にフェリスは固有スキルとの相性が悪いから負担が大きいはずだ。だから……家の人と相談して消した方いいと思う」


「……家の事はカイちゃんに関係ないから口を出さないで。それでもう一つは?」


「いや、その……何かあったら……頼ってくれたら……それだけだよ」


 カイトが掠れるような声を絞り出すと、フェリスが倍以上の声量で返した。


「だから!それが嫌だっていってるじゃん!」


「ごめん……」


 もうカイトにはこれ以上の言葉が出てこなかった。

 そんなカイトを冷めた目で見ながらフェリスは空き教室からでようとした。


「……今日はボク、気分悪いから欠席するって先生に言っておいてくれる」


「ああ」


 カイトはもう最低限の返事をするのが精一杯だった。


「じゃあ……今まで色々ありがとね……バイバイ、カイちゃん」


 フェリスはそう言い残して静かに立ち去っていた。

 残されたカイトは、失恋とは別の無力感に打ちひしがれていた。何がいけなかった……それを考える気力も湧いてこず、むしろ遅かれ早かれこうなっていた気がしてきて、なんとか気持ちを割り切ろうとすると、教室のドアがガラッと開いた。そこには、息を切らしたリューネがいた。


「さっき、そこで泣いて走ってくフェリスとすれ違ったんだけど、何かあったの?」


 カイトはリューネの言葉に我が耳を疑って、ここでの出来事を包み隠さずリューネに話した。

 リューネも理解しきれず、頭が混乱して、しまいには涙目になっていた。


「ごめん……昨日、私が余計な事言ったせいかな……私、別に二人を引き離すつもりは……カイト、フェリス、ごめん……」


 ついには自分を責め始めたリューネの両肩にカイトは手を置いて落ち着かせる。


「リューネのせいじゃない。俺の……いや、きっと誰のせいでもないさ。だから、今はフェリスをそっとしてあげよう……これじゃ、ダメかな」


「ううん。私こそ取り乱しちゃってごめん。でも……カイト、お願いだからフェリスのことを嫌いにならないであげて!きっと事情があるはずだから!」


「安心してよ。俺だって、そこまで小さい男じゃないよ」


 少なからずショックを受けているカイトが強がってみせると、リューネはホッとしたような表情で微笑んでから、カイトの胸板に頭を預ける。そんな婚約者を、カイトはそっと抱きしめた。


 そして、フェリスは本当にその日休んで、次の日も学園に来なかった。

 このまま来なくなるのではないか?とカイト達が心配したが、二日後には登校してきた。しかし、カイトはもちろん、誰とも話そうとしない。

 そんなフェリスをカイトとリューネは心配そうに見つめていると、セリアが二人をなぐさめる。


「心配しなくても大丈夫ですよ。フェリスちゃんはカイト君が大好きなのは変わってません。すぐにまた話せるようになりますよ」


「うん……そうだといいね」


 カイトは上の空で返したが、聖女の予言は的中する。しかも、その次の日に……

 しかし、それは決して穏やかな出来事ではなかった。

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