1-2 初わからせの依頼主は婚約者のお父さん
衝撃のカミングアウトから一週間して、カイトたちはピピンの家とこれから通う学園がある王都に到着した。
「ここが王都マクセラか……思ったよりずっと広いな」
今まで冒険者として辺境のダンジョンでクエストをこなす日々を送っていたカイトにとっては初めての王都――中世風の城塞都市だが、しっかり整備されて清潔感のある街並みにカイトはお上りさん丸出しでキョロキョロしていた。世界や設定などはゲームそのままだったのに、実際の国や町の名前などは全く違っていたので仕方のないことだった。
そんなソワソワしているカイトの背中をピピンが叩いた。
「ははは、王都に着いただけでそんな落ち着きがないなんてカイトらしくないな」
「そうよ~カイトちゃん。何をそんなに緊張してるの?」
ピピンとマリアはいつも通りだが、落ち着かないカイトはチャッピーの尻尾をモフって気を紛らわしていた。
「これから婚約者に会うのに緊張しないわけがないだろ!しかも二人って……」
「道中で話しただろ?我がベルリオーズ家の現当主である私の兄は独身で子どもがいないから、私の家は婿養子を取らなくてはいけないわけだが、私達夫婦も娘達も貴族って人種が嫌いでね……そうは言っても平民を跡継ぎの婿養子にはできない。しかし、S級冒険者は例外だ。私達にとってカイトは願ってもない好物件だから、きっと娘達も気に入るはずだ」
「そ、そうは言っても……」
「安心して~カイトちゃん。お母さんが手紙でしっかり娘達にカイトちゃんのいいところを伝えてあるから大丈夫よ~」
マリアがそう言ってお母さんぶって見せたが、カイトには自信がない――異世界に来てからの一年で、カイトは女性関係でいい思い出がないのだ。美人に騙されたり、気になる娘が既婚者だったり、色々やらかした――その様子を傍で見ていたピピンとマリアはカイトの心情を察して何とか元気づけようとした。
「ま、まあ会ったことないのだから不安になるのも無理ないな。だが安心しなさい。姉のリューネは男勝りな【魔法剣士】だが『パパが認めた強い男としか結婚しない』と言っていたから、私が見込んだカイトの事を気に入るに違いない」
「そうよ~カイトちゃん。妹のセリアはおっとりした【聖女】だから優しいカイトちゃんと上手くやれるってお母さんが保証するわ~」
「う、うん。そうだといいね……」
二人の励ましがあっても、相変わらずカイトは不安を紛らわすためにチャッピーの尻尾を弄っていた――が、それまで大人しくモフられていたチャッピーが不意に走り出した。
「ちょっ、チャッピー!従魔の証があるからって街中を勝手に走っちゃダメだぞ」
カイトは慌てたが、チャッピーお構いなしに駆け出して角を曲がると、広い庭のある屋敷の塀を飛び越えていった。
「カイト、あそこがこれから住むことになる我が家だ」
ピピンに背中を押されながら、カイトがベルリオーズ家の門を開くと、屋敷の玄関前にチャッピーと二人の少女――
「ワウワウッ」
「チャッピーおかえりー」
チャッピーに顔を舐められながら笑顔で抱きしめている赤髪の少女とそんな光景を見て微笑んでいるプラチナブロンドの少女――カイトは説明されなくても、その二人が自分の婚約者だと理解するとゴクリと生唾を飲んだ。異世界に来て一年、多くの人間を見てきたがその中でも最高峰の美しさに若干気後れしてしまう。
「あっ、パパ、ママ、おかえりなさい」
赤髪の少女が一年ぶりの再会で顔がほころぶピピンとマリアに気が付くと、飛びつくように両親に抱き着いた。ピピンは愛娘の頭を撫で、マリアは愛おしそうに抱きしめた。
カイトがそんな三人を一歩引いて眺めているともう一人の少女が声をかけてきた。
「あの……カイト君……ですよね?」
か細く澄んだ美しい声で不意に話しかけられたカイトはガラにもなく狼狽える。
「は、はい。お父さんとお母さんにお世話になっておりますカイトです。えっと君は?」
「あ、私はセリアです。えっと……えへへ、真面目そうな人でホッとしました」
「う、うん。これからよろしく……君がセリアさんて事はあちらが……」
「はい、姉のリューネです。ほら、お姉ちゃんもカイト君に自己紹介しようよ」
セリアがいつまでも両親にベッタリの姉に呼びかけると、リューネは露骨に嫌そうな顔でカイトを睨みつけた。
「ああ、あんたが例の……ちっ、間抜けな顔ね」
これまでの両親に向けていた笑顔から想像もできない敵意むき出しのリューネの表情に、カイトが思わず顔を引きつらせていると、妹のセリアが姉を咎めた。
「お姉ちゃん、カイト君に失礼だよ」
「セリアは黙ってて。私、こういう人間って大っ嫌いなの」
顔のどうこうは置いておいても、初対面なのに人間性を否定されて、お人好しのカイトもムッときた。
「こういう人間って、俺の何を知ってるんだよ」
カイトがそう非難すると、リューネは待ってましたと言わんばかりに、両親からの手紙の束をカイトに見せつける。
「この手紙を読んで色々知ってるわよ。『ママの胸ばっか見てる事』も『女盗賊の色仕掛けに騙されてレアアイテム盗まれた話』も『貢いでた道具屋の娘が既婚者だと知ってパパにメソメソ泣きついた話』も『ギルドの受付がなんで女じゃないんだってアホなクレームつけてギルマスに説教くらった事』も……あ、でも『一目惚れしたエルフにプロポーズしたら相手が実は男だった話』だけは笑ったわ」
異世界ならモテモテ……なんて事はカイトには当てはまらず、それらは全て事実だった。
(改めて聞くと一年でよくもこれだけやらかしたな……)
とカイトは悔やみながら、プライバシーを垂れ流したピピンとマリアに恨めし気な眼差しを送る。
「ち、違うのよカイトちゃん。私はカイトちゃんが女性に優しい健全な男の子だって伝えようと思っただけなの」
そんな狼狽するマリアのフォローに入ったのは、意外にもリューネ同様手紙を読んでいたセリアだった。
「そうです。カイト君は女の人騙されやすいし、イタズラばっかして困らせるし、すぐ調子に乗って危なっかしいけど、正義感の強い優しい人だって手紙に書いてありました」
そんな母と妹の言葉にリューネは耳を傾けようとはしなかった。
「優しいって、ただ女に下心があるだけでしょ?渡り人だか何だか知らないけど、こいつのせいでパパとママと一年間も会えなかったのよ!」
そのリューネの様子で、他の四人は彼女のカイトへの敵対心の原因を察した。
大好きな両親と一年も会えない原因を作ったカイトがただでさえ憎いのに、その両親に可愛いがられている事に対する嫉妬――リューネからすれば両親を奪われたようなものなのに、その元凶と結婚しろと言われても素直に従えないのだ。
そんなリューネに対して、娘に寂しい思いをさせたピピンとマリアは口を紡ぎ、カイトも申し訳ない気持ちで言葉が出てこなかった。
「とにかく、あんたと婚約なんて私は認めないから」
「うん。俺も本人の意思抜きでこういう話が進むのって間違ってると思うんだよね」
リューネの態度に思うところはあるカイトだったが、それは噓偽りない本音だった。
「あら物分かりいいじゃない。勘違いされなくて助かるわ」
「ああ、親が勝手に決めた婚約なんて気にする必要ないよ」
カイトがため息交じりにそう言いながら、妹のセリアに視線を送ると、
「え……その私は……カイト君なら……婚約って聞いて嬉しかったですけど。私との婚約……嫌ですか?」
姉のリューネとは真逆の反応をする双子の妹にカイトは驚きを隠せなかった。
「そ、そんな事ないよ。俺もセリアさんみたいな可愛い子が婚約者って聞いて嬉しかった」
「本当ですか?私を悲しませないために……嘘ついてるんじゃ……」
「嘘じゃないよ。俺は女性に騙されることをあっても、騙した事は一度もない」
カイトがそう弁明しながらセリアの手を握ると、彼女は嬉しそうにカイトに微笑んだ。
「カイト君」
「セリアさん」
手を握って見つめあい互いの名前を呼び合う二人――そんなアツアツな二人をピピンとマリアも嬉しそうに見守った。
「うんうん。やはりカイトは私が見込んだ男だ」
「あらあら~。すっかりお似合いカップルね~」
そんな四人の光景にリューネは信じられないという顔になって、カイトにくってかかった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。私と全然扱いが違うじゃない!」
当たり前だろ!と喉まで出かかったがそう言うと余計こじれそうなのでカイトは適当に流すことにした。
「え~、そんな事ないよ」
「それに、さっき私に言ったこともう一回言ってみない」
「えっと『親が勝手に決めた婚約なんて間違ってる』って話?」
「そ、そうよ。だからセリアにも、その、婚約って……ねえ?」
(何が「ねえ?」だよ。妹が先に婚約者と仲良くなって横やり入れるカマッテちゃんが!)
とは言わないがカイトの顔に出ていた。
セリアはそんなカイトを不安そうに見つめていた。
「カイト君……私との婚約……やっぱり……」
「セリアさん、式はいつにしようか?」
「学校卒業した次の日にしたいです。それで新婚旅行はルギス湖のリゾートはダメかな?」
「うんうん。他に要望は?」
「えーっと……子供は男の子女の子が一人ずつ……」
「そ、それは流石に話が早すぎるよ」
「ごめんなさい!はしたないですよね?嬉しくって……つい……えへへ」
もはやリューネにお構いなしでイチャイチャする二人に、彼女は地団太を踏んだ。
「やっぱ私と対応違うじゃない!あとセリアもグイグイ行き過ぎ!」
「そんなことないよ。ねー、セリアさん」
「ねー。もうお姉ちゃんったら恥ずかしがり屋さんなんだから」
「そうだぞリューネ。カイトはもう家族なんだからもっと素直になりなさい」
「カイトちゃんごめんなさいね~。リューネちゃんも本当はいい子なんだけど、カイトちゃんの言ってたツンデレ?っていうのかしら~。男の子と喋り慣れてないから照れちゃってるのよ~」
「「「「あはははは」」」」
リューネ以外の四人が笑ったのと同時に、リューネの堪忍袋の緒が切れた。
「もう我慢できない!決闘よ!」
「はあ?」
これまで堪えていたカイトも流石に呆れたような声を出したが、リューネはお構いなしに喚き散らした。
「あんたと家族になるなんて嫌!私に負けたら出て行って!」
ここで、それまで静観していたピピンが神妙な面持ちになってリューネに語り掛けた。
「リューネ」
「な、何?パパ……」
「この一年会えず、寂しい思いをさせたのは申し訳ないと思っている。しかし、リューネが『私が認めた強い男と結婚する』と言っていたから、私なりに一生懸命リューネを幸せにできる人を見つけてきたつもりだ。それなのにカイトの事をろくに知ろうともしないで拒否して、あまつさえ追い出そうとするなんて……」
「ご、ごめんなさい、でも……」
「ああ、決闘を認めよう。私が立会人になるよ。リューネが勝ったらカイトに他の住む場所を用意する」
「本当?ありがとうパパ」
「ただしカイトが勝ったら形だけでも婚約を結びなさい。期間は学園を卒業するまでの間。その時になってもカイトが嫌なら破棄してもいい。それならいいだろ?」
「うん。どうせS級冒険者ってのも、パパとママのおこぼれで点数稼ぎしただけだろうし、召喚士なんかに私が負けるわけないもの」
無邪気にそう言い放つ娘にピピンはため息をついて、今度はカイトの方へ向かい頭を下げた。
「カイト……私がしっかり娘と話し合わなかったばかりに嫌な思いをさせて申し訳ない」
「やめてよピピン。実際、親子を一年間離れ離れにした原因が俺なのは事実だし」
「カイトに非はない。だが、この機会に世間知らずな娘に世界の広さをわからせてやって欲しい。ただ……」
「わかってる。怪我はさせないよ。俺にとっても家族……だろ?」
「ああ、ありがとうカイト」
再び頭を下げるピピンの肩をカイトが励ますように優しく叩いた。
その姿を見たリューネは頬を膨らませていた。