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1-15 さらば束の間の平穏 ~わからせ風評被害発生中~

 史上最年少S級冒険者転入!ランベルク学園に嵐が巻き起こる!

 と、まではいかなくともゴタゴタが起こると身構えていたカイトだったが……


「平和だ……こんなに何もないとかえって気持ち悪いな」


 入学までは急展開だったのに、正式に生徒になって一週間が経過――いざ蓋を開けてみれば、あれだけ周りが色々と危惧していたのに、特に何か起こるわけでもなく、淡々と退屈な授業を受けるだけの日々にカイトは困惑していた。

 しかし、冷静に考えてみれば不思議な事では無い。

 金持ち喧嘩せず――異世界も同じだ。

 今まで荒っぽい冒険者とばかり接していて、良くも悪くも刺激的な生活を送っていたのに比べると、同年代のボンボン貴族の御坊ちゃん御嬢ちゃん達は大人しいものだった。あまりのギャップにカイトも戸惑ってしまい、馴染めていないという問題はあるが、選択授業以外は隣にいつもセリアがいるから寂しいということもなかった。


 教室の窓から外を眺めて、少し退屈そうなカイトを心配するようにセリアが話しかける。


「カイト君……何か困ってますか?」


「いや、そうじゃないよ。困らない事に困ってるというか……平和すぎて刺激が無いなあってだけで、別に悩んでるわけじゃないよ」


「うふふ、私はカイト君と隣にいられるだけで刺激的ですよ?でも……冒険者生活に慣れてしまったカイト君がそう思うのは仕方ないかもしれませんね」


「そうなんだよ。冒険者時代にセリアさんみたいな美人を連れまわしてたら絶対に絡まれる……正直、セリアさんのモテ度を考えると、クラスの男子に喧嘩吹っ掛けられる覚悟だったんだけど……」


「そんな事……ふふふ、起こるわけないじゃないですか……そうですよね?皆さん」


 セリアはそう言って教室中の男子に笑顔を振りまいた。

 爽やかで穢れなき女神の笑顔だ。

 しかし、クラスの男子達はその顔を見ることが出来ず全員俯いている。

 そのほとんどはPTSDのような症状を起こしていた。

 あるものはガタガタと震えが止まらなくなる。

 あるものは死んだ目でゴメンナサイゴメンナサイとブツブツ呟く。

 あるものは泣きながら頭を机に打ち付け始める。

 その異様な光景にカイトは困惑する。


「えっと……セリアさんが……え?あれ?ん?ん~~~?」


 カイトは自分の疑問を上手く言語化できずにいると、セリアが笑顔で答えた。


「カイト君は何も心配しなくても大丈夫ですよ。私に言い寄ってきた男子はとっくに全員わからs……調きょっ……わからせておきましたから」


「え?え?わからせ?具体的に何したの?っていうか何で結局言い直したの?しかも調教って言いかけてたよね?」


 カイトが疑問を大量に投げかけるとセリアの答えは涙。


「う、ぐすっ……私……カイト君以外の男子って怖くて……うう、こんな女……カイト君は嫌いになっちゃいますよね……ううううう」


「そんな事ありえない!セリアさんのわからせが内容はわからないけど……セリアさんの事をもっと好きになってる自分がいるよ」


「カイト君!」


「セリアさん!」


 二人にとっては日常的なやりとりだが、Sクラスの男子は信じられない光景を目にして震えていた。セリアにわからされ済みの男子達は、カイトに対して悪感情を抱いておらず、隠れパワー系聖女を手懐けてくれた事にむしろ感謝していた。


 こういう事情もあってカイトの異世界学生生活は平和そのもの。このまま卒業まで何も起きず……とはならない。

 カイトの予想していない角度からそれは襲ってきた。

 カイトがセリアによる男子わからせが発覚した次の日の学校の廊下での出来事。

 曲がり角でクラスの女子と体が当たった――それだけの事だ。

 特別何かあるわけでもなく、むしろ恋の芽生え的なイベントの可能性さえ孕んでいるようにさえ思われたが、その時の女子のリアクションは、


「ひいいいい!わからされるうううう!」


 あまりの反応にカイトは完全にフリーズしてしまった。  

 駆け出し冒険者がS級モンスターに遭遇した時のような顔をして、全速力で逃げていく女子の背中をただ見つめることしかできなかった。

(わからされる?俺、この学校では何もやってないぞ……まだ……)

 しかし、あの反応で何もないといういう事は有り得ない。

 カイトは耳に身体強化魔法を使って情報収集――すると、だいたいの状況が女子達の会話からわかってきた。


『聞きましたか?例の転入生、わからせ召喚士だそうですよ』


『わからせ召喚士?なんですかそれは?』


『わからせと称して召喚獣を使って美女を片っ端から手籠めにしてるそうですの』


『ひい、恐ろしい!つまり強姦魔……ケダモノの類ですわね』


『パレット先生は編入試験で処女を散らされ、その場で婚約を結んだそうです』


『リューネさんも決闘に破れて命乞いして強引に婚約させられたとか』


『まあ!セリアさんと仲睦まじい姿を見ましたが……鬼畜ですわね』


『セリアさんは聖女……きっと見えないところで苛烈な責め苦を受けているのを耐えていらっしゃるのでしょう』


『しかも、お二人の母のマリア先生にも色目を使ってるとか』


『え?義母にあたる女性まで?畜生ですわ』


『でも、凶悪な召喚獣がいて誰も逆らえないのだとか』


『そんな……では、私たちは一体どうすれば』


『逃げるしかありませんわ』


『そうですわね。そして、この事を知らない女子が毒牙にかからぬように……』


『ええ、私も皆さんに伝えておきます』


 その会話を聞いたカイトは頭を抱えていた。

 女子が噂話が好きなのは異世界も同じ。

 一度出回った噂を消すのは至難の技だ。

 今できる事は噂の出所を叩くこと。

 こんな風評を流す人物――カイトの頭に浮かんだのは……


「私じゃないわよ」


 いつの間にかカイトの横に来たリューネが先制パンチ。

 カイトは自分の顔にかいてあったことを読まれたのが悔しかったが、聞く手間が省けた事を前向きに考えた。


「そうなの?リューネっていつも女子に囲まれてるから……てっきり」


 カイトが学園に入って驚いた事の一つがリューネの女子人気だ。

 学年トップの成績、男子顔負けの剣技、混合魔法の使い手、凛とした美貌……女子ウケ抜群の要素が揃っており、学校では女子に囲まれて生活していた。

 だから真っ先に容疑者に浮上したわけだが、本当に違うようだ。


「確かにカイトが私とセリアの婚約者って話はしたわよ?変に隠すと面倒くさいし。あとは、私が決闘に負けて……謝った事もちょっと……あと、ママの胸をチラチラ見てる事……それくらいよ」


 カイトはリューネの言い分を信じた。

 リューネの性格からいって陰口を叩くとは考えづらいし、わざわざ自分の婚約者の評判を下げるメリットが無い。


「だとすると……パレット先生?」


「……それもちょっと違うわ。先生は婚約者ができてハイになって、試験の時の事を断片的に喋ってるだけみたい……まあ、それも原因なんだけどね」


「え?じゃあ誰が?」


「誰ってわけじゃないけど……あれ見なさい」


 リューネが指差す方をカイトが向くと、そこには笑顔で女子と話すセリア。


「カイト君って、強いし、優しいし、料理もできるんですよ」


「え……でも、わからせ?ってことするんですよね……」


「ええ、私は毎日カイト君にわからされてます。あ、もちろんいい意味ですよ?」


 セリアは笑顔で婚約者自慢をしていた。

 そこには勿論、悪意もないし、カイトは嬉しくさえ思えたが……


「つまり、あれか……リューネ、セリアさん、パレット先生の三人の話が混ざりあって、面白おかしい方向に話が歪んで広まっちゃったと……」


 リューネは黙って頷いた。


「ああ……だからどの噂も微妙に本当の話が混じってるのね……」


 カイトの出した結論――噂を消すのは無理!

 下手な言い訳は余計に真実味を持たせる。

 そもそも8割くらい事実だから否定できない。


 そんなカイトとリューネのツーショットを目撃した少女が悲鳴を上げる。

 リューネファンの小柄な少女が、ビクビクしながら、


「離れてください、リューネさん!わからされてしまいますわよ!」


 もうカイトは馬鹿馬鹿しくなって項垂れている。

 今までカイトにやられっぱなしだったリューネは少し面白くなっていた。


「大丈夫!私、絶対わからせなんかに負けないわ!」


「わからせを否定してよ!っていうか即墜ち2コマの前振りみたいなこと言うな!」

 

 カイトの叫びは教室に空しく響いた。

 平穏は一週間で終わり、クラスの女子からは色んな意味で危険生物扱いされ、男子からは敵でも味方でもない微妙な距離を置かれてしまった。


 カイトはガッカリして教室を出た。気分転換に外の空気を吸いたいのだ。

 

「はあ、わからせってなんだよ……俺が知りたいよ」


 カイトが俯きがちにトボトボ歩いていると後ろから呼び止められた。


「お前が聖女セリアの婚約者か?ちょっと顔貸せよ」


 そこには別のクラスの男子が三人――セリアに憧れているもののクラスが違うため接点がなく、まだわからされておらず、婚約者が出来た事を許せず絡んできた、という事情が一目でわかった――なんという安心と信頼のテンプレ展開。

 カイトはそんな太っちょ三人組を見ると思わず笑ってしまう。

(はー、いいじゃないか……こういうのでいいんだよ、こういうので……ああ、異世界してるよ俺)

 学園入学後の初トラブルに遭遇して、カイトはむしろ喜んでいた。

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