5-15 優等生冒険者の戦略的撤退と不良冒険者の悪だくみ
カイト発案の『もぐら叩き作戦』は、シンプルに穴から出てきた無防備なライトニングバジリスクを攻撃して、一撃で仕留めるというものだった。攻撃特化で防御力の低いライトニングバジリスクには有効であり、当初はその穴をどうやって探そうかといのが最大の問題だったのだが、
「カイト……どの穴から出てくるのかしら?」
辺りの穴を見渡してキョロキョロしているリューネに尋ねられたカイトも困り果てていた。
「う~ん……これだけ穴だらけってことは、それぞれが独立しているんじゃなくて、山の中で全部繋がってるんじゃないかな?」
「早い話、どの穴からも出てくる可能性があるから、絞り切れないってことね」
カイトは頷くと、興奮気味のセリアが二人の会話に割り込むように、
「それなら簡単です。穴というものは挿にゅ……塞ぐもの……カイト君の極太魔法でハメちゃいましょう」
欲求不満の影響でワードチョイスが卑猥になってはいるものの、言ってることは正論なのでカイトはすぐに行動に移した。
「あ、うん……それが無難だろうね。じゃあ、ブー頼むよ」
雷獣連峰に入ってから、何かと便利屋扱いされているブーは目の前にある穴以外の見える範囲を土魔法で塞いで準備完了。リューネはいつでも魔法剣が発動できるようにしながら、息を殺して剣を振りかぶる。その姿を見ると、確かに『もぐら叩き』だが、標的は全長10m近い白い大蛇であり、それを待つ気分は穴釣りに近いものだった。
そして、10分も経たないうちに最初の獲物がかかり、
「待たせてくれたわね!はあっ!」
リューネは自分の最大火力である魔法剣レーバテインで穴から顔を出したライトニングバジリスクの首を一刀両断した。それ自体は喜ばしいことであったが、ギフト宝玉ガチャの結果はハズレ――その代わりではないが、リューネはレベルが37に……しかし、今はそれどころではなかった。
「あ~もう!またハズレ!ギフト宝玉がレアなのは分かってたつもりだけど、やっぱり腹立つわね!」
「まあまあ、落ち着いて。リューネが綺麗に仕留めてくれたから、最上級の蛇皮が手に入ったよ。これだって売ったら良い値になる」
カイトは穴に残ったライトニングバジリスクの胴体をアイテムボックスに収納しながら気休めを言ったが噓ではない。しかし、こんな危険な場所だとリスクに見合う程の価値があるとはいえず、ギフト宝玉でなければリューネも満足しない。
「むう……でもギフト宝玉が手に入らないと、ここまで来た意味が無いわ。さあ、次!」
リューネは気を取り直して剣を構えなおすが次の獲物は穴から現れず、周囲を警戒していたセリアが、
「カイト君!お姉ちゃん!アレ!山の上から来ました!」
その呼びかけに反応した二人がセリアの指さす方に視線を送ると、頭に刺々しい突起のある白い大蛇が、ウネウネと山を下って一直線にこちらに向かって来ていた。
「これだけ派手にやったからな……おそらく上の方の塞いでない穴から出てきた奴だね」
カイトは冷静に分析しながら穴の方にも注意していると、リューネが剣を新たに現れたライトニングバジリスクに向けて、
「今度こそ私がやるわ。一度、しっかり戦ってどれくらいの強さか知っておきたいもの」
その発想自体は悪くないので、カイトとセリアはいつでもリューネを援護できる位置で見守りながら、周囲の警戒をした。
こうしてリューネは本命のライトニングバジリスクとようやくまともに向き合う。Aランクモンスターということもあり、凄まじい威圧感だったが、カイトからライトニングバジリスクの特徴を聞いて予習していたので、落ち着いて対処した。
(ライトニングバジリスクとの戦闘で気を付けるのは2点……閃光を発する目を直視しないこと……そして尻尾の先からの電撃攻撃に注意すること……それを念頭に噛みつき攻撃と巻き付き攻撃に対処しつつ、一撃で仕留めてみせる)
リューネは呼吸を整えて、ジリジリと間合いを詰めると、ライトニングバジリスクが尻尾を高く振り上げてリューネに電撃攻撃をしかける――これはリューネの想定内なので、この時のために用意したと言っても過言でない銀骨剣で弾いて、一気に間合いを詰める。ライトニングバジリスクは苦し紛れに、尻尾を振り下ろしてリューネに叩き付けようとしたが、それを躱したリューネが魔法剣でライトニングバジリスクを真っ二つに……勝負としてはリューネの圧勝だったが、彼女の膝はカクカク小刻みに震えていた。
「ふーっ……勝てたけど……普段の装備で事前情報が無かったら、間違いなく私は死んでたわね」
勝利の余韻に浸るどころか、一種の敗北感に近い感想を抱くほどにライトニングバジリスクは強く、勝てたのはカイトが用意してくれた剣と攻略法のおかげだということをリューネ本人が一番理解していた。
それでも実際に勝ったのはリューネであり、それらを活用するのは誰にでもできることではなかった。
「確かに一歩間違えば危うかったけど、リューネは自信を持っていいよ。でも肝心のギフト宝玉は……」
「ええ、これもハズレ……ちょっと私の考えは甘かったかもしれないわね」
そんな反省会ムードになっていたが、それどころではなかった。
「カイト君!お姉ちゃん!またライトニングバジリスクが!しかも今度は一匹じゃありません」
セリアの悲鳴のような注意喚起と、穴から別のライトニングバジリスクの気配を察知したカイトは、
「リューネ!今は一旦、キャンプ地まで撤退して計画を練りなおそう。このまま闇雲に戦ってもリスクの方が大きい」
「もちろん賛成よ。それじゃあ、逃げましょう」
ダンジョン攻略において、モンスターから逃げることは恥ではなく、むしろその判断の正確さが冒険者に最も必要なもの――三人の判断が早かったこともあり、難なくキャンプ地まで撤退することに成功した。
一方、カイト達が7合目付近から撤退していたのと同時刻の3合目付近では――
「ちくしょお!小僧達はどのルートで登ったんだ?」
ボンベとペルルーザは、カイト達が雷に打たれない安全なルートで登ったと思い込んでおり、それらしい道を探したが、もちろんそんなものは見つからなかった。
雷獣連峰の攻略には、カイトのような雷対策ができる召喚獣を保有する召喚士か、雷に適応して避雷針になれるモンスターを使役するテイマーが不可欠。そういう人材が確保できない場合は魔導士の魔法で代用できなくもないが、結界系の魔法を張り続けては登山途中でガス欠を起こすので、土魔法で避雷針をつくって行くのがベター。それでも、即席の避雷針は雷によってすぐに壊れてしまうので、あまり現実的ではない。
どの道、C級冒険者の戦士二人組には不可能な芸当であり、多少の体力自慢が通用するダンジョンではなかった。しかし、この二人は体力以上に悪知恵が働くタイプの冒険者で、
「やっぱ、この閉鎖されてるトンネルしか……なんか宝の匂いがすんだよなあ」
「だがよお……小僧達が通った形跡はねえし、俺達が試しに開けようとしてもビクともしなかったじゃねえか」
二人は面白半分にトンネルの扉を開けようとしたが、古くて脆そうに見えたが、思いの外頑丈で、開く気配は微塵もなかった。だから、見張りの一人もついていないわけだが、この二人は正攻法で開けることにこだわらなかった。
ボンベが扉に耳を当てながら、ゴンゴン叩いて、
「この反響音は……やっぱ、中の穴は完全に塞がってねえ」
「だからよお!開かなきゃ意味ねえだろ!」
「頭使えよ相棒。扉は開きそうにねえが、穴が埋まってねえなら、そこにつながる穴を新しく掘っちまえばいいじゃねえか」
「おお、確かに……でも、バレたらヤバくねえか?」
「穴を掘ってたら、たまたまトンネルに繋がっちまったことにすればいいさ。それにバレても今なら小僧達に責任を押し付けられるじゃねえか。とにかく直接見つからなければいいんだよ」
「なるほどな……そんじゃあよ。よりアリバイを確かにするために、一旦村に戻って、冒険者ギルド支所で失敗して帰ったフリをしようぜ。そんで、ついでにツルハシなんかを調達して、一旦村から出て、夜のうちに村を迂回してここに戻ってきてから掘っちまえば……こうすりゃ、見つかる前にズラかれば、疑われるのは小僧達だぜ」
「名案じゃねえか!それでいくぞ!」
この二人の悪巧みは、その後のカイト達の行動と連動して大惨事を引き起こしてしまうのだが、そんな事は知る由もなかった。