5-9 S級ダンジョンの麓の平和すぎる村で一休み?
スタートは少しゴタついたカイト達だったが、雷獣連峰の麓にあるシャハプ村までは何も問題は発生しなかった。それに加えてランナーラプトルのスピードと踏破力のおかげで、出発して二日目の昼過ぎにはシャハプ村が目視できたのだが、何とも奇妙な光景にカイトは目を丸くしていた。
「村っていうからもっとこじんまりしたのを予想してたけど、立派な堀に囲まれて思ったより大きいみたいだね」
そんなカイトに地理などの勉強が得意なリューネが解説してくれる。
「確かにここからだと大きく見えるけど、住人のほとんど農家で規模の割に質素なはずだわ。そもそも雷獣連峰の麓は有名な穀倉地帯で、王都の大切な食糧庫なのよ」
「ああ、禍々しい雷獣連峰の岩が剥き出しの山肌と緑豊かな麓のギャップに驚いたけど……なるほど……雷獣連峰のモンスターは雷がエネルギー源だから、山を下りて悪さをしないのか」
「そうらしいわね。それだけじゃなくて、雷獣連峰の雷のせいか飛行系のモンスターも滅多に現れないから、栄養豊富な龍脈の近くなのにモンスター被害が少ない希少な場所なのよ」
この説明でカイトはだいたいの事を理解できた。龍脈の影響の強い地表は、生物が活性化するため作物もよく育つので農業に適しているが、モンスターも活性化してしまうため人が安心して住むことが困難という問題を抱えている。そういった場所の多くは人が手を加えない森林型ダンジョンになり、冒険者の狩場になることが多い。
しかし、雷獣連峰の特殊な性質とモンスターの特徴のおかげで、シャハプ村は人とモンスターの住み分けが自然にできており、龍脈の恩恵を受けた農業をすることが可能だった。しかも、雷獣連峰の雷のおかげで対応が難しい飛行タイプのモンスターも寄り付かないので、山側と空を気にせず平地のモンスターを警戒するだけでいいから、そういった対モンスターのコスト面でも恩恵を受けていた。
こういう地理的要因のおかげで農民にとっては素晴らしい環境ではあるが、カイトは素直に喜ぶことができず、眉間に皺を寄せていた。
「これだと冒険者があまり稼げる環境じゃあないだろうね……冒険者ギルドの支所があるって話だから情報収集も兼ねて顔を出そうと思ってるけど、あんまり期待できなさそうだな……」
そんなカイトの不安は的中――三人はシャハプ村の門をくぐって村人に冒険者ギルドの支所を教えてもらったのだが、それは他よりも少し大きいだけの木造建築だった。
これにはいつも楽天的なセリアも不安そうに首を傾げて、
「カイト君……これが冒険者ギルドの支所ですか?何かの間違いじゃ……」
「いや、ここに小さく冒険者ギルドのマークと『冒険者ギルド・シャハプ村支所』って立て札があるから間違いないはず……とりあえず入ってみよう」
こうして三人はシャハプ村支所の戸を開けたのだが、受付は冒険者ギルドというよりも宿屋のような雰囲気で、そこに座っている中年女性も気が抜けた様子で頬杖をついていて宿屋の女将さんといった風貌――想定外の状況にカイト達は少なからず動揺していたが、それ以上に受付の女性が驚いたような口ぶりで、
「あら珍しい。こんな時期にお客さんだなんて……部屋は空いてますが、何泊のご予定ですか?」
「え?宿泊っていうか……俺達は冒険者で……ここは冒険者ギルドの支所なんですよね?」
S級冒険者タグを見せながらカイトが自信なさげに確認すると、女将さん風の女性はいよいよ驚いて口をポカンと開けてから、
「あっ……これはすみません。私は『冒険者ギルド・シャハプ村支所』の駐在職員のポノフェといいます。お若いので冒険者とは思わず宿泊客と勘違いしてしまいました」
突然のS級冒険者の来訪に慌てたポノフェはそう言って釈明したが、そもそも冒険者ギルドとしての役割の方がおまけなのは一目瞭然だったので、カイトはだいたいの状況を察した。
「ポノフェさんですね。俺は冒険者のカイトで、後ろの二人はパーティーメンバーのセリアさんとリューネです。それにしても……この様子だと冒険者が来ることは滅多に無いんですね」
「ええ……ここは規模が大きいだけが取り柄の農村なので、高額なクエストを発注することも無くて冒険者が訪れるのも稀でして……ギルドに併設している宿泊施設の利用客がたまに来るくらいなのです」
「やっぱりそうですか。村の周りを深い堀で囲んでいて、普通のモンスターなら住人だけで自衛できそうだから冒険者が必要な場面なんてなさそうですもんね」
「そのとおりです。万が一手に負えないような状況が発生したら、それを王都冒険者ギルドに伝書鳩で知らせるのがこの支所の主な役割で、普段は村唯一の宿屋として運営されております」
村の牧歌的雰囲気からも薄々勘付いていたカイトだったが、平和すぎて冒険者ギルドとしての役割をほとんどなしていない現状に困惑しながらも、念のため雷獣連峰の情報を聞くことにした。
「なるほど……一応、王都冒険者ギルドの副ギルド長には話してあるんですけど、俺達は雷獣連峰に登ろうと思っています。それにあたって何か情報などはありますか?」
このカイトの問いにポノフェは今日一番の驚きの表情になって、目をパチクリさせていた。
「雷獣連峰に!?あの山はここの住民は決して登らない場所でして……年に一人か二人くらいの命知らずな冒険者が登ろうとしますが、大抵は雷に恐れをなして3合目くらいで引き返してくるので、有益な情報はほとんどありません。ただ……」
「ただ?何かあるんですか?」
現地とはいえあまり有益な情報を期待していなかったカイトだったが、ポノフェが急に口ごもるので食いつく――しかし、ポノフェの口から出てきたのはアドバイスというよりも、警告だった。
「……今は封鎖されていますが、山の中腹から穴を掘って雷を避けながら山頂を目指そうとしたトンネル跡がありまして……それは何十年も前に封鎖されていますので立ち入らないようにしてください。しかし、普通に登ろうとすると雷に打たれてしまいますので、やめた方が……」
「ああ、トンネルは使いませんし雷対策も万全なので大丈夫です。それで雷獣連峰攻略は明日からの予定ですので、今晩はここに泊めてください」
カイトは元々今晩泊まる宿と、ダンジョン攻略中にランナーラプトルを預ける場所を探す予定だったので、ここは理想的な場所であった。
こうして雷獣連峰攻略前の休憩場所の確保に成功したので、あとは寝るだけ……のはずだったのだがセリアが宿の部屋割りでゴネ出した。
「嫌です!カイト君と寝たいです!テスト期間中もお預けだったんですよ?私はカイト君成分を補給しないと死んじゃいます!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃありません!出発前はパレット先生とフェリスちゃん……テストの終わった日にはお姉ちゃんと……うう……カイト君……もしかして私を避けてます?」
「そんなことないよ。明日からダンジョン攻略だから万全の状態にしたいだけで……もしセリアさんと寝たら興奮して寝付けない……俺だって我慢してるんだよ?」
そのカイトの言葉でセリアはかなり機嫌を直した様子で、
「ふ、ふふふ……それでは仕方ありませんね……私もカイト君を困らせるのは本望ではありませんし……それでは久しぶりにお姉ちゃんと寝ることで我慢しますね♡」
セリアは譲歩案で妥協する形でリューネと一緒に寝ることを強引に決めて、二人は自分たちの部屋へ……
こうしてカイトは落ち着いて一人で寝ることができると思ったが、そう上手くいかなかった。夜に隣の二人の部屋から淫靡な声が……
「ちょっとセリア♡いくら姉妹だからって……あん♡」
「チュパッ♡お姉ちゃん可愛い♡それにしても本当にエッチだね♡」
「あああん♡ダメ……明日からダンジョン攻略なのよ。もう寝ましょう」
「え~……緊張で寝付けなくて寝る前の日課の一人遊びをしてたくせに……私がお姉ちゃんの心も体もほぐしてあげる♡」
「あうう♡淫紋で感度上げちゃらめえええ♡いくううう♡」
「あは♡派手にイッたね♡ビクビク痙攣するお姉ちゃん可愛いよ♡」
そんな声が深夜まで続いたので、悶々としたカイトの翌朝のコンディションは微妙だったが、セリアとリューネは妙にツヤツヤしていた。