5-7 初めてのドラゴンツーリングとハイエナ冒険者
ビッケスとの予期せぬ死闘から一夜明けた出発の朝――
「さあ!天気も快晴!張り切って行くわよ!」
色々と吹っ切れて全身からやる気が満ちあふれているリューネの声は明るかった。
しかし、パーティーリーダーのカイトは少しやつれた様子で、
「お~頑張ろう……まあ、今日頑張るのは騎竜で俺たちはその上で揺られるだけなんだけどね……ふあ~……」
「何よカイト、欠伸なんてしちゃって……あんまり寝られなかったの?」
「寝られなかったというか寝かせてもらえなかったというか……」
とカイトがゴニョゴニョしているとセリアが回復魔法をかけながらカイトに抱きついて、
「スンスン……これはフェリスちゃんだけじゃなくパレット先生の匂いも……ふふふ、明け方まで随分ハッスルしたみたいですね♡」
「そ、それは……昨日は金曜日だからフェリスの日だったんだけど、パレット先生も呼んで壮行会ってことで……」
カイトは無理矢理聞こえの言い言葉を使っているが、要は連れていってもらえない二人がその分のサービスを求めてきた。昨晩カイトがフェリスの部屋に行くと、こっそり招き入れていたパレットと二人で待ち構えており……
「カイちゃん……テスト期間中はお預けでボク達置いて旅行に行っちゃうなんてひどいよ……」
「カイトさん……一週間以上会えないのですから、その分サービスを♡」
こうしてなし崩し的に迫られたカイトの体中キスマークだらけ。
セリアはそれを察して興奮していたが、リューネはへそを曲げた。
「もう!今日と明日は移動日だからって気を抜くんじゃないわよ!」
「うん、全くその通り。でもセリアさんのおかげで回復したから大丈夫……それじゃあ気を取り直して『ドラロジ』に行こう」
こうしてカイト達一行は王都の大通りにある『ドラロジ』こと『ドラゴンロジスティクス』に予約してある騎竜を受け取りにいった。
この『ドラゴンロジスティクス』という会社は代々竜騎士の家系であるロートリンゲン家……つまりドレイクの家が経営している運送会社である。人、物、情報など運ぶものは様々だが、どれも家畜化したドラゴン系モンスターを使うのが特色で、一般的な馬を使った輸送よりも速い代わりに値段が張ってしまう。そういうわけで客層も裕福な上流階級が多いのでサービスの質も高く、カイト達も問題なく予約していた三匹の『ランナーラプトル』を受け取ることができ、騎竜初体験のセリアとリューネは小型肉食恐竜のような見た目の小龍に目を輝かせていた。
「わあ、私ドラゴンに乗るのは初めてです!見た目はちょっと怖いですけど、大人しくて意外と可愛いですね」
「私も見たことはあるけど乗るのは……受付の人が初心者向けのランナーラプトルを用意したって言ってたけど……カイト……しっかりレクチャーしなさいよ!」
「う~ん……ランナーラプトルは従順だからレクチャーするようなことないよ。スピードが出る割には上下左右の揺れも少なくて乗り心地もいいから、落ちないようにしっかり手綱を握っていればすぐに慣れるさ。俺が先導するから、そのうち景色を楽しむ余裕がでると思うよ」
「そうなの?ドラゴンに乗る騎竜って難しいって聞いてたけど……」
「飛龍のワイバーン系や戦闘向けのドラゴンは気性の激しさもあって難易度が跳ね上がるけど、人を乗せるのに特化したランナーラプトルや輸送特化のトリケラトプス系ならそこまで難しいないよ。問題はそれより……」
カイトは二人にアイコンタクトをして周囲に目配せしてから小声になる。
「二人とも気づいてると思うけど、俺たち以外の冒険者もランナーラプトルをレンタルして俺たちの出発を待ってる……雷獣連峰まで付いてくるつもりだ」
それは何となく察していたリューネは首を傾げながら、
「どうして私達の出発を待つの?それに私達が雷獣連峰に行くってどうして知ってるの?」
「冒険者と言っても色んなタイプがいるんだよ。いつも冒険者ギルドにいて聞き耳をたてて他の冒険者の情報を集めて、それを売っててる奴も……そいつが昨日の俺たちの会話を盗み聞きして広まったんだろう」
「なるほどね。カイトがS級冒険者で宮廷召喚士ってことは王都でも広まってきたし注目されるのは仕方が無いわ。でも、私達を追って何する気?」
リューネは気丈に振る舞っているが、年頃の少女だから男に付け回されるのは不安だった。もちろん女狙いの危険な輩も存在するが、今回は違うとカイトは予想していた。
「ほとんど攻略情報のない雷獣連峰を俺が自信満々に向かうから、その攻略法を後ろか盗み見て真似ようとしてるんだよ。雷獣連峰は入り口が一つしかないダンジョンとは違うから、王都を出発するところから尾行して、どのルートから登っていくのか少し離れて観察するつもりなんだろうね。それで尾行を続けて、それであわよくば戦利品のおこぼれをもらおうってところか……」
「ふ~ん、何だかせこい奴らね」
「否定はしないけど、好意的な見方をすればそれだけ努力してるってことさ。王都周辺のダンジョンは不人気A級ダンジョンの『エンシェントパレス』とC級の『クリスタルホール』に初心者向けすぎるE級の『白狼の森』と冒険者が稼げる場所が限られてるから……もし『雷獣連峰』の安全な攻略法がわかれば大儲けのチャンスと踏んだんだろうね」
その説明を聞いてある程度納得したリューネと違って、セリアの目は冷たく鈍い光を発して、ゾッとするような声で、
「理由なんかどうでもいいんです……せっかくのカイト君とお姉ちゃんとの旅の邪魔を……最高級料理にハエがたかってる気分です……ちょっと全員わからせてきますね」
聖女とは思えぬ言動と顔つきで拳をバキバキならすセリア――当然カイトはそれを押しとどめる。
「ダメだって!俺もいい気はしないけど、直接妨害してくるわけじゃないんだから、こっちから手を出したら俺たちがペナルティくらっちゃうよ」
「むむむ……確かにそうですね。少し離れて追いかけるくらいならグレー……私だったら『たまたま同じ場所に向かってるだけ』と言い訳するだけですね」
カイトの説得を聞いたセリアは歯ぎしりしながら鼻息を荒くしてこらえていた。しかし、実はカイトもセリアと同じような事を考えていたが理由は違う。
「セリアさん安心して。すぐにあいつらを振り切ってみせるから」
「カイト君♡やっぱり他のオスが私達の周りを群がるのが嫌なんですね♡」
「え、うん……それもあるけど、見た感じあいつらのほとんどはC級か良くてB級……あの実力だと中途半端に俺の真似しても簡単に死んじゃう……そもそも真似はできないだろうけど無謀に付いてくるかもしれないから余計な死人は出したくないんだ」
それを聞いたセリアは感極まってボタボタと涙を流しはじめた。
「うう……カイト君優しすぎ……まじ聖人……好き♡好き♡愛してます♡」
とカイトの胸に顔を埋めて、カイトの服を涙と鼻水で濡らしていた。
そんな妹を呆れた顔で見守っていたリューネはカイトの振り切る方法が気になっていた。
「カイト……振り切ると言っても私もセリアも騎竜初心者なのよ?正直あんまり自信ないわ」
「大丈夫だって。いきなり全速力で危険な道を走るとか無茶なことはしないから……それでも昼飯時には周りは静かになってるはず」
カイトは普段通りの穏やかな口調だったが、いたずら小僧みたいな笑顔でそう言い切るので、リューネもセリアも信頼して黙って頷く。
こうして初めてのドラゴンツーリングは、当初予定していたのんびりしたものではなく、同業者からの逃走劇に変貌してしまった。
年末の急な仕事と体調不良が重なって更新できませんでしたが、
なんとかひと段落したので、投稿を再開していきます。