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5-6 魔法剣士vs.アサシンメイド長のはずなのに大ダメージを受けるヒール聖女

 王都冒険者ギルドの地下訓練場――多くの人間を収容できる広い地下空間はカイト達関係者以外は閉め出されて今は四人だけ――地下訓練場の中央にある円形のリングには力んだ様子のリューネとそれを笑っているビッケスが向かい合っている。そのリング脇ではカイトがリューネを心配そうに見守っており、彼の隣にピッタリくっついているセリアはここに来るのが三度目で少し懐かしい気分になっていた。


「ここから見るのは初めてですけどドキドキしちゃいますね」


「そっか……セリアさんはここでマーリェンさんと……その前はビッケスさんと戦ったんだよね……その時はどんな感じだったの」


「え?えーっと……ぼちぼちってとこです」


 何だかはぐらかされたカイトは「そっか」と生返事を返すだけ……想定外の展開になってしまいソワソワしており、もっとリューネの近くにいてあげたいのでビッケスに審判を申し出た。


「あの~……リューネとビッケスさんが模擬戦するなら審判は俺がやりましょうか?」


「審判?そんな大層なもんいらないよ。まあ、開始の合図だけ頼むかねえ」


「わかりました……それでは……始め!」


 その合図を聞いた瞬間にリューネは剣を構えたが、それと同時にビッケスが早速ダメ出しをした。


「はい、減点1だね」


「何でよ!?今始まったばかりじゃない!」


「それが甘いって事さ。セリア嬢ちゃんが私と戦った時なんか、開始前に後ろから不意打ちでチョークスリーパー仕掛けてきたよ」


「そ、そんなのズル!ただの反則よ!」


「そういう真面目すぎる所が冒険者に向いてないのさ。そもそも私は『一撃入れればいい』と言っただけで、何も正々堂々戦おうなんて言った覚えはないよ」


 まさか副ギルド長から反則を勧められるとは思っていなかったリューネは悔しそうに顔をしかめていたが、今のやり取りで一番ダメージを受けたのはセリアだった。知られたくない過去をカイトの前で暴露されてしまい必死に言い訳をする。


「か、カイト君……違うんです。当時の私は今よりも少しヤンチャだっただけ……今は清廉潔白……不正を許さない心優しい聖女です!」


「う、うん……まあ、ちょっとヤンチャなセリアさんも俺は好きだよ」


「え、えへへ……それじゃあもっとヤンチャに……夜もイケイケになっちゃおうかなあ♡」


 やっぱり暴走気味のセリアを見てカイトは苦笑いを浮かべたが、ビッケスの言葉を聞いてもあまり驚かなかった。いかなる時も真面目なリューネと違って、目的のためならなりふり構わないセリアの姿を何度も見ていたし、そこが頼もしく思えていた。

 しかし、いきなり欠点を指摘されたリング上のリューネはすんなり受け入れられず、


「私はそんな事をしなくたって……正々堂々戦って実力を証明してみせる!はあっ!」


 リューネは妹と比較された事で余計に冷静さを欠いた状態でビッケスに斬りかかる。しかし、怒り任せの攻撃はいつも以上に単調だったので、ビッケスは欠伸をしながらヒョイヒョイ避ける。これに腹を立てたリューネは魔法攻撃も織り交ぜたが、さらに攻撃のリズムが単調になるという悪循環に陥っていた。

 それを見かねたカイトがセコンドのようにリング脇からアドバイスを送る。


「リューネ落ち着け!とにかく冷静に!そして、ビッケスさんの死角に回り込むように立ち回るんだ!」


 リューネはカイトの声を聞いて、すぐに反省すると一呼吸置いてから、アドバイス通りにビッケスの眼帯をしている左目の方から攻め立てた。それでも攻撃があたる気配はなく、先に自分の息があがってしまった。


「はあ……はあ……どうして……いくらスピードで負けてるとはいえ……ここまで差があるなんて……」


「まったく……さらに減点1。さっきも言ったけど真面目すぎるんだよ。カイト坊やのアドバイス通りに動くだけじゃなくて自分の頭も使わないとねえ」


「だって……カイトはリーダーで……いつも正しい……それに従えば……」


「やれやれ……相手の死角に入るのはセオリー……その考え自体は正解だけど、それが通用しなかったら工夫しないとねえ。セリア嬢ちゃんはダメだと判断したらわざと転んで油断させてからポケットに入れてた砂で私の大事な片目を潰そうとしたよ。おかげであばら骨がボッキボキにされたねえ……」


「くうっ!そんな卑怯なこと……私は……」


 正々堂々自分の力を認めさせようとするリューネは、再び姑息な手をつかう妹と比較されて悔しがるが、一番取り乱しているのは褒められているはずのセリアだった。何とも言えない表情で見つめてくるカイトに可愛らしく抱き着いて、


「わざとじゃないんです!たまたま転んだんです!そして偶然ポケットに砂が入ってて!怖くて投げただけ!決してビッケスさんの目を潰そうだなんて!カイト君!信じてください!」


「う、うん……それに軽蔑してるわけじゃないよ。目潰しは有効だもんね」


 顔を引きつらせるカイトだったが、その言葉に偽りは無く、本心からセリアがどんどん頼もしく思えていた。しかし、いつも自分の前で見せる聖女らしい振る舞いのギャップに困惑しているのも事実だった。

 そんな夫婦漫才とは対照的に、リングではビッケスの厳しいダメ出しが続いていた。


「この際だからハッキリ言うよ。リューネ嬢ちゃんに戦いは向いてない。剣なんて置いて貴族の令嬢として……カイト坊やのお嫁さんとして大人しくしてておくれ。あんたならいいお嫁さんになれるよ」


「でも……私だって頑張ってる……いつかセリアにだって追いついて……」


「今のままじゃあ一生無理だろうねえ。固有スキルの問題じゃなく、根本的に性格が良すぎるのさ……ステータスでは測れない部分だけど薄々勘づいてるだろう?」


 そこまでボロクソに言われてもリューネは言い返せず、ポロポロと泣き出す。セリアだったら油断させるために演技かもしれないがリューネは違う……それを理解しているビッケスは優しい声で、


「リューネ嬢ちゃん……私は何も憎くてこんな事を言ってるわけじゃないんだよ。それに本音はリューネ嬢ちゃんに変わって欲しくないのさ……もし友達や家族にするならセリア嬢ちゃんみたいな腹にイチモツを抱えている女より純粋なリューネ嬢ちゃんの方がいい……でも、冒険者としては……戦士としては真っ直ぐすぎる……私はベルリオーズ家の家臣として純粋に心配なのさ」


 それを聞いても全く嬉しくないリューネ……そのリューネ以上にビッケスの言葉に憤慨したのは妹のセリアだった。カイトの前でリューネと比較されて性悪女のように言われ続けて大ダメージを受けたのに加えて、最愛の姉を泣かされたことで遂に発狂しながらリューネに声援を送る。


「うああああああ!お姉ちゃん!頑張れえええ!その無礼なメイド長に躾を!わからせを!まるで私が聖女じゃなくて悪女みたいに言って!それにお姉ちゃんが剣を置くなんてありえません!私のお姉ちゃんは世界一のお姉ちゃんで!可愛くてカッコイイ魔法剣士なんです!真面目で!頑張り屋さんで!エッチな!私の自慢なんです!いつか世界最強の……いえ、カイト君の次に強い世界№2に!歴史に残る魔法剣士になるんです!そんなお姉ちゃんに私みたいな外道な戦法は似合いません!必要ないんです!」


 リューネはコンプレックスの原因である妹からの声援に驚いてセリアの方を向いた時にカイトと目が合う――しかし、カイトは何も言わない。セリアがカイトの分まで代弁してくれたので信頼の眼差しを送るだけ――それでリューネには十分だった。気力を回復させて涙をふくと剣を構えなおした。


「ビッケス……たぶんビッケスの言ってることは正しいと思う。でも、私はビッケスが思ってるほどいい子じゃない……凄くワガママなの……だから絶対に諦めない!私は絶対に強くなる!」


 そのリューネの返答にビッケスはため息をついたが少し嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「そうかね……でも、気合と根性だけでどうにかなるほど勝負は甘くないよ」


「ええ、だから……ビッケスのアドバイスを部分的に受け入れるわ……せあっ!」


 リューネの不意打ち――それは剣を投げる事だった。今までのリューネならばありえない行動だったので、ビッケスは少し驚いたが、半歩横に移動して難なく避ける――リューネの奇襲は失敗かに思われたが、これはリューネの計算のうちだった。ビッケスにかわされて地面に突き刺さった剣の位置と角度もリューネの狙い通り。


「よし!『シューティングレイ』」


「そんな子供だましに……うっ!」


 リューネは殺傷力の低い光魔法をビッケスを狙うフリをして剣に照射。その反射光がビッケスの右目をくらませた瞬間を見逃さなかった。

 剣を手放しているリューネは鞘を依り代に炎の魔法剣『フレイムタン』を具現化して、視力を失っているビッケスに斬りかかる……しかし戦闘の経験値が段違いだった。


「リューネ嬢ちゃん、狙いは悪くなかったよ」


 ビッケスは目を閉じたままリューネの方を真っすぐ向いて答えるとフレイムタンをスッと半身を切って回避――そのかわしざまにリューネの首筋に電気を帯びた手刀を振り下ろして一撃でダウンさせた。


「かはっ!……な、何で……目が見えないはずなのに……」


「ああ、視力はまだ回復してないよ。でも炎の剣を選んだのは失敗だねえ……殺気に炎の熱気も加われば見えなくても感じ取ることなんて難しくないさ」


「うう……やっぱり私って詰めが甘いのね……くそっ!くそっ!」

 

 まだ起き上がれないリューネが悔しそうに地面を殴りつけていると、リューネの視力が戻って目を開けるとニコニコしていた。


「ははは、何をそんなに悔しがってるのさ。私に一撃入れられたじゃないか」


「え、でも完全に避けられて……」


「ほら私の髪を見てごらんなさいな」


 ビッケスはそう言って少し焦げて縮れた髪を見せつけた。それは紛れもなくリューネのフレイムタンによるものだったが、リューネ自身が納得できず、


「そんなのがダメージって……ビッケスはピンピンしてるじゃない!」


「ひどいねえ……こんな婆さんでも髪は女の命だよ。ああ、私の心までダメージが……ほれ、さっさと雷獣連峰でもどこでも好きなところに行きな。ただしカイト坊やの言うことは聞くんだよ」


 そう言い残してリングから出ていくビッケスの背中を見たリューネは声には出さなかったが心の中で感謝して少しだけ頭を下げる。そこへセリアが飛びついてきた。


「ううう……お姉ちゃん……頑張ったね……かっこよかったよお」


 泣きながら抱きついてくれる妹を愛おしく思うリューネだったが、気恥ずかったし、それ以上に意地悪したい気持ちが芽生えて、


「ふふふ、ありがとうセリア。でもあんたの涙は信じられないわね」


「もう!お姉ちゃんまで!この戦いの一番の被害者は間違いなく私だよ!」


 そんな微笑ましい姉妹のやり取りをビッケスが眺めていると、カイトがお礼を伝えにいった。


「ビッケスさん……リューネの指導ありがとうございました。俺では言いづらい事を代わりに……」


「なーに気にすることないよ。昔のピピン坊にそっくりだから、その時と同じ事をしただけだよ」


「そうだったんですか。確かにリューネはピピンに似てるところがありますからね」


「ああ、可愛いピピン坊にそっくりの可愛い娘なんだ……カイト坊や、頼んだよ」


「はい。任せてください」


 道具の準備だけでなく、ビッケスのおかげでリューネの冒険者としての心構えも改まる――こうして雷獣連峰への支度は全て整った。

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