5-5 第一関門は副ギルド長 魔法剣士の実力をわからせろ
「山登りの装備ってこんなに……ちょっと舐めてたかも……」
そんな正直な感想を漏らしながら登山道具の種類の多さに目を丸くするリューネに冒険者の先輩であるカイトはその道具の使い道を一つ一つ丁寧に教えていた。
「これらの道具はある意味武器より大事だよ。目的はもちろん『ライトニングバジリスク』だけど、一番の強敵は山そのものと思った方がいい。そもそも山っていうのは……」
王都の道具屋で山用の装備を整えるカイト達三人……カイトはそのついでに山の恐ろしさをこんこんと説いていた。特に今回登る雷獣連峰の気象条件は常に最悪――地形や気流だけでなく龍脈の影響もあって常に落雷が発生する場所――そのおかげで航海士からは天然の灯台としてありがたがられているという側面もあるが、登山するには危険すぎて地元の人間も近寄らない危険地帯であり、そのほとんどが前人未踏という未知の領域でろくな地図もなかった。
「とにかく……落雷の危険は俺の召喚獣がどうにかするし、急な気温変化対策の魔法もかけるけど、それでも一番大切なのは各人の危機意識だから、肝に銘じておいてね」
「わかった。とにかくカイトの指示に従うわ」
カイトの話を一つも聞き漏らさない真面目なリューネ……それと比べるとセリアは三人での小旅行が楽しみで仕方がないという様子だった。
「カイト君!私、このポンチョがいいです!丈夫で雷属性に耐性があります!皆でお揃いにしましょう!」
「確かに良さそうだね。耐久面も及第点だし、軽くて動きやすそう……あとは登山靴、ピッケル、ロープ、ツェルトなんかの一通りの登山セットを揃えて……よし!レンタルする騎竜もドレイクの家が運営してる『ドラゴンロジスティクス』に予約しておいたし……それじゃあ、情報収集に冒険者ギルドへ行こうか」
一通りの登山道具を揃えたカイトは冒険者ギルドへ向かったが、正直なところ目新しい情報を得られるとは思っていなかった。そしてその予想は的中してしまう。
雷獣連峰について尋ねられたギルドの受付嬢は悪名高い『わからせ召喚士』の対応ということもあり泡を食ったように、
「ら、雷獣連峰ですか?あそこは一応王都冒険者ギルドの管轄区域ですが、ほとんど管理できておらず、クエストも出てませんし、登山ルートの地図もない状態で……」
リューネとセリアは少し落胆した表情を浮かべるが、カイトは淡々としていた。
「そうですか……それならここから一番近い麓の村の位置だけ教えてください」
「はい。それでしたらシャハプ村ですね。小さいながらも王都冒険者ギルドの直轄支所もあります。地図だとこのあたりに……」
カイトはそれだけ確認できれば十分だった。山の大まかな地形はゲーム知識として頭の中にあるので、その村を起点にしたライトニングバジリスクの生息域までの登山ルートを脳内でシミュレーション。これで冒険者ギルドでの用事は済んだ……はずだったのだが……
「おや、カイト坊や……雷獣連峰なんて物騒なところに何をしに行くのさ」
今回は騒ぎを起こしたわけでもないのに、副ギルド長のビッケスが登場。年の割には耳がよく、雷獣連峰というワードを聞きつけてギルドの奥から出てきたので、カイトは小声で説明した。
「他の冒険者が聞きつけると面倒なので、ここだけの話なんですけど……実はあそこのモンスターからギフト宝玉が獲れるんです」
カイトは最低限の事を伝えると、それだけでビッケスには十分だった。
ビッケスはカイトの後ろにいるリューネをチラッと一瞥して、
「なるほど……カイト坊やなら攻略法も知ってるだろうし、リューネ嬢ちゃんのために行くってところかねえ?」
「ええ、それにもちろん今回の探索で得られた他のアイテムやモンスターなどの情報はギルドに報告します」
「そりゃ助かる。情報にもよるけど、しっかりギルドから報酬を払わせてもらうよ。まあ、その辺は問題ないんだけどねえ……」
「え?他に何か問題でも?」
「……これは副ギルド長としてというよりも、ベルリオーズ家のメイド長として言わせてもらうけど……リューネ嬢ちゃんは留守番じゃダメかねえ」
そのビッケスの言葉にはカイトより先にリューネが反応した。
「な、何よそれ!私が足手まといだって言いたいの?」
「自分の仕えている主人の姪にそんな事は言いたくないけど……まあ、そうだね。カイト坊やとセリア嬢ちゃんが行くのは止めやしないけど、リューネ嬢ちゃんが行くのはちょっと……私がリューネ嬢ちゃんだったらカイト坊やに丸投げしてるよ。そっちの方がカイト坊やだって簡単に目的達成できるだろう?」
ビッケスの隻眼にジッと見つめられたカイトは否定することができなかった。しかし、リューネを同行させるのは決して彼女の機嫌をとるためではなかったので、パーティーリーダーとして副ギルド長に説明をした。
「確かにギフト宝玉をとるだけなら俺一人で行けば簡単です。でも……それじゃあダメだと思うんです。いつか俺一人では解決できない事態に直面するでしょう……その時のためにも、パーティー全体の強化を……それにリューネならやれるって……この冒険で成長するって信じてるから一緒に行こうと思います」
そんなカイトの言葉にビッケスは腕組みしたまま無反応。しかし、否定もしないということはカイトの言葉にも一理あると認めているということを示していた。
「う~ん……将来ベルリオーズ家を継ぐカイト坊やにそう言われると参っちまうね……でも、宮廷公認冒険者パーティーでカイト坊やが一緒とはいえリューネ嬢ちゃんにS級ダンジョンは少し早いと思うのさ。もうじきロベルト坊が帰ってくるのに、その前にリューネ嬢ちゃんが大怪我したら私の面目丸つぶれだしね」
ビッケスに言われなくても力不足を実感しているリューネだったが、引き下がる事はできずにビッケスが副ギルド長ということも忘れて食って掛かり、
「確かに経験は浅いけど、だからこそカイトと一緒に行って学びたいの!それにエンシェントゴーレムくらいなら安定してソロで倒せるくらいには強くなったわよ!」
鼻息を荒くしながら説得するリューネに対して、ビッケスは妙に優しい目をしながら、穏やかな口調であやすように語り掛けた。
「そうかね……その年でそれは凄いよ。確かに戦闘力は成長したんだろうさ。でも私が心配なのは……リューネ嬢ちゃんは根本的に冒険者に向いてない……もっと言うと戦うこと自体やめた方が……まあ、口で言ってわかることじゃないか……それに口喧嘩は私のガラじゃないから力で証明してくれないかね?」
「つまり私がビッケスに勝てばいいのね?」
「ふ、ふふ……あはははは!冗談は上手くなったねえ。なあに、私に一撃ダメージを与えられれば十分だよ。逆を言えば、それもできないようなら大人しく家で留守番してておくれ」
「望むところよ!私の実力を見せる……いえ、わからせてあげるわ!」
リューネはビッケスに対して豪語したが、カイトは心配そうに見つめる――すでにビッケスのペースに乗せられていることにリューネは気づいていなかった。