5-2 ハズレスキル魔法剣士は中二病勇者に憧れる
泣きそうな顔でアドバイスを求める学年主席の婚約者……日頃はヘラヘラしているカイトも真剣に向き合うことにした。
「わかった。でも、先に言っておくけどリューネは決して弱くない。ピピンが言うには今の実力でも騎士団の小隊長クラスの能力はあるって……この調子なら学園を卒業する頃には騎士団幹部候補生としてスカウトされるのは間違いないらしい」
「……逆を言えばそのレベルって事ね」
カイトがこの世界基準の客観的な評価を伝えてもリューネはちっとも満足できないようだが、他の生徒だったら飛び上がって喜ぶ話だ。騎士団の幹部候補生というのは本人だけでなく、その家族も鼻高々になる名誉な事――カイトに出会う前のリューネだったら喜べたのだろうが、カイト達によって価値観が破壊されていたので、こんなリアクションになってしまうのも仕方なかった。
「そういじけないでよ。お世辞でもなくリューネの真面目に努力する姿勢を尊敬してるんだ。でも……そこがリューネの欠点の一つ……たぶん自分でも自覚があるんじゃない?」
「ええ……私の剣も魔法も教科書通り……つまりオーソドックスすぎて相手からすれば読みやすいのよね?」
カイトは口に出したくないので黙って頷く――カイトが初めてリューネと戦った時から感じていたことだったのだが、彼女の剣筋も魔法もとにかく綺麗……というよりも綺麗すぎた。学園で教科書通りに訓練した実力は確かなのだが、生真面目なリューネの性格も相まって、攻撃が真っ当すぎて相手からすれば読みやすい。特に格上を相手にする時に顕著で簡単にいなされてしまう。もっとも、そんな事は本人も自覚しているので、これから改善していけばいいのだから、むしろ伸びしろと考えることもできる。
しかし、もう一つの決定的な欠点は厄介だった。
「そして……うん……これもリューネが一番わかってるよね?」
「……やっぱり固有スキルかぁ……私は実質無能力みたいなもんだし……だからこそ負けないように努力してきたけど……」
「ああ、今の状態でここまでやれてるのは凄いよ。でも、セリアさんの【ビーナスハンド】やフェリスの【インセクトヴァンガード】みたいな強力な固有スキル持ちと比べるとどうしてもその部分で不利になっちゃう」
リューネ自身が自覚している事を改めて指摘するのも酷ではあったが、これは紛れもない事実――そもそもジョブやアビリティは当人の固有スキルを最大限に活かせるものを選択するのが一般的。このやり方が強くなる一番の近道なのに、それができないリューネは剣と魔法をバランス良く磨く事で補ってきたのだが、その限界を感じることが多くなり、すっかり自信を無くしていた。
「はあ……私の【ホロウアイズ】って珍しいだけで大ハズレよね。初めて能力を知った時はギフト宝玉で固有スキルを選び放題だと思ったのになあ」
「魔眼系のギフト宝玉を使って両目に別々の固有スキルを宿すことができる能力か……凄い能力なんだけど肝心の魔眼系のギフト宝玉がレアすぎるんだよね」
「全くよ。SSRの感知系最高峰の【千里眼】や睨むだけで相手を威圧して麻痺させる【竜の目】なんて贅沢言わないからRの動体視力が向上する【鷹の目】でもいいのに全然出回らないなんて誰かが買い占めてるのかしら?」
「いや、本当にレアなんだよ。ギフト宝玉そのものがダンジョンで偶然発見されるか強力なモンスターの体内で生成されたものしかなくて人工的に作れないから流通量が絶対的に少ない」
それを聞いたリューネが肩を落としてガッカリ――その姿に胸を痛めたカイトはそっとリューネの耳元で囁く。
「リューネ……この事で大事な話をするから、今晩リューネの部屋に行くね」
こういう話になると普段のリューネならメスのスイッチが入ってお姉ちゃんモードになるのだが、カイトの声がいつになく真剣なので浮ついた気分にならず「うん」と小さく返事をするだけだった。
そこに丁度試験を終えたセリアが戻って来たと思ったら、瞳を潤ませながら突然二人に向かって、
「カイト君……お姉ちゃん……二人がどんな決断をしても私も応援してるから……ファイトです!」
唐突に妹の激励をもらったリューネは訳も分からずに「うん」と生返事を繰り返して、カイトは何だか変な誤解をされている気がしたのでセリアに説明しようとしたが呼び止める前にサーッと逃げられてしまった。
「ん?ん?セリアさん……いつにも増して自分の世界に入ってるみたいだけど、どうしたんだろう?」
「さあ……あの子ってテスト期間中はボーっとする事が多いけど……まあ、考えようによってはいつもと大差ないんだから放っておきましょう」
そんなリューネの説明でカイトは一応納得してセリアの事はとりあえず放置することにした。
そして夜のリューネの部屋――
今日は木曜日なのでカイトのフリーの日だ。木曜日のカイトは、早めに一人で寝るかチャッピーをモフモフしているかのどちらかなのだが、今日は神妙な面持ちでリューネの部屋をノックした。
カイトを自分の部屋に入れる事なんて当たり前になったリューネだが、妙に緊張してしまって声が上ずってしまう。
「開いてるわよ。どうぞ……」
こうして扉を開けたカイトも少し表情が固い。それを自覚してるので、空気を和らげようとニカッと笑いながら、
「何だかもったいぶったような事してごめんね。でも、リューネの一生に関わることだから、落ち着いて二人で話せるようにと思って」
「私の一生に関わる事?」
「ああ……単刀直入に言うと固有スキルを変えるつもりはある?」
「え?固有スキルを?それってまさか……」
「そう、実は俺ギフト宝玉を持ってるんだ」
カイトはそう言ってアイテムボックスからギフト宝玉を大放出――色とりどりの球がリューネの部屋の床の上に散乱する――リューネにとってはある意味夢にまで見た光景なので、脳がフリーズしてポカンと口を開けていた。
「ギフト宝玉がこんなにたくさん……確か最低レアリティでも家が買えるって聞いたことがあるから……」
「お察しの通り、普通に売ったら大富豪になれるけど、その代わり悪徳商人とかに目をつけられるから隠しておくようにピピンから言われてたんだ」
「そういえば王様にレアアイテムを売りつけようとしたらしいけど……これもボトムレスアビスで?」
「うん。ボトムレスアビスの最下層エリアにいるSランクの死霊系モンスターが稀にドロップするから、大量に狩った時に色んな種類のギフト宝玉が手に入ったんだ。でも……残念だけど魔眼系の物は無くて……」
リューネは今までの話の流れから魔眼系の物が無い事は予想できていたので、その言葉を聞いても落胆はしなかった。それよりもどんなギフト宝玉があるのか気になって仕方ない。
「そっか……それでどんな固有スキルのギフト宝玉があるの?」
「ほとんどNレアの固有スキルのものばかりでリューネにお勧めなのは……【剣神の祝福】かな?あとは【剛脚】なんかも悪くないと思う」
「レアリティは低いけど少なくとも今よりは確実に強くなれるわね」
「それは保証する。低レアリティの固有スキルは副作用とかのデメリットもなく癖が少ないし、純粋に能力の底上げになるよ……でも……その様子だと……」
カイトが口にしようとしたが、今のリューネの表情は言葉で表現するのは難しかった。カイトの気遣いに対する喜び以外の感情が複雑に絡み合った表情……間違いないのはリューネの悩みが解消したわけではないという事だ。
そんなリューネの出した結論は……
「ありがとうカイト。気持ちは嬉しいけど、ギフト宝玉で固有スキルを上書きすると【ホロウアイズ】は消えちゃうのよね……だから……やっぱり私この固有スキルは変えない」
「リューネならそう言うと思ってたよ……もともと固有スキルを変えたいならとっくにピピンやマリアさんに相談してただろうしね……でも何でその固有スキルにこだわるの?」
カイトはせっかくのギフト宝玉を拒否された事に対して特に何も思わなかったが、リューネが【ホロウアイズ】にこだわる理由がイマイチわからないのでストレートに尋ねると、リューネは遠い目をして答えた。
「私……小さい頃、伝説の英雄の御伽噺が好きでね。中でもジャキ眼っていう呪われた目を持つ魔法と剣が得意な勇者の物語に夢中になって……その影響でこの固有スキルが気に入ってるの……子供の時はその勇者が暴走する力を封印する名シーンの真似ばかりしてたわ……『静まれ……私の力よ』ってね」
リューネがしんみりした雰囲気で語っているのでカイトは黙っていたが、
(いや、それ絶対に俺と同じ世界から来た渡り人だよ。バリバリの中二病だよ。黒で全身コーディネートしつつ、無意味に包帯とか眼帯つけてるタイプの痛い奴だよ)
と、同じ異世界人としてツッコミを入れたいのをグッと我慢。
「なるほどね……それでジョブも剣も魔法も使える魔法剣士に?」
「ふふふ、子供っぽいわよね。それに私って欲張りでカッコつけたがりだから、両方できたらカッコイイって単純な考えで迷わなかったわ」
「ははは、俺はそういうの好きだよ。変に打算的な理由よりもシンプルで分かりやすくて」
少し暗い雰囲気が続いていた室内で二人が笑ったので、空気は幾分か和らいだのだが、リューネの顔が再び曇ってポツリと
「でも……いい加減大人にならなくちゃいけないのかもね。小さい頃の憧れにこだわって成長が止まってたら、私だけじゃなくて周りにも迷惑が……」
「それは違うよリューネ」
「え?」
「俺はそうやって諦めることが大人になる事とは思わないよ。それに誰もリューネが弱いとか迷惑だなんて思ってないし、俺は普段の不器用だけど頑張り屋なリューネが好きで応援したい」
そのカイトの言葉がリューネにとってはギフト宝玉よりも嬉しく、お姉ちゃんモードではなく、ただのリューネとしてカイトに抱きついていた。
「うん……ありがとう……カイトが応援してくれるから、私はまだまだ頑張れる」
カイトは自分の腕の中にいる魔法剣士としてのリューネが愛おしくて、今まで言わなかった極秘情報を彼女に伝える事に……
「リューネ……魔眼系のギフト宝玉が手に入る場所に心当たりがあるって聞いたらどうする?」
「え!?本当に!?行く!絶対に行くわ!」
今まで落ち込んでいたのが噓のように元気よく即答するリューネの目は、どのギフト宝玉よりも輝いていた。