5-1 パーティー内最弱の学年主席お姉ちゃんの憂鬱
「はあ……このままじゃ駄目ね……」
ランベルク学園の各講義の前期試験が一通り終わったのに教室で落ち込んでいるリューネだが成績は問題ない。問題ないどころかテストの総合成績では間違いなく学年主席――もともと筆記試験が苦手なセリアや常識問題でポカをするカイト、体術などの実技がまだまだなフェリスと違ってリューネには欠点が無い――しかし、それはあくまで学園のテストであって、その三人とは選択授業がほとんど被っていないから周囲は気づいていないが、実際の能力では劣っているとリューネは感じていた。
そんなリューネの気も知らないカイトは、テストが終わった開放感から陽気な声で、
「テストお疲れ様。いや~、異世界でもテストなんてしたくないよ。残すは模擬パーティー実習試験だけ……って、リューネどうしたの?テストで何かミスった?」
「いいえ。たぶんほとんど満点よ……でもテストの結果なんて……はあ……」
リューネの深いため息からカイトは彼女の気持ちをようやく察することができた。
「昨日のこと気にしてるの?まあ……そういう日も……」
「下手な慰めはよしてよ。学園の成績がトップでも私が『聖☆わからせ隊』で最弱だっていうのは私自身が一番わかってるんだから」
リューネがすっかり自信を無くしてしまったのは無理もない事……カイトはそう思いながら昨日の自宅での模擬戦の様子を思い出していた……
昨日の放課後のベルリオーズ家の庭――
テストのストレス発散を兼ねてリューネとセリアが模擬戦をしていたのだが、リューネの防戦一方だった。
「くっ!レベル差は前より縮んでいるはずなのに!どうしてなの!?」
「ふふふ、私だって日々成長しているんです。はあっ!聖女式ローキック!」
セリアのビーナスハンドに気を取られていたリューネはローキックをもろに受けて膝をつく――太ももが軽く肉離れを起こしていて足が言う事をきかなくなり、跪くような態勢で立ち上がることができずに完全敗北だった。
そんな姉の前で腕組みして仁王立ちしたセリアは勝利宣言をする。
「私の……いえ私とカイト君の愛の結晶であるセリア流ラブラブ聖拳の勝利です!……って、ちょっと強く蹴りすぎちゃいましたね。すぐ治してあげます」
セリアはビーナスハンドで強化したヒールをかけるとリューネの足は一瞬で治ったのだが、それが余計に彼女のプライドを傷つけた。
「相変わらず凄い回復魔法……ああ……この凄腕ヒーラーに勝てないなんて……前衛失格ね」
「そんな事……お姉ちゃんが『魔法剣』を使えば勝負は……」
「確かに攻撃力は上がるけど当たらなければ意味は無いわ。最近は安定してきたけど『魔法剣』は消耗が激しいし……それにセリアはまだまだ手加減してるでしょ?」
「そ、それは……」
上手いフォローの言葉が出てこずアワアワするセリア……そんな妹がリューネは愛おしく誇らしかったが、それゆえに惨めな気持ちになっていた。エンシェントパレスでのレベリングで成長したのだが、余計にセリアとの力の差を理解できるようになってしまっていた。
そんな気まずいところにもう一人の妹がカイトを連れて参戦。
「あれれ?二人ともまた模擬戦?明日が前期試験最終日なのに余裕だね」
そのフェリスの言葉を聞いたセリアは大げさに驚いたふりをして、
「そ、そうです!明日は私の苦手な『トラギア王国古代史』が!私はテスト勉強があるからここまでです!」
そう言い残して風のように家の中に駆け込んでいくセリアを見たリューネは苦笑いを浮かべていた。
「もう……気を使ってるんだろうけど、余計に惨めね」
「リューネちゃん……セリアお姉ちゃんは色んな意味で特殊だから比べない方がいいよ。同年代でリューネちゃんに勝てる人間なんてほとんどいないんだから……」
日頃は生意気な事ばかり言ってくるフェリスにまで気を遣われたリューネはかえって劣等感に苛まれた。すると弱音のかわりに唐突な思いつきが口からこぼれる。
「じゃあフェリス……今から私と模擬戦してみない?」
「え?ボクは対人戦闘苦手だし、召喚獣の加減がまだ……」
「謙遜はよしなさい。上級召喚獣のコシチェイ以外は完璧にコントロールできてるわよ……それとも下級召喚獣でも私相手じゃ物足りないの?」
リューネは自虐的に挑発すると、フェリスの方が折れて模擬戦をすることにした。
「リューネちゃんったら……そこまで言うならコシチェイ以外の召喚獣で相手になるよ。じゃあ、審判はカイちゃんね」
「おう、わかったけど……二人とも……ほどほどにな」
カイトが心配そうに言ったのは二人の実力が拮抗しているから――模擬戦で怪我人が出るケースは初心者同士か互角の実力の者同士の戦いがほとんど――さらに二人とも負けず嫌いなところがあるので、最初は冷静でも途中から熱くなるのは目に見えていたから、カイトは一応念を押した。
こうしてリューネとフェリスの初めての模擬戦が審判であるカイトの「はじめ」という合図で幕を開ける。
最初に攻撃を仕掛けるのはリューネだった。刃を潰してある模擬戦用の剣で開始の合図と共に一直線にフェリスに切りかかったが、その剣は虚しく空を切っていた。
「ちっ!流石ね……つくづく召喚士ってズルいわ」
「にしし♪褒め言葉ってことにしてあげる♡」
忌々し気に空を見上げるリューネと空中から煽るような笑顔で見下ろしているフェリス――リューネよりも冷静なフェリスは、近距離戦闘ではリューネに手も足も出ないという事を理解していたので開始直後……正確にはそれでは間に合わないので、フライング気味に『ヘラク』を憑依召喚して空に飛んで間合いを確保。さらに最近練習しているブーメランを取り出した。
「それじゃあリューネちゃん。ボクの方も行かせてもらうよ♪えいっ!」
ブーメランをリューネ目がけて投げるフェリスの戦闘スタイルは中遠距離戦闘に特化したもの――徹底的に間合いをとって一方的に攻撃をするのが彼女の能力と性格に合致していたので、自然とこのスタイルを確立して、武器もブーメランを選んでマリアに師事していた。
そのフェリスのブーメランはまだまだ初心者の域を出ておらずリューネは余裕でかわしながら、
「私だって中距離戦闘は出来るのよ!ファイアボールで落ちなさい!」
リューネは威力よりもスピード重視のファイアボールをフェリスに放つが、フェリスもそれを難なく避けて戦況は膠着状態に――リューネはフェリスの憑依召喚がきれて地上へ降りてくるのを待つ持久戦の構え……それに対して策士のフェリスは短期戦狙いだったのだが、それはリューネに看破されていた。
「フェリス!アゲハの鱗粉で痺れさせようとしても無駄よ!私を風下に誘導しようってのはバレバレなんだから!」
「あちゃ~、バレてたか。こっそり召喚して木の陰に隠れさせてたのに……」
フェリスは作戦が失敗してむくれていたが、すぐに切り替える。頭のまわるフェリスの技の引き出しは豊富だった。
「別に全然問題なし♪せっかくだからリューネちゃんにボクの新技を披露してあげるね」
「新技ですって!?」
「新技と言っても普通の憑依召喚だよ♪ただし今回は武器に……アゲハ!ボクのブーメランに憑依召喚!」
フェリスはアゲハをコード化すると模擬戦用の木製のブーメランに憑依召喚――するとブーメランは虹色に輝く蝶の模様が浮かび上がった。
「にしし♪名付けて『バタフライエッジ』」
「そ、そんなの……ただ派手になっただけじゃない!」
「それはどうかな~?そりゃ!」
フェリスは軽くブーメランを投げるがさっきまでとはスピードが段違い。驚いたリューネは後ろに跳んでギリギリで避けることに成功した。
「確かに速いわね。でも、避けれないほどではないわ!」
「避ける……にしし♪本当に避けれてればいいけどね……」
フェリスは意味深な笑みを浮かべながらバタフライエッジを連続で投げるが、リューネはしっかり避けて段々と目が慣れてきた。
「もう見切ったわよ!ここから私のはんげk……あ……あれ……足が……」
攻撃を確実に避けたはずのリューネは自分の足が痺れて動かせないことに気がついた時には手遅れ――すでにフェリスの術中に嵌っていたのだ。
「ごめんねリューネちゃん。バタフライエッジは微細な鱗粉をまき散らすから、普通に避けるだけじゃ駄目なんだ。気づかれないように鱗粉の量を抑えてたから少し時間はかかったけど、流石にもう動けないよ♪」
「くっ……こんな痺れ粉程度で私が……ぐ、ぐぎぎぎ!」
「うわっ!きいてるはずなのに気合で無理矢理動くなんて……仕方ない……アゲハ!バッチリ熟睡させてあげて!」
フェリスはブーメランの憑依召喚を解除して、アゲハを再召喚するとリューネの直上で直に催眠の鱗粉を散布。
これには流石のリューネも根性で乗り切る事ができずに意識を失って勝負アリだった。
審判のカイトは熟睡しているのに悔しそうな寝顔をしているリューネを抱きかかえながら、フェリスを褒めちぎった。
「あんなに荒れてたリューネを無傷で倒すなんて凄いな。俺でもこう上手くはできないかも……」
「カイちゃんは強すぎなんだよ。ボクなんてまだまだ」
フェリスは心の底から自分が未熟だと思っているが、マルチ召喚と憑依召喚を使いこなせるようになった今の実力はすでにA級冒険者にも引けを取らない。さらに上級召喚獣のコシチェイを召喚すればS級モンスターとも戦えるレベルになっていた。
だからフェリスに負けても決してリューネが弱いというわけではなかったのだが、目を覚ましたリューネの落ち込み具合は半端ではなかった。
そしてそれは一夜明けても継続中で――
「妹二人に手も足も出ないのに学年トップなんて……滑稽よね」
「……リューネは強いよ。あの二人は……セリアさんは特殊だし、フェリスとは相性が良くないだけ……」
「実戦ではそんな言い訳通用しないわ!ねえカイト!私の足りないところを教えて!」
そう訴えかけるリューネの目は真剣を通り越して悲壮感が漂っていた。
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