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眼差しの少女  作者: 虜囚
目次
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異世界へ

 旅行の宿泊先として予約していたベンションの駐車場はベンションと少し離れていた。駐車場には誰もいないので、俺は車の陰で鎧直垂に着替えた。履物はつらぬきである。この鎧直垂も親父が呉れたもので。金糸銀糸が入った豪華なものだ。腕時計やスマホは車に放り込み、そして袋に入れた大太刀と刀と腰刀だけを持って、湖の側の道路で騎馬武者の会のマイクロバスが来るのを待った。


 神社に着いて、社務所の中に着替える部屋があったが女性も一緒なので、駐車場で鎧直垂に着替えておいて正解だった。鎧を付け俺の打った腰刀を差し、大太刀を佩き、さらに親父の打った刀を腰に差した。3刀流である。


 午前中は甲冑姿でのパレードがあるが俺は欠席して騎馬・大太刀・巻藁切りの練習をする。巻藁は置いて無いが巻藁と同じ距離の場所に人に立ってもらい斬るタイミングの感覚を掴んだ。


 そして本番。地元の連中は流鏑馬だけだったが、騎馬武者の会の面々は、小笠懸や甲冑流鏑馬や馬上での槍を使った演舞を行った。


 俺の出番は最後。最初の巻藁は完全に切れず巻藁が倒れたが、左の巻藁は綺麗に切れ、最後の左右の巻藁も倒れずに切れた。切る毎に観客のオーッの声が聞こえて気分が良くなったので、疾走する馬の上で大太刀を納刀した後で最後の巻藁の所に戻り、馬上から刀による居合抜きで巻藁の残った部分を切り落とした。


 こうして盛況の内に武者祭りは終了した。騎馬武者の会の連中は明日仕事があるとかで飲み会も無しに、早々とマイクロバスに。俺も乗り込んで行きと同様ベンションの駐車場の近くで降ろしてもらった。


 さあベンションの風呂で汗を流そうと駐車場に向かって歩きだしたが、景色が変なのである。綺麗な風景なのだが湖の対岸の風景が歪んでるのである。そのうち対岸の風景だけでなく目の前の木々もグニャグニャの歪み出した。『ヤバイ!多分俺の脳内で何かが置きているのだ』、そう思った瞬間、轟音と共に景色全体がピカッーと白く光り俺は倒れ意識を失った。


 どのくらい時間が経ったか分からないが、人声がするので俺の意識は戻ったのだろう。目を開けると外国人と思われる老夫婦が心配そうに俺を覗き込んでいた。


 頭がふらふらするが無理して起き上がった。すると老人は俺を抱え得るようにして歩きだし、婦人は微笑みながら俺の刀が入った袋を両手に持って付いてきた。


 少し歩いて着いたのは山小屋風の建物だった。


 椅子に座らせてもらい、婦人からお茶のような飲み物を頂いたので、頭の方はすっきりした。


 その間、夫婦は色々話かけるのだが何を言っているのか分らない。


 『予約していたベンションは外国人だったのか。でも何で日本語を話さないのかな。話せないのか。日本語を話せないのにベンション経営か』などと思いながら、こちらからも知っている限りの外国語で話かけたが通じない。


 ハロー、ボンジュー、ニーハオ、ジャパン、ヤーパン、ハポン、ニッポン、リーベン、ジパング、ヤポニカ、全て駄目。


 そこで壁に2枚の地図が貼ってあったので、地図でこの場所の名前がなんて言うのかとか、彼らの国が拡大した地図上の何処にあるのか、何と言う名前なのかを聞こうと思って地図の前に立った。


 『?、・・これって何処の地図だ?』、一枚の地図は湖があり、その湖にそって道路があり、その側の赤い丸印が付けられている。丸印はこの場所を指しているのだろう。もう一枚の地図は海らしきものが描かれており、小さな湖らしきものも描かれている。湖らしき側にやはり赤で丸印があるので、これは先の地図の拡大した地図なのだろう。


 そう思って赤印は此処だろうと赤印を指差し足踏みをすると、夫婦そろって頷いた。だが地図に描かれた湖は新月湖とは似ても似つかぬものである。拡大した地図も日本とはかけ離れている。つまり此処は日本では無い。


 『此処は何処なのか?』


 車にはスマホがある。スマホなら場所を特定出来るだろうと思い、確かめるべく俺は外に出て駐車場に向かった。老夫婦は心配そうに後を付いてきた。


 『?、車が無い。駐車場も無い。此処は何処か? 異世界か? 夢か?』


 俺はまた老人に抱えられて山小屋に戻った。そして老夫婦に俺が異世界から来たとジュスチャーを交えながら必死に説明した。


 老人は頷き婦人も微笑みを返しながら頷いたので何とか分かったのだろう。その過程でお互い名前も分かった。老人の名前はオノサス、婦人の名前はノヤカのようだ。


 しばらくお互いにジュスチャーで話していたが、そのうちノヤカが彼らの服と同様な折りたたんだ上着や下着と思われる服を持ってきて、別の場所に案内しようとするので付いていったら、別棟に湯殿があった。


 しかもそこには何と、かけ流しの温泉だった。おそらく体を洗って着替えろとい言っているのだろう。確かに騎馬・大太刀・巻藁切りを行い、練習もしたのだから下着は着替える必要が有った。否、そもそもベンションで風呂に入ってサッパリするつもりだったのだ。そこで有難く温泉を頂くことにした。


 湯から上がったら祭りで付けていた鎧直垂と下着が無くなっていたので、ノヤカが持ってきた服を身に着けて居間に戻ったら、オノサスとノヤカは俺が着ていたシャツを手に取り何か話合っていた。


 覗くとノヤカはシャツの縫い目を見せながら微笑み頷いた。オノサスも頷いた。この世界ではこのような縫製は出来ないということなのだろう。つまり俺が異世界から来た人間だと言うことを納得したのだ。


 そしてノヤカは奥に行くと額に入った絵を持って戻ってきた。絵は人物画であった。青年か少年か、若い男性が劍を帯びている姿である。


 ノヤカは絵の人物を指差し、次に俺の顔を指差す。そこでよく絵を見ると絵には髪の色こそ違うが俺に良く似た人物が描かれていた。ノヤカの顔は泣き笑いのような顔になった。


 ノヤカにその絵を指差し、ジュスチャーでその人物は何処にるかと尋ねると、ノヤカは首を横に振り悲しい顔をした。その絵の人物はオノサスとノヤカ息子で、恐らく死んだのだろう。また俺が今着ている服はその息子の服なのだろう。


 すると今度はオノサスが奥の部屋から数冊の本を持ってきた。薄いのは絵本で厚いのは辞典のようなものらしかった。この国のアルファベットと思われる字が書かれている本も有った。


 オノサスは絵本のページをめくり、書かれているアルファベットを一文字づつ発音して見せた。そしてアルファベットだけ書かれている本のページでも一文字づつ発音してくれた。


 分かりやすい。しかもこの国の言葉は日本語のように母音が多く、日本人ならそのまま発音出来るのだ。


 俺はこのアルファベットとひらがなの対照表を作ろうと思っていたら、オノサスはすぐ俺の意図を察して紙とペンとインクを持ってきてくれた。


 俺がオノサスからこの国の言葉を学んでいるときノヤカは食事の用意をしており、美味しい夕食にありつけることになった。


 俺はこの言葉の分からない異世界で生きて行くためには、オノサス夫妻に頼ることしかないことを実感した。でもそのお礼するものが無い。金は車の中だし、有ったとしても日本の金が通用する訳がない。


 そこでお礼に刀を上げようと思い、食事の後、袋から大太刀、刀、腰刀を取り出し、それぞれを引き抜いてみせた。オノサスは目を輝かせながらそれらを一本々づつ丹念に見入っていたが、今度はこの家の壁に吊り下げてあった劍を持ってきて俺の刀と比較しながら俺に話しかけて来た。オノサスは鍛冶屋だったのだ。オノサスが興奮していたのは日本刀の出来栄えに驚いていたのだ。


 全ての刀を鞘に納めた後、俺は大太刀を恭しく捧げるしぐさで大太刀をオノサスに上げようとしたが、オノサスは首を横に振り受け取ろうとしない。では腰刀ならと思い、腰刀を上げようとしたが、やはり受け取ろうとしなかった。


 それでも結局のところ俺はこの老夫婦の好意の元で暫くは生きて行くしかなさそうである。それには言葉の習得が必須である。この日のオノサスの語学授業は食事の後も続いた。


 オノサスがその授業で強調したのは俺の出自のことのようだ。オノサスは家系図らしきもの紙に書いて、その家系図にある一人を示し俺を指差した。どうやら俺はオノサスの妹の子である、とするようである。


 こんな授業が続く間、その間ノヤカは俺が寝る部屋を整理しており、俺はようやく一日を終え、快適なベットで眠ることが出来た。勿論就寝は眼差しの少女の顔を思い浮かべながらである。

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