帝国との和睦
俺がこのような考えに囚われているとき、衝撃的なニュースが飛び込んで来た。我がヤマテニア国とリクモ帝国との和睦が成立したと言うのだ。
しかも和睦の条件はリクモ帝国軍千人の駐留だと言う。帝国軍が駐留する所は俺が9人切りを演じたときにその敵兵が上陸したバナイ湾がある所である。
リクモ帝国軍との和睦条約は軍人の意見は聞かず、王宮の文官達だけの賛成多数で成立したようである。和睦条約に賛成した者の意見は「仮にバナイ湾地方がリクモ帝国の植民地になったとしても、我が国が平和になりこれ以上国民の血が流されないことは良いことだ」である。
という事で、それに憤慨した軍関係者による緊急会議が召集された。参加者は近衛師団長と第1から第4師団の師団長、そして水軍の司令官である。俺はオブザーバとして出席を許された。
議長は第1師団長。会議は冒頭から荒れた。反対の急先鋒は第3師団長と水軍の司令官である。第3師団長曰く「相手は暴虐非道なリクモ帝国では無いか。条約が守られる訳が無い。それどころか千人もの軍隊を駐留させたら、その地は実質リクモ帝国の領土と同じではないか」
水軍の司令官曰く「今までの陸での苦戦は、敵の上陸を安々許してしまった為、これは単に水軍の力が弱かったから、これについては皆様にお詫び申し上げるが、今や我が水軍はちゃくちゃくと整備され、敵の上陸を簡単に許すような水軍ではなくなってきております。更には調べましたところ、リクモ帝国の旧ランシ国領ですが、あそこの山は皆禿山になっております。したがってリクモ帝国はこれ以上軍船を作るのは無理と思われます。以上のことより今更和睦など不要であります」
それに対して第4師団長が「決まったものはしょうがないではありませんか。我々は決まったことを遵守し、その中で最善を尽くすしかありません」と言うと、第3師団長が「先の戦いで、貴公は戦が始まろうと言うのに国王の葬儀に出席をして、そのため多くの兵隊を失ったことを何と心得る」と言えば第4師団長は「命令などで致し方ないではないか、命令に背けばそこは下克上の世界、軍律もなくなります」と譲らず。
軍学校出身の秀才第2師団長の考えも第4師団長に右にならえ。
ギニニ近衛師団長は「この条約に賛成か反対かと尋ねられれば勿論反対。第3師団長が言うようにリクモ帝国が条約を守る保証はない。従って我々の行動は相手の出方次第。決まったことの中で最善つくすと言うのなら、相手が如何なる行動に出るかを想定して、何時戦いが始まっても良いように準備するしかない」と言った。
結局はこの会議では何も決まらず。第1師団長も第3師団長も近衛師団長が言った方針で行くようである。
会議の終了後ギニニ近衛師団長に「これで良いんですか?」と尋ねたところ「機会を待つ」と一言。そこで、この前の戦の奇襲作戦を思い出して「その機会も作らなければなりませんよね」、「そうだアキノスケ。その機会を作れる機会を待て」と言って俺の目を見た。
その後ギニニ近衛師団は、各師団は持ち場を離れるなと上からの命令が有るにも関わらず、演習と称してリクモ帝国軍が駐留する地点が何時戦場になっても駆けつけられるように、都と駐留地点の中間地点まで師団を移動させた。
この会議に出席した後、俺の宰相に対する不審は頂点に達していた。そこで今や腹心であるガナシアに、俺が思っていることを打ち明けることにした。俺の話を聞いたガナシアは俺の推測に全く同意見であった。モグチツ藩のお家騒動を粒様見ていたガナシアは、それを王宮にも当てはめていたのだ。
つまりそれは、宰相がリクモ帝国のスパイの可能性である。それを確かめるには王宮内がどのようになっているかを探る必要がある。特に王太后が今何処にいるのかを調べれる事が重要なのだ。若し王太后が病気で、手厚く処遇されていれば宰相への不信は多少和らぐかも知れないし、王太后が元気なのに軟禁状態なら王太后が何かを知っていることになるからだ。
それには王宮内をどのように探るかであると話が及んだとき、ガナシアは席を立って誰かを呼んできた。部屋に入ってきたのは、一人の男と続けて入って来たのはリヨサとリセスだった。
ガナシアが3人の横に立って
「紹介します。リヨサとリセスはご存知と思いますが、彼はクグニタと申します。以前師団長殿に、リヨサとリセスは有る特殊な村の出身者で、子供のころから色々鍛えられていると申しましたが、彼はその村の長のような存在です。
その村が何故特殊な村かと言うと、彼らは子供の頃から防諜の為の訓練を行い、その特殊能力で大名に雇われたりしています。
彼らとの縁は、モグチツが彼らの村人を皆殺しにしようとしたのを助けたときからです。
彼らが此処にいるのは、師団長が会議に出張中に、ここにいるクグニタが私の元に訪れ、この師団で雇ってもらえないかとのこと。
ちょうどその事を師団長に報告するところでしたが、如何でしょうか。王宮内を調べるには適任と思いますが」、『ふーん、リヨサとリセスがくノ一だとすると、クグニタは忍びの頭と言ったところか』
そこで俺が「なるほど、願っても無いことだ。この件に関しては是非頼みたい。ただ貧乏師団なので雇用した後の報酬などで不満が出ると思うので、それはこの件が終わった後の交渉と言うことにしよう。但し、この件に関しては、この前貰った報奨金が一杯あるので工作資金は潤沢に使える筈だ。クグニタさん、これでどうだろうか?」と言うと、クグニタは
「クグニタとお呼び下さい。この師団で雇っていただければ大した報酬など望みません。兵隊と同じで結構です。我らが此処に来たのは師団長のお人柄をリヨサとリセスから聞いた故。それで宜しければ、仕事をお受けいたします」、
「分かった。階級、所属名などは後で決めよう。で、何人ぐらいいるの?」、「此処にいる3名の他、後十数名程です」、「分かった」
と言うことで、すぐに彼らと王宮内に入り込む計画の算段が始まった。と言っても都に行かなければ王宮の状況は掴めないので、ここでは連絡方法などを決める程度で、彼らに都に行ってもらうことにした。
そして10日程経ったころ、クグニタから連絡が入った。リヨサが王宮の掃除婦に雇われることに成功したのだ。後は彼らに任せよう。
それにしても何で俺がこのヤマテニア国に入れ込んでいるのだろう。つらつら考えると理由はやはりあの少女だ。俺はあの眼差しの少女が不幸になるを見たくないのだ。この国が若しリクモ帝国に蹂躙されるような事になったら、あの美しい少女が無事にいられる訳が無い。
俺が王太后の身を案じているのも、リクモ帝国の戦で無鉄砲なことをしたのも、心の底ではあの少女の事を思っての行動だった。
その証拠には、俺が先の戦で敵将を討ち取ったとき、意識を失う寸前に頭に浮かんだのは、あの少女の事だったではないか。
そう考えると改めて俺の目的が明確になった。全てあの少女の為だ。この国を守ることが、あの少女を守ることなのだ。そのためには命に替えても俺は行動する。そう決意して俺は師団の全員を率いて任地に出発した。