我が軍勝利
俺の部下達は敵将の首を切り落とすと、その首を槍の先につけ、数本の近衛師団旗と共に首級を高く掲げた。その頃には間道を後から通ってきた独立支隊の残りの騎兵も丘に到着し、丘に並んだ騎馬の数は50騎程になった。傍目に見れば敵将がいた場所はヤマテニア軍に占領され、敵将も討ち取られた構図である。
それを見たリクモ軍は大混乱に陥る。我が軍を蹂躙する筈だった重騎兵さえも敗走しはじめたのだ。リクモ軍には副将もいたが敗走を止めることは出来ず。更には副将も討ち取られた。討ち取ったのはガナシアだったようである。
そこからはヤマテニア軍はリクモ軍掃討戦に移るが、総大将の第1師団長は窮鼠猫を咬くことが無いように、敵兵の逃げ場を海側に海側に追うようにしたので、泳ぎを知らないリクモ兵は海に飛び込んで大半は溺れ死んだようだ。
我が軍勝利の一報は王宮にもたらされた。伝令の「お味方大勝利です」に王宮内に大歓声が起きた。
「敵将を討ち取ったのは近衛師団のアキノスケ殿です」、これについても「おーっ」との声が鳴り響いた。誰かが「で、アキノスケ殿は?」と聞くと伝令は「アキノスケ殿は負傷され、生死不明であります」と答えた。
王宮内に落胆の声が聞こえると同時に一人の女官が崩れ落ちるように倒れた。倒れたのはユリサクヤである。ユリサクヤはすぐに他の女官達に別室に運ばれソファーに寝かされた。
女官長は、真っ青の顔のユリサクヤに「ユリサクヤさん。お食事をチャント食べなければ駄目ですよ」と言って立ち去り、王太后にもその旨報告したが、王太后はユリサクヤが倒れた理由を分かっていた。
数日後掃討戦も一段落すると、ヤマテニア軍の総大将他、各師団長や幕僚達が新国王に報告するため王宮にやってきた。
報告を終えたギニニ師団長が人影の無いところでユリサクヤに近づくと、2枚の紙をユリサクヤに手渡した。その2枚の紙は秋乃介が元の世界の眼差しの少女を脳裏に焼き付けるためにユリサクヤを参考にして書いた絵である。
ユリサクヤが紙を見ると、それは自分の顔が描かれている絵であった。そこで「これは?」と聞くとギニニ師団長は「この紙はアキノスケ君が持っていたものです。若しアキノスケ君がこのまま帰らぬ人になった場合は貴女が処分して下さい」、ユユリサクが「アキノスケ様は?」と聞くと、ギニニ師団長は「未だ蘇生していない。軍医は予断は許せないと言っている」と言って立ち去った。
ユリサクヤはその2枚の紙を胸に押し当てて暫く呆然としていた。
ギニニ師団長がその紙を持っていたのは、敵将を討ち取って倒れた秋乃介を部下が軍医の元に運ぼうとしているとき、出くわしたギニニ師団長が、秋乃介が胸のポケットから落ちそうになっている紙に手をやっているのを見て、その紙が無くならないように自分のポケットに入れたからである。
ギニニ師団長が誰もいないときにその紙を見ると、そにはユリサクヤの顔が描いてあった。秋乃介とリサクヤがどのような関係か分からないが、秋乃介がユリサクヤのことを思っていることは確かであるが、ユリサクヤの気持ちまでは分からない。ギニニ師団長としては、秋乃介の生死はまだわからないが、秋乃介が蘇生した場合にこの紙をどうするかは、ユリサクヤが決めるだろうと考えてユリサクヤに渡したのである。
臆病なユリサクヤは『アキノスケ様は絵がお得意のようだけど、私の顔を描いたのは・・』、秋乃介が自分のことを思ってあの絵を描いたのか、興味本位で描いたのか、どちらも確信が持てない。ただユリサクヤの心の中にほのかな希望の火が燃えだしたのは確かである。
一方秋乃介はそんなことは知らない。秋乃介は3日間生死をさまよっていた。原因は頭を打ったからだけでは無く、肩に刺さった毒矢の為である。医者も見放していたのだが、蘇生出来たのは毒矢は体に留まらずに抜けた為に、あまり毒が体に回らなかったからであろう。
気が付くとすぐに起きようとする秋乃介を回りは止めたが、秋乃介は5日程で起き出してしまった。傷口は癒えていないため軍医は王宮の病院に行くように指示した。
そして秋乃介は王宮の病院に来た。そこでは病院中に溢れるばかりの負傷した兵士達がいたが、その兵士の合間を甲斐甲斐しく走り回っている王宮の女官達もいた。彼女達は王太后の命令により、病院の手伝いをしにきているのである。もっとも手伝いと言っても食事を作る手伝いとか、食事を配る係とかであるが。
それでも美しい女官達が側を通るだけで兵士達は大満足であった。秋乃介がそんな病院の中に入ろうとしたとき、一人の女官に呼び止められた。
ユリサクヤであった。秋乃介の心臓は高鳴りはじめた『あの眼差しの少女だ』。すると少女は「アキノノスケ様これを」と2枚の紙を彼に渡そうとした。
秋乃介は『あの絵だ、どうして彼女が?』と思い、何か言いかけた。少女の方も「あの・・」と言いかけたが、そのとき秋乃介の背後の方で「アキノスケ君。ちょっと」と大きな声で呼びかける者がいる。振り返ると医者のようである。
そ医者が後ろから「ちょっと、ちよっと」と言うので、秋乃介は少女に「すみません。後で」と言い残し医者の方に走り出した。
医者は「傷は未だ癒えていないんだって?。軍医からの伝言だ。毒はまだ残っているかも知れなので、暫くは余り体を動かさないようにと、これは傷口に塗る毒消しだ。朝夕1回づつだ」と言って薬を渡し「近衛師団に帰るのか?。十分働いたのだから休みを貰った方が良いよ。いや何も言わなくても休みをくれるよ」と軽口を叩いた。
秋乃介が医者との会話が終わったので、振り返ると少女の姿は無かった。『フリテンした者には二度とツキは回って来ない、か』
ユリサクヤはモズイ城から執事が来たので、急いで執事と共に王宮に戻ろうとしていたのである。「とにかく王太后様にご挨拶だけはしておかなければ」とつぶやくユリサクヤ。
ユリサクヤは王太后にお暇の挨拶をすると急いで迎えに来ていた馬車に乗りこむと、執事のヤオノキに思い切って聞いた。「ヤオノキ、お母様の具合はそんなに悪いの?」、「いいえ、お嬢様がお側におられば又元気になられると思います」
その言葉を聞いてユリサクヤは『でも ヤオノキがモズイ城から、はるばる来たのはお母様の病気は重いに違いないわ』と思うと同時に、『もうアキノスケ様の会えない』の2重の絶望感に襲われるのだった。
こうしてユリサクヤは母親を看病する為に、モズイ城に戻ったのである。




