戦闘開始
リクモ軍は見事な布陣を敷いていた。巨大な凹型の布陣で蓋に当たるところに軽騎兵と弓兵いるのは同じだが、いつもなら総大将は凹の底の所にいるところが、総大将は背面が林の小高い丘の上にでんと構え、その総大将の両側には、丘の上から傾斜地にかけて、それぞれ5千騎程の重騎兵が配置されているのだ。
つまり凹の底の後ろにまだ底がある形である。これでは近衛師団で演習してきた縦陣突破作戦は効かないであろう。
それに対してヤマテニア軍は逆三角形の形に布陣しており、総大将は三角形の頂点のやはり小高い丘の上に構えている。近衛師団のいる所も敵の総大将の位置も確認出来るなど全体が見渡せる見晴らしの良いところに布陣している。
よく見ると戦線の端では前哨戦が始まっている。かなり大規模な戦いになっているところも有る。そこでは味方は始め優勢だったが、敵の軽騎兵に撹乱され包囲されそうになっている。
俺は横の師団長の顔を見ると、師団長が頷いたので配下である独立支隊に合図をする。50騎の独立支隊は土煙を上げて丘を下り戦いの真っ只中に突入すると、味方を包囲しようとしていた敵は混乱状態に陥り、味方は一気に優勢になった。それどころか逃げ遅れた敵の軽騎兵の一部を逆に包囲殲滅してしまった。
その味方の将に駆け寄ると、なんとガナシアだった。「あんまり奥まで攻め込むと包囲されますよ」と言うと、ガナシアは「モグチツが居たんだだよ。哀れだな。リクモ帝国まで逃げていったのに、最前線に駆り出されているんだぜ。あいつが居たんでつい夢中になってしまったよ」
俺は「リクモ帝国に滅ぼされた国の民族は戦線に駆り出されて、進軍が遅かったり逃げたりすると、後ろから射られますからね。モグチツはそのうちどちらかに殺られるでしょう」と言って、近衛師団の戦列に戻った。
昼過ぎになるが戦線は膠着状態、否、数が劣る味方は次第に押されてきている。味方の後部に配置された第1師団や近衛師団の軽騎兵も重騎兵も時折り丘を下って戦いの輪の中に加わるのだが、丘の上の敵将の左右に配置された敵の重騎兵はぴくりとも動かない。
誰が見てもこのままではジリ貧で、いずれドカ貧になるのは明らかである。幕僚達の顔に焦りの色が見えるとき、ギニニ師団長は第1師団長に何やら進言しに行った。総大将である第1師団長が頷いたので恐らくそれは全軍突撃の進言だったのだろう。全軍突撃の用意をせよの指令がきたのはそれから間もなくの事だったからだ。
それより前、俺はギニニ師団長に敵将がいる所の後ろが林で、そこに行く間道があることを教え、そこを少数の騎馬で通って襲えば、敵将を討ち取れるかもしれないと進言していた。この間道は演習で良く走った道なのだ。
その時のギニニ師団長の答えは時期を待てだった。そして今、ギニニ師団長は俺の側に馬を近づけると「敵将の回りの重騎兵が動いたときだな」とだけ言った。即ちGOである。
俺はすぐさま奇襲の動きを敵に悟られないように、伝令に装った数騎を後ろや横に走らせたりしながら、俺と共に奇襲を行う配下の独立支隊の十数騎を選抜すると、残りの数十騎は全軍突撃が始まったらそれに加わらず、俺の後を追って間道を通って敵の総大将のいる丘に行けと指示し、俺は選抜した十数騎程と共に静かに間道の方に移動した。そして間道を出来るだけ音が出ないように走り出した。
しばらく間道を走っていると喚声が起きた。味方の全軍突撃が始まったのだ。間道から林に入り馬を停止させると、俺は兜と甲冑を脱いだ。兜や甲冑が日に反射して光るからだ。そして俺からの合図を伝える為に数名の兵を適当な間隔に配置すると、俺は敵将や敵の重騎兵の動きが見えるところまで匍匐で前進した。
茂みの中から伺うと、そこは敵将や敵の重騎兵等の動きだけでなく、敵味方が戦っているのが見える位置だった。見ていると味方は先鋒が押し返されそうになると、後方の兵が前に出て、前に前にと突進してくる。
敵は側面に回り横から味方を攻撃しようとしているが味方はそんなの無視だ。敵が横に回れば回る程正面の防御は疎かになるからだ。
今や味方の重騎兵が突進している。味方の重騎兵の勢いは敵が凹型に配置した底をぶち破る程までになっているのだ。
此処に来て敵将の回り重騎兵の動きが慌ただしくなった。敵将が何か采配のような動きをすると、重騎兵は動きだした。土煙が上がり蹄の音が轟き渡る。敵の重騎兵が丘を掛け下っている。おお敵将の回りの重騎兵がいなくなっている。
『よし!』、俺は後ろの部下に合図すると、再び匍匐で下がり馬がいるところまで駆け出した。『まずい。遅れを取った』、部下達は既に敵将めがけて駆け出している。俺は大太刀を佩くと甲冑を捨てたまま、馬に飛び乗り大太刀を抜くや部下達を追いかけた。
追いつくと部下達は敵将の近習の者達に阻まれている。俺が遅れて行ったのが幸いして、俺は敵将の近習達の目に入らないようだ。そこで部下と敵将の近習が戦っている側をすり抜けると、敵将はまさに馬に乗り逃げる寸前の処だった。
そのまま大太刀を振るいながら馬ごと敵将に体当たりをする。俺は馬から落ち、敵将も落馬した。俺は直ぐ立ち上がると、敵将も立ち上がった。そこで大太刀をと思ったが大太刀は落馬した衝撃で落としてしまったようだ。
それでも俺は敵将に駆け寄ると、親父が打った刀を抜くやいなや、敵将の兜を真っ向から斬り下ろした。「いえっ!」ガツッの音が聞こえた。
それでも敵将は劍を下げて立っている。だが敵将の顔に一筋の血が流れている。見ると敵将の兜に切り込みの後が見える。俺はもう一度刀を振りかぶると、刀も折れよとばかり再び真っ向から斬り下ろした。
刀は先程切った所に寸分違わず打ち込まれ、敵将の兜は半ばまで切り裂かれた。そして敵将はそのまま仰向けに倒れた。
『殺った!』と思うと同時に、どこからかか射った矢が俺の肩を貫いた。そこに今度は敵の重騎兵が俺めがけて駆けてくる。俺はその敵の脇を斬り上げたが馬体に跳ね飛ばされ頭を何かにぶつけた。そして気を失った。
俺の記憶はそこまでである。その後の戦況は後から聞いた話である。




