反乱軍への使い
俺が軽騎兵としての訓練を勤しんでいるある日、俺は師団長に呼ばれた。
師団長が言ったこと要約すると、『北の大名であるモグチツ藩領内で反乱が起きたそうである。この前リクモ帝国軍が上陸した場所もモグチツ領内である。大名モグチツからは反乱軍討伐のために5000人程兵士を貸してくれ、指揮はこちらで取るから兵士だけで良いと言っている。
反乱軍の首領の名前はガナシア。反乱軍にはその領地の百姓も参加しているらしく、反乱軍の数は5千人から1万人程に膨れ上がり、モグチツ藩領にある山の砦に立てこもっているとか。朝廷としてはこの時期の内戦は避けたいので、降伏勧告の使いを出したのだが使いは未だ帰ってこず、行方知らずになっているらしい』である。
大名モグチツが言うには『反乱軍の頭は残虐非道。おそらく血祭りにされたのであろう』と。それでも朝廷としてはもう一度使者を出して説得を試みて、それで駄目なら討伐軍を出すことにしたようである。
ギニニ師団長は「君を使者の護衛として指名してきたのは王宮だ。それなら近衛師団が50騎程護衛として出そう。途中途中の伝令としても役立つからと言ったら、相手を刺激するから駄目だ、あくまでも護衛は一人だと言うんだ」、
「変ですね。まず1個師団程出して、実情を調べて、理由が分かれば説得を試みて、それで駄目なら討伐すれば良いと思いますが、実情が分からないまま推移して、討伐の時期がずれ込むのは、帝国軍の侵攻とかち合う恐れがあるので良くないと思いますが」、
「アキノスケ、その通りだ」、「これを決めたの誰です」、「多分宰相だと思う」、「国王の命令じゃないんですか?」、「この件は国王は知らないんじゃないかと思う」、「えッ、駄目じゃないですか。師団長が采配するような案件でしょう」、「俺は王宮が苦手でな」
国王の甥でしかも賢明なギニニ師団長が王宮に居れば、国王片腕として権勢を振るえるのだが、どうもギニニ師団長は欲が無い人柄なようである。
「俺としては君を使者の護衛としてより、一体現地で何が起きているのか調べて欲しいのだ。勿論できることなら反乱軍の帰順の説得もお願いしたい。・・何で俺がそう言うのかと言えば、反乱軍に多数の百姓が参加しているのが解せないのだ」、「分かりました」
「これが反乱軍の頭に与える俺からの書状だ。朝廷の使者が持っている書状とは別なものだ。そして近衛師団の軍旗だ。軍旗を持って行かせるのは何かの役に立つかも知れないからだ。・・君への命令は、1まず生き残れ、2大名領地の内情をさぐれ、3反乱軍の説得、以上だ」と言って、師団長は俺に書状と軍旗を渡した。
師団長は最後に「死ぬなよ。君に死なれては近衛師団の軽騎兵計画が頓挫する」と言って俺と分かれた。
使者の一行は、使者と使者の従者と俺の3人。使者の名前はミツタワ。使者は劍を持っているが文官だった。そして一行は、大名モグチツが治める領地に向かった。
道中の馬の上の雑談で、俺はミツタワ氏に聞いた「ミツタワさんは剣術をおやりになるんですか?」、「少しな。でも俺が使者に選ばれたのは劍の腕前を見込まれたのでは無く、捨て駒だよ」、「どうしてですか?」、「一人者だし王宮でも浮いた存在だからだな。でも熊殺し9人切りの君が護衛なので心強いな」、『宰相が俺を指名したのも、俺が異邦人で捨て駒に都合が良かったからかも知れないな』
モグチツ領に入ってから昼時になったので、一行は道に並行している川の川原で弁当を食べるために街道を逸れて林に入った。その直後、蹄の音がしたかと思うと手に手に槍や弓を持った完全武装の数十騎の騎馬武者が我々が向かう筈だった方向に走り去っていた。
幸いこちらが見られる事はなかったが「ミツタワさんあれはなんでしょう?」と聞くと「うーん、モグチツ藩の者だろうけど、でも見つからなくて良かった」と、やはり見つかれば何らかのトラブルが起きていただろう。
食事を終えて出発しようとすると一人の男が川沿いにこちらに向かって来る。身なりから商人のようだ。挨拶ついでにその男に「そっちに道が有るのですか」と聞いた処「此処の大名が最近この街道に関所を設けてな、その関所で大枚な金を徴収するんだ。俺はこの土地の出身だ。馬鹿馬鹿しいんで裏道を選んで歩いているのさ。お前さん達は何処に行くんだ?」
「砦のある山の近くです」、「それならこの川沿をまっすぐ行くと滝が有って行けなくなるから、左の獣道を登ると街道に出る。その街道を暫く行くと山を登る道が見える。それが砦に向かう道だ。その近辺には関所は無いがモグチツ藩の兵士がたむろしている時があるから気を付けな。あいつらゴロツキと同じだ」
「ありがとう」、「じゃーな」
その商人が言った通りの道を行くと街道に出ることが出来た。と、前方が何やら騒々しい。馬を走らせて近づいて見ると、女が数人の男達に地面に押さえつけられている。衣服ははだけ、側には女の子供と思われる10歳ぐらいの幼女が女の帯で縛られて泣き叫んでいる。
ミツタワが「何事か?」と尋ねると、一人の男が「何だ貴様らは」と凄んで来た。そこで俺が「我らは隣の藩の者で、藩に帰る途中にこの現場に出くわしたのだが、見れば一人の女に数人の男が無体しているのは穏やかでは無い。お主等が若し盗賊の類であればお相手致す所存。如何」と言うと男は「我らはモグチツ藩の家臣。この女が不審なので取り調べている所だ。我が藩の事にいらぬ詮索せずに早々に立ち去れ」と言って来た。
そこで俺が「ほー、女を裸にして道端で取り調べるのが貴藩の流儀か?。子供が縛られているが、その子供の何処が不審なのか?。返答次第では、貴藩の政について我が藩から朝廷を通して尋ねて貰うが如何するか」と威圧的に言うと、男はきまり悪そうに「取り調べはちょうど終わったところだ」と言って男達は立ち去った。
俺は幼女を縛っていた帯を解き、女に投げると女は衣服を整えかしこまって「助けてくださり有難う御座います」と頭を下げて礼を言うと、幼女と共に間道に入り足早に立ち去った。
ミツタワが「見事だな。だが何故他藩の者だと嘘を付いたのだ?」と聞いてきたので「私は近衛師団長から、この地の内情も探れとの密命も帯びております。従いましてミツタワ様もモグチツ藩から朝廷からの使者であることが分からないようにお願いいたします」、「わかった。確かにモグチツ藩の動きは怪しい。反乱の原因もモグチツ藩の非にありそうだな」
そして使者一行が砦に向かう山道を行くと、道の途中に急ごしらえで作ったと思われる門に出くわした。砦はまだ上の方なので検問所と言ったところか。そこでミツタワの従者が「我らは朝廷からの使者である。お通し願いたい」と大音声で言うと内側から門は開いた。
扉の内側には、数人の兵士がある者は槍を構え、ある者は劍を抜刀してこちらを睨んでいる。その後ろには農民と思われる10人ばかりの者が、手製の粗末な槍を構えている。
俺は鞘を左手で握り柄に右手を添えて一歩踏み出そうとすると、 ミツタワはそれを制して一歩踏み出し「我らは朝廷の使い。朝廷からの書状を持参致した、ガナシア殿にお取り次ぎ願いたい」と言うと、兵士の頭と思われる男が「なにを?、我らがそんな嘘に騙されると思っているのか?。どうせ内情を探るためにモグチツから使わせれた密偵か、ガナシア様を殺しに来た死客だろう。野郎共、構わない。切れ、切れ」と叫んだ。
ここは危ない。話が通じる相手では無い。否、変だ。目的はガナシアに書状を届けることだ、下っ端を説得することでは無い。やはりミツタワを後ろに下がらせて俺が前に出ようとすると、ミツタワは再び俺を制して「此処に書状がある。書状に朝廷の印が有るのが分かるだろう」と書状を掲げると、その男はミツタワから書状をひったくると、少し眺めるとポイと近くの篝火に投げ込んでしまった。
そして「こんな印など幾らでも作れるわ。ますますもって怪しい奴らだ」そして少し後ろに下がると「切れ!切れ!」と叫んだ。
ミツタワは激昂して「何をするか」と言って劍の柄をつかもうとした瞬間、一人の兵士の槍がミツタワの胸を貫いた。
俺も瞬時に飛び込んで、その兵士を袈裟斬りにし、次に槍を繰り出そうとした兵士も袈裟斬りにした。頭の男は更に後ろに下がり「切れ!切れ!」と叫んだが、農民達はただ呆然とし、劍を持った兵士も構えているだけで動かなくなった。『最初からこうすれば良かったんだ』
ミツタワの従者はミツタワにしがみつき「ミツタワ様、 ミツタワ様」と必至に叫んだがミツタワはぴくりとも動かなかった。
そこに誰かの「そこで何をしているんだ!」の大声が聞こえた。そして数人の甲冑を着た騎馬武者が来た。その中の体格の良い髭面の男が「貴公は何者だ。何故我らの仲間を殺したのだ」と言った。
それに対してミツタワの従者はミツタワにしがみつき「違います。貴方方の仲間が先にこのお方を槍で刺したのです。このお方は朝廷の使者です」、「では朝廷の使者がどのような要件で此処にまいったのだ?」、「ガナシア殿に渡す朝廷からの書状を持ってきたのです」、「ではその書状は?」、「そこにいる者が火にくべて燃やしてしまったのです」
ミツタワは先程の皆をけしかけていた兵士に「本当か?」と尋ねた。先程の兵士達は更に後ろの方に下がりながら「ガナシア様の命を狙う敵の死客が、まがい物を持ってきたと思って火にくべました。それが証拠に奴は我らの兵士を2人も殺めました」と俺を指差した。
そこで俺が「私はアキノスケと申し、使者の護衛として近衛師団から使わされた者です。朝廷からの書状は火にくべられましたが、私は近衛師団長からガナシア殿に宛てた別の書状を持参しております」と言って懐から書状を出してガナシアに手渡すと、その時、ガナシアの近習の者が「奴らは逃げたぞ!」と叫んだ。
見ると先ほどこの門にたむろしていた兵士達が皆馬に乗って道を駆け下って行くところだった。ガナシアは近習の者達に「追え!」と指示して、近衛師団長からの書状に目を通すと馬から降りて「申し訳ない。モグチツの間者の仕業と言え、朝廷からの御使者様を死なせてしまったのは不徳の致すところ。誠に申し訳ない」と言ってミツタワの従者に頭を下げた。そして近習の者にミツタワの遺骸を丁重に葬るように指示すると、俺とミツタワの従者を砦にある家に案内した。
そこで俺はガナシアがモグツチに反乱を起こす経緯を知ることが出来た。聞けばモグチツ藩は以前から重税を課すなどで領民の不満が高まっていたが、ガナシアが反乱する決意に至ったのそんな生優し理由からでは無い。
モグチツ藩は何と人身売買、領民を攫って来て隣の国のランシ国に奴隷として売っていたのだ。それも売っていたのは女子供である。その後ランシ国はリクモ帝国に滅ぼされたが、モグチツ藩の人身売買はリクモ帝国とも行っていたと言う。
そのためか先のリクモ帝国軍のヤマテニア国への上陸は、このモグチツ藩領だったのにモグチツ藩軍の動きは鈍く、積極に戦わなかったようである。
モグチツ藩の奇々怪々な話はそれだけでは無い。その話をしてくれたのは、モグチツ藩に代々使えてきた老人であった。
以下彼の言葉である。『モグチツ藩は王室の血筋を引く名門で有ったが、現在の藩主になってからおかしくなった。現在の藩主は先代の藩主の子供では無く、弟の子で養子である。藩主の息子は2人いたが何故か何れも若くして死に、藩主も弟の子を養子にした直後に死んだ。藩主の弟はもっと前に死んでいる。現在の藩主が生まれる直後である。
古くから使える者が不思議がっているのは、皆早死したこともさることながら、現在の藩主が自分の父親、即ち先代の藩主の弟に似ていないのである。似ていると言えば家老だろう。
だがこの家老、家老に抜擢したのも現在の藩主で、元々は後からモグチツ藩に使えたものではなく、素性が分からない者である。
モグチツ藩がおかしくなったのは、現在の藩主とその母と家老によるもので、彼らにより古くからの家臣は遠ざけられ、藩主の回りにいるのは新たに家臣になった素性が分からない者ばかりになった』
そして最後にその話をしてくれた老武士は「実は現在のモグチツ藩を治めているのはランシ人ではないか。モグチツ藩は敵国のランシ人乗っ取られているのでは無いか」と締めくくった。俺の脳裏には『背乗りか』の言葉が浮かんだ。
俺とミツタワの従者がガナシア達から説明を聞いている時、モグチツの間者達を追っていたガナシアの近習の者が戻って来たが、モグチツの兵達が出て来て邪魔をしたので取り逃がしたようである。
これによりモグチツ側は、逃げおおせた間者から朝廷の使者がガナシアに接触出来た事を聞き、使者がガナシアから聞きいたことを朝廷に報告するに違い無いと考え、何としても使者を絶対朝廷に還さないことに全力を傾ける筈である。
それでもモグチツ藩の実情は出来るだけ早く朝廷に伝える必要がある。それについては俺もガナシアも同意見である。
そこでガナシアは、俺とミツタワの従者を数十人の騎馬武者に護衛させて強行突破させてはどうかと言ったが、強行突破が失敗すると俺とミツタワの従者の2人共いなくなってしまうので、強行突破の策はミツタワの従者だけとして、俺は別の方法で都に帰る策を考えると言ったところ、ガナシアは俺にももう一つの策があると言って誰かを呼びに行かせた。
驚いた事に部屋に入ってきたのは、昼間助けた女と幼女だった。女は「先ほどは有難うございます」と挨拶するとガナシアは「なんだもう知り合いか」と言う。と女は「モグチツ藩の輩に捕まっていたのを、そちらの方に助けていただきました」と言い、私は「リヨサと申します」とまた頭を下げた。
ガナシアは「リヨサ。ここに御座すは朝廷からの使者の一人、近衛師団の騎士のアキノスケ殿である。実は リヨサを呼んだのは、現在のモグチツ藩の実情、いや我らが何故反乱を起こしたかを如何に確実に朝廷に伝えるかの策を考えていたのだ。一つは強行突破。ニつ目がリヨサに都に行ってもらうことだ。三つ目は今アキノスケ殿が考えているところだ」、「分かりました」とリヨサ、
「リヨサ決して無理をするな。お前は最初の策が失敗したときの保険だ」と言って ガナシアは朝廷に渡す書状を書き出した。
リヨサはガナシアが書いた書状を読むとすぐガナシアに返して娘と共に都へ出発した。俺がガナシアに「リヨサさんに書状をもたせなくて良いのですか?。それに子供を連れて大丈夫なのですか?」と聞くと「リヨサはある特殊な村の出身でな、子供のころから色々鍛えられていて、ある程度の文章なら一度呼んだら一語も間違わないで記憶する能力もあるのだ。書状は安全な所でリヨサが記憶を下に書くだろう。そしてあの子供はリセスと言い、リヨサの子供では無い。年は多少離れているがリヨサの妹なのだ。リセスは成人した女性なのだ。そして彼女も特殊な能力の持ち主だ」、そう聞いておれは忍者を思い出した。恐らく彼女はこの国のくノ一なのだろう。




