国王に拝謁
秋乃介は国王と王妃の前に居た。「アキノスケと申します」、「オノサスは元気か?」、『オノサスは国王と懇意なようだ。』
「はい、鍛冶仕事に励んでいます」、「3人相手に戦って、3人共切ったと言うではないか。隠居するような年でも無いと思うが」、「本人は俺は鍛冶屋と言うのが口癖です」、「変わり者だな。師団長の位を蹴って山に篭ってしまったんだから」、『へえー、オノサスは師団長の位を蹴ったのか』
「まあ代わりに、その方を寄越したのだから文句は言うまい。その劍で熊を切ったのか?」、「いいえ。その刀は持参して来ませんでした」、「なら翌日見せてもらおうか。では9人切ったのはその刀か?」、「はい」、「見せてもらおう」
と言われたので親父が打った刀を鞘毎お付きの者に手渡した。
国王は刀を抜き「見事な出来栄えだ。9人も切ったのに傷一つ付いていない。この刀と言い、その方の出立と言い、国では名の有る家柄に違いない。だが親を無くしてオノサスを頼ったと聞いておるので、この国の民になるのは厭わないのではないか?」、「はい」
国王は刀を返しながら「なら軍に仕官してはどうか?。今この国は隣の帝国からの侵略を受けている。腕の立つ者なら幾らでも出世が出来るぞ」と聞いてきた。
やはり断れそうも無い。「はい。出世などは身に過ぎた事ですが、この国のお役に立てることなら何なりと」と答えてしまった。
そして国王も要望により、居合の型、古武道の型などを披露することになった。
そのような国王とのやり取りの間、俺は王妃の側にいるあの女官をちらちらと見ていた。俺がちらちら見るのに対して、向こうは目を外さずに見つめていた。それでも俺は彼女の顔をしっかりと脳に刻みつけていた。
コビエクの家に帰宅した俺は食事を取るとそこそこに部屋に引き篭もった。あの少女の顔を描くためである。しっかりと記憶していた為、絵はかなりの出来栄えに仕上がった。『この顔だ。 この顔だ』
そして髪型を変えたもう一つの少女の顔を描いた。どきどきしながら。そこには忘れもしないあの少女がいた。この2枚の絵を大事に折りたたんで胸のポケットに仕舞った。『明日の接見でもう一度確認して、違ったら直そう』
翌日も国王の接見が有った。昨日と違っていたのは国王の側に、若いハンサムな軍人が居たことだ。近衛師団の師団長ギニニである。ギニニは国王の甥のようである。
国王は俺に「ギニニと話したが、その方は近衛師団に入ってもらうことになった」、「はい。謹んでお受けいたします」
「近衛師団師団長ギニニだ。君は当面劍術指南の補佐役の仕事をして貰うことにした。新兵なので一兵卒だが、指南役なので兵達を指導する立場になる。働きしだいで位は何れ上がるだろう」、「はい分かりました」
国王は俺が持っていった大太刀を抜いて見て「これで熊か。そしてその刀で9人切りか」としきりに関心していた。
一方俺は、王妃の側にいるあの女官をちらちら見ながら、昨日描いた絵が合っているかを確かめていた。『あの絵は直す必要が無いな』。勿論あの女官も今日も目を外さずに俺を見つめていた。
ユリサクヤの方も少しでもアキノスケの事を知りたくて、国王とアキノスケの会話を一言も聞き漏らさないように聴いていた。『自分の身を顧みず、おじさんを助けるなんて、誠実以上でしょう。お母様、この人よ。この人よ』
俺は『今度あの少女に会えるのは何時だろうか。これから戦になるだろから、もう会えないのではないだろうか』と半ば諦めと同時小さな希望とを胸に懐きながら、接見の間を後にした。
コビエクは俺が近衛師団に入ることを聞いて大喜びである。実はコビエクはマヤナカから大太刀と十字弓の件を打ち明けられていたのだった。つまりコビエクの店はマヤナカが作った大太刀と十字弓を一手に引き受ける総代理店になるので、俺が近衛師団にいると好都合なのだ。聞くところによると、マヤナカを応援するために、かなりの鍛冶屋を手配したそうである。『流石商人。やることが速い』
今日から近衛師団の宿舎に寝泊まりすることになるので、俺はオノサスへの伝言を頼んでコビエクと別れた。




