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リューリ・ベルとめんどくさい人々

そんなことよりランチにしたい

作者:

勢いでサラッと読み流していただけますと幸いです。

細かいところには目を瞑っていただきフィーリングで突き進んでください。

コメディタッチたーのしー!


(5/28 ヒェッ…ランキングにお邪魔している…!? お読みくださった皆様のおかげです、誤字脱字報告に感想評価ポイントなどなどすべてまことにありがとうございます!)


「あっ! ユーリくんじゃなぁい!!!」


嬉々と弾んだキンキン声は甘ったるくて耳に痛い。

何処の誰を呼んでいるかは皆目見当がつかないが、自分には関係ないだろうと私は早々に割り切った。

所詮は他人事だ。関心はない。

ランチタイムも佳境という食堂が混み合う時間帯、人の迷惑顧みず堂々と出入り口に程近い場所を占領して何やら険悪に対峙している集団には目もくれないで通り過ぎる。

既に相当出遅れているから急がないと間に合わない―――――日替わり限定ランチは無理でもせめて私はBセットが食べたい。付け合わせの白パンが絶品なので。


「え、ちょ、ちょっと? ユーリくんてばぁッ!?」


先程よりも大音量で放たれた甲高い声は最早金切り声に近いがやはり私には関係ない。

遠い故郷でよく聞いた怪鳥の鳴き声によく似たトーンに若干の懐かしさを覚えたが、あれは煮ても焼いても不味い見てくれが美しいだけのばかでかい鳥なので今日は奮発してコンソメの効いた鶏肉のスープも頼もう。あれはとても素晴らしい。故郷ではあまり食べられない肉だがこっちへ来てから思い知った。そしてこの食堂のメニューは大体美味しい。


「………あの、すみません。リューリ・ベルさん? さっきから呼ばれているみたいですよ」

「―――――え? 今誰か呼んだ?」


ざわざわと賑わう食堂の喧騒を縫って控えめに呼ばれた自分の名前に反応してその場に足を止め、振り向いた先では二つの集団が困惑に満ちた目で私を見ていた。

集団は二つ。

如何にも貴族のご令嬢然とした気品に溢れる女生徒たちと、それに対峙して展開している同じく上流階級出身と思しき見目麗しい男子生徒たち。男子側には何故か一人だけ小柄な女子が混ざっていたが、つい今さっき私を名指しで呼んだのは女生徒側の集団の誰かだったらしい。リーダー格と思しき女生徒が、困惑に満ちた目で申し訳なさそうに私のことを見ながら言う。


「あの………大変申し訳ないのですけれど、リューリさん。お手数ですが私どもに少々お時間をいただけますでしょうか」

「ランチ食べたいから嫌だ」


至極分かり易い理由も交えてひどく簡潔に断った。

あまりに直截な物言いに二つの集団のうちの何人かがそれぞれ顔を歪めたが、私の知ったことではない。“この国”とやらにおいては上流階級であってもその枠組みはあくまで“この国”に限った話であって、私は“この国”の民ではない。庇護下にない代わりに従う義務はなく、よって私の認識に限り身分に上下の貴賤はない。あるのは故郷の判断基準―――――ただ、強いか弱いかだ。

けれど、名前を呼ばれた上で敬意を払って接されたなら、無視して切り捨てるのは矜持に反する。

いくらこちらの言語に不慣れだからと今のは少し失礼だったかもしれない。言い直そうかと口を開いたところで、しかし私が喋り出す前に例の甲高い声が爆発した。


「ちょっと、フローレン様! ユーリくんは私たちとランチするんです! そうやってまた権力を振り翳して辺境民を従わせようとして、おかしいとは思わないんですかっ!!!」


男子生徒側に居る小柄な女子がキィキィ吠える。可聴域ギリギリの高音は姦しいことこの上ないが、それはともかく“辺境民”―――――聞き捨てならない単語を拾って、私は思いっきり顔を顰めた。


「なぁ、そこの五月蠅いの。“辺境民”と呼ぶからにはそれは私のことだろうが、私はお前とランチの約束なんぞ故郷に誓ってした覚えがないぞ。何をトチ狂ってそんな妄言を吐き散らす。おかしいのはお前の頭だろうが」


怒鳴らなくても声は響くし、抑えていても怒りは滲む。嘘は嫌いだ。誇張も嫌いだ。虚言も虚飾も唾棄すべきものだ―――――肥大した自信は重石にしかならず、偽りはそのまま死を招く。“この国”がどうかは知らないが、我が故郷たる雄大なる大自然においては小さな子供でも知っている。それは害悪でしかない。

叩き付けられた私の言葉に驚愕を貼り付けて固まった女子は、なんで、と悲しそうに眉尻を下げた。大きな瞳をうるうると滲ませて上目遣いにこちらを見詰める様は傷付いた小動物のようで、だけど私には関係ない。庇護欲をそそられたらしい周りの男子生徒たちが非難の眼差しを向けてくるが、怯む要素がまったくないので静かに睨み返すに留める。ところでBランチのセットはまだありますか食堂のおばちゃん。


「ええい、黙って聞いていれば! いくら“北の狩猟民”でこちらの言葉が不自由だからと、貴様の物言いは目に余る!!! アレッタに謝れ!!!!!」

「物言いなのに余るのは目なのか? どういう理屈だ? すまないが分かる表現で頼む」

「えっ………そういうこと聞いちゃう………!? 本当に言葉が通じてないから何かやりにくいなコイツ………!」

「罵倒する側にもされる側にもそれなりの教養は必要なんですのよ、殿下―――――そう言った方がカッコいいからって不必要に気取った喋り方してたらそりゃ通じませんわよ、このタコ王子」


居丈高に私を糾弾した男子に対して女生徒側のリーダー格―――私をきちんと名前で呼んで丁寧な物腰で話し掛けてきた女子だ―――が頭痛を堪えるような顔で呟く。難しい言い回しではあったけれど、何となく意味は理解出来た。ていうか後半ぼそっとすごい分かり易い表現で相手を罵倒していた気がする。すごい。息を吐くように表情一つ変えずサラッと毒を吐いたぞこの人。


「も、もう止めてくださいレオニール殿下! 私は大丈夫ですから!!! そりゃぁちょっとびっくりしたし、悲しくないわけじゃなかったけど………ユーリくんは北から来たんですもの、言葉が不自由なのは当然で、一生懸命頑張ってここまで喋れるようになった努力家なんです!!! だから、些細な遣り取りですれ違っちゃうのはきっとしょうがないんです!」


大丈夫、私は全然気にしてないよ! と言わんばかりに健気な笑顔を浮かべる男子生徒サイドの紅一点に対し、周りの奴らが天使を見るような目で感動の輪を広げようとしていたが私の心は冷えていた。更に眉間に皺が寄る。喉の奥から怒りを抑えて絞り出した自分の声は、唸るように低かった。


「さっきからユーリくんユーリくんと………お前は誰のことを言っている。私の名前は、リューリ・ベルだ。ユーリなんて名前じゃない。今まで呼ばれたこともない。名前を間違い続ける挙句さも親し気に話し掛けてくる馴れ馴れしいお前は何だ。私はお前なんか知らないし、今後知りたいとも思わない」

「え? でも、でもでも、ユーリくんはユーリくんでしょう?」

「違う。誰だそれは。私はリューリ。ユーリじゃない。大陸の人間には聞き取り難い発音なのかと思っていたがお前は違う。さっきそっちのお嬢さんはちゃんと私をリューリと呼んだぞ。お前一人が勘違いして間違い続けているだけだ」

「ううん、違うわ。こっちの国では親しい人を渾名っていう特別なもので呼ぶことがあるのよ。私たちお友達なんだもの、だからユーリくんはユーリくん!」


駄目だ。この女は話が通じない。


友達じゃないし親しくないし今後親しくなりたくもないから羨ましそうな眼で見てくるんじゃない周りの有象無象(主に取り巻きっぽい野郎)ども!!!

晴れやかな顔で謎理論を展開し始めた女に向けていた目がそっと呆れた半眼になる。

恐怖は無いが理解も出来ない。気色の悪いものを見てしまったという嫌な感覚だけを残しつつ、そういえば私に時間をくれと言っていた彼女は何用だったのかとそちらを見遣れば痛々しいようなものを見る目で対面の女を眺めていた。

引いている。誰がどう見ても引いている。


「まさか、ここまでお花畑だなんて………リューリさん、巻き込んで申し訳ありませんでした。お時間もだいぶ取らせてしまいましたし、よろしければ本日のランチ代は私がお支払いいたします。午後の講義の開始時刻については多少の融通も利かせますので、どうか平にご容赦ください」


確信した。自他共に認める野性の勘で直感した。たぶんすごくいい人だこの人。


「今私には間違いなく貴女が一番まともに見える」

「光栄ですが、敢えて訂正を―――――これが大陸の大多数だとは、努々思ってくださいますな」

「うん。分かった。ランチも頼んだ―――――それで、つまり、これは何?」

「フローレン様! 食べ物で人を釣ろうだなんて、恥ずかしいとは思わないんですか!?」

「五月蠅い外野。少し黙れ」


きゃんきゃんと吠え出した向かい側の女子に向かって冷たい一言を投げ捨てれば、また傷付いた顔をしていたが私は無視を決め込んだ。もう面倒臭い。お腹が空いた。鶏肉のスープが品切れだったらどうしてくれよう。


「では簡潔にまとめさせていただきます」


最初に私に呼び掛けたご令嬢グループのリーダー格、彼女はフローレンと名乗った。この国の公爵家の令嬢らしいがそのへんは興味もないので割愛。そして対峙する男子生徒群の筆頭格はこの国の王子様とやらであり、彼女の婚約者でもあるという。それぞれの周りを固めている取り巻きは双方がそれぞれ婚約者同士なる間柄で、つまりは大規模な痴話喧嘩だった。

いや、何で私巻き込まれたの? 無関係じゃん百パーセント。待ってたら説明してくれんのかなコレ。

とりあえず横槍は入れないで、フローレン嬢の説明を聞く。


「原因は―――――まぁ、既にお察しとは思いますが彼らが平民の娘さんに揃って入れあげてしまいまして。なまじ身分が高いばかりに学園における振る舞いが目に余って尚掃いて捨ててもお釣りが来ると言いますか………顔の良い男性ばかりに擦り寄るバカ女がいるから何とかしてくれ取り巻き筆頭の馬鹿王子は貴女の婚約者でしょうが、と苦情が寄せられ何やかんやあって今に至り婚約の破棄を迫られています」


すごいダイナミックかつ直接的に端折って切り捨てたなこのゴージャス系美人なお嬢様。

無感動な説明口調にはいっそ好感しか持てない。周りのお嬢さん方の目も故郷の凍土ばりに冷え切っていた。生半な神経では同席出来ないツンドラもかくやの低温地帯だが私は北の生まれである。雪と氷と神秘に閉ざされた『針氷樹海』に生きるメンタルフィジカル共に力こそパワーの“狩猟の民”は、この程度の環境で怖気付いたりしない。

なので、自然体でうんうんと呑気に相槌だって打てちゃうのである。


「あー、分かった。それあれだ、どっかで聞いたことある気がする」

「巷で流行りの婚約破棄というやつですが、北の方にも広まっているので?」

「北境の町に逗留したとき宿屋のチビちゃんが言ってた気がする。大抵が平民出だか低位貴族の養子だか庶子だかとにかくぽっと出の可愛い娘に位の高い連中が揃いも揃って骨抜きにされて馬鹿やらかしてシメられるやつ?」

「それですね。まさに今が何やかんやあったあとのクライマックス付近ですね」


何やかんやで済ませるあたり、彼女も面倒臭いのだろう。貴族の政略結婚だなんて北の辺境地で幻獣を狩り暮らす一族出身の私には分からないけれど、人の心の機微くらいなら同じ人類なので汲み取れる。

しくしく泣き始めたぽっと出の娘―――王子様とやらの台詞を思い出すならたぶん名前はアレッタだろうが覚えていたくないので代名詞のままでいいや―――を慌てふためいて慰めている滑稽な集団を一瞥し、あほくさいなと頭を振った。


「で、事情は大体分かったけどフローレンさん何で私巻き込んだの?」

「話が進まなかったからですね。というのも、最初は謂れの無い罪で私どもを断罪せんとあちらが威勢よく吹っ掛けてきたのですけれど、こちらもこちらで用意を整え万全の態勢で迎撃したはいいものの―――――よく分からない謎理論を振り翳してこちらが悪いの一点張り、敗北を認めようともせず見苦しい駄々を捏ねて時間ばかりを無為に消費していた矢先にリューリさんが食堂に入ってきまして」

「うん。確かになんか言い争ってる集団が居て邪魔だなぁとは思った」

「身分の貴賤に関係なく、共に学園生活を送る学生の身でありながら人様の御迷惑になっていた事実は心苦しく思います。と、アレッタさんが目敏くリューリさんを見付けて味方にでも引き入れようとしたのかその場でしつこく話し掛け始めまして」

「初対面なのになんで味方に出来ると思ったのか本気出して謎。友達でもないのに馴れ馴れしく間違った名前連呼されて開き直られたのも腹立つ。中央の王国民って馬鹿なの?」

「少数派ですから、馬鹿が目立つだけで少数派ですからどうかそこは誤解なきよう………まぁ王族がああも醜態を晒している時点でいくら取り繕っても無駄でしょうが、これより叩き潰しますのでどうかご容赦くださいまし。正直、アレッタさんがリューリさんを呼び止めることに必死になって話がまったく進まなくなったのでお声掛けした次第です。本当に巻き込んで申し訳ありませんでした」

「「「申し訳ありませんでした」」」


フローレン嬢に倣って丁寧に頭を下げるご令嬢集団に、苦労してるなぁと同情心が湧いた。

あっちでわちゃわちゃ一人の女のご機嫌取りをしている連中とは雲泥の差というやつである。二つの集団を取り囲むギャラリーは好奇心だけで留まっているのか説明タイムの中弛みに少々退屈してきた様子で、だったら午後の講義が始まる前に散ればいいのに何してるんだと心の底から暇人どもを謗った。


「リューリ・ベル! 貴様はいつまで私たちを蔑ろにしている!!!」


唐突に名指しで怒鳴られたので、面倒臭いなと思いながらも一応声の主を見遣る。レオニールとかいう王子様が端正な顔を怒らせて、花畑少女の肩を抱きながら義憤に駆られていますよと言わんばかりに声を張っている。


「アレッタの友人だというなら貴様はこちら側に居るべきだろう! 何故その性悪共の話を真に受けているんだこの純朴め!!! 所詮田舎者の貴様には想像もつかないだろうがな、そこの女どもは姿形ばかりが取り柄の中身は腐った果実だぞ! ………北の民でも今のは分かるな!? 寒いから食べ物が腐らないってことはないよな!?!?」


何その気遣い面白い。

ちなみに私の故郷において、食べ物は腐るときは腐る。わざと腐らせて食べる物もある。知識としても認知されているので伝わってる伝わってる大丈夫。


「なぁ………もしかして、あの王子様………馬鹿だけど根っこは悪くない系………?」

「そうなんですの………見ての通り思い込みの激しいお馬鹿さんですけれど、根は悪い人ではないんですの………馬鹿ですけど………恋に目が曇って馬鹿に拍車が掛かってますけど………」

「だーかーらー! フローレンみたいな性悪の話を真に受けるなと言ってるだろうがぁー!!!」


地団駄を踏む王子様。悔し気な顔をフローレン嬢に向けているお花畑娘。周りの取り巻きも追従してこちらのご令嬢方に厳しい視線を向けてはいるが、お前ら揃って馬鹿ばっかりか。私はそろそろランチにしたい。


「いいか、聞くがいいリューリ・ベル! そいつらの極悪非道な行いを聞けば、貴様とて考えを改める筈だ! そこの性悪めが私の愛するアレッタに嫉妬して辛く当たった無体の数々、それを聞いて尚心を動かさないのであれば住まう土地に関わらず男としての恥と知れ!!!」


「え。何かすごく語り出しそうな気配………」

「あれは自分に酔ってますわねー………面倒でしょうけど聞いて差し上げて? でないとまた話が進まなくなりそうなので」

「いいけどさぁ。ところで婚約者が居るくせに他の女に現抜かすのってこの国的には問題ないの? 私の愛するアレッタとか堂々と公言しちゃってるよアレ」

「大有りだから困ってますのよ………本当にお馬鹿さんなんですからもう………」


「聞けよこの北の自由人!!!!!!!」


フローレン嬢とひそひそ話していたところで王子様が王子様にあるまじき絶叫。ごめんごめん聞いてますというジェスチャーでやんわりと先を促す私。何か慣れて来た。郷に入っては郷に従えってこういうことなのかなじいちゃん。


「気を取り直して、まず一つ! 人の婚約者にべたべたするな、学生とはいえ慎みを忘れるな、お前一人が平民の評価を悉く下げるせいで他大多数が迷惑している、節操がなくてみっともない等々の面と向かった罵倒の数々!!!」

「よく分からんけど事実の指摘と忠告ってやつじゃないのかそれは」

「二つ! アレッタの私物の盗難と器物破損!!! 私が彼女にプレゼントした高価なティアラ型アクセサリーが学園内にて盗難に遭い焼却炉にて発見された! 彼女の美しい銀の髪に似合うと思って取り寄せた品が、無残に焼け焦げ原型も留めない程炭化したソレを発見したアレッタの涙、私の真心を無駄にしてしまい申し訳ないと嘆く姿はとても見てはいられなかった!」

「………なぁ、ティアラって頭に載せる冠みたいなのであってるか? あ、そう、あってるんだ。へぇ。そんなアクセサリー学園につけてきたんだ。邪魔だろ。重くない? ずっとつけてたならなんで盗まれたんだよ。え、壊したりしたら嫌だから外して教室に置いといた? 不用心過ぎない? 貴重品は肌身離すなって校則に書いてあっただろうが。外して置いとくくらいならなんで持って来たんだよ。ていうか焼却炉で焼かれて原型留めてないんだったら本当にそのティアラか分かんなくない? あとそんなモン盗んだら目立つじゃん。もっと持ち運びに楽そうなモン選ばない? 焼却炉に持ってくだけでも目立つだろティアラ。嵩張るだろティアラ。フローレンさんがやったって証拠もどうせないパターンだろそれ知ってんだぞ宿屋のチビちゃんが熱弁してたからな!」

「うっ………確かにフローレンがやったという証拠はないが………彼女が最後に教室を出た後にティアラが無くなっていたとアレッタが………」

「最後に教室出たのがフローレンさんだってのは分かるのに、その時ティアラ持ってたかどうか分からないのはなんでなんだよ。目ェ悪いの?」

「失礼な! 両目ともに1.5です!!! 後姿だったから分からなかっただけで、そのあとすぐ皆が探してくれたけど、私が焼却炉に行った時にはもう真っ黒になっていて………」


泣き崩れるアレッタ。慰め始める男子生徒各位。私は冷静な眼差しで、連中を見ながらぽつりと問う。


「捜索時間、どんくらいだった?」

「アレッタに言われて探し出してから十五分も経っていなかったな。鮮やかな犯行だった」


手際良過ぎておかしいとは誰も思わんかったのかよ。

続けてもう一つだけ問う。


「ティアラの材質って何」

「王族たる私が選んだ一点ものだからな。ボイル金製の高価な品だ」


はぁ、とフローレン嬢が嘆息した。

無理もない。無茶しかない。ここまで馬鹿だとは思わなかった。私は事実を突き付ける。ボイル金を産出する、北の地に生きる者として。


「ボイル金は燃えないぞ」

「………え?」

「なんて?」

「だから、ボイル金は燃えない。柔らかくはなるけど、炭化はしない。炭素が含まれてないからだ。溶けるだけで、冷やせば固まる。十五分かそこらじゃ溶けもしないぞ。寒い場所で取れる金だから熱に弱いと思われがちだが、あれはそういう物質だ。私は“狩猟の民”ではあるが、住まう深度が違えども同じ“北の民”たちが命がけで取る神秘素材についてはお前たちより遥かに詳しい」


アレッタとやらの顔色が悪い。ぽかんとした王子様の顔を満足そうに眺めつつ、やはりあなたを巻き込んで良かったとフローレン嬢が囁いた。食えないお嬢様である。


「わ、私はフローレン様に酷いことをされました! 家畜小屋に閉じ込められたんです!」


悲痛な声を上げるアレッタの声は、焦燥感に満ちていた。なんとかして都合の悪いことを誤魔化そうとしているような、悲壮な必死さで叫んでいた。

ぽかんとしていた王子様と、取り巻き各位が息を吹き返す。そうだそうだ、と同調して声を荒げるその様は滑稽としか思えなかった。


「そうだ、それを忘れていた! フローレンは卑劣にも身分を笠にアレッタを呼び出し、不潔な家畜小屋に閉じ込めたのだ!!! 可哀想にそこで怪我をして、何とか自力で脱出してくたびれ果てた彼女が家畜小屋の前で座り込んでいたのを見付けた時の私たちの気持ちが分かるか!? 家畜に怪我をさせられて、一歩間違えればか弱い彼女は病気になっていたかもしれない!」

「貴族のお嬢さんが家畜小屋に呼び出してくる時点でもう罠の気配しかしないのに何でノコノコ行ったんだよ………簡単に展開が読めるだろ………身分を笠に脅されたとしても公爵家のお嬢さんと王子様とじゃ王子のが身分高いんだから行く前に助けを求めれば回避出来た話じゃん………言うて家畜小屋に閉じ込められたって、学園で飼ってる家畜だろ? 農業専攻の学生さんが丹精込めて育てる牛さん鶏さんとかだろ? 徹底して管理飼育されてるんだから伝染る病原菌とかよっぽど持ってないだろ病気なんて滅多にしねぇよ」


農業科の仕事を舐めるなよ、と私の台詞に同調してギャラリーの何人かがうんうんと大きく頷いた。家畜の世話に命を懸けるプロ農民の皆さんである。今は錬金術科の招待学生としてこの学園に招かれている私も故郷では『幻獣』狩りに命を懸けていたプロの狩猟の民である。わかる、わかるよ生まれた風土が全然違ってもプロ根性って万国共通だよね!


「ひ、百歩譲って家畜小屋は問題なかったとしても! 女の子を肥溜めに突き落とすのは駄目だろう!!!」


王子様が気圧され気味にそんなことを叫んでいる。農業科は野菜も育てているので学園内には畑があるし、家畜が出した排泄物をちゃんと溜めて肥料にしている。無駄がなくて素晴らしい。おかげで食堂のご飯は美味しい。褒め称えたい地産地消。


「………私は詳しく知らないが、肥溜めって肥料を汲み取る時以外は蓋をしておくものじゃないのか?」


臭いモノには蓋の理論。そうです、と答えてくれるプロ農民のギャラリーさん。ありがとう。話が早くてとても助かる。


「蓋空いてたなら警戒するし、蓋開けて突き落としたら絶対肥溜めの中身が実行犯にも飛ぶだろうし、貴族のお嬢さんが肥で臭かったら一発でバレると思うんだけど。そもそもそんなことしなくない? お貴族様ってそういうもんじゃない?」

「ええ、そういうものですわね。近付きませんし場所も知りませんわ、そんなもの」


黙って事態を静観していたフローレン嬢から必要な時だけ適確な合いの手。しっかりと頷くお嬢様各位。それもそうだよなぁ、と言う顔をするあたり、流石の王子様もこの件についてだけは薄々感付いていたらしい。


「でもなぁ、アレッタがフローレンにやられたって肥まみれで泣いてたし。流石に平民の出自とは言え自分から肥溜めに落ちるなんて女の子ならしないと思うだろう? だって、流石に汚いし。自作自演だとしてもそこまで身体を張るだろうか?」


それもそれで一理あるけれど。

私には、ふと引っ掛かっていることがある。

情報が後出しで大変申し訳ないのだけれど、皆信じてとキィキィ騒ぐアレッタは無視してのんびりとその場で挙手してみた。質問があります、のポーズである。


「はい、リューリ」


呑気に当ててくれる王子様。いつの間に惰性気味のゆっるい空間になったんだ。ランチしてきていいですか。思わず出そうになった本音を飲んでざっくりと核心を突いて行く。


「閉じ込められたっていうのはもしかして、鶏小屋では?」

「おお、そうだぞ。知ってたのか?」

「いや知らなかったけど」


それがどうした、と胡乱な目を向けてくるお騒がせ男子生徒軍団の中心、青い顔をしながら祈るように媚びた視線を向けてくるお花畑娘アレッタのことは綺麗さっぱり無視をして、私は彼女の髪だけを見ていた。

北の地に生まれた私の色は限りなく薄い金色が散る雪原ような白髪で、薄金が混じっているとは言え白髪自体は珍しくない。だけど大陸中央部では基本珍しい色なのだ。だから『北の妖精さん』などと恥ずかしい異名が付けられた。認めてないから言いたくなかった。

白い髪は珍しく、それに近い色もまた物珍しいことに変わりはない。


さて―――――アレッタなる娘の髪は、光り輝く銀色である。


光沢のある銀色は採光性の高い食堂の窓から差し込む陽光に照らされて、眩いばかりに煌めていた。いいや、発光さえしている。


「こっちじゃ銀色って珍しいよな?」

「ああ、まさに神に愛された色だ。私が幼少期に恋い焦がれた絵本の少女も綺麗な銀糸の持ち主だった。明るく可憐で、親切で、誰に対しても女神のように優しい――――――お伽噺にしか存在しえないと思っていたが、現実でまさに理想の体現ともいえるアレッタに出会えたことが奇跡だ」

「殿下、昔から銀髪の子がタイプだって公言して憚りませんでしたものねぇ………学園に銀髪の娘が入学してきたと聞いた時はまさかと思いましたけれど」


案の定、あの馬鹿は。

理想と現実の区別くらいいい歳なんだからつけなさいよとフローレン嬢の心の声が呪詛となって聞こえた気がした。ごもっとも過ぎて頷くしかない。馬鹿だ。真性の馬鹿が居る。

と、今まで聞き役に徹していたフローレン嬢が訝し気な顔をこちらに向けていた。何でいきなり髪の話を? と不思議そうな目が物語っている。

引っ張るのは本意ではなかったので、さっさと事実を言うことにした。お馬鹿、改め幼気な少年の恋心がいくつか粉砕骨折してしまうだろうが、私の知ったことではない。


「肥溜めも家畜小屋も、自分の意思で行ったんだと思う。閉じ込められただの突き落とされただの誰かのせいにしたのはたぶん、王子様たちに見られたせいだ」

「何でアレッタがそんな馬鹿なことをするんだ!」


今叫んだのは王子様ではない。ずっと黙っていた取り巻きの一人だ。空気過ぎて忘れていたというか認識していなかったから分からなかったけれどお前よく見たら同じ錬金術科の生徒じゃないかよ。何でお前が居て気付かないんだよ。やっぱり馬鹿だ、と呆れ果てる。


「鶏小屋に行ったのはギンケーランが欲しかったからだろ」

「………ぎんけーらん?」


なんだそれ、という顔をして目を瞬かせる一同に、面倒臭いなぁと溜め息を吐く。震えるアレッタに目を向けて、なぁ、と初めて自分の意思で彼女の意識を向けさせた。


「潮時だと思うぞ、お前。もうちゃんと説明して謝った方が良いよ」

「なによ………何よ! 何言ってるのよユーリくん! 私は悪くない、何も悪いことなんかしてない!!! 私がこんなに困ってるのにどうして助けてくれないの、どうして信じてくれないのぉっ!?!?」

「良いも悪いもどうしても何も、だって私には関係ないだろ」


一蹴して肩を竦めたところで罪悪感なんて湧かないし、私はただただランチが食べたい。だってお腹が空いたのだもの。実際関係ないのだもの。手っ取り早く畳んでしまおう。


「ギンケーランはそのまんま、銀色の鶏の卵だよ。羽が銀色の鶏は殻が銀色の卵を産むんだ。鶏小屋で何羽か飼ってるだろ? 鶏小屋に行ったのは、そいつの卵が欲しかったからだ。卵の殻が欲しかったからだ」

「ちが、違います、私は、ほんとに、閉じ込められて。肥溜めにだって、落とされ」

「自分で肥溜め漁ったんだろ? 一番手軽に調達出来るのが肥溜めだったってだけで、自分で掻き集めるよりもあらかじめ用意してあったモンの方が楽だし都合が良いから採って来たってだけの話」


弁明するアレッタの声を遮って、何のためにそんなことをするんだと口々に取り巻きたちが吠え立てる。恋は盲目というけれど、馬鹿の集まりでしかない。ていうか―――――おい、錬金術科のお前。お前はこの時点で気付かなきゃ駄目だろ。成績悪いだろうさては。


「うっさいからもう言うぞー。はい聞け、黙れ、私は本当にお腹が空いた!」


そろそろマジでランチにさせて。最後は本音が駄々洩れたけれど静かになったから気にしない。勢い任せで言い切った。


「銀鶏卵と動物の糞尿を材料にすると、毛染め剤が作れます」


沈黙が下りた。


「………えっ………」


王子様がアレッタのことを指差して、私と彼女を交互に見ている。頷いて肯定してやった。アレッタに恋をしていたらしい錬金術科のボンクラが、あー、みたいな顔をしている。お前が気付いていればもっと簡単だったんだぞ分かってんのか馬鹿野郎。


「古くから民間に伝わっている手法で、今は植物由来が普通だが一昔前はそれがスタンダードだったんだ。銀鶏卵だと銀色に染まる。他にも材料によっていろんな色に染められるんだが、当時人気だったのはちょっと暗めのブロンドだったらしい。材料は割とお手軽で、鳩の―――――」

「言わんでいい! ここ食堂!!! 散々肥溜めどうこう言ってた私が言うのもなんだけれどそれ以上は言ってはいけない!!!!! 思い止まれリューリ・ベル!!!!!」


王子様が至極真っ当な主張をしてきたので私は即座に口を噤んだ。だってものすごい正論である。反論する要素が見当たらない。お食事処でする話ではなかった。反省。


「ということは………アレッタさんの銀髪はニセモノなんですの?」


核心をズバッといくフローレン嬢。そのスタイルは嫌いじゃない。どんどん行こう。ランチが食べたい。デザートにプリンを追加してもいいですか。


「ちっ………違います! 私の髪は生まれつきこんな色で、そのせいで田舎の皆には散々虐められていて」

「あと毛染め剤で染めた髪は太陽光に反射してめっちゃ光る」

「ユーリくんもう黙っててぇええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


サラッとさりげなく事実を告げたらキンキン声が襲ってきた。五月蠅い。私はユーリじゃない。

気付けばレオニール王子が引き気味で、アレッタからそっと距離を取っていた。他の連中も同じである。卵の殻と動物の糞尿で染めた銀髪の娘に愛を囁いていたことが途端に恥ずかしくなったらしい。見てくれだけを愛していたのかお前ら。熱しやすく冷めやすい恋である。


「あの………フローレン。疑ってごめん」

「はい、ちゃんと反省しましたね、殿下。私は構いませんけれど、アレッタさんのことはもうよろしいので? たぶんですけど彼女、殿下の好みが銀髪の娘と聞いてばっちり毛染めした上で入学してきたクチですわよ」

「うん………もういいです………リューリも巻き込んでごめんな………」

「ちょっと、殿下!? 私のこと好きっていってくれたじゃないですか殿下!?! あれは嘘だったんですか!? 皆も! なんでそんな離れてるの!?!?」

「目的のために手段を選ばない根性はともかく、古式ゆかしい方法で毛染め剤自作して最初から嘘全開で近付いたお前が言えた義理じゃないと思う」


あと単純に、肥溜めに自ら突っ込んでく女は貴族のお坊ちゃん方には無理だろ。

平民だってドン引きだわ。


「ひっどぉい!? 待って! 貴族のお坊ちゃんには無理でも逞しい“狩猟の民”のユーリくんならそんな些細なこと気にしないわよね! 私たちお友達よね、固い絆で結ばれたゆくゆくは夫婦になる運命の二人よねッ!?!?」


おかしい。何を言っているのかさっぱり分からない何処の言語?

人類圏の言語? ちょっと分かんないですね。


「だからユーリくんじゃないし………あとずっと気になってたんだけど、私は女だからお前と夫婦とかないぞ。男だったとしても願い下げだし」


「え?」

「は?」

「ですわよねぇ」


三者三様。上から王子様、お花畑、フローレン嬢。気付いていたのはラストお一人だけだったご様子で、どうりで無駄に擦り寄ってくる筈だと思ったけれどそんなことより。


「私はいい加減ランチが食べたい」


あとは当事者で勝手にしてくれ。フローレン嬢だけは私のランチを奢ってください。

呆ける一同を尻目に食堂のおばちゃんの元へと駆け寄りBランチセットの有無を聞いた私はそこで、もう売り切れたよごめんねぇ、という謝罪を受けて崩れ折れた。


許さんぞ、上流階級ども。


ざまぁ要素を足せばよかった。

なお、リューリはこのあとでちゃんとフローレン嬢にランチをご馳走してもらえました。くいっぱぐれなくてよかったよかった。


次は何番煎じであろうとも悪役令嬢がひたすらに強い悪役令嬢ものがやりたい。

言うだけならタダでございます。


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[一言] 随所に散りばめられたツッコミどころと、笑いで楽しく読ませていただきました。 こういうお話大好きです。 あと、ダメクズヒーロー苦手なのですが、この王子は憎めない! フローレン嬢にしっかり轡握っ…
[一言] 個人的に髪染めの作り方の辺りが好きでした。 銀色の卵から銀色の髪染めが作れる話って素敵ですね。
[一言] これは……続かないんですか……!?!??
感想一覧
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