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第7話 Jelly 柔らかくて透明な(7)


「惨い死に方だな……。しかし、何故これを我々が調べなくてはならないのだ? 単純に蛮竜に敗れただけだろうに」


「お前な、少しは考えて喋れよ。こいつの身元がわかれば一緒に組んでたパーティーがわかるし、芋づる式で調査ができるだろうが」


「おお、なるほど! 手慣れているな」


「それに――」


 俺は新たに室内に入ってきた人間に意識を向けた。


「おい貴様、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」


 さっき自分が言われたことを居丈高に言いつけるレイラ。常に高圧的なポンコツ女騎士。


 入ってきたのは若い女だった。顔色は青ざめており、目の下には濃いくまがあった。俺が探偵でなくても、彼女が何日も眠っていないことを言い当てるのは簡単だっただろう。

 どうにもこうにも、悲運の色が貼り付いている。


「私は――」


「その人は関係者だ。そして俺への依頼人だ。この死体の身元を確認する重要な手がかりでもある。そうでしょう?」


 内心を言い当てられた女がひるんだ様子を見せた。嫌がられるのがわかっていてもこういうことをしてしまうのは俺の底意地の悪さの表れで、もうどうしようもない。と言うより悪戯くらいしなければ人と関わるのは俺にとって苦痛でしかない。


 俺の心を読む能力は、無意識かつ恒常的に節操なく行使されているが、正しく操作することでより深く限定的に用いることができる。


 俺は散漫だった感覚の糸をより合わせて束ね、より集中して女に向けた。


「私はニアと言います。その死体は兄のジョーシュです。兄は殺されました。犯人は兄と組んでいたパーティーのメンバーの誰かです。あなたにはその調査を依頼したい。私の心を一瞬で読んだあなたを見て確信しました。Sランクのジェリー・フッカー、あなたなら犯人を見つけられる」


「待て待て、兄だと? どこにそんな証拠がある。死体はほぼ完全に炭化していて顔もわからないというのに」


 早口でまくし立てるニアに、レイラが横から水をさした。


「ダンジョンから帰ってきたパーティーの中に兄の姿だけがありませんでした。メンバーの方に話を聞いても、迷宮内で死んだとだけ」


「帰ってこない冒険者などいくらでもいる。同じ時期に姿を見なくなった者が何人いると思っているんだ?」


 自然と詰問口調になるレイラ。誰に対してもこうでしかいられないのだろう。

 それを傲慢と取るか職務への忠実さと取るかは人次第だが、少なくともニアは前者だとは思わなかったようだった。


 彼女は努めて平坦な口調で答えた。


「私と兄は双子です。私たちの間には子供の頃から確かなつながりがあった。時折何かの拍子に、お互いの感情が流れ込んでくるのです。精神魔導士のあなたならわかるでしょう?」


 双子の間に弱いテレパスの通路がつながっているということは、稀にだが聞いたことがある。ニアは感情的になって過去のことを思い出していたので、それをたどることはそう難しくなかった。彼女は嘘をついていない。


「そのつながりが途切れたということですか?」


 俺はあえて言葉にして尋ねた。人との関係にはそれが必要だからだ。


 人の心は鏡のように自らを映し出す。あまりに人の心が見え透いてしまう俺は、他人を介さなければ自分の心の輪郭をも見失ってしまうようになった。矛盾が俺を規定する。

 ゆえに、ワンクッション置いた関係を俺はあえて作り出す。それが俺を探偵たらしめる理由でもある。


「私には兄の感情が色になって見えました。兄の……ジョーシュが死ぬ瞬間、屈辱がどす黒い色になって私に見えた。毎日眠ろうとするたびに、まぶたの裏にそれが焼き付くんです。ジェリーさん、あなたには、あなたにならわかるんでしょう? 私が毎晩見ているこの色が」


 ニアは酷く追い詰められていて、そして共感を求めていた。


 みんな簡単に共感を誰にでも要求するが、それがどれだけ暴力的なことかということに思い至る人間は驚くほど少ない。

 人のことを思いやるつもりでいつの間にか何もかもが塗り潰されてしまうことは珍しくもないというのに。


 俺は自分自信が侵食されてしまわないために、心の周囲に何重にも堅固な防壁を築き上げた。


「失礼」


 俺はニアのほつれて艶を失った髪をかき分け、額に触れた。


 髪で隠れていた部分に古い傷跡があったが、俺は何も言わなかった。

 一瞬ニアは緊張で体を強張らせたが、それ以上は動かなかった。そのまま指を滑らせ、彼女のまぶたを閉じさせた。


 俺の超能力は基本的に触れなくても作用するが、俺自身に近ければ近いほど強く効果を発揮する。

 毛糸玉のイメージ。遠くに転がって行くほどに、ほどけて小さくなっていく。それが俺の力だ。だから直接触れられるのがベスト。


 触れた指先からより強く、ニアの感情とニアを介したジョーシュの記憶が流れ込んできた。


 ニアの左目から一滴、どろりとコールタールのように濁った血の涙がこぼれた。

 鏡めいて俺の目からも血が一滴、垂れた。


 俺はニアの共感を丹念に咀嚼した。俺はわずかの間ニアとなり、ジョーシュが感じた屈辱の色を追体験した。


「ジョーシュさんはドラゴンのブレスで焼かれる前に、仲間に裏切られたんですね」


「はい」


 頬を伝った血を舐め取ると、絶望の苦い味がした。


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