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第53話 Jerry Hooker ジェリー・フッカー(4)


 冒険者なんて節度ある山賊みたいな連中からすれば、俺たちの職業倫理は初々しいものに見えるのだろう。何やら向けられる視線が生暖かいような気がする。


 とにかく実力主義の世界だから時々忘れそうになるが、実際俺もレイラも白虎の谷のメンバー全員より年下だもんな。まーしょうがないか。


 もっとも、レイラはそうは思わなかったようだが。


「何がおかしい!? 今からでもあの女を牢に繋いでもいいのだぞ!!」


 吠えるレイラ。


「またまた。そんな気ないくせにィ」


「お前が今更証言したところで、もう話はまとまっているのさ。そんなに気になるなら、今からでもギルド長にかけあってくればいい」


 煽るクタラグとフィルニール。


 俺からしてみればヤンキーというか体育会系というか、その手のデリカシーが足りない人種のじゃれあいといった風だが、レイラが怒っているのは本当だった。

 こいつはこいつで、沸点が低すぎる。


「何たる恥知らずどもだ……。私が譲歩してやったというのに、その恩に報いることすらしようともしない……これだから冒険者は嫌いだ!」


「あら「そういえば」」


 今にも頭から湯気を出しそうなレイラの言葉に、ミーシャとシンシャが反応した。

 紫煙のヴェールの向こうでとろんとした黒目がちの犬の目に、少しだけ知性の光が戻りかける。


「アデルのやつはどこに行ったのかしら」


「ビビりのフィルでさえ最終決戦には戻ってきたのに」


 ミーシャとシンシャの言葉に、クタラグとフィルニールの表情が固くなった。


 白虎の谷のメインメンバーである槍使いアデルがいなかったことは、俺も気になっていた。

 サブメンバーのように蛮竜退治の時に待機していたわけでもなし、俺を暗殺しに来るでもなし、どうも動きが読めなかった相手だ。


「あいつはなあ……」


「うむ……」


 二人とも歯切れが悪い。


「私は最初、隠れようと思ってお前らも誘ったのだが、断られただろう?」


「まあ、無期限に逃げ続けるより「追手と証拠を消した方が早いと思ったもの」」


「しかし、アデルのやつは誘わなかったのだ……。あいつと一ヵ月も一緒に過ごすくらいなら、森にこの魂を還した方がマシだ」


「そんなに嫌なやつなのか?」


 嫌そうな顔をするフィルニールに聞く。


 返事は代わりにクタラグがした。


「悪いやつじゃあない。悪いやつじゃあないんだが……その、絶望的に空気が読めない。間も悪いから、話しててとにかくイラつくんだ。あいつが有能なアタッカーでなければ、絶対にパーティーを組みたくないね」


 そんな修学旅行の班決めみたいな理由でハブるなよ、って思うが、長時間ダンジョンに潜り、その間ずっとお互いに命を預けるという特性上、冒険者は人間関係を重んじる傾向があるし、それは実際間違ってない。


 俺みたいにソロでやってるのが本当にレアなのだ。


「だから、俺も誘わなかったんだよな……」


 気まずい……。


 何でこんな空気になってしまったんだ……。誰も悪くないはずなのに……。


「では、そのアデルとやらは今どこで何をしているんだ?」


 そうだった、レイラも空気読めない子だったな。

 俺が過度な期待をしちゃってたんだよな。本当マジでごめんだわ。


「……………………」


「………………」


「…「…」」


 よどんだ空気。


 それを断ち切るように、窓が割れる音が響いた。


 何者かの影が部屋に入り込んでくる。


「何だ何だ!?」


 さすがにテンパる俺。

 こんなの交通事故だろ。


 馬鹿みたいにオレンジ色のビロード、銀刺繍のマント。

 手にはこれまた趣味の悪い金細工があちこちに施された、身の丈を超えるほどの長槍。


「やあやあ、僕こそは白虎の谷のリーダー、神槍(しんそう)アデル! 邪悪な精神魔導士に捕らえられた仲間たちを助け出し、マルクを殺した赤い女を討伐するためにオウッ! オウッ!」


 本当だ、超ムカつく。


「急にどうしたんだこいつ?」


 急に床にはいつくばってオウオウ言い出したアデルをつま先で突っつくクタラグ。


「オットセイにしてやった」


 魚にしなかったのは気分だ。


「オットセイって何だ?」


「そうか、こっちの世界にはいないのか」


「そもそも私たちのパーティーにリーダーとかいたか?」


「そいつが勝手に言い出したんだろ」


 どうしようもなさすぎるな、コイツ。


「どうする、ジェリー? こいつはお前の家に武器を持って不法侵入してきた上に、貴様に脅迫までした。殺しても罪には問われないぞ」


 立てかけてあったアリザラを俺に手渡すレイラ。


『どうする、こやつは汝の敵ぞ。やはり殺して磔にして橋にさらし、二度と同じような者が現れぬようにすべきであろう?』


 ウッキウキのアリザラ。


 こいつらもどうしようもねえ。


 ダンジョンには、俺も含めてどうしようもないやつらが集まってくる。

 生活や自分自身の衝動の必要に駆られて、あるいは誰かに必要とされるために。


 意味と価値を日々の営みが繋いでいく。


 今更やってきたアデルがこの事件の真相を知ることはないのだろう。

 俺が都合よくデコレートしたお菓子みたいに甘い謎解きを聞いて、それで満足するはずだ。


 それこそが俺が必要とされるための価値だ。


 ダンジョン探偵にかかれば、どんな事件も迷宮入りというわけ。


 だからこの事件も、明確な終わりというのは存在しない。

 何かひとつ事件を解決すれば、また次の事件がやって来る。それは俺が探偵である限り終わらない循環なのだ。


 ってな感じで今回の話はこれで一区切りだ。


 またダンジョンでどうしようもない謎が生まれた時は、この俺、ジェリー・フッカーにお任せさ。







評価、感想よろしくお願いします。

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