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第30話 Hook 釣り(9)


 ひょう。


 音は遅れて聞こえた。


 双方向から同時に迫る斬撃。


 飛びのいた先にクタラグが置くように投擲していたスローイングナイフをアリザラの柄で弾く。


 俺は焦ることはない。むしろゆっくりと言っていい速度で、鞘からアリザラを抜く。アリザラはそれに応えて俺の手のひらに滑り込む。なめらかに、スムーズに。


 この世界に来てから何度も繰り返した動きだ。だから俺の心に恐れはない。何度も繰り返した結果を再現するだけだ。


「俺はいつ死んでもいいと思っている」


 抜き打ちの一文字。アリザラが見舞った死を、クタラグはダガーで防いで拒絶する。

 短い刀身で受けたのは中々だが、武器が悪い。

 俺はダガーの刀身をなぞるように滑らせ、クタラグの親指を――おっと。


 背後に口笛が迫る。

 音と音とのすき間を縫うように避ければ、半透明の刃の向こうに悔しそうな顔のミーシャかシンシャか……こいつら見分けがつかないな。


「――だが、まあ」


 チン、とワイングラス同士をぶつけたような音が鳴る。


 ∞の字を描いてアリザラが二本の風断刃を迎撃したのだ。


 何が相手だろうと、道具としての有用性において譲るつもりなどないアリザラの奮起。


「お前らに殺されてやる気はしないな」


 お互いのスタンスを確かめ合い、譲り合いの精神も底をついた頃合いだ。


 本当マジ、みんな暴力が大好きだよな。

 俺? 俺は違うよ。何言ってんだかまったく。


 ミーシャとシンシャ姉妹は俺のテレパシーに対策をしてきたようだが、クタラグは特に何もない。


 そして、クタラグの心を読めば、彼らパーティーがどのように連携して戦ってきたのか、癖がわかる。


 だからまだ俺は死んでいないわけだが、それでも三対一の勝負を馬鹿正直に長々と続けたいわけじゃあない。


 俺はおもむろに何も持っていない左手を掲げた。

 ミーシャにシンシャ、そしてクタラグの視線が集まる。

 まるで手品師だ。

 思い切り気取って、俺は指を鳴らした。


 ……。


 …………。


 ………………。


 何も起こらない。


「何も「起こらない」じゃないの」


「Sランク冒険者のジェリー・フッカーがスベりギャグで命乞いか? 笑えるねェ」


 ムカつく連中だ。白虎の谷のやつらは全員俺をムカつかせる天才しかいないのか。


「空気読めよな。早く来いレイラ」


「む。何だ、気付いていたのか」


 鎧をガッチャガッチャ言わせてこっちにレイラが歩いてくる。どうやって隠れていたんだ。


 長剣はすでに抜いている。


「どいつもこいつも俺のことをなめすぎだ。お前はそっちのワンちゃんズを片付けろ」


「私が何でついてきたのか聞かないのか?」


「捜査に行き詰まって俺のあとを勝手についてきたけど、言い出せなかったんだろ」


 ちょうどよかったので、そのまま手伝ってもらおう。


 録音再生ができる魔道具を俺は持っていて、さっきのクタラグの自供も証拠として提出できるが、この時代に不釣り合いなオーバーテクノロジーだけあって中々値段が張る。


 どれくらいかと言うと、この街で俺以外にこの道具を持っている個人を見たことがない。あっても、裁判所や法務局のような大きい組織にひとつかふたつ程度。それもめったに使われない。


 おまけに俺の魔力(俺はこの世界の魔法がほとんど使えないが、魔力がないわけではない)による指紋認証のようなシステムまでついている。


 つまり、俺がいなくなると蛮竜討伐をしたのが白虎の谷で、ジョーシュを殺したのがクタラグだという証拠が提出できなくなる。

 レイラは俺に生きていてもらわないと困るのだ。


 苦々しげな声でレイラは言った。


「心が読めるやつなんて嫌いだ」


「俺だってそうだよ」


 俺はレイラと視線を合わせずにすれ違って、立つ位置を入れ替えた。


 パズルのピースがすき間なく合わさるように、俺とレイラは背中合わせで自然に剣を構えた。


 お互いの機微が完全にわかっていた。


 白虎の谷のメンバーはレイラを警戒していたが、俺ほどではなかった。

 ぽっと出の迷宮検査官と、魔王殺しの冒険者のレジェンドでは格が違いすぎて、同じ扱いをしようとは思えなかったのだろう。だから、すんなり通した。


 それが間違いだとも知らずに。


 知識は力だ。この世界で冒険者稼業をやっていれば誰でも自然に身についていくことだが、白虎の谷のやつらがSランクに昇格できない辺り、本当に理解してはいないのだろう。


 つまり、俺は連中が知らないことをたくさん知っている。


 その中に、レイラは強いということももちろん入っている。


「俺はミーシャとシンシャの心が読めないから、戦ってもあまり得じゃない。できるだけ長引かせろ。こっちを片付けたらすぐに行く」


「おっ、言うじゃないか。俺は簡単にやれるってか?」


 クタラグが皮肉るように俺とレイラのやり取りに水をさしてきたが、頭の悪いやつはこれだから困る。


「わざわざ言葉にしなきゃわかんないなんて、本当マジ、馬鹿の相手は疲れるぜ」


 舌打ちと共にクタラグがスローイングナイフを放つ。


 それを合図に、俺とレイラはそれぞれの敵に向かって飛び出した。




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