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第3話 Jelly 柔らかくて透明な (3)


「本日は何の御用でしょうか。依頼の受付ですか? それとも素材の納品でしょうか」


 受付嬢は燃えるような赤毛だった。おかしな割込みにきょとんとした彼女は新人らしく、俺の顔を知らないようだった。

 まあ、この世界には写真や動画の概念がないから、顔パスというのは相手によってはまだ難しい。


 仕方がないので左手の指輪を外して見せてやる――アダマンタイトの鈍い輝きと、内側に彫り込まれた【月を砕く者】の文字。

 それを見た受付嬢の顔色が変わった。


「すぐに担当者をお呼びします!」


 受付嬢はそう言い、すぐにそうなった。彼女の上司らしき女によって、俺は奥のギルドマスターの部屋に案内された。


 大量の書類に埋もれるようにしてこちらを睨む老人が、この都市の冒険者ギルドを束ねるマスターだった。


 枯れ果てた老木のたたずまいだが、眼だけがやけにギラギラしている。


 それもそのはず、彼はスタンピードで大量発生したゴブリンによって落とされた都市を、人質ごと丸ごと蒸し焼きにした実績を持つ火炎魔導師“灰の都”ライザなのだから。


 受付嬢の上司――もしかしたらライザの直属の秘書なのかも――が一礼し、部屋を出た。俺と枯れ枝ライザの二人だけになった。誰にも聞かせられない話をする、ということなのだ。


 俺はライザに言われる前に、ソファにどっかと腰を下ろした。ライザはそれを許した。俺たちは今更細かいことを言うような関係じゃあない。諦めは時に寛容を生むという良い例だった。


「茶は出ないのか。喉が渇いたんだがな」


「蛮竜が討伐された」


 俺の軽口を無視してライザは言った。俺が心を読めることをその身で知ってから、こいつはこういう物言いしかしない。俺だってそれを許している。


 それにしても蛮竜とは……中々ただ事じゃあないぞ、これは。


 竜は強大で、凶悪で、宝に目がなく、縄張り意識が強い。


 谷をひと飛び、森を燃やして、湖を飲み干し、山を更地にする。


 この世界に生まれたすべての種族の幼子(おさなご)たちが寝物語に聞く竜の逸話は、どれも決して嘘ではない。


 そんな竜たちは打ち棄てられた古城、マグマが煮えたぎる活火山、どこまでも分岐した洞窟、他の生き物が近づいただけで死ぬ毒の沼地なんかに好んで住む。

 宝を蓄え、己の縄張りを誇示するために。ダンジョンなんかはもちろんそれにうってつけだ。


 竜にも色々あって、最上位の竜は言葉持つ者の中でも最高峰の力を持っている。


 有名どころで言うと、生ある者すべてを憎む魔導士“(うじ)の”マディオゴの腐敗魔法を受けてなお倒れず、今も死にながら生き続けている竜、“(ただ)れ主”ウラツヴォだ。死を超越した魔法使いですら殺し切ることのできないドラゴンの生命力は筆舌に尽くしがたい。


 目の前にいるライザは都市を丸ごと焼いたが、ウラツヴォほどの力を持たない竜でもそのくらいはできるやつが少なくない。つまりは超ヤバいのだ。


 蛮竜というのは文字通り野蛮な竜という意味で、言葉を持たないドラゴンを指す。


 身振り手振りや文字といったあらゆる意味での言葉を持たないために魔法が使えず、竜の中では最下層とされているが、それでも一介の冒険者ごときが簡単に殺せるような怪物ではない。


 それが討伐されたというのは、十年に一度の快挙だ。


「そりゃあすごい。ギルドはお祭り騒ぎじゃないか」


「第八階層でCランクのパーティーが蛮竜の死体を見つけた」


「死体を? 討伐しているところは誰も見なかったのか?」


「討伐している場面どころか、素材が剥ぎ取られた形跡もほとんどなかった。Cランクの冒険者たちは自分たちが素材を持ち込んでもハイエナ行為をしたとしか思われないと判断して、ギルドにあるがままを報告した。これは調査して裏付けも取れている」


「へえ、Cランクにしちゃあ賢いな」


 自分の領分を超えないのは良いことだ。


 冒険者のランクは単純な強さや依頼達成率によって決まる。


 Sランクというのは才能や運の片翼だけでは絶対にたどり着けない領域で、界隈ではちょっとしたハリウッドスターみたいなものだ。

 テレビがないこの世界では、吟遊詩人が俺について歌っているヒットナンバーが両手の指では足りないくらいといえばわかりやすいか。


 さて、俺は人の考えが読めるせいですぐに勘違いしそうになるが、俺のやっていることはよーいドンの掛け声の前にフライングをしているだけで、本当に何かを無から創造しているわけではないし、知性を自ら獲得しているわけでもない。


 他人を見下すのは簡単だし楽しい。俺のような才能が有ればなおさらだ。卑しさはカビみたいなもので、すぐにはびこっては取り返しのつかないほどに根を張ってしまう。ライザは俺にそのことをよく思い出させてくれる。


 古いオークの樹を連想させるライザの顔には、何の表情も浮かんでいない。ただ俺に探偵としての機能を果たすように問いを投げかけているのだ。


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