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第18話 Jewelry 宝石(9)


 アリザラが言う通り、ダンジョン以外にも魔物は存在し、過去の冒険者たちはそれと戦い人間の生存域を広げることが主な仕事だったらしい。

 獣人や別の種族との戦争もあったらしいが、それらは魔王が倒されたのをきっかけに緩やかに収まって現在に至る。


 代わりに、みんながみんな神のダンジョンに夢中になった。

 経済や技術の発達、魔法の研究も飛躍的に進んだ。邪魔が入らず、湯水のように湧く資材を使うことができたためである。


 そんな中で俺はと言えば、冒険者としては邪道だ。


 魔王を倒す過程で金策や魔王の手下を殺すためにダンジョンに潜ったことはあるが、今はほとんど引退状態だ。


 ダンジョン探偵としての仕事がなければ入ることもない(それはつまり、結構な頻度でダンジョンに呼ばれるということだが)。


 結局、今も昔もダンジョンに潜ること自体を目的にしたことはほぼ皆無ということだ。今時の冒険者としては珍しいだろう。


 中途半端な立ち位置。異世界から来たこともあって、誰からもここにいることを承認されていないような感覚が時折頭をよぎる。


 ばつの悪さを打ち消すように、レイラに話しかけた。


「そういや迷宮検査官になったのは最近だろ? ダンジョンに入った経験はどれくらいあるんだよ」


「……めてだ」


「何だって?」


「これが初めてだ! 悪いか!?」


「悪くないって。怒るなよ。ずんずん行くから道知ってるのかと思っただけだよ」


「二十階層までの地図は頭に叩き込んである」


「そりゃあ……すごいな」


 これは素直な賞賛だ。俺はアスフォガルで唯一のダンジョン探偵と自負しているが、それでも地図を見ながらじゃないとまともに歩く自信がない。


 おまけに、神のダンジョンは定期的にその内部構造を変化させる。短いスパンで更新される迷宮を頭に入れることは非効率と言ってもいいだろう。それをやってみせるのだから、中々のものだ。


「職務に必要なことだからしたまでだ」


 淡々と言ってのけるレイラ。この仕事が終わっても連れて歩きたいくらい便利だな。


 ダンジョンを開拓するのに、デカい軍隊を組んで一気に侵攻してしまえばいいじゃないか、という考えも昔はあったらしいが、すぐにそれは不可能だというのが定説になった。


 できれば五人ほど。多くても十人。それがアスフォガルに限らず、この世界のダンジョンを攻略するパーティー人数の基準だ。


 それ以上になると、人の気配を察知した魔物たちが一斉に集まってきて、低階層でも疑似モンスターハウス化してしまう(モンスターハウスとは、魔物が密集したダンジョン内の個室であり、一種のトラップを指す。遭遇した者の死亡率は非常に高い)。


 何度かの侵攻と失敗を経て、ダンジョンに潜る冒険者や為政者は謙虚になった。

 ダンジョンを一種の自然現象として考えるようになったのだ。蝗害(こうがい)への対策は実質的に存在しない。よく備えることしか。それと同じだ。


 少ない人数で潜るため、ひとりひとりがいくつかの役割を兼任する必要が出てくる。

 ソロで潜るのは、パーティーのあてもなく低階層をお小遣い稼ぎ程度にちょろっと回る駆け出しか、俺みたいな万能の天才か。


 その点、レイラは優秀だった。

 ダンジョンを進む途中で何度も襲いかかってくる魔物たちを、レイラはいずれも一刀のもとに斬り伏せた。


 俺は感覚の糸で敵が襲ってくるのは察知していたが、どれもレイラに任せて剣に触れもしなかった。


 アリザラは不満そうだったが、俺はレイラの実力が見たかったのだ。


 ダンジョンは基本的に下層に向かうほどに生息する魔物も強くなるため(もちろん、今回の蛮竜のような例外も存在する)、この程度の階層では大した敵も出ないのだが、レイラの身のこなしはもっとずっと深く潜っても問題ないように思わせた。


 レイラは強い。それがわかったことが収穫だった。


 マッピングの知識が完璧で、戦闘も並み以上できる。冒険者になればさぞやひっぱりだこだろう。


 そうこうする内に、第八階層にたどり着いた。


 相も変らず湿っぽいジャングルだが、これまでの階層と比べて漠然と感じられる死の気配とでも言うべきものが濃かった。


 蛮竜は第五階層から第十階層までをランダムに徘徊していたらしい。力量が足りない冒険者たちは、蛮竜と出くわさないように遠回りしながら次の階層をめざしていたようだ。


 その蛮竜が死んだ。血や臓物のにおいがしなくても、濃厚な死の気配は簡単に消えるものではない。


 俺たちは引き寄せられるように死の気配の中心に向かって進んだ。俺もレイラも、もはや地図を必要としていなかった。


 死の気配に近づくにつれ、妙な音が聞こえてきた。


 ぼりぼり、ごりごりと何かを削り取るような音だ。


 ぶちぶち、ばりばりと何かを千切り取るような音だ。


 じゅるじゅる、べちゃべちゃと何かをすするような音だ。


 明確な血のにおいがした。


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