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終章 東海区(CDP2035)
22.後日
桜が舞う道を抜けて、僕は歩いている。
暖かい日差しが降り注ぐ昼下がり、僕は二ヶ月前のあれからのことを思い返していた。
父さんが口にしていた、自分はもう限界だというのは、物事をよく忘れるようになったということだった。外交内政すべてを一人で担う専制者にとってそれは致命的である。
病院で詳しい検査をすると、治ることのない脳の病気であることが分かった。先週見たアニメを忘れて同じものを見たり、旅行の行先を忘れて財布のチケットを確認したりと、症状はまだ軽いがこれからどんどん深刻になっていくらしい。余命もそう長くはないそうだ。
姉さんは、父さんが専制者だということを父さんとじいちゃんが言い争ってるところを聞いて知ってしまったらしい。そのショックと、言うことを聞けば必ず全員危害を加えず家に帰すという約束があったため、僕を気絶させるという要求を渋々呑んだという。今はなんとか真実を受け入れて元気になっている。
「今まで寂しくさせた分、姉さんとゆっくり過ごしてあげて」
僕のそういった希望により、父さんの最期までの時間は、姉さんとふたりで過ごすこととなった。
ちなみに僕の傷はそこまで深いものではなかったらしく、一週間の入院で事なきを得た。そして、じいちゃんや元犬童組、如月たちと一緒に改革を進めている。
その改革とはね……あ、着いた。
東都拘置所という文字を横目に建物に入り、受付で飾木さんをお願いしますと申請する。
「やあ、久しぶりだね。最近どう?」
「ちょーはっぴー!とか言ったら怖いでしょ」
「元気そうで何よりだよ」
開口一番、ボケツッコミをする彼女は透明なガラス越しでも変わらぬ笑顔を見せていた。やっぱり子供っぽいな。
「私は笑顔が一番だからね!」
拘置所でこんなに晴れやかに笑う人なんてほかにいないだろうけどね。
「あの時は延々と涙流してたくせに?」
「だって……マチを刺しちゃうなんて……」
「あの時は気が動転してたんだし、父さんだって同じようなことしたから」
「うん……ありがとね、マチの証言のお陰で少し早く出られるみたいだよ」
「それはよかった」
僕は警察にアキに刺されたことは事故だと無理矢理説明した。だからアキは過失傷害と銃刀法違反の比較的軽い罪で済んだのだ。
「マチの改革の方は上手くいってるの?」
「うん、犬童も国のトップなんてもうコリゴリだってさ、ちゃんと皆と働いてくれてるから思ったより早く終わりそうだよ」
「そっか、楽しみだなあ」
「じゃあまた来るね」
「うん、バイバイ!」
僕はガラスの向こうのアキに手を振って部屋をあとにしようとする。
おっと、その前に言うことがあった。
「アキ、ケーキ食べ放題約束だからね」
「えへ、覚えてたんだ、ありがとう!」
アキの笑顔を目に焼き付けて、僕は拘置所を後にした。
僕はいま、改革を進めている。
改革と言っても、2045年以前のシステムに戻していくことだ。
いつかはSINEESは廃止され、またかつての政党政治が復活するだろう。
それがまた批判されないようにするためには、多数派少数派にかかわらず、自分の意見を相手と擦り合わせる努力を惜しまないことが大切だと僕は思う。
優秀な誰かひとりにすべてを委ねる方がもしかしたら楽なのかもしれない。
だけど、僕は自分で自分の生き方を決められる方がきっと楽しいって信じてる。
僕たちが歩む道は、僕たちのものだから。
「さぁ、仕事仕事!本部に戻るか!」
桜が舞う道を抜けて、僕は歩いていく。