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SINEES。  作者: Citron
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第5章 虚構の上で



20.黒幕(3423)


2040年。

僕が生まれる一年前、祖父の小野田誠は亡くなった……のではなく、国会議員だったアキの祖父、飾木一(かざらぎはじめ)に殺された。日記から推測するに、警察官である祖父は、上からの圧力に抗い、飾木議員の汚職を追求しようとした為に消されたのだろう。直接手を下したのは、飾木議員がコネクションを持っていた国内最大の反社会勢力、犬童組である。その組長、犬童渉は飾木議員の専属秘書である如月紫苑を通して、度々裏で金のやり取りをしていた。如月はそれが違法な取引であることに気付き、辞職する……。

しかし、2045年。僕が4歳の頃。

頽廃と衰退の日本に、最悪のテロ事件が起きる。国会議事堂の大爆発によって、ほとんどの国会議員が死亡したのだ。国家の存続が危ぶまれたが、そこに犬童渉が発足させたSINEES という新政府組織により、日本は回復した。人々は犬童を崇め讃え信頼した。しかしISの仕業だと思い込んでいたテロは、実は犬童渉とその協力者の自作自演だった。

そして、彼らは十五人の少数精鋭システムという嘘を公表し、実際はその協力者が専制政治を敷いてこの国を導いていたのだった。

ところがここ数年、その政治がまるで整合性がないと批判されることがしばしばあった。そこで協力者は姉さん、小野田麻耶に目をつけ誘拐した。


──────僕がアキとこれまで旅をしてきて分かったことは大体こんなところだろう。


実際は会議などされていなかった会議室を出たあと、僕は今までのことを一通り思い返しながら、整理していた。


「ん……?」


今の流れには明らかにおかしい点がある……。

ここ数年、政治の整合性がないのは、政治を行う十五人が大幅に入れ替わってしまったせいだと世間では噂されているが、専制政治ならそれは有り得ない。

なら専制者が変わった……?

いや、もしくは……。


「…………忘れてしまった?」


いやいやまさか。

あれ、そういえば……。

それに……。


SINEES───────。

SENSEI───────。


「……!!」


僕は慌ててスマートフォンを取り出す。

「嘘……だろ……」

「マチ……大丈夫……?」

「あ…………あ…………」


隣からなにか声をかけられている気がするけれど、耳に入らない。

受け止められないけど、もしそうなら全てに辻褄が合う……合ってしまう……。


「犬童の協力者は………………父さんだ」


「は?何言ってるの……って待ってよ!」

アキの言葉も耳に入らず、僕はただ夢中で駆け出した。すると、やっと階段を見つける。最上階であるはずなのに、上へ登る階段があった。しかもその先の扉が開いている。

「屋上……!」

僕は一心不乱に階段を駆け上がり、息が途切れ途切れになりながら扉を開けた。

そこにいたのは──────。


「姉さん……!!」


闇夜に浮かぶガラスの巨塔の頂上には、眠らされているのかフェンスに座ってもたれている姉さんと______その横に立っている父さんがいた。

「マチ……」

いつも元気そうな父さんが、悲しげな目をしてポツリと僕の名前を呼んだ。

その瞳を見るだけで、そんな顔を見るだけで涙が出そうになる。

「父さん……だったの……?」

僕が尋ねても父さんは黙ったまま、俯いている。冷たい雨がぽつぽつと降り始めていた。

父さんが犬童の協力者であると、その根拠を並べて父さんに問い詰めるなんてことは、僕にはできそうもなかった。でも、もし本当なら問い詰めなくても伝わるはずだ。

「マサキはミカサ。専制はサイニーズ……」

父さんがゲームで使っていた名前、ミカサ。ローマ字表記にすると、MIKASA。そして名前の正貴はMASAKI。

このアナグラムは、SINEESとSENSEIの並び替えの順番と同じだ。

父さんは表情ひとつ変えず、ずっと下を俯いたままだ。それでも僕は続ける。

「家からここまでを結ぶ地下鉄……」

僕らが入ったデパート付近の駅とそこから三つ目の駅の線路をまっすぐ東に伸ばした場所が、ここSINEES本部だ。

では西に伸ばし続けるとどこに辿り着くか。気付いた時は戦慄した。ぴったり信州区の僕らが住む地域に繋がっていた。

そう、専制政治を行う協力者には家族がいた。その為に地下鉄を自宅からここまで通したんだ。まさかそれが父さんだったなんて……。

姉さんも父さんもこの一本道の地下鉄でここまで来たのだろう。

しかし、信州区から東都区までの地下を一直線に掘るなんて大掛かりな工事は途方もない時間がかかる。

「一年ほど前から父さんが家にいる時間が多くなったのは治安が良くなったからじゃなく、十四年経ってやっと地下鉄が開通したから……」


「マチ……すまん……!」


父さんは、遂に謝罪の言葉と共に、土下座をした。してしまった。濡れた地面のせいで父さんのズボンが染みていく。

僕は最後の最後まで父さんを信じていたのに。何かの間違いだと否定してくれるのを待っていたのに……。

「なんで……なんでだよ父さん!!」

僕はうなだれている父さんの胸ぐらを掴んで起き上がらせる。そして感情のまま、雨音に負けないように叫んだ。

「母さんだよ……」

父さんは目を逸らしながら、呟いた。

その目は雨か涙か、濡れているようだった。

「え……?」

「マヤとマチには海外で事故死したと言ったが……ごめんな……あれは嘘なんだ……」

「何を言ってるの……?」

真冬の雨風が僕の身体を吹き抜ける。

虚像に囲まれすぎて、もはや自分さえ実体があるのかどうか分からなくなりそうだった。

僕の両肩に手を乗せた父さんはゆっくり話し始めた。

「お前も習ったはずだ……2041年9月の悪夢を……」

2041年9月の悪夢。当時僕は生後8ヶ月ごろ。

ISが五人の日本人を人質に政府に東京全土を要求し、それを政府は呑むことが出来ず五人が無惨にも殺された事件があった。それを機に国内のテロが頻発するようになったのだ。

「え……まさか……」

「そうだ……」

父さんは頷いたあと、重々しく一語一句を噛み締めるように続けた。


「その惨殺された人質のひとりはお前の母親だったんだ……!」

「……そんな……………」

「海外レポーターだった母さんは、お前を産んで半年後、仕事に復帰した。そして中東の取材中に向かい、ISに捕まったんだ……。何も出来ずに往生するばかりだった政府を死ぬほど恨んだよ……。目の前で愛する人が切り刻まれていくのを見て、他人なんかに、政府なんかに頼らずに、自分の力でこの国を変えることを誓ったんだ……!」

僕は無意識に跪いて言葉を零した。

怒涛の真実の露呈に頭が混乱する。

「と、父さんは……どうやって犬童と出会ったの……?」

「お前と同じように、あの如月の名刺から資料を辿ったんだ。そして犬童が率いる奴らを利用してテロを仕組んだ……」

父さんもあの特殊な印刷を見抜いていたのか……。

「無欲で有能な独裁者なら、国をいい方向に導くことが出来ると父さんは思っていた。でもここ数年、父さんは限界だった……」

「父さん…………」


「だからって!!お姉さんを攫って!マチまで巻き込んで!あなた本当にそれでも親なんですか!?」


追いついてきたであろう、アキの叫び声が後ろからいきなりとんできた。

「いや……違……」

「違う……むしろ父さんは僕たちを巻き込みたくなかったはずだ……秘密を守り抜きたかったはずなんだ……」

父さんの言葉にかぶせて僕は言った。

「どうしてそんなことが言えるのよ」

アキがずかずかとこちらに近づいてきて言う。

「だって犬童は僕らを殺さずに帰そうとしたでしょ?あれは多分父さんの指示だよ……」

「そっか……なるほどね……」

「わざわざ地下鉄を通したり、僕らを帰そうとしたり、リスクを冒してまでそんなことをしたのはあくまで日常を壊したくはなかったから…………あれ?」

僕は猛烈な違和感に襲われた。

何か……何かが間違っている。

集中すると、雨がガラスに打ちつけられる音が頭の中で反芻した。

そうだ……やっぱりおかしい。

父さんが家族を大切に思って、秘密を貫き通そうとしたならば______。


「僕に手紙を送った人物は一体誰だ……!?」


「ワッハッハッ!」


僕が声を上げると、どこからか知らない人の高らかな笑い声が聞こえた。

高らかと言ってもだいぶしゃがれた声で、かなり年配の人だと分かる。

僕が思いっきり振り向くと、僕はその顔を知っていることに気が付いた。

写真で数回ほど見たことがあったから。

そしてまたその顔は笑って言ったのだ。


「さすがワシの孫じゃ!!」


小野田誠、僕の祖父は______。

21.復讐(2108)


次第にガラスの巨塔に降り注ぐ雨は強くなり、それはまるで残酷な現実を包む優しい虚構をこの雨が洗い流していくかのようだった。

そして、最後の大きな虚像が雨で掻き消えて、信じていたものとは大きく離れた現実を直面し、僕は叫ばずにはいられなかった。

「どうして……生きてるんだ……!?」

すると、じいちゃんは銀歯を覗かせるほど大きく笑いながら答えた。

「ワッハッハ。飾木の奴に家ごと燃やされてしまっちまったがな、ワシは命からがら逃げ切ったぞガハハハ!」

「あの新聞には、焼死体が発見されたって書いてあったのに……」

アキが不思議そうに呟くと、じいちゃんは淡々と答えた。

「そりゃあ勿論殺しにかかってきた奴を返り討ちにしたに決まっとるじゃろ」

何でもないように言っているが、正当防衛とはいえ殺人だぞ……!?

アキも顔を引きつらせて、声も出せないようだ。

「父さんは知ってたのか……!?」

「いや父さんも昨日知った……」

なんてことだ。二十年も誰にも気付かれずにこっそり生きてきたというのか。

「ワシが死んだとか生きたとかどうでもいいじゃろ!そんなことより我が孫マチよ、この国の次の専制者となれ」

「え……?」

「だからそれはやめろと言っただろ親父!!」

僕がじいちゃんの言葉に怯んでいると、父さんが今までに聞いたことのない怒号を飛ばした。

「どういうこと……?じいちゃんは次の専制者にする為に僕を手紙でここに呼んだの……?」

僕がそう問いかけると、じいちゃんはそういうことじゃと頷く。

「マチ、実はな……」

そこに父さんが口を挟んで、事のあらましを話し始めた。


父さんは、母さんとじいちゃんの仇を討つために国会議事堂を狙った。そして新政府を作った。しかし、それらの行動に絶対の自信があった訳では勿論なかった。

だから逐一、じいちゃんにメールで自分の考えを報告していたのだという。例え本人が見ることないものだとしても、破天荒なじいちゃんなら笑ってやってみろと言ってくれるような気がして。

それでじいちゃんはこの国の本当の仕組みや父さんの考えを完全に把握することが出来ていた。

いつしか父さんは自分の限界を感じ、政治の低迷を打破する方法は新たな専制者を選出することを考えた。

しかし……。

「適任者はそう簡単には見つからなかった……?」

僕が聞くと、父さんは首を縦に振った。

「SINEESの養成所は独裁の権利を与えても愚行に走らないように、まるで修行のようなことまでさせて欲を断ち切らせようとはしているんだけどな……」

「だからあんなに無機質なのね……」

父さんの言葉にアキはボソッと呟く。

「そこに親父が現れた。マヤを家から連れてきてな」

「孫のこともご丁寧にメールで話してくれとったからな、これは使えると思ったんじゃよ」

「だけど反対されたって訳か……」

父さんがため息をつく。父さんは実の父親に怒鳴るほど、僕と姉さんを巻き込みたくなかったのだろう。

「じゃが、ワシは諦めなかった。息子が帰った後に手紙をお前に出したんじゃよ」

「なんで僕にはそんな回りくどいことを?」

「お前の力を試すためじゃ」

「え……?」

「ここまでたどり着き、モニター越しで見ておったが、本質を見抜く力も非凡なものじゃ。お前には専制者になれる素質がある。この国のトップにならんか……!」

じいちゃんが僕の両肩に手を置き、熱を込めて言った。しかし、父さんはその手を振りのけて僕を説得しようとする。

「やめとけマチ!お前もマヤもまだ若いんだ!こんな勝手な言い分を聞く必要ない!」

「勝手……?」

水面に一滴の雫が落ちて波紋が広がるように、アキの声は水浸しの屋上に響いた。

「あんたはぁ!!国のためとか家族のためとか言ってるけど!!それで国会議事堂吹っ飛ばして政治家皆殺しにする方がよっぽど勝手だってのバカ!!!」

アキは心の鬱憤が爆発したかのように思いっきり都会の夜空に叫んだ。

「やっぱりあんたは許さない!おじいちゃんだけじゃなくお父さんを殺したあんたは絶対に許さない!!!」

アキはポケットから何かを取り出し父さんに向かって走り出す。その顔は、憎悪に満ちていた。

「それがこの国の為になったとしても、そんなの絶対おかしいよ!!」

水を蹴飛ばしながら、向かってくるアキが両手で握っていたのは────────護身用のナイフだった。


「…………父さん!」


グサッ。

鋭利な刃物の音がして、透明なガラスに溜まった雨水に、鮮血が滲んでいくのが見えた。


「「「マチ……!?」」」


どうやら父さんを助けられたらしい。

僕は腹部を刺されて倒れた。

アキがナイフを落とした音が聞こえた。

その隙に現役警察官である父さんがアキを取り押さえるのがうっすら見える。

「どうして……?マチ!死なないで!」

「アキに……人を殺させないって……約束したから……死ねないよ……」

腹部の痛みを堪えながら、僕は息が絶え絶えになりながらも言葉を紡ぐ。

父さんもすぐに駆け寄ってくる。

「いま救急車呼んだからな!」

「とう……さん……」

「もう喋るな!」

「ぼく……専制者……なるよ…………」

「「え!?」」


父さんとアキが似たように驚いたのが少し可笑しくて、笑ってしまった。


そしてまもなく、僕は気を失った───────。

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