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SINEES。  作者: Citron
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第4章 東都区(CDP2060)



18.妄信(2722)


「う、う……ここは……?」


眠っている間、何者かによって別の場所に連れ去られたらしい。

「いたっ」

起き上がろうとすると、右手に制限がかかっているのに気付く。私たちは、どうやら部屋の隅の柱にデジタルな手錠で囚われているようだ。左手を拘束されているマチはまだ私の左隣で気絶している。

私は自由な左手で目をこすりながらゆっくりと起き上がり、やっとここがどこなのかを把握した。


「……!!」


ガラスの巨塔______。


SINEES本部の通称である。

2045年。少数革命直後、関所と同時に建設され始めたもので、巨大なガラス張りのビルであることからそう呼ばれるようになった。

高さ500メートルの最上階で、十五人の精鋭たちは政治を行っている。

そして下の階は、そのまま人材養成所となっており、寮も設備されている。ここに入った人たちは、十五人に選ばれるべく、住み込みで日夜勉学に励んでいる。

しかし、この養成所に入るのにも難関な試験や適性検査、面接などをかいくぐらなければいけない。

ふと先日見たテレビ番組を思い出す。

テロ対策の為、一般人は基本的に立ち入ることが出来ないが、そのテレビの取材では特別に中身が紹介されたのだ。

それは一言で言うなら無機質。

間取りなどがバレないよう、ほとんどの部屋はモザイクで隠され、公開それてのは寮の部屋の一部だけだったが、他の部屋も一切の娯楽や嗜好品は置かれていないという。


「この国を支える人達はやはり我々一般人の煩悩を切り離した存在でなければいけないのでしょうか。犬童代表に一層の感謝の念を感じずにはいられない取材でした」

そう取材は締められていた。

世論がよくわかるコメントだ。


「夢にも思わないでしょうね……」


その犬童代表が実は元ヤクザだったなんて。

ひとりの女性を誘拐したなんて。


「この明け透けに見えるガラスの巨塔が、実はたくさんの秘密を覆い隠したブラックボックスだったなんて、ね……」


そう考えると、このガラス張りにした意味は、国民を信じさせ、安心させる効果も狙っていたのかもしれない。


コンコン、と指の関節でガラスを叩く。

間違いない。完全防音、完全防弾だ。

そして、明け透けといえど、肝心の最上階が上空500メートルなんて、簡単に中が見られるわけがない。

テロ対策をしつつ、秘密を隠すには最適の構造ということだ。


そう、ここで犯罪が行われていても、誰も気づいてはくれないのだ。

この地上500メートルの密室で、男女が監禁されていることなど……。


このだだっ広い空間には、正面に細長いデスクが一つと、巨大なディスプレイが一つ。

他のものは一切ないが、景色から考えて、ここは恐らく最上階の会議室______十五人の精鋭が話し合い、政治を行っている場所だ。


ズザザ……。


「なに……?」


妙な機械音がして、ひとりでにディスプレイの電源が入った。そこには______


「犬童……!!」


不敵な笑みを浮かべ、どこかの書斎で座っている犬童渉の姿が映っていた。

「私たちをどうするつもり?これ外してよ!」

私は鎖と繋がる手錠を指差す。この手錠は鍵穴がなく、遠隔操作で解除できるタイプのものだから犬童がそのスイッチを持っている可能性が高い。そう思って犬童にわめいた。

「お前らには秘密を知られてしまったからな……普通なら殺すところだが……」


「う、うう……」

犬童が話している最中で、マチが目を覚ました。

「マチ!?大丈夫?」

地面にへたり込んだまま起き上がろうとしないマチは、放心状態といった感じで、目の焦点が定まっていない。

「やっと起きたか、丁度いい。よく聞け。お前らをここで殺すと色々面倒だからな、見逃してやる」

犬童がモニター越しに淡々と喋る。

「見逃す……?そんな都合のいいことがあるの……?」

どこかにマイクとカメラがあるのだろう。私が聞き返すと、犬童は鼻で笑った。

「勿論秘密を口外すればお前らとお前らの家族の命はない」

やはり監視はされるのね……。命が助かるのなら断然いいのかもしれないけど。

「姉さん……姉さん……」

「マチ……」

マチは犬童の話など耳に入っていない様子で、お姉さんに裏切られたショックに立ち直れていないのか、何度もそう連呼する。

「はははは!実の姉に捕えられた気分はどうだ」

犬童はその様子を見て煽るように嘲笑う。

「ふざ……けるな……」

マチはゆっくりと立ち上がって、いつもは見せない鋭い目で、犬童に敵意を向け始めた。

「そんなんじゃいつまでたっても独り立ちできないぞ、ガキが!」

見下すように犬童はマチを煽り続ける。

「うるさい!!マチを馬鹿にすんな!あんたなんか人を下に見ることでしか優越感に浸れないゴミのくせに!!」

家族をどこまでも信じて、家族の為にここまで来たマチを馬鹿にする権利なんて誰にもあってたまるか。

私も負けじと声を上げた。

「あの娘は脅されて簡単にお前の命を差し出したというのに、なんておめでたい奴だ」

しかし犬童は動じることなくマチを貶し続ける。

お姉さんは脅された被害者なのに、あたかも悪者であるかのように言うなんて……ひどい言い方だ。

「マチ、あんな言葉気にしなくて……マチ?」

「そうか……」

私がそう話しかけながらマチを見ると、マチはひとりでなにか呟いていた。

「どうしたの……?」

「そうだ……姉さんはお前に脅されたんじゃない……」

マチは何を言っているんだろう……。

まさか……。

「まだ信じてるの……?」

「姉さんは脅されたくらいで家族を差し出すような人じゃないよ」

帰ってきた答えはあまりに純粋で、あまりに穢れないもので、私は口を挟むことができなかった。だから。

「そっか、マチが信じるなら間違いないね……」

キッパリと言ったマチを、私も信じることにした。私がここまで来れたのは、マチのことを信じたおかげだから。

「お前は馬鹿か?だったらなんであの娘はお前らを気絶させたんだ?どこまでめでたいんだ」

犬童がもはや呆れたように言うと、マチはポツリとつぶやく。


「父さんだろ……」


「は?」

マチの言葉に犬童も私も驚く。

「そうだ……姉さんは自分より家族を選ぶ人だ……それでもそうせざるを得なかったのは、父さんが人質だったからだ……そうだ、そうに違いない……」

「そ、そんな訳ないだろう……」

呆れ返っているのか犬童も顔を引きつらせている。

「父さんを返せ……!!」

「黙れ!そろそろ眠ってもらうぞ!」

犬童が険しい顔でそう叫んでもマチはひるまず、不敵に笑った。

「いいのか……?」

「あん……?」

「お前の嘘なんて、お見通しなんだよ……!!」

大真面目な顔でマチは叫ぶ。

真剣に怒っているというべきか。

マチはただ一点を見つめて、話し始める。

「今に見てろよ__________。今からこの国の秘密、暴いてみせるから……」



19.専制(3203)


「結論から言う」

マチは真っ直ぐ怯むことなく、犬童を見据えて口を開いた。

こんなに男らしかったっけ。

そんな呑気なことを思っている場合じゃないけど、そのマチの勇敢な態度に驚きっぱなしだった。

家族の為に強くなったということだろうか。家族がいなくて強くならざるを得なかった私とは、違うことを思い知った。

マチは毅然として続ける。

「公表されてるSINEESの仕組みは全部嘘っぱちだ」

「その根拠は?」

犬童が問うと、マチは真剣なドヤ顔でこう言った。

「ヤクザに政治なんてできるわけない」

「え!?そんな理由!?」

私が思わずツッコんでずっこけた。

関西人の血は流れてないはずなんだけど。

「冗談だけど、考える取っ掛かりだった」

「そうだったんだ……」

やっぱり心配になってきた。

マチどこか抜けてるとこあるし……。

「それともうひとつ、とある証言」

「証言……だと?」

マチが人差し指を立てる。


「この国の裏には、犬童、お前を裏で操る黒幕がいるっていう証言だよ……」


「え!?そんな証言誰かに貰ったっけ?」

マチの言葉に、犬童より先に私が驚く。

私の記憶にはないんだけど……。

「如月さんだよ。君が出ていった後に教えてくれたんだ」

「如月……!?あいつ……!!」

「やっぱり覚えてた?」

犬童がその名前に反応し、マチはすかさず言った。

「まぁ、忘れる訳ないよね。二十年ほど前、飾木議員、この子の祖父とのお金のやり取りは如月を通していたんだし……」

「うん……」

私は思わず目を瞑って俯く。

「それに。十五年前、お前は如月を誘ったんだから……」

「え!?どういうこと?」

犬童が苦々しい顔をしているのを横目に、私はマチに尋ねる。

「如月があんなになるまで病んでしまったのには、僕の祖父が死んだことだけじゃなく、更なる決定打があったからなんだ……。それは、十五年前のテロのあと、SINEES発足時、お前にこの国のトップの秘書にならないかと誘われたことだ。私たちには心強い指導者がついているから、とね……」

「指導者……?」

「これが黒幕って訳だよ。国のトップの秘書なんて打算的に見れば如月にとっては金も地位も手に入る訳だから、お前は断らないと踏んでベラベラ喋ってしまったんだろうけど、如月は断った。良心の呵責に駆られたんだ」

「マチのおじいさんの殺人に加担してしまったことで……?」

私が尋ねると、マチはモニターに映る犬童を見ながら首を降る。

「違うよ……」

否定したあと、マチはゆっくりと言葉を噛み締めるように言う。


「あのテロを起こした人物こそが、犬童渉、お前だったからだよ……!」


「そんな馬鹿な!あれはイスラム国、ISの仕業だったんじゃ……!?」

「それが黒幕の狙いだよ……。テロが多発してた時に、ISに狙われた東京でテロが起きたら誰だってISの仕業だと思う」

すると、ダンッと机を殴る音がした。

モニターの向こう側だ。

「如月のやつ……!!気づいていたのか……!」

「それを警察どころか他人に言う勇気はなかったみたいだけどね」

犬童は悔しげに吐き捨てた。

その態度で私は悟る。

本当なんだ……。あのテロは……。

お父さんとおじいちゃんを殺したのは……。

「そして如月は仕事を続けることが出来ないほどに憔悴してしまったんだ」

「くっ……あの野郎……始末しておけば……」

「そして、お前は政治家をすべて消し去りこの国のトップを自ら掴んだんだ!」

顔を歪め悔やんでいる犬童に、マチは堂々と言葉を突きつける。


これがこの国の真実……。

今の仕組みはすべて虚構……。


「待って……」

そう真実に愕然としていたら、ふと気付いたことがあった。

「もしかしたらだけど……」

私は自信なさげに口を開く。

「どーしたの?アキ」

「SINEESの少数精鋭の政治システムも嘘だったりしない……?」

私は恐る恐る思ったことを声にする。

「お、気付いた?」

「え、あってる!?」

思わず声が弾んだ。マチみたいに推理出来たことが嬉しかった。

「私実は見ちゃったんだよね。私たちをここに運ぶ男の腕に刺青が入ってたの」

そう、霞んだ視界の中、朧気にも私を運ぶ男の腕に刺青があるのを私は見たのだ。

「つまり、このガラスの巨塔に勤めてる人たちみんな、元犬童組の連中なんだよ」

「そうだね、間違いない。ヤクザは組の仲間を大切にする傾向があるから」

「はん!それがどうした?政治システムと勤めてる奴らは関係ないだろ!政治を行ってるのはここの養成所で育ててる奴らなんだからな!」

犬童は私たちの会話に割り込み、声を荒らげて主張した。確かに一理ある。

「この会議室だよ……」

マチはポツリとそう言った。

この整然とした何も無い会議室のどこに手がかりがあるのだろうか。

「マチ?ここにはデスクとモニターしかないけど?」

疑問を口にすると、マチはにやりと笑う。完全にその質問待ってましたと言わんばかりのドヤ顔だ。腹立ったので久々に腹パンしてあげた。

お腹を抑えつつ、気を取り直してマチが口を開く。

「何も無いから、おかしいんだ」

「何も無いから……おかしい……?」

私はマチの言葉の意味がわからず、オウム返しをした。

「公表された情報通りなら、最上階のここでは十五人の精鋭が政治を行う場所のはず。俺たちをここに監禁するために、資料やパソコンなどを持ち出したのなら分かる」

「そ、そうね……」

「でも何故椅子のひとつすらもないんだ……?」

「……!」

黙っていた犬童は冷や汗を流しつつ、拳を強く握りながら声を上げる。

「私は嘘など……ついていない……!」

「確かに、この国の政治は少数精鋭だ」

「え……?」

「なぜなら……」

私は固唾を飲んでその言葉の続きを待つ。


「この国の政治はたったひとりで行われているんだからね」


「!?どういうこと!?」

意味がわからない。

今どきそんな国は世界中どこを探してもない。どの国も民主主義の名の元に、話し合いをするなり多数決をするなりして、国の方針を決めている。

「そんな……そんなことがあるの!?」

私は思わずマチに叫ぶ。

「ここ、話し合う部屋に椅子がない理由を考えればわかるよ……」

「え、なんだろう……」

「簡単だよ。話し合っていないんだ」

「え!?」

マチはキッパリと断言して、犬童を睨みつける。

「違う?犬童」

「ちっ……」

舌打ちをしながら目をそらす。

こんな真実を信じろというのか。

この国はたったひとりで……?

それってつまり______。


「専制政治……」


ひとりの手によって政治が行われる独裁体制だ。

更に追い討ちをかけるように、マチは犬童に対して言葉を重ねた。

「SINEESは専制のローマ字、SENSEIを並び替えたものでしょう?」

「あっ……!ホントだ……!」

すごい、いつ気付いたんだろう。

最初からヒントはあったんだ。

「そう、ひとりで国を動かせるだけの切れ者。そいつが犬童の言っていた心強い指導者という訳さ」

一通り言い終えたマチは、ギランと犬童を睨んで叫んだ。

「さぁもういいだろ!黒幕を出せ!!」

「くそっ!!」

しかし、そう言い残し犬童は画面の外へ逃げ出してしまった。

「待て犬童!!」

「無理だよマチ!」

まだ手錠は外れていない。

私たちはまだここに釘付けということだ。


「あれ、なんだろう」

マチが急にポツリと呟き、自由な右手で上を指すのでその先を目で追う。

「ん……?」

小さなボンベのようなものがモニター横の壁に取り付けられている。

よく見たら四方の壁にひとつずつ。

「もしや睡眠ガスなんじゃ……」

「え?!」

「殺さずに家に帰すつもりなら眠らせるのが一番早い。手錠で僕らはここを出られないから……」

「そっか……じゃあ今から眠らされるんじゃ……」

「かもしれないね……」

ふたりで打つ手なしかと落ち込んでいると、ピーという機械音が鳴った。

「「あれ……?」」

それは手錠のロックが外れた音だった。

「どーして……?」

「とにかく行こう!」

「うん!」

疑問はひとまず置いておき、私たちは部屋を飛び出した。

犬童を追うために。


この国の黒幕を暴くために……。



「マチ……?大丈夫……?」

「あ…………あ……………」


しかし、部屋を出てすぐ、マチはまるで生ける屍のように、立ち尽くしてしまったのだ______。



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