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第3章 富士区(CDP2020)
12.屋敷(2525)
如月の家は、すぐ見つかった。
それは予想していたものより、いささかレトロというか古風というか伝統的というか趣があるというか菊が生えた里のようなというか、はっきり言えばボロい建物だった。
「ねぇ、秘書って儲からないのかしら……」
「いやこんなに大きい洋物の屋敷だから昔は儲かってたんだろうけど……」
ふたりして建物とお互いを交互に見合う。アキは若干苦笑いだ。
レンガの壁にはツタが這い、ひび割れも多く、窓ガラスが割れたままの所もある。今朝の曇天模様と相まって、幽霊屋敷のような雰囲気すら醸し出している。本当に如月はここに住んでいるのだろうか。
「とにかく呼び鈴を鳴らしてみよう」
僕が高級そうな装飾のついたインターホンをおそるおそる押すと……。
どんがらがっしゃーん。
家の中からまさにその字面通りの音が聞こえてきた。どったんばったん大騒ぎしてるのかしらん。
「だ、大丈夫よね……?」
アキがもはや不気味そうに言う。
すると、インターホンを押してから数分後、 ギギ……と音を立てて重たい玄関の扉が開かれた。
「あの……どちら様でしょう?」
しゃがれた声とともに、五十過ぎの無精髭を生やした、いかにもみすぼらしい男が姿を見せた。ボサボサな髪や、今さっき慌てて着たであろうヨレヨレのスーツも、よりその印象を強めさせた。
「僕、小野田 万知って言います。如月紫苑さんですよね……?少し、お話できませんか?」
「お前らのような高校生が私に何の用だ」
おかしいな。高校生なんてここにはいないんだけどな?
僕はアキにチラッと目配せすると、彼女もまっすぐ如月を見たままわずかに頷いて、口を開いた。
「私の名前は飾木 亜希です」
「…!!」
アキが名乗った途端に、彼の顔は何かに怯えるように途端に青ざめ、身体はガクガク震えていた。
「私の祖父をご存知ですよね……?」
「私は……何も知らない……何も……」
彼をこうも震えあがらせている恐怖って一体なんだ?
過去に何があった?
ここで引き下がるわけにはいかない。
「とにかく僕らの話を聞いてください」
「お前らに話すことなど何も無い!もう家族も仕事も全て失ったんだ……。これ以上私は何も失いたくないんだ……」
僕が頼んでも、彼は過去の記憶を揉み消すかのように頭を強くおさえて、拒んだ。
すると、見兼ねてアキも頭を下げた。
「お願いします。知ってることを話してください!」
「いやだ……怖い……」
僕は片方ずつ膝をついて、ゆっくり手を地面につけた。
「ちょ……何もそこまで……」
僕はアキの言葉に構わず、土下座をして、地面に向かって叫んだ。
「僕の祖父は、犬童に殺されたんです!家族を奪われたんです!!お願いします!真実を教えてください!!!」
「犬童……」
如月は、小さく呟いて僕たちの方をじっと見た。警戒心は解けただろうか。
僕は地面にひれ伏しながら、じっと待っていた。
やがて、彼は家の中に戻っていった。
去り際に僕たちにこう残して。
「立ち話もなんだから入りなさい……」
「「……ありがとうございます!!」」
ふたりでお礼を言ったのち、今は手入れのされていない広い庭を抜けて、家の中に入っていった。
家の中も陰湿な空気が漂い、朝なのに夜のように暗く、まっくろくろすけでも出てきそうだ。
僕たちは、玄関から一番近い客間に通された。客間と言っても想像するような和の部屋ではなく、ブラウンで統一されたオシャレな洋室だ。
しかし、足に立派に装飾が施されたデスクの上には、生活感のあるカップ麺や割り箸のゴミが散乱していて、生活の転落が垣間見えた。
僕らが座ったのはこんがり焼いたパイ生地のような色をしたソファだ。俗に言うアンティーク家具というやつだろうか。
僕らが座るまでの間、如月はビニール袋を持って、机上や部屋の片付けをしていた。来客などとうに来ていなかったことが伺える。
「すいません、汚い家で……。家内が出ていってからはどうも何も手がつかず……」
「いえいえお気になさらず」
僕の声は無意識にいつもより高くなっている気がした。前世は電話で声高くなる系マダムだったのかもしれない。
隣のアキはというと、じっと頑なに如月を睨んでいる。余裕がなさそうだ。表裏がないことは彼女のいいとこでもあるけど。
「単刀直入に聞きますけど!犬童はマチのお祖父さんを殺したんですか!?」
我慢出来なくなったのか、彼女は立ち上がって、声を荒らげた。
「その……犬童に指示したのは私のお祖父さんなんですか……?」
そして、悄然とそう続けた。
アキにとってそれは、あってほしくない事実だからだろう。
「……なんでそう思ったんだ?」
「いいから答えてよ!!」
「待って待ってアキ落ち着いて」
僕は慌てて熱り立つ彼女をなだめて、座らせた。
「順番に説明します」
僕は如月の眼前のデスクにファイルをふたつリュックから取り出して見せた。
「これらは警察官である父さんが調べたものです。まず左、犬童に関する考察です」
如月はそのやせ細った手で取って眺め、僕が過去にしたように驚きながら呟いた。
「犬童は犬童組というヤクザの長だった……?」
「はい。そして右、僕の祖父、小野田誠偽装殺人事件の考察です」
如月がファイルを手に取ったのを確認してから、話を進める。
「そこに日記があります。5月18日を見てください」
『5月18日。
奴は強大なバックをつけているらしい。
このままでは私の身も危ない。』
「そこに書かれている『強大なバック』が、日本最大規模を誇る犬童組の事だとしたら……?」
「……!犬童組は政界と繋がっている……」
如月はハッと口をおさえて言った。
「そういうことです。つまりそこに書かれている『奴』というのは、アキのお祖父さん、飾木はじめ議員のことです」
「なるほどな……」
彼は立ち上がって、何故か薄ら笑いをした。
「よくそこまで辿り着いたな……。お前は私より強い人間みたいだ……」
手を差し伸べられたので、握手をした。
アキが私もいるんですけどみたいな顔でムスッとしているがとりあえず放置プレイで。
「ようやく私も納得がいったよ……。私には真実を知る勇気がなかった……」
「……僕の推理は合っているんですか?」
「あぁ、私の知る全てをお話しよう」
「お願いします」
頷かないわけがなかった。
彼の過去と僕の推理を照らし合わせる為に、ここに来たのだから。
13.証言(1149)
「私が政治家専門の秘書だったのは知っているだろう。そこで、君のお祖父さん、飾木さんに出会ったんだ。彼は当時言葉を選ばない性格で、敵も多かった。暴言も暴力も度々問題になっていた」
僕がチラッとアキを見ると、アキは真剣な眼差しで彼の話を聞いていた。
遺伝なんだな……とか思ったことは言わないでおこうそうしよう。それに、彼女は祖父と違って人を殺すようなことはしない。
「そこで飾木さんは大金を払って、強力なボディガードをつけたと言っていた。だが、ボディガードが公に姿を現したことなど一度もなかった。今思えば、裏で敵を潰していたんだろう。そして私は犬童に会った……」
「犬童に?!」
「彼らは金の受け渡しすら直接では行わなかった。代わりに私が金をそのボディガードとやらに渡しに行くことになった。現金でのやりとりや公に姿を現さないことに違和感はあったが、私は秘書だ。言われたことを忠実に遂行した。犬童はスーツを着ていたし、そこまで怪しくも見えなかったから私は疑いもしなかった」
この国の虚像がペリペリと剥がれていく音が僕たちの頭をよぎる中、如月は続けた。
「そして、ある日。こんな話を飾木さんがしていたのを私は盗み聞きしてしまった。小野田とかいう下っ端警官に目をつけられた、と。多分それが、君のおじいさんだろう。私は聞かなかったことにした。政治家の界隈に怪しい話があることくらい素人だった私でも察しはついていた。それを暴こうだとか一緒に隠蔽工作に協力するだとか、そういった勇気はなかったが、見過ごすことはできたた」
「犯罪を見過ごす勇気、ねぇ……」
隣のアキがボソッと呟くのを僕は手で制した。今はこの人の過去を糾弾しても仕方がない。
「しかし、せいぜい上層部に金を渡して握りつぶすだけにとどまるかと思いきや、数日後、心臓が止まりそうなニュースが流れてきた。小野田誠警官の事故死だ。あまりの都合の良さに私は怖くなって、数日後飾木の秘書をやめた。他の政治家の秘書になってもそのことは忘れられそうになかった。もしあのボディガードが、小野田警官を殺していたとしたら……?私は殺人の一端を協力していたのかもしれないとしたら……?そう思うと、私は何も出来なくなった、非力な人間だよ……。憔悴しきっている間に、妻には見放され、いつの間にかこの有様だ……」
「もういいです、マチ行こう」
「え?」
彼女はスッと立ち上がって、部屋を出ていこうとした。 そして、去り際、
「あなたは何も変えようとしなかった臆病者じゃない。私はちゃんと自分でケリをつける」
そう如月に言い残していった。
僕も去ろうと、如月にお礼を言うと、
「じゃ、じゃあ僕もこれで……。色々とありがとうございました」
「ちょっと待って、実は……」
如月は僕を引き止めて耳打ちをした。
「え…………!?」
14.涙(1081)
「ちょっとちょっと!待ってよ!」
如月に挨拶を済ませ、僕は急いで後を追いった。アキはつかつかと先を歩いていて、声をかけても止まってくれない。
「ねえってば!」
「やめて!」
彼女の腕を掴んで振り返らせると、彼女の目には涙が浮かんでいた。僕の見られたくないのか、アキはすぐに目元を手で誤魔化そうとした。
「大丈夫……?」
肩に手を置き、顔を覗き込んで、極力優しく声をかけた。
「私のおじいちゃん……殺人者だったんだね……あなたのおじいちゃん殺しちゃってたんだね……」
「アキ…………」
僕は何も言えずに立ち尽くしていた。
さすがに簡単に受け止められる事実ではないか……。
「おじいちゃんの話聞いた時、あなた、私を見て遺伝だって思ったでしょ」
「ギクリ……」
アキに鋭い目で見られ、びくっと背中が震えた。
まさか気付いていたなんて。
自覚はあったのか……。
「うん、ちょっと思った」
「ほら……」
「でもね」
僕はすぐに強く言いかぶせた。
「そのあとすぐに違うなって思ったよ」
「え……?」
赤く腫れた目をしたアキの手を取って、僕ははっきりと言い聞かせた。
「アキは確かにすぐ叩くしすぐ喚くし感情的だけど、僕はそんな晴れやかな明るさが好きだ。アキは真面目なところも優しいところもあるの知ってるから、そう思えるんだよ?」
それを聞いてもまだ涙をぽろぽろと流すアキは、嗚咽しながらも言葉を紡ぐ。
「でも……おじいちゃんも私には優しくしてくれた……でもそんなの嘘っぱちで……真っ黒になっちゃったの……」
「僕が保証する」
出会って何時間だろう。
そんな人間に、分かったような口を聞かれたくはないかもしれない。
僕はアキのこと、何も知らない。
だけど、目の前にいる、今までこの瞳に映してきたアキは、偽りなんかじゃないから。
僕は断言できる。
「アキはそんなことしないよ!僕が保証する」
「う……う……」
彼女が俯いている顔を両手でこちらに無理矢理向けさせる。そして、思いっきり息を吸いこむ。
「僕がそんなことさせない絶対!!」
ごつんとおでこを合わせて僕は叫んだ。
悲しみや不安が吹き飛ぶように。
「アキはアキだよ……?」
僕はどう人を慰めればいいかなんて、どんな言葉をかければいいかなんて、知らないけれど、
「へへ……ありがとう……!」
アキが涙ながらに言ったその言葉で、僕の本心から叫んだ言葉は、アキにとって正解だったと分かった。
「マチがそこまで言うなら安心だね!さ、どんどん行こうぜ!!」
そう笑顔で駆けていくアキの目の腫れは、すぐひいていくことだろう。
あとから思えば、こんな恥ずかしい台詞が言えたのは、この時既に心の病にかかっていたのかもしれなかった。
そう、僕はアキを___________。
15.冒頭(1250)
如月邸を出発して、またタクシーに揺られること約3時間。
正午を過ぎた頃、僕らは遂に東都区の隣接区、武蔵区(過去の東京都西部)に到達した。
ちなみに、SINEESのある首都東都区は全294区の中で最小面積で、昔あった山手線という電車の線路をそのまま境界線としている。テロリストは、侵入することはあっても進撃してくることはないので高い壁で隔たれている訳では無い。
だけど……。
「え!?東都区は私のパスポートじゃ入れないの!?」
タクシーを降りてすぐ、とあるカフェで、アキが驚いた顔で騒いだ。そんなことも知らないで旅に出たのかとこっちの方が驚く。
「そりゃあ東都区はテロ最警戒区域だからね……。日本在住5年とか犯罪歴なしとか色々条件があって、その中の発行歴5年ってのにアキのは満たしてないってわけ」
「じゃあどうやって通過するのよ」
「それをこれから考えようって話だよ」
「あ!じゃあこういうのはどう?」
アキがぽんと手を叩いてこちらにゲッツをしてきた。
「どういうの?一応聞いてあげる」
「聞かせてくださいでしょ?」
「き、聞かせてください……」
「よろしい!」
厳つい顔から急に笑顔になるアキは、八百面相だろうか。楽しいからいいけど。
「監視員はふたりでしょ?あなたが1人をぶん殴って逃げてる間にもう1人を私が制圧する!」
「いや僕、囮かよ!?」
「ははは、冗談だって」
ケラケラ笑うアキをジト目で見る。
どこからどう見ても子供みたいな女の子だ。年上とは到底思えない。
「まあマチがテキトーに道とか聞いておびき出す感じでいいんじゃない?」
「あ、囮には変わらないんだ……うん?ていうか最終的に君は監視員をどう制圧すんのさ」
「なんと!ここに護身用に持ってきたこんなものが!」
そう言ってアキはリュックから、アニメでしか見たことないようなスタンガンが出てきた。すごい、本物だ。
「おー!割と普通に強い」
「監視員室の鍵はかかってるだろうから、あなたが道を聞いて上手く遠くに誘い出せば、また鍵なんて閉めないだろうから私はその隙に中に入ってビリリってわけ!」
「おー!!すごい!君は天才だな!」
「えへへーもっと褒めて」
アキは子供のように頭を掻きながら照れている。子供のようになんて言ったらまた叩かれるけど。そういう暴力はよくないと思うんだ。だから甘やかして許してばっかりもよくないと思うんだよ、世の男性諸君。
このあとめちゃくちゃ褒め讃えた。
「じゃあ、日が暮れたら決行ね!」
「おっしゃ!」
どっちがどっちのセリフか分からないと思うけど、勿論後者がアキだ。
「あーお腹空いたー」
「とりあえず腹ごしらえしようか」
僕らはこうしてふざけあいながら、子供みたいに笑い合いながら、この国の、僕らの家族の、真実を捕まえる為に仲良くなった。
それは哀しい運命なのかもしれない。
辛い結末が待っているかもしれない。
でも、アキとなら。
乗り越えられる気がしたんだ。
数時間後。
作戦は失敗し、またこのカフェに逃げ帰ってくることになったのでした。
めでたくなしめでたくなし。
16.侵入(2163)
「あーもう、マチのせいで私の完璧な作戦が失敗しちゃったじゃない!」
「僕ほぼ作戦通りだったけど!?」
午後7時。カフェにて。作戦会議(2回目)。
「うーん、まぁ屈強な国家公務員に女の子がスタンガン一本で挑むなんて無理があったよな……」
「如月にあんな見栄を張った手前ね、頑張らなくちゃって思ったわけ」
「それはいい心がけだね」
アキはその茶髪をいじりながら、ぶつぶつと呟く。真面目なことを言う時の癖だ。
感情的な彼女だけど、その決意の強さ、責任感の強さを、家族の為にひとりで旅立った仲間として、その強さに僕は憧れを抱いていた。
「感情的で暴力的で加虐的だけど」
「ん?誰が?」
キョトンとしておられるアキ様には、到底仰ることが出来ない。
僕の人生に君以上に感情的な人は登場してこなかったなんて。
「ねぇー、結局どうやって行くのよー。あんたがやったみたいに地下水路なんて嫌だよー?」
「うん……」
「ていうかさー、昔みたいに新幹線とかあったらこんなに時間かからないで来れたのにねー」
「まぁ、昔は西鉄バスジャック事件とか地下鉄サリン事件とか公共交通機関の事件はよくあったみたいだから……ん?」
「うん?どうかした?」
地下水路______。
公共交通機関の廃止______。
もしかしたら……これをうまく使えば……。
「侵入出来るかもしれない……!」
「ほんと……?!」
夜も更け、肌寒い風が僕らを刺す。
東都区ではないとはいえ、さすが過去の首都である。所狭しとオフィスビルが立ち並んでいる。
「ビル風が強いんだけど!ビル全部取り壊していい?!」
「出来るならどうぞ!?」
こんなバイオレンスな会話が当たり前になっているのが怖い。僕の姉さんもここまでじゃない。せいぜいおたんこなすと言ってくるだけの可愛い攻撃である。
「……で?どうやって侵入するの?」
「地下鉄だよ」
「……どういうこと?」
怪訝な顔をしてこちらを見るアキ。
僕は腕を伸ばして、スマホの画面をアキに見せた。
「なにこれ?」
「昔走ってた地下鉄の路線図だよ」
「でも今走ってないんでしょ?」
「そう。だから使えるんだ」
僕がそう言うと、彼女はますます分からないと言った顔で首をかしげた。
僕はスマホの路線図を拡大して、一点を指さす。
「この駅見て。僕らが今いるとこ」
「ほう」
「そして、この駅の三つ隣がここ」
「東都区内だ」
「そう、つまり!地下鉄の線路を通って侵入する!!」
「おー!!君は天才だ!」
バシバシと強く背中を叩かれた。
僕は結局叩かれる運命なんだね。
午後8時。
某有名デパートメント、地下。
「ほんとにこんな煌びやかなお店に地下鉄の入り口があるの……?」
「うん、昔はこういう所も地下鉄の出口に繋がってたってネットに書いてあったから。駅は丁度このへんだからね」
「にしてもそんなところ入れるのかぁ……?」
それは若干賭けではあるけど……。
僕の予想ではきっと……。
「あうー。デパ地下っていい匂いのせいですごいお腹空くね……」
僕の仲間は完全に甘いスイーツや美味しそうなお惣菜の匂いにやられているが、僕は大丈夫。既にシュークリームを平らげているから。
「なんでマチだけ食ってんのよ!!」
「そりゃあこんなに美味しいものがあったらね……」
つられてアキも『可憐なる新鮮フレッシュダブルいちごレアチーズケーキなクレープ』とやらを買ってもぐもぐしていた。いや名前長いな。
そんなこんなで捜索を続けていくと、
「ねぇ、これじゃない?」
「これだ!」
明らかにあとから通行止めにしたと思われるシャッターを発見した。
この先に地下鉄があるに違いない。
「で、ここからどうするの?」
「とりあえず閉館まで潜む」
午後9時。デパートが閉館するまで僕らは多目的トイレにふたり潜んでいた。
そして、警備員の見回りが来たのを見計らって外に出た。彼女は、持っていたスタンガンで背後からこっそり近づき、今度こそ警備員を気絶させた。
アキがVサインをしているが、大変不謹慎なのでスルーする。
そこからは簡単だった。
警備員から全ての鍵が一緒くたにまとめられているものを拝借して、シャッター横の防火扉を鍵で開けた。
こそーっと扉を開くと、奥には教科書やネットで見た切符売り場や改札などが見えた。
「すごいすごい!地下だー!!」
構内に入るなりアキがはしゃぐので、
「誰か見回ってるかもしれないからあんまり騒がない」
と、一本指を口に当てて制した。
「仕方ないなあ」
不満そうに言い残してアキはきょろきょろ興味深そうに色んなものを見ていた。
そんな彼女を連れて、改札をまたぎ階段を降りると、埃かコンクリートか、独特の匂いがした空間が広がっていた。
「ここから3駅……。一駅1キロくらいだから約3キロ。30分くらいかな」
「やっと着くね」
「う、うん……ちょっと感慨深いな」
「そうだね」
彼女が可愛げのある笑みを見せて言うので、少し戸惑ってしまった。よくあるラブコメじゃないから案外可愛いんだな……とか思わないけどね。別にそんなこと思ってないんだけどね。
「もし犬童を追い詰めて、真実をすべて暴けたら……」
だけど僕は思わず口に出してしまった。
「その時は、ふたりでどっか遊ぼう?」
そんなラブコメみたいなことを。
「いいよ!私ケーキ食べ放題行きたい!」
明るく元気に君も頷いて。
そんな死亡フラグみたいなやりとりを。
まるで、今が一番幸せみたいな笑顔をして、僕らは侵入した。
姉さんがいる。真実がある。
東都区に______。
17.本部(2326)
「______ってそういえばどうやって出るの!?」
線路の脇を歩いてしばらくして、唐突にアキは叫んだ。
僕は耳を押さえながらアキに言う。
「もう、少しは落ち着いてよ!」
「なにか考えがあるんだな!?」
アキは期待したような笑顔で聞いてきたので、僕もニコッと笑ってぽんとアキの肩に手を置いて言った。
「今言われて気づいたけどなにか」
即座に叩かれた。実験の助手より芸人のツッコミ担当の方がいいかも。
「もう既に東都区に入ってるし、もうすぐ三つ目の駅だと思うけど……」
スマホのGPSで調べたのかアキはそう言った。
「多分駅なんてあっても中から外に出られないわな……簡単に入れなかったように」
「というか入るより難しいよね……」
「「うーん」」
こうしてふたりして唸るのも何回目だろうか。なんてセンチメンタルに浸っている場合ではないか。
「とにかく考えなきゃ、スマホ見せて」
「ほい」
アキのスマホを地図をじっと見つめて考える。アキも一緒になって見ている。
「私らが入った駅から出るはずだった三つ目の駅までは東西にまっすぐ伸びてるのね……」
「確かにここまでずっとまっすぐ歩いてきたもんね……ん?ちょっと見して!」
「やっと閃いたか……」
「眠りの小五郎待ちしてる目暮警部みたいに言うな!?」
「マチも私もよくそんな古い漫画読んでるよね……」
「僕は親が好きだったから……」
「私もそうだよ、家に全巻ある」
「僕ん家も。あれラスト凄いよねー」
「ねー……じゃなくて!閃いたの閃いてないのどっちなの!」
「そうだったそうだった」
親が産まれるよりも前に始まった古い漫画の最終回が感動的だったとかそんな話はどうでもいいんだ。めちゃ語りたいけどどうでもいいんだ。
「とにかく確かめたいことあるからちょっと僕戻るね!ここで待ってて!」
僕は持っていた荷物をざっと全部地面に置いて、走り出そうとする。しかし、
「え、やだ!」
アキは僕の袖を引っ張って拒んだ。
「ねぇ、一緒にいてよ……」
「う……!?」
どうしたどうした急にこんなにしおらしくなって。ラブコメでいうデレ期なのかそうなのか。どうしよう顔を赤らめてるアキとかバナナを欲しがらないゴリラみたいなものなのに。何その比喩よくわからない。僕が慌ててどうする。
「私暗いところダメなんだから置いてくなバカ!」
「そんなの知らないよ!?」
叩かれて目が覚めました。バナナを欲しがらないゴリラの方がましです。
「やっぱりな……」
また30分かけて歩いて戻り、最初の駅に辿り着いて気付いた。
「なにがやっぱりなの?」
アキに問われて、僕はスマホの地図を見るように促した。
「さっきアキが言ったようにここまでの線路はまっすぐだったよね」
「うん、地図ではそうなってるけど」
「でもここからは違うんだ」
僕は懐中電灯を来た道の反対方向に照らして続ける。
「出発した時に思ったんだけど、こっち方向もしばらくまっすぐ線路が続いてるんだ。でも地図では……」
「あっ!すぐカーブになってる!」
「そういうこと、やっぱり仮説は間違ってなかったんだ」
「仮説……?」
「地下鉄は作り替えられてる」
「え……?どゆこと?」
彼女が聞き返すと、僕は咳払いをして説明を始めた。
「まず、もう地下鉄が廃止されてから十五年経つのに線路に埃が溜まっていないのはおかしい。それに錆びてもいない。未だに地下鉄が運行されている証拠だ」
「い、一体誰が……何の為に……?」
「誰かはわからないけれど、きっとこれは最短距離なんだ」
「最短距離……?」
「ほら、アキも思ったことあるんじゃない?家の目の前に学校まで繋がる駅があったらいいのにーみたいな願望」
「まぁ、確かに……誰だって思うよね」
「そんな夢みたいな話を実現させているんじゃないかと僕は思うんだ」
「だとしたら学校にあたる場所は一体どこ……?」
「地図のこの東西に走るライン、東にまっすぐ延ばしてみるとある場所にぶつかるだろう……?」
「ここは______SINEES本部!!」
そう……。
つまりこのまま行けば目的地に辿り着けるという訳だ。しかも、外からの侵入じゃないからほぼノーセキュリティで……。
「ゴールはもうすぐだ……!必ず姉さんを助け出す……!」
遂に目的地目前まで到達した僕たちは、意気揚々とSINEES本部まで歩いていた。
僕らならヤクザだろうが国家公務員だろうが僕らは乗り越えられるとそう信じて進んだんだ。
しかし、もうあとほんのちょっとで到着というところで、コツコツと足音が聞こえ始めた。
「マチ……」
その声とともに現れたのは________。
「姉さん!?」
「え、マチのお姉さん!?」
身体に怪我やあざは見られない。
やせ細った様子もないけど……。
「姉さん、大丈夫!?何があったの?!」
姉さんの顔は、瞳は、感情の一切を捨てたように輝きがなく、絶望の闇に閉ざされていた。
「誘拐犯に何かされたの……!?」
僕は涙ながらに姉さんの肩をゆすると、
「マチ落ち着きなよ!お姉さん聞こえてないよ!?」
アキが僕の肩を揺らしてなだめた。
そして、彼女は続けて姉さんの身体を触って乱暴されていないことを確かめてくれた。
「うん、性的暴行とかもされてないよ」
「そっか……無事でよかった……」
とりあえず一安心した、その刹那、
「うっ……!」
突然ガクッとアキが膝から崩れ落ちた。
「え?!どうしたのアキ!アキ!!」
すぐにかがんで、アキの身体をゆすって声をかけ続けても起きる様子はない。
気絶している……?
なんで……?
「ぐぁ……!」
突如首筋に電流が走った。
薄れゆく意識の中で、スタンガンを手にした姉さんだけがぼんやりと視界に映っていた……。
「どうして……姉…………さ……」
僕らの前に立ちはだかったのは、ヤクザでも、国家公務員でもなくて。
僕の、大好きな家族だった____________。