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SINEES。  作者: Citron
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第二章 駿河区(CDP2015)



9.邂逅(2748)


やっとだ。

やっと手に入れた。

これがあれば出来る。

これさえあれば出来る。

こんな旧時代の静岡県東部、駿河区なんて飛び出してやるんだ。

そして……必ず。


「絶対私がぶっ潰してやる……!!」


そう意気込んだ途端、足がもつれた。

真夜中に川のほとりで興奮してはいけない。

ひとつ学んだ。

しかし時既にお寿司、じゃなくて遅し。

気付けば私は水面に向かって川岸の急斜面を勢いよく滑っていた。

「あわわわわわわわわ」

川に落ちるか落ちないかのすんでのところで止まったから良かったものの、膝は擦りむき、ズボンは泥で汚れてしまった。

「もうさいあくぅ……」

幸先の悪い旅になってしまった。

懐中電灯でも持ってくればよかったかな。とりあえず斜面をなんとかよじ登って道路に戻る。

「あぁもうイライラするー!!」

憎しみの決意を固めていたせいか、膝の痛みのせいか、むしゃくしゃした気持ちを時刻もはばからず叫んだ。

すると、

「だ、大丈夫……?」

どこかから声が聞こえた。

「え?なに?幻聴??」

周りを見渡しても誰もいない。

もう5時だし、街灯もまばらにしかない田舎の街だけど、月明かりもあって人がいれば余裕で目視できる明るさだ。

なのにその声の主の姿は見えない。


「ここだよここ!……よいしょっ」


その声とともに、少年は現れた。ちょうど隣の側溝から。

「うわ!え、側溝!?なにあなたマリオ?」

「それは土管でしょ、とにかく手当てしないと」

そう言って側溝から爽やかに出てきた彼は、テキパキと私の擦りむけた膝を手当てし始めた。

高校生くらいだろうか。くるくるとした黒髪と柔らかそうな白い肌に包まれた丸い輪郭がとても可愛らしい印象を与える。

背は私と同じくらいだから160くらいと男の子にしてはやや小さめだ。加えて幼さが抜けていないようなあどけない優しい声と話し方は、いっそう私の警戒を解きほぐしていった。

「あなたクラスでマスコットキャラって感じでしょ?」

「それ消毒してもらってる初対面の人に言うセリフではないよね?!」

初対面の人に遠慮なくツッコミかますのこの子もかなりだと思うけど、それよりも。

「あなた敬語とか使わない系男子なの?」

「え?」

私の言葉に目を丸くする彼。

それこっちのセリフじゃない?みたいな顔をしてるけど。

「え、でも君、高校生くらいだよね?」

「はぁーーーー?!」

いくら私が童顔だからってそれはない。

「え、違った?ごめん、中学生か」

「違うわー!!私は20歳!ハ・タ・チ!!」

叫びながら、彼の頭を思いっきり叩いた。さすがに激おこプンプン丸だ。

「ええええ?!年上?!」

「全く失礼なガキねぇ……」

「いや君の一個下だけどね」

「大学生?!」

「そういうこと」

なーんだ、相手も童顔だったか。ちょっと親近感湧いた。

私は彼に手を差し伸べて口を開く。


「手当してくれてありがとう。助かったよ。童顔に悪い人はいないね」

彼も笑顔で私の手を握った。友好の握手である。そして彼も私に応えて言った。

「そうだね、童顔同士仲良くしよう」

「あん?誰が童顔だって?」

「えぇ……理不尽だ」

うん、やっぱ人に言われるのはムカつくよね。仕方ない仕方ない。


「てかあなたそんな大きいリュック背負ってどこ向かってるの?」

彼のリュックはよくそんなもの背負って側溝を通れたなと思うくらいで、彼の華奢な胴体より大きそうだ。

日本一周旅でもするのかな。

「僕は東都区に行かなきゃいけないんだ」

「え!?すごい偶然!私も東都区に行くんだ」

あれれ、おかしいぞ。

私は彼の不可解な言動を思い返して気づいた。

「一個下ってことはあなた未成年よね?……あ、だから側溝を?」

「えへへ……バレた?」

彼は褒められた訳でもないのに頭をかいて照れた。褒めてない。

「う、いてて……」

彼は急に顔を悲痛そうに歪めて膝を抑える。大丈夫?と聞くと、彼はすぐに笑顔を見せて、気にしないでと言った。

よく見たら狭い所を通ってきただけあって、身体中は泥だらけで、手にも傷がある。見えないだけで服の下にもあざとかがあるかもしれない。

それなのに私の手当てしてくれてたんだ……。

人畜無害そうな顔をしているけど、本当に優しい人だと信じていいのかもしれない。

そう思うと、私はその質問をせずにはいられなかった。目的が一緒とは思えないけど、少しでも一緒に旅をしてみたい。

「ねぇ、どうしてそうまでして東都区に行くの?」

私がそう問うと彼は答えに迷っていたが、真夜中で周りに誰もいないにも拘らず小声でこう言った。

「この国は間違ってる……のかもしれない」

「……!!」

私はあまりに驚いた。

驚きすぎて口が開いていたかもしれない。

彼はそんな私を見て、

「ご、ごめん!やっぱり冗談!忘れて!」

と撤回した。冗談な訳あるか。

私は思わず強情にこう反論した。

「いーや!私、あなた・と旅することに決めたから」

「……へ?」

「私もこの国を間違ってると思ってる。私はこの国をぶっ潰してやりたいんだ」

「おお、ぶっとんでるねぇ」

私の言葉に彼は引くことはなく、むしろ感心したように言った。そして更に続ける。

「本気なんだね?もしかしたら取り返しのつかないことに……」

「安心して。死んでも構わないから。そのくらいの覚悟は出来てるよ」

私は彼の言葉を遮って淡々と言った。

それを聞いても彼は少し迷っている。信用するか迷っているのだろうか、それとも自分の旅の危険に巻き込むことを躊躇っているのか。

「それに、成人の私がいた方が都合がいいんじゃない?」

私は自分のパスポートを見せて、彼の背中を押す言葉をかけた。すると彼は控えめに口を開く。

「じゃあ、一緒に行こうか……?」

「やったね!そう来なくっちゃ」

「あ、名前……」

そういえば聞いていなかったな。

これから一緒に旅をするわけだし、教え合うのが普通だろう。


「私は……飾木(かざらぎ) 亜希(あき)。中学生じゃなくて社会人の20歳だからね!」


「ごめんって、アキ」

私は本気で怒ってないけれどむぅっと頬を膨らましながら言った。彼はケラケラ笑いながら謝った。そして続ける。


「僕の名前は小野田 万知!大学1年生の19歳、これからよろしくね」

「うん、よろしくマチ!」


やった。私は独りじゃない。

そう思うと少し心強くて、寒い冬の中でも、身体の芯が温かくなっていく気がした。


「じゃあ……とりあえず先に進もうか」

「あなたの手当てしてからね」

「お、おっふ……。優しいとこもあるんだ」

「はぁ?どういう意味だよ!」

「痛い!そこ怪我したとこ!!」


仲間を見つけた私は無敵になった気分だった。少々彼を叩く力が強くなってしまったかもしれない。嘆きながらも彼も笑っている。マゾなのかな。

「ふふん♪」

「なんかご機嫌だと怖い……」

ズボンが泥だらけになるくらい訳ない。

心躍る、幸先の良い旅になったみたいだ。



10.目的(2638)


「ほんとにいいの……?」

「うん、あなたのこと信じてるから」

「痛い目に遭うかもよ……?」

「へーきへーき」

「じゃあ……言うけど……」


ふたりで住宅がまばらに建つ程度の、薄暗い道を歩く中、彼は自分の目的を話すのをためらっていたけど、私はやっと聞き出すことができた。


「お姉さんが犬童に誘拐されて、犬童はヤクザだったぁ?!」


そりゃためらう訳だ。こんな事が知られたら、誰に命を狙われるかわからない。

国中に知れ渡れば、また国は混乱の渦の中である。いや、今の国民なら信じる人の方が少ないのかもしれない。


「なんかあのジジイ笑顔が胡散臭いと思ってたけどまさかガチもんのヤクザだとはね……」

「そんな人物がどうやってこの国のトップになったのか、どうして姉さんを攫ったのか、僕は真実が知りたいんだ」

真面目な面持ちでマチは話す。

「家族想いだねぇー」

「こんな話を簡単に信じるんだ」

「あなたが嘘つく意味無いもんね。それに本当なら私にとっても好都合だよ」

「好都合?」

「もしこの国が何か隠してるなら、それが分かれば私もこの国をぶっ潰しやすくなるってもんよ!」

私がそう言うと彼はびっくりしたみたいに目を丸くして、それから笑って言った。

「あはは、出会った時から思ってたけど、やっぱり君は強い人だ」

「強くならざるを得なかったって言い方もあるけど……」

「それ、君の目的に関係あるの?」

「うん……あなたには教えてあげるよ」


思い返すのが嫌だったからか、人に話すのが初めてでどう切り出すか悩んでいたからか、私はゆっくり、ゆっくりと言葉を選びながら過去を話し始めた。


私は幼い頃、まだ東京と呼ばれていた頃の東都区に住んでいた。そして、私の父親、祖父はどちらも国会議員だった。


「そんで15年前のあの日、2人とも吹っ飛びましたとさ、ちゃんちゃん☆」

「……ごめんさすがにツッコめない……」

ずーんという音が聞こえそうなほど、マチはとてもバツが悪そうに俯いている。

「なんでよ!せっかく気遣わないように明るく話したのにさ!」

「余計に気遣うよ……」

「そういうの苦手だから、え、話短っ!なんか長話始まりそうな雰囲気だったやないかーいとか言って欲しかったのに」

「さすがに不謹慎だよ……」

こいつ、育ちがよろしいな。

私が悪い子みたいになっちゃうじゃない。少しは真面目に話した方がいいのかしらん。

「私はそこまで傷ついてないから気にしなくていいのよ。小さい頃からいないと案外受け入れられるものなの」

「確かに僕の母親もそうだからその気持ちは分からなくはないかな」

「そうだったの?」

「僕は母さんの記憶すらないけどね」


徐々に白み始める空の下、私たちはお互いの住んでるところ、家族、過去、色んなことを打ち明けながら歩いた。

マチのお姉さんも私と同い年で、私以上に童顔だということ。私と同じようによく怒ること。甘い物に目がないこと。

お父さんは警察官で、アニメやゲームが好きで昔はよく一緒に見たりやったりしていたこと。本名はまさきなのにゲームのプレイヤーの名前をかっこいいからという理由でミカサにしていたこと。びっくりするほどギャグが寒いこと。

話しているのを聞いているだけで、マチにとって家族がどれだけ大事で大好きな存在か伝わってきた。

私も、ママは高校教師だとか、そのせいで余計に私がルールやシステムみたいな元々あるものを疑うようになったとか、こんな野蛮な性格になったとか、何の気兼ねをすることもなくマチに話した。


「ところでさ、今更だけどさ」

お互いの話に花を咲かせているところに、マチが急に水を差した。

「なによ?」

「これどこ向かってるの?」

「知らずにホイホイついてきたのね……」

この子、しっかりしてそうでやっぱりちょっと心もとない。まぁ、ここより田舎の辺境の地から来たから仕方ないかな。

「区役所の方よ。もうすぐ着く。あのあたりじゃタクシー拾えないからね」

「え?タクシー使うの?」

「そりゃあ、ね……」

何をびっくりしているのだろうか。

東都区どころか、関所まで歩くだけで日が暮れるどころの騒ぎではない。公共交通機関がなくなったことで、車を持たない人たちにとってタクシーは大きな存在になっているのだ。


「なんか旅がだいぶ楽になったなぁ……」

彼は嘆息しつつそう言った。

このご時世に、自給自足のサバイバル探検でもするつもりだったのだろうか。ここまでも自転車で来たと言うし。

「そして、関所を通らず、かいくぐるために自転車は置いて地下水路を通ってきた、と」

「えっへん」

「いや褒めてないし、バカ」

「辛辣だ……」

私はただ呆れ返った目でマチを見ていた。


そんなやりとりをしていたら、少し車や人が通るようになった。こんな早朝に通勤しているのだろうか、ブラックだから辞めた方がいいと思います、まる。

「まあこの辺でタクシー捕まえよっか」

「ほーい」

朝4時にもかかわらず、タクシーはすぐ通りかかり、乗り込むことが出来た。

「相模区第三関所まで」

割と高齢の運転手に淡々と告げる。ここから車だと3時間くらいだろうか。相模区は旧時代の神奈川県である。


マチの言うように、東都区まではタクシーを乗り継ぐだけの気楽な旅になりそうだ。いや、そのはずだった。

「アキ」

数十分後、自宅から持ってきた資料を読み漁っていて、ずっと黙っていたマチが突然私の名を呼んだ。

「ごめん行き先変える」

「え?」

余裕のない表情でそう言うと、彼はすぐさま、運転手に別の行き先を告げた。

「ねぇ、どういうこと……?」

「おやすみなさい」

「はぁー!?」

いきなりそう告げてマチは眠ってしまった。一瞬で熟睡している。

「説明くらいしなさいよ……」

そう不満を漏らすと、コテッと私の肩にマチは首をもたれさせてきた。

「姉さん……」

そう寝言を呟きながらすやすや眠るマチの寝顔を見て、私はため息をつく。

「はぁ……もう。こんなに隈出来てるじゃない……。ちゃんと寝てから来なさいよバカ……」


マチのことだから、家族の為にすぐ飛び出してきたんだろうな。

そこから夜中ずっと自転車を漕ぎ続けてここまで来たんだね。

そんな純粋な家族愛が、優しさが、ちょっとだけ羨ましく思った。


「ふぁ~。私も寝よ……」


この時はまだ、旅は安寧に包まれたと思っていた。このままタクシーで東都区まで行って、犬童の秘密を暴いて、新しい指導者の下で、この国をまた1から始めさせる。

振り返ればそれはあまりに安易な考えで、子供の戯言に過ぎなかった。


そう、私は何も知らない。

この国のことも。

自分の家族のことさえも______。




11.名刺(2918)


ここはどこだろう。

私は大きな闇の中にポツリ独りで立っていた。この空間にあるのは私の他にただ一つ。大きな鏡だけだ。

覗き込んでみると、私の背の十倍はありそうなその巨大な鏡には、中学生くらいの女の子が映っている。

細身の身体を大きく見せるように、肩まで伸びた色素の薄い茶髪をまとって、気の強そうな目をしていても、どこかあどけなさが残る顔立ち。身体もどことなく貧相で、中学生相応といった……。

「……って私じゃん!誰だよ中学生とか言ったの!私か!!」

セルフツッコミをしていると、鏡の中に私のおじいちゃんが現れた。幼い頃の記憶しかないけれど、忘れることは無い。

忙しくて、あまり遊んでくれなかったけど、可愛がってくれたおじいちゃん。

鏡の中でもおじいちゃんは私の頭を撫でて笑っている。

私がその鏡に映る像に触れようと手を伸ばした、その刹那。

おじいちゃんはウイルスに蝕まれるかのように暗黒に染まり始めた。まるでそれは虚像だと言わんばかりに、おじいちゃんは黒に染まりきって消えた。

「ど、どうして……」

私が愕然としていると、鏡の中の私までもがじわじわと黒に滲んでいく。

「ひぇ……!?」

同じように私の身体も闇の空間に溶け込むように見えなくなっていく。言葉にならない恐怖に覆われながら、私は最後のひとひらになるまで泣き叫んだ。

「やめてぇ……!!!」


「アキ!アキ!」

「ふぇ……?」

「大丈夫……?」

目が覚めると、私はタクシーの中にいた。そうだ、私は旅のはじめに出会ったこの犬系男子、小野田 万知に起こされたようだ。悪夢のせいで寝汗をびっしょりかいていた。

「いつの間にか私も眠ってたんだ……」

「うなされてたけど大丈夫?」

相変わらず人のことばっかり考える優しいマチに思わず憎まれ口を叩きなくなってしまう。

「それよりなんで行き先変えたのかも教えてくれないまま寝ちゃうのよ」

「ごめん寝不足だったみたい……」

「夜中に飛び出すならちゃんと寝てからにしなさいよ、バカ」

私は寝る前に思ったことをそのまま口に出す。少しは自分のことも考えて欲しいと切に思った。


やっと眠気が抜けてきて、だいぶ空が青いことに気がつく。時計を見ると、もう朝の8時だった。

すると寝る前に読んでいたファイルの資料をマチがまた手に取って眺めていた。

「それ寝る前も見てたよね?」

私はマチの手元の資料に顔を寄せて尋ねる。

「これ見なよ」

そう言うと、マチはそれを私に渡してきた。

「何の資料?」

「僕の祖父も父さんと同じく警察官だったらしいんだ。そして僕が産まれる前に亡くなった。そう、聞かされていた」

「ん?違うの?」

「そのファイルのタイトル読んでみて」

彼女はそう言われて、資料に目を落とす。そして、急にカッと目を見開いて、それをおどろおどろしく読み上げた。

「小野田誠抹殺事件の考察……?」

小野田(おのだ) (まこと)。僕の祖父だ」

「殺されたの?」

「読めば分かる」

見たところ、この資料には大して多くの情報は載っていなかった。新聞の切り抜きと、数日分の日記をちぎったものと、名刺一枚。

一通り目を通してマチに声をかける。

「新聞には、小野田誠さん自宅でたばこの不始末による焼死って書いてあるけど?」

「そう、世間的にはそうなってるし、僕も父さんからそう聞かされていた。だけど、日記を見て」

そう促され私はペラっとファイルのページをめくった。そして、緊張した面持ちでそれを読み上げた。


『5月15日。

私はやはり見過ごせない。

真実を見つけるまで足掻いてみせる。』

『5月18日。

奴は強大なバックをつけているらしい。

このままでは私の身も危ない。』

『5月26日。

逃げ回り続けてもう1週間か……。

これもどうせ燃やされてしまうかもしれないが……私は最期まで闘う。

たとえ、私が死のうとも。』


「たばこの不始末なんてでっち上げにしか見えないよね?」

マチは、私がしっかり一語一句読み上げたのを確認してから、私の目を見てそう言った。

「そ、そうね……」

「そして最後の手がかり」

「この名刺……?」

ファイリングされた中から名刺を取り出した。旧時代によく使われていた、普通の白い紙の名刺である。いまはデジタル化したものが主流だ。

「この人が犯人なの?」

名刺には弁護士事務所と弁護士の名前、電話番号が書かれていた。

「いや、事務所に問いかけてみたらこんな名前の人いないって」

「え?!」

「そこで気づいたんだ。これは偽の名刺だって。だから父さんはこれ以上真相にたどり着けなかったんじゃないかな」

「じゃあ本物の名刺はどこにあるのよ?」

「だからここだよここ」

マチは私の右手から名刺を引っこ抜いてそれを私に見せる。どういうことだ。

「はぁ?今、偽物って言ったじゃん!」

「このままだとね」

マチは持ってきていた水を取り出してひたひたにハンカチに含ませた。そしてそれを名刺につけると……。

「あー!新しい文字が出てきたー!」

「ははは、子供みたいな反応するね」

「誰が子供だ、あん?」

マチが笑いながら言うので、精一杯の厳つい顔で答えてあげた。震え上がるマチ、かわいい。

「と、とにかくこの紙にはアクアフィックっていう特殊な印刷がされてて、だから文字が浮かび上がるんだ」

「急にコナンくんみたいなの始まった……」

「で、浮かび上がった文字を見てみると」

マチが名刺の文字が浮かび上がった面を私に見せながら言うと、

「専属秘書、如月(きさらぎ) 紫苑(しおん)……?」

一語一句丁寧に読み上げる。

私アナウンサーとか向いてるかも。

「浮かび上がったその如月っておじさんに今から会いに行くんだ」

「え?住所書いてないけど?」

「如月紫苑って検索したら富士区の外れって出てきた」

「そんな簡単に出ちゃうのね……」

「この名前にたどり着くことが普通は出来ないってことじゃない?」

「なるほどね……」

「君も来ない方がいいかもね」

「え?どゆこと??」

私がマチに尋ねたところで、運転手さんがこちらに振り返ってよぼよぼの声で僕らを呼んだ。

「お客さん、着きましたよぉ」

「あ、はーい。行こっか」

マチに促され、私達は外に出た。

早朝の澄んだ空気が身体に染み込む。

こんなに遠いところまで来れたんだ。

少し嬉しく思った。


「じゃあ僕は行くから、君はホテルかどこかで休んでなよ」

如月邸を目前にして、急にマチがおかしなことを言い出した。でも、冗談ではなく真面目な顔をしている。

「え?マチも疲れてるでしょ?休むなら一緒に休もうよ」

「僕はもう爆睡したし、大丈夫。それにあんまり時間は無駄にはできない」

「なら私も行く」

「いや休みなって……」

「うるさい行くの!」

マチは頑張りすぎる節があるから、あまり一人にはさせられない。

そう思って、私が頑なにそう言うと、マチは困ったような顔をして渋々口を開いた。

「じゃあ先に言っておくけど……」


マチは私と向かい合って、真剣に目を見つめて言う。私も真剣な顔で頷いた。

そして、マチはゆっくり口を開いた。

「今から会う如月が専属に秘書としてついていたのはね______飾木(かざらぎ) (はじめ)議員。君のおじいさんだよ」


「え…………?」


その言葉は聞き間違いなんかじゃなかった。

夢で見た、黒に染まりゆくおじいちゃんが、脳裏を掠めていった______。

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