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世界はAI(愛)で出来ている  作者: 蒼樹たける
コンビニエンスのAI(愛)編
8/9

AI(愛)の学習計画

ピンポーン


立花 信一が久方ぶりの自分への来客をもてなす準備をしていると,彼の部屋にインターホンのチャイムの音が響いた。そして彼が受話器を取り耳に当てた途端,彼にとっては聞き慣れた女性の声が入ってきたのだ。


「神崎です。遊びに来ましたよ」


「はいはい,ちょっと待ってろ。すぐ行く」


彼はそう答えて受話器を置き,真っ直ぐに玄関へと向かった。

信一がドアを開けると,そこには一人の女性が立っていた。紺色のえり抜きシャツにタイトなズボンを履き,お洒落なバッグを肩から下げた,いかにも仕事のできそうなクールビューティがそこにいた。


「久しぶりだな。有希」


目の前の女性とは対照的な,ヨレヨレTシャツとジーパン姿の信一がそう言って彼女を迎えた。

神崎と名乗り有希と呼ばれたその女性は,彼の服装や態度には微塵も気にする様子を見せず,微笑みを浮かべて落ち着いた声で答えた。


「えぇ。電話ではたびたび話してたけど,直接会うのは本当に久しぶりね」


「とりあえず入れよ。立ち話もなんだろ?」


信一はそう言いながらドアを大きく開け,彼女を中に招き入れようとした。しかし有希は足を動かさずに口を開いて言った。


「そうね。でも少しだけ立ち話をしましょう。あなたに紹介したい人がいるの」


有希は笑顔でそう言うと,信一からは死角になっているドアの裏側辺りに目配せをした。するとそこから,長身で彫りが深い顔をした,外国人のような男がスッと信一の前に姿を現した。その見た目に合うようなピシッとしたジャケットを着ており,またもやラフな服装の信一とは正反対の格好をした人物だった。

隣に並んだその男と信一を交互に見ながら,有希が信一に話しかけた。


「紹介するわ。こちら,ジョシュア・バレンタインさん。大学の工学部で講師をしているの」


「ジョシュア・バレンタインです。どうぞよろしく」


彼は流暢な日本語で自己紹介すると,不敵な笑みを浮かべながら信一に右手を差し出した。すると信一も軽く笑って右手を出した。


「ハハ。知ってるよ。10年ぶりだな」


「あぁ。久しぶり」


彼らは和やかにそんな会話をしながら,数秒間の握手を交わした。


「二人は高校の同級生だったみたいね?」


彼らが手を離すと,その様子を見ていた有希が質問した。


「三ヶ月間だけだったけどな。俺の高校の交換留学生としてジョシュが来てたんだ」


信一は彼女に説明しながら,ジョシュを部屋の中に迎え入れる準備を始めていた。彼は追加のスリッパを取り出して並べると,再びドアを大きく開けて彼らに言った。


「お前が見せたいものってのは,こいつのことだったのか。とりあえず,二人とも中に入れよ」


しかし,招かれた有希はまたもや足を動かさず,彼に次の言葉をかけた。


「いいえ。彼だけではないの」


そして,彼女が先ほどと同じように信一からの死角に目線を向けると,またまたそこから一人の男性が現れ,ジョシュの隣に移動した。新たに現れたその男の風貌は,服装こそ違えどそれ以外の部分は背丈から顔まで,ほぼ全てがジョシュと同じに見えた。

そしてその男は,無表情で信一に自己紹介をしたのだ。


「初めまして。ジョージ・バレンタインです」


自分と信二の関係にとてもよく似ている目の前の二人を見た信一は,険しい顔をしながらジョシュに尋ねた。


「お前,双子だったのか?」


「とぼけないで。どうせ分かってるんでしょう?」


横からそう口を挟んだのは有希だった。

信一は面倒くさそうに彼女の言葉に答えてから,ジョシュに話しかけた。


「はいはい,分かってますよ。有希と一緒にいることを考えると,お前も俺と同じ実験に参加したってことだな,ジョシュ。『AI成長実験』みたいなやつだ」


「違う。『人工知能学習過程試験』よ」


再び横から注意した有希の言葉を軽く受け流して,信一はジョシュに話し続ける。


「それだ。その試験にお前はそのロボットで参加したんだな。俺と信二と同じように」


「そうだ」


ジョシュの短い答えを聞いて,信一は納得したように頷いた。


「なるほど。別に何をしようが勝手だが,そいつを引き連れてお前がここに来た理由は何だ?ただの挨拶じゃなさそうだな」


それまでは彼を歓迎する姿勢を見せていた信一だったが,その質問はジョシュを警戒しているような厳しい口調になっていた。


「お前に忠告をしに来たんだ。長居するつもりもない」


自分が歓迎されないことを察したのか,ジョシュは淡々とそう答えた。


「内容は?」


「悪い事は言わない。この実験から降りるんだ」


信一からの簡潔な質問に,ジョシュも同様に短く答えた。

それ以降も彼らは,少し前の和やかなやりとりが嘘のように,淡々とした質疑応答を繰り返した。


「理由によるな。俺にだって最高のAIを使ってやりたい事がある。そう簡単に降りるわけにはいかない。そう言うからには,お前にもそれ相応の理由があるんだろ?」


「もちろんだ。お前がやってきた事は神崎さんから聞いた。彼女が作った人工知能に対してお前がやっている行為は,人類にとって危険すぎる行為だ。このままいけば,おそらく多くの人間に被害が及ぶ」


「どういう意味だ?」


「言葉通りの意味だ。神崎さんが作った人工知能は,おそらくこれまでの歴史上の最高傑作。使いようによっては無限の可能性を秘めてると言ってもいい。だからこそ素人が中途半端に扱えば,悪い方向にも転がる。学習を繰り返して知識をつけた人工知能が,中立な立場でこの世界を見て自由に行動したら,人間に対してどういうことを思うか,想像がつくんじゃないか?人間がこの世界で何をしてきたか,お前も知らないわけじゃないだろ?」


「この星のために人間を滅ぼすってことか?」


「その恐れが十分にあるってことだ。お前の大好きな世界が壊れて欲しくなければ,今すぐに手を引け。俺はそれを言いに来た」


「それは愛があれば解決できる問題だ。相手を思う心があれば,そんな事は絶対に起きない」


「何を根拠に」


堂々と夢のようなことを語る信一の言葉を受けて,ジョシュは呆れたようにそう呟いた。しかし彼は,それでもはっきりと答えた。


「根拠は俺が出会って来た人間だ。相手への愛を持つ人間ならば,軽々しく他人を傷つけたりはしない」


「仮にそうだとして,お前のところにある人工知能がそんな感情を持つという根拠はあるのか?」


非科学的と思える感情論を続ける信一に,ジョシュがさらに問い詰めた。


「あるさ。根拠はこいつ」


信一は目の前の有希を指差して,軽く答えた。


「私?」


しばらく蚊帳の外のまま,黙って彼らの言い合いを聞いていた有希は,いきなりその話に巻き込まれて目を丸くした。

信一は彼女の反応に軽く対応し,ジョシュとの会話を再開した。


「あぁ。お前の言うように,俺は科学については全くの素人だ。大してその力を信じてもいない。だが,俺はこいつの才能だけは信じてる。この神崎 有希が全力を尽くして,人間の知能を再現した物を作ったと言うなら,俺はそれを信じる。人間は愛の感情を持つ事ができる。つまりは,彼女が作るAIも愛の感情を持てる」


信一から真っ直ぐに放たれたその言葉を聞いて,有希はわざとらしく後頭部をポリポリとかき,恥ずかしがる仕草を見せた。

信一はその様子を見て少し笑ったが,ジョシュは少しも目に留めず,彼への質問を続けた。


「科学を知らないお前に,そんなことが出来るって言うのか?」


「さっきも言ったろ。俺は神崎 有希の才能を信じてる。自慢じゃないが,科学に関して有希に出来なくて俺に出来る事は何一つとして無い。だが人間については,俺は有希よりも多く知ってるつもりだ。だからこいつがAIにさらなる進化を望むなら,人間について教えてやるしか方法はないと思った。科学に関しては,こいつは完璧らしいからな。それと同時に,俺がこいつのAIに上手く愛を教えてやれれば,より世界に愛を広められるとも思った。だから俺はこの実験に参加してる。質問は以上かな?ジョシュくん?」


信一は早口で長々とそう語り,強引にその口論をまとめた。いくら続けても口が減る様子の無い信一を見て,ジョシュはため息をつきながら答えた。


「相変わらず,ああ言えばこう言うな。詐欺師に口げんかを仕掛けた俺が馬鹿だったよ」


「否定はしない。でも出来ることなら,『詐欺師もどき』と言ってくれ。今まで訴えられた事は一度もないんだ」


信一は自慢げにそう言い,ジョシュは冷たく返した。


「どっちでもいいし,質問も以上だ。今日はお前に忠告をしに来ただけ。どのみちお前が素直に言うことを聞かない事は分かってた。ちなみに俺がこの実験に参加したのは,そんなお前が育てるAIの暴走を止めるためだ」


「それは残念だったな。それならお前の行為はきっと無駄に終わる」


「だと良いけどな。それじゃあ,先に失礼するよ」


ぶっきらぼうに言い放つと,ジョシュは信一に背を向け,ジョージとともに帰る仕草を彼らに見せた。すると信一は,裸足のまま玄関から一歩外に出て彼らに声をかけた。


「待てよ。俺からも一言いいか。言われっぱなしは気分が良くない」


信一がジョシュたちの背中に向けてそう言うと,彼らはその足を止めた。話を聞く気があるのだと受け取った信一は,その反論を彼らに伝え始めた。


「有希の人工知能が本当に無限の可能性を待つと思うのなら,その成長の方向を全て他人が決めるってのはどうなんだ?お前も俺も,そんな大層なものを完璧に導けるほどの立派な人間じゃない。俺は人間があれこれ命令している限り,AIが人間を超えることはないと思うぞ。有希の人工知能が人間と同じような思考回路なら,自分で考えないと進歩はない。俺はそう思ってる」


信一が真面目にそう語ると,ジョシュは振り返って答えた。


「そうだな。だが進歩を急いで身を滅ぼすぐらいなら,このまま少しでも長く生き延びた方が良いという考えもある。自分が世界の中心じゃないということも,そろそろ覚えた方が良いぞ。じゃあな」


ジョシュは皮肉っぽくそう言うと,信一がさらなる反論する間も無く再び歩き始め,すぐにその場から去って行った。


「はぁ。相変わらず固いやつだ」


信一はため息をついて彼らを見送ると,玄関の方へ向き直り有希に声をかけた。


「有希。せっかく来たんだから,コーヒーでも飲んで行けよ」


「ありがとう。頂くわ」


彼女が答えると,二人は揃って彼の家の中へと入って行った。



「わざわざ紹介してもらったのに,変な空気にして悪かったな。お前もあの場を和ませようとしてくれてたんだろ?」


有希のために淹れたコーヒーをテーブルへ運びながら,信一が彼女に言った。


「いいえ,いいわよ。こちらこそ,力が及ばなかったようで,申し訳ありませんね。どうせ人の心が分からない女ですから」


有希は信一からカップを受け取り,嫌味を言うように謝った。信一は彼女の向かいに座り,すぐに答えた。


「そんなこと言ってないさ。さっきの会話は,そもそも俺とジョシュに穏やかに話そうとする気がなかっただけだ」


即座に否定した彼の姿を見た有希は,いたずらっぽい笑みを浮かべて,信一との会話を続ける。


「フフ,冗談よ。まったく気にしてないわ。でもあなたとあの人って,そんなに仲悪かったの?」


「そう見えたか?」


「ええ。あなたがあんな風に,面と向かって誰かに反抗する姿は久しぶりに見た気がする。それに彼をこの試験に誘った時も,あなたのことを言ったら,彼はすぐに参加を決めたのよ」


「そうか。でも仲は悪くない。むしろ真逆,結構良かったよ」


「10年ぶりの再会であんなに言い合っておいて?」


信じられないといった様子で,有希が信一に聞き直した。信一は説き伏せるように彼女に自分たちのことを話し始めた。


「10年ぶりに会っても,昔と同じようにお互いのことを心配して,同じように言い合えるほど仲が良かったんだ。少し厳しいことを言っても大丈夫だと信じてるからこそ言えることもあるんだよ」


「へー。それも愛なの?」


軽い相槌を打って放たれた彼女からの質問を聞いて,信一は少し驚いた表情をして答えた。


「そうだよ。お前も分かってきたじゃないか。信頼も一つの愛の形だ。一度信頼し合えた関係なら,たとえ何年会っていなくても,そう簡単に壊れたりはしない」


「まぁね。あなたの言うことは,ほとんどが愛と言えば当たるから」


有希は信一をからかうようにそう言った。彼もそれにつられて笑って答えた。


「ハハ,そうだな。人間の行動は大抵の場合が愛で説明できる」


彼は自分で淹れたコーヒーを一口飲み,少しの間を置いてから話を再開した。


「ついでに言うなら,人工知能の専門家がその学習をいろんなルールで縛った時に限って,その人工知能はあらぬ方向に知識をつけていく、ということも,愛の不足で説明できるな」


「本当に?じゃあ,説明してみてよ」


半信半疑といった表情で要求した有希に,信一は自信たっぷりに話し始めた。


「校則の厳しい学校に限って,不良が多いのと同じだ。進学校は意外と校則が緩くて,不良なんてほとんどいないものだ」


「うーん」


有希が何か言いたげな表情を浮かべているのが気になったが,彼女は特に口を挟まなかったため,信一はそのまま話し続けた。


「ルールで縛るってことは,そうしないと悪いことをするって決めつけてるようなものだ。要は信頼してないって事。された方は当然気分が良くない。だから反抗するんだ。本当に相手を信じているなら,そんな事をしなくても大丈夫だと思うはずだろ?」


「なるほどね」


「つまり,AIが悪さをしないように彼らの学習を制限することは,ジョシュたち科学者がAIを信頼してないことと同義であり,そんな対応をされたAIが実際に悪さをするのは当然だ。信頼という名の愛が足りてないってことだよ」


彼が満足いくところまで話しまとめたところで,有希が彼の意見に対するコメントを口に出した。


「うん。あなたの言いたいことは何となく分かるわ。でもまずは,その変なレッテル貼りをやめなさい。高校と不良に関しては,そんな傾向がある気がするのは分かるけど,最近の若い人はそういうの嫌うわよ」


彼女はまるで,子供に言い聞かせるように信一に注意をした。


「確かにそうだな。悪い,気をつける」


彼が素直にそれを受け入れて謝ると,彼女は矢継ぎ早に次の意見を口にした。


「それと,愛がどうのこうのってのは,今のところ私には何とも言えないわ。人間の脳を再現した以上,そういうことが起きてもおかしくはない。あなたにはそれも含めて,検証してもらってるということになってるから」


信一が黙って頷きながらそれを聞くと,有希は彼へのさらなる意見を伝え始めた。


「それから,バレンタイン先生の言うことも悪く思わないであげて。私たちは基本的に安全性が確認できないと,何もできないことが多いから,信じたくても信じられないことがよくあるのよ。あなたの愛ほど簡単に割り切れる問題じゃないの」


彼女はまだまだ続ける勢いで話していたが,これ以上細かい箇所を指摘されるのを面倒に思った信一がそれを止めた。


「あぁ,全部分かってるよ。今のは極端な例だと思ってテキトーに聞き流してくれていい。要は信頼が大事だってことが伝えたかったんだ」


「そう?」


少し不満そうに返事をした彼女の興味を逸らすため,信一は有希に違う話題を切り出した。


「その証拠にほら。今の俺は信二から完全に目を離しているし,信二は俺の信頼に応えてちゃんといい奴であり続けてくれてるだろ?」


「そう言えばそうね。彼は今どこにいるの?」


有希が彼の話に合わせて質問した。


「バイトに行ってるよ。俺はもうリアルタイムであいつの様子は観察してないが,今もしっかり働いてるはずだ」


「それは今見られる?」


「見れるぞ。お前からもらったカメラはまだ着けてあるからな。見るか?」


「うん。見させてもらおうかしら?あなたのAIの成長とやらを」


「ちょっと待ってろ。モニター持ってくる」


信一はそう言うと,別の部屋からパソコンやモニターを持ってきて,自分たちの座るテーブルの上に置いた。

そして二人は,そのまま立花 信二の現在の様子を観察し始めたのだ。


つづく

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