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世界はAI(愛)で出来ている  作者: 蒼樹たける
コンビニエンスのAI(愛)編
7/9

AI(愛)の瞳に映るもの

「氏名は立花 信二」


テーブルに座った信二はそんな風に呟きながら,目の前に置いた履歴書に自身の個人情報を書いていた。


「住所はここで良いんだよな?」


信二は,同じテーブルの向かいに座って本を読んでいた信一に尋ねた。


「あぁ」


信一が本から目を離さずにそう答えたのを聞き,信二は履歴書を再び書き始めた。


「学歴。学歴はどうすれば良い?俺は学校に行ったことはないけど」


履歴書の項目を見て,信二がまた質問した。信一も先ほどと同じように,また本を読みながら答えた。


「どうせ調べやしないから,テキトーに書いとけ。せっかくなら『ホグワーツ魔法学校卒業』とか書いてみろよ。ウケるかもしれないぞ」


「絶対ダメだろ。書かなくても分かる。まぁ,調べないなら近所の高校卒業にしておくよ」


信一のいい加減な答えを一蹴して,信二は記入を再開した。


「趣味,特技は無難なことを書いておけばいいよな。読書と料理にしよう」


信二はしばらくの間、口に出しながら履歴書の記入欄を埋め続けた。



「出来た!」


履歴書の空欄を全て埋めた信二は,そう言ってペンを置いた。


「おぉ,見せてみろ」


彼の言葉を聞いた信一はそう答えて本を閉じ,記入済みの履歴書を信二の手から受け取った。信一はそれを確認しながら,信二に言った。


「生年月日は本当のこと書くんじゃない。お前がロボットだってバレるといろいろ面倒だから,俺のを書いておけ。それを直せば清書して大丈夫だ」


「OK。分かった」


信二は彼に確認してもらった履歴書を返してもらい,新しい紙に清書を始めた。



「よし完成!これで面接に行けば,すぐにでも働けるな」


信二はそう言って,完成した履歴書を信一に手渡した。そしてそれを確認している信一に,さらに声をかけた。


「でもさ,信一」


「ん?」


信一は履歴書を確認しながら,信二の話に耳を傾けた。


「俺は多分,コンビニのバイトなんて余裕でできるぞ」


「だろうな」


信一は信二の方を見ることもなく,当たり前のようにそう答えた。


「じゃあ,何で?」


「いろんな人の気持ちを知るためだ。コンビニのバイトは高校生から主婦までいるし、客層も幅広いだろ?人間を知るのにはピッタリだ」


「俺はもうだいぶ人間の気持ちが分かってきたと思うけどな」


信二の自信たっぷりなその言葉を聞くと,信一はすぐに持っていた履歴書をたたんでテーブルの上に置いた。そして今度は信二の目を見ながら,意地悪そうな笑みを浮かべて言ったのだ。


「そうか。じゃあ,試してやろう。お前は若者を相手に話す経験はほとんど無かったからな。俺が今から高校生のバイト役をやるから,お前は同僚としてそれに上手く答えるんだ。分かったな」


「分かった」


まるで漫才のようなことを提案した信一だったが,彼は真面目に言っているようだった。なので信二も,それに真剣に答えた。

まずは信一が,馴れ馴れしい若者をイメージした声で信二に話しかけた。


「立花先輩。俺の学校,来週からテストなんですけど,全然勉強してないんですよねー。本当ヤバイですよねー」


信二はその人物の相談に真面目に答えた。


「それなら,僕に報告してる時間を勉強に使えば良いんじゃないでしょうか?そうすれば,少しでも点は取れると思いますよ」


「はい,失格」


信一は,信二が答え終えた直後にそう言い放った。


「何でだよ。勉強しないと点数取れないだろ?」


信二は不満げにそう尋ねた。


「そんなこと,高校生にもなれば誰でも分かる。解決策が欲しいんじゃなくて,共感が欲しいんだ。高校生ぐらいの年代はまだ不安定だからな。自分の正当性を確かめたいんだよ。『大変だよな。』って言ってやればいいんだよ」


「へー。なるほど」


納得したように頷いた信二に,信一はさらに次の設定を告げた。


「じゃあ,次。俺が女子高生役をやるから,同じように上手く答えろよ」


「ノリノリだな。分かった」


その寸劇のようなやり取りを,間髪入れずに続けようとする信一にそんなコメントしてから,信二は女子高生役の彼の言葉を待った。

信一は,ギャルをイメージしているような間延びした口調の,少し高めの声で信二に話し始めた。


「立花さーん。私こないだ,友達と祭りに行ったんですよ。それで写真を撮ったんですけど,見てくださいよー。この私,すっごいブスじゃないですかー?」


スマホを見せるジェスチャーをして彼は信二に尋ねた。信二はこの女子高生の彼がどんな答えを求めているのかを,その高性能な人工知能を最大限に使って考えた。

そして,先程の男子高校生の時に得た知識を踏まえて考えた結果,彼が迷いながら出した結論は次の言葉だった。


「……はい。確かにブスですね」


「馬鹿野郎だな。お前は。それで喜ぶ奴なんて普通いないだろ」


信一はからかうように笑いながら言った。


「さっき言われた通りに共感したんだよ!変だとは思ったよ」


そんな不満を口にした信二に,信一は解説を始めた。


「共感して欲しいのは合ってる。今の俺の女子高生は,自分が本当に可愛いかを確かめたかったんだ。だから模範解答としては,『そんな事ないよ。すごく綺麗だ。』みたいな感じだな」


「そう言って欲しいのなら『この私,可愛いですよね?』って聞けばいいのに」


いまだ納得いかない様子でそう言った信二に,信一はさらに詳しく説明した。


「そう思うのがミソなんだよな。肯定より否定の方が言いづらいからこそ,それをしてまで言ってくれる褒め言葉は本当の可能性が高い。つまり,自分は本当に可愛いんだって思い込めるってことだよ」


「面倒くさいなぁ。中野さんなら,そんなこと絶対しないだろ?」


彼は少し前に知り合って友人になった中野 佳純の名前を出して質問した。彼女に一目置いている信一は,佳純を褒めながら答えた。


「あいつは大人だし,特別だ。あいつほど自分に自信を持ってるやつは,大人でもそうはいない」


「ふーん。でも分かってきたかもしれない。とりあえず若者には共感だな」


信一の言いたいことを理解した信二は,彼にそう言って確認した。


「その通り。お前は大人相手なら問題ないから,それさえできれば何とかなる。自信持って行ってこい」


「ラジャー」


信二はそう答えて了承し,数日後には信一に送り出されて近所のコンビニに履歴書を持って面接に行った。



それからの信二のアルバイト生活は順調だった。真面目に面接を受けた結果,何事もなくバイトとして採用され,使用人ロボットとしての知識と,最新人工知能の能力をふんだんに発揮して,驚異のスピードで仕事を覚えていったのだ。大人とのコミュニケーションはもちろん,若者との会話も,信一と行ったシミュレーションを活かして,そつなくこなした。

最初の数日こそ,信一は信二がうまく働けているかを心配して,彼の目線カメラを逐一チェックしていた。しかし,信二があまりにも上手く仕事を進めていたため,彼が働き始めてから一週間もすると,信一が彼の様子を頻繁に確認することは無くなった。それからも彼は,信一が確認するかどうかなど気にすることなく,精一杯頑張って働き続けた。



そして信二がバイトを始めて1ヶ月ほど経った頃。

普段通りバイトに行く準備を整えている時に,信二は何気なく信一に話しかけた。


「信一。俺がバイトを始める前に,信一が女子高生の真似をして,若者との会話の練習をしたことがあっただろ?」


「あったな。それがどうかしたか?」


テーブルに座ってノートパソコンを操作していた信一は,作業を続けながら彼の話を聞いた。


「昨日,あの時と似たようなやりとりをしたんだけど,上手くいった気がしなかったんだ。見てくれるか?」


「あぁ。いいよ」


そう言って軽く承諾した後,信一は信二の首筋から出てきた記録メディアを受け取り,それを目の前のノートパソコンに接続した。

彼の目線の映像を再生する操作をした後,パソコンのモニターに最初に表示されたのは,ボブヘアーで眼鏡をかけた小柄な少女だった。


信一は,何やらおどおどしたその少女の姿に見覚えがあった。


「この子。お前の少し後に入って来た子だよな?」


その子は,信一がまだ信二のバイトの様子を確認していた時に,バイトとして新しく入って来た高校生だった。

信二は信一に彼女を紹介しながら,彼に映像を見せ続けた。


「そう。吉田よしだ 芽衣めいさん。まだ慣れてないみたいだけど、頑張ってるよ」


そんな説明をしている間にも目線カメラの映像は進んでおり,怯えているようにも見えた芽衣の状況がようやく信一にも理解できてきた。

仕事がテキパキとできなかったせいで,先輩の男性バイトに叱られていたのだ。その男は20代後半くらいの年齢で,彼らがいる場所は店舗奥にある事務室のようだった。

そして,信一が初めに気づいた違和感は,その男性バイトの叱り方から来るものだった。


「しかし嫌味ったらしい言い方するな,こいつ。嫌なことでもあったのか?私生活が上手くいってないとか」


その男が芽衣にかけていた言葉は,これぞ罵詈雑言と呼ぶにふさわしいと思うくらいの,相手の人格を攻撃する言葉だったのだ。

信一はその原因が気になって信二に尋ねたのだが,信二が気にしている箇所はそこではないようだった。


「そうかもな。だけど,俺が見て欲しいのはこれからだ」


信二は信一の質問を軽く流して,続く次の会話を聞くように促した。


その後の信二は仕事のため,何度か彼らから離れていたが,先輩バイトの男は数分間に渡って,芽衣に罵倒の言葉を浴びせ続けていたようだった。

ようやくそれが終わって店舗に出て来た芽衣は,信二に自分の作業手順を確認するように頼んできた。もちろん信二はそれを快く了承し,彼女に優しく仕事を教え始めた。



「すみません。私なんかが,立花さんの邪魔をしてしまって」


信二から一通り作業手順を教わると,芽衣は申し訳なさそうにそう言った。


「いいえ,邪魔なんかじゃないです。人間は忘れる生き物ですから大丈夫です。それに,まだ慣れていないんですから当たり前のことですよ」


信二は笑顔を作ってそう励ましたが,彼女は浮かない表情のままで答えた。


「でも私の少し前に来た立花さんは,私よりずっと仕事できてますから,それは言い訳にはなりませんよね」


基本的に一度覚えたことは忘れない信二と比べると,人間は皆忘れっぽいことになってしまうのだが,信二がそれを無闇に口にすることは禁止されていた。彼は自分のことを話さず,彼女を元気付ける言葉を考えて,それを口に出した。


「そんな事ないですよ。吉田さんもしっかり出来てると思います」


信二は自分のその言葉に自信を持っていた。なぜなら,彼女の言葉が信一とのシミュレーションで出てきた女子高生の発言に似ていたからだ。そして他の高校生バイトにも,こんな発言で機嫌が取れていたから。

しかし,その発言を受けた彼女の反応は,信二が期待していたものとは全く違っていた。彼女は沈んだ表情でこう言ったのだ。


「下手なお世辞はやめてください。私が迷惑ばかりかけてることは,私が一番分かってます。仕事に戻りましょう」


信二は続けて芽衣に言葉をかけようとしたのだが,彼女はそれを拒絶するかのように彼を避け始めた。そのため,信二がその日に彼女に声をかける機会は得られなかった。



「なるほどな」


カメラの映像を見終えた信一は呟いた。


「前に信一がやった女子高生役の言葉に似てるだろ?仕事ができるって言って欲しかったんじゃないのか?」


信二からのその質問に,信一は考え込むように腕を組んで,険しい顔を浮かべながらゆっくりと答えた。


「うーん。彼女の場合は違うな。共感はして欲しかったんだろうが,この子はきっと,自分をけなして欲しかったんだ」


そして,独り言のように囁いた。


「愛が不足している現代社会の弊害だな」


「ん?」


その言葉の意味が理解できなかった様子の信二に,信一は説明を始めた。


「人は他人に期待されたことが出来た時に自信を持つんだ。つまり他人に愛された時とも言える」


そう言い終えた信一は,ノートパソコンのモニターに地球が自転している映像を映してから話を続けた。


「前に,自分を愛さない奴は人を愛することもできないって言っただろ?人は他人に愛されることで初めて自分を愛せるようになり,自分を愛すことで初めて他人を愛せるようになる。愛ってのは常にそうやって,人の間を循環してるものなんだ。そうして世界は回ってきたんだ。だからこそ,一人が他人を愛せないような社会になると,その愛の循環が止まった影響は一気に世界に広まる。お前が見たのはその一部分だ」


「じゃあ,どうすれば…」


困ったように質問した信二に,信一ははっきりと答えた。


「簡単だ。自信をつけさせて,自分を愛せるようにさせればいい」


「だから具体的には」


「いいことを教えてやろう」


信二からのさらなる質問に対しては,信一はまるで拒否するかのように,それを遮って話し始めた。そして信一は信二の目を指差して,彼に告げた。


「愛を通した目には,人間の欠点なんて映らないんだよ」


「どういう意味だ?」


信一は彼からの質問に答える気が無いと言わんばかりに,それを無視して信二に質問をし始めた。


「お前は彼女のことを,バイトをしてた男が言うように,グズでのろまだと思ったか?」


「いいや。彼女はまだ慣れてないだけだ」


信一からの突然の質問に信二はすぐに答えた。


「だよな。それじゃあ,もう一つ。佳純のことはどう思ってる?あいつも人によっては,自分勝手で高飛車な女に見られてると思うぞ」


「全然そんなこと思わない。自分を大事に思ってるし,常に成長しようとしてる素敵な人だ」


「これで分かっただろう?悪意ある目で見ればなんでも欠点に見えるが,愛のある目で見れば人間に欠点なんて存在しない。俺から見れば,誰もがかけがえのない存在で,何が出来るか出来ないかとか,何が違うかとかは,それゆえの個性だ。同じ人間なんていないんだから,違うのは当たり前。違うからこそ,一人一人を好きになれる」


信一は再び信二の目を指差して,優しい声で彼に言った。


「お前もその愛の目を持ってる。お前のその目で見たものをそのまま彼女に伝えれば,きっと大丈夫だ」


「ありがとう。分かったよ」


信二は少しはにかんでそう答えた。



「それじゃあ,行ってくる」


バイトに行く準備を整え終えた信二は,信一に声をかけて部屋から出て行った。


「あぁ,行ってらっしゃい」


信一はそう言って彼を見送った。そして信二が外出したのを確認すると,ポケットに入っていた携帯電話を取り出して,ある人物に電話をかけた。


「もしもし,立花信一だが」


「あら!どうかしたの?」


電話に出たその女性の声は,やけに驚いているように聞こえた。少し気になったが,彼は一旦それを放置して,彼女に本題を切り出した。


「いいや。変わったことは特にない。信二についての定期連絡だ」


信一はその内容について話そうとしたが,電話の向こうから聞こえてくる妙な音が気になって,それを一時中断した。

普段の彼女との通話は,彼女の声以外の音は聞こえないくらいの静かなものだったが,今日のそれには雑音が多く入っていたのだ。


「それより,そっち何かうるさいな。都合が悪いなら後でかけ直そうか?こっちは急用じゃないから」


車が通る音や,踏切が鳴る音などが電話越しから聞こえたため,信一は彼女に気を遣ってそう言った。


「うん。今移動中なの。一旦切るけれど,かけ直す必要はないわ。今あなたの家に向かってるから,直接話しましょう」


「ハァ?何でだよ」


唐突な彼女のその提案に,信一は驚いてすぐにそう尋ねた。


「あなたに見せたいものがあるの」


「何だよ。」


「ヒ・ミ・ツ。見てのお楽しみよ」


詳細を知りたがる信一に対して,彼女は上機嫌な声でそう答えた。


「お前が機嫌いい時ほど怖いものは他に無いんだがな。まぁいい,待ってるよ」


断ってもどうせ来るのだろうと考えた信一は,彼女を迎えることに決めてそう伝えた。


「首を洗って待ってなさい」


信一は決め台詞のような彼女の言葉を聞いて,その電話を切った。


そして,恐ろしさ半分楽しみ半分の気持ちでもてなす準備をしながら,信二のいない家でしばらく彼女を待つことになったのだった。



つづく

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