愛の一手と怒りの一手
「えーと,これでいいのか?」
小さな冊子を持った立花信一は,そんな独り言を呟きながら,立花信二の後頭部にある拡張スロットを触っていた。
そして,ピクリとも動かず棒立ちになっている信二の体にある機械を取り付けた後,カモフラージュのためのカバーを取り付けて,信一は彼を再起動させた。
「おはよう。信一。俺に何を取り付けたんだ?」
目を開けて動き始めた信二が信一に尋ねた。信一は説明書らしき冊子を彼に見せながら答えた。
「おはよう。リアルタイムカメラってやつだ。お前が外にいる時でも,お前がリアルタイムで見ている映像をこの家で確認できるらしい」
「へー。そんなの必要なのか?できれば,無駄な機能にあまり容量を使いたくないんだけど」
信二は少し嫌そうに彼に聞いた。
「念のためだ。何か嫌な予感がするんだ」
「それだけか?」
信二が呆れたようにそう言うと,信一はなぜか自慢げに答えた。
「それだけだ。でも覚えておいた方がいい。俺の嫌な予感は,気持ち悪いぐらい当たるんだ。外れるならそれが一番いいんだがな」
「うーん。よく分からないけど,分かった。まぁ,今日は授業をすることもないから,問題は無いと思うよ」
目覚めたばかりの信二がそう答えて信一との会話を終えると,彼はすぐに出かける準備をし始めた。
「今日はあの訪問学習してた生徒をフリースクールで待つって言ってたな」
信二の様子を見た信一は,そう言って彼の予定を確認した。信二は肯定して,尋ね返した。
「うん。信一は来ると思うか?」
「お前らの愛が伝わっていれば,きっと来るよ」
信一は当然のようにあっさりとそう答えた。
「ありがとう」
笑顔でお礼を返した信二は,出かける準備を終えて玄関に向かった。
「じゃあ,ちょっと早いけど行ってくる」
「あぁ,行ってこい。気をつけてな」
そうして信一に見送られた信二は,真っ直ぐにフリースクールへと向かった。
功太を待つために,信二はいつもよりも一時間以上早く家を出た。そのため,彼はフリースクールに着いても,まだ誰もいないだろうと予想していた。しかし,信二が到着するとその予想に反して,焦った表情の中野佳純が彼を迎えたのだ。
「立花さん!功太君,まだ来てないんです」
心配そうにそう言った彼女とは裏腹に,信二は冷静に答えた。
「まぁ,来てないでしょうね。まだ一時間前ですから。中野さんはいつから待ってるんですか?」
「もう二時間待ってるんです。功太君が来てくれた時に,誰も待ってなかったらガッカリすると思って,鍵を借りて一番に来たんです」
熱心な様子でそう語った彼女の言葉に驚きながらも,その姿勢に感心した信二は微笑んで答えた。
「そうですか。相変わらず,一生懸命で優しいですね」
「いえいえ,そんな。立花さんは,功太君これから来ると思いますか?」
佳純は謙遜しながら,さらに信二に質問した。信二は不安げな彼女を安心させるように,優しい声で答えた。
「きっと来ますよ。中野さんがそんなに思ってくれているんですから。きっとその気持ちは佐藤君に届いています」
「あなたのおかげですよ」
「え?」
佳純から突然発せられた言葉を聞いて,信二はその意味を深く聞こうとしたが,彼女はそれには答えずに話を次に進めた。
「もし功太君が来てくれたら,今日は一緒に帰りませんか?立花さんに話したいことがあるんです」
「えぇ,もちろんいいですよ。それなら,佐藤君が来ても来なくても,話ぐらいは聞きますよ」
急に話を変えた佳純に戸惑いながらも,信二は彼女の提案を了承した。佳純は嬉しそうな笑顔を浮かべて答えた。
「ありがとうございます。でも来て欲しい。立花さんがあんなに一生懸命に説得したんですから」
「そうですね。僕も来て欲しいです」
信二は佳純の言葉に同意して,職員室で功太が来るのを彼女とともに待った。
しかし,数十分経って他の生徒がやって来る頃になっても,功太はやって来なかった。
「うーん。来ませんね」
「そうですね」
二人は今日の授業をする先生の手伝いをしながら,功太を待っていた。しかししばらくすると,じっとしていられなくなった佳純は,職員室から外に出て登校してくる子供達を出迎えに行った。
「みんな,おはよう!今日も元気に頑張りましょう」
佳純はフリースクールにやって来る子供達を,いつも通りに愛想よく出迎え始めた。そして,佳純が明るく子供たちと話しているところへ,彼女の背後から子供特有の高い声が聞こえたのだ。
「中野先生」
「はーい」
他の生徒が自分に声を掛けたのだと思い,佳純が何でもなく明るく振り返ると,そこには彼女が待ちに待っていた人物がいた。
「功太君!来てくれたの?」
「家にいるのも暇だから。暇つぶしに来てみようかなと思っただけだよ」
功太は少し恥ずかしそうに,うつむきがちに答えた。
「いいよいいよ。みんなそんな感じで始めてるんだから」
佳純は嬉しそうに功太にそう言った。
そして,信二が黙々と他の先生の手伝いをし続けていた職員室に,佳純が楽しそうな声で入って来た。
「伊藤先生。功太君が来てくれたので,授業の方お願いしますね」
それを聞いた先生は快くそれを受け入れ,信二も心の中でほっと胸をなでおろした。しかし,そんな気持ちもつかの間,信二が落ち着く暇もなく佳純が彼に言ったのだ。
「それから,立花さん。功太君が呼んでますよ」
「僕ですか?」
「はい」
不思議そうに返した信二の質問に,佳純は爽やかにそう答え,彼を教室で待つ功太の所へ連れて行った。
「僕に話って何ですか?」
信二は功太の目線に合わせて,少し屈んで話しかけた。
「あの,ありがとうございました」
口ごもりながらそう言った功太の目をじっと見ながら,信二は無言で彼の続く言葉を待った。そして少しして,彼が再び口を開いた。
「昨日,お母さんに,僕がここに来たいってことを話したら,先生にきちんとお礼を言いなさいって言われたんです」
詰まりながらの一生懸命なその言葉を聞いた信二は,功太に優しく返事をした。
「お礼なんていいんですよ。僕は当然のことをしただけです」
信二はその言葉通り,功太のお礼の言葉を受け取らなかったが,その代わりに次の条件を出した。
「でもそのかわり。あなたは,これからたくさんのことを学んでください。そして中野先生のように,自分を愛して,他人も愛せるような人になってください。それが僕にとっては一番嬉しいことです。できますか?」
「うーん。分からないです」
難しい顔をして答えた功太を見て,信二は少し笑ってから,優しい声で彼に話し続けた。
「フフ。でしょうね。正直なところ,僕もどうしたらそうなるのかは分かりません。でもきっと,一番カッコいい生き方をしていたら,自然とそうなっていくんだと思います。誰よりも多くの人を愛している僕の知り合いは,僕なんかよりもずっとカッコいいんですよ」
信二は一番身近な知り合いのことを,自慢げにそう語った。その時の彼の楽しそうな表情につられたのか,それを聞いていた功太も,信二に負けないぐらいの笑顔で答えた。
「じゃあ僕も,そのくらいカッコよくなれるように頑張ります」
「頑張ってください。僕も応援します」
信二は功太にそう言うと屈んでいた姿勢を戻し,隣で話を聞いていた佳純に話しかけた。
「それじゃあ,僕たちは帰りましょうか?中野先生」
「は,はい」
真剣に彼らの話を聞いていた佳純は,突然信二に話しかけられて焦ったように返事をした。
それから彼らは,登校してくる生徒からの冷やかしの声を浴びながら,二人でフリースクールをあとにした。
「佐藤君が来てくれて良かったですね。これも中野さんの努力の成果です」
佳純が使っている駅への道を歩きながら,信二が並んで歩いている彼女に話題を振った。
「そうでしょうか?」
「はい?」
佳純の意外な質問に,信二は咄嗟に聞き直した。彼女が信一の言うように,自分のことが大好きで,とにかく自分を褒めてもらいたかった人間だとしたら,彼女への褒め言葉は素直に受け取ってくれるものだと思っていたからだ。
なぜ佳純が信二からの褒め言葉を否定したのか,信二がその答えを自分で導き出す前に,彼女は自分からその口を開いた。
「私は,立花さんがあの子の心を動かしたんだと思います。それから私の心も」
そして一呼吸置いてから,次の言葉を信二に告げた。
「立花さん。私と付き合ってくれませんか?あなたと一緒にいると,私はもっと立派になれる気がします。あなたなら,私が無意識に良くないことをやってしまっていても,きっとまた注意してくれる。私たちきっと,良いパートナーになれると思うんです」
勇気を出して言ったであろう彼女の言葉に,信二は返す言葉を考えるための時間を少し空けて真剣に答えた。
「中野さん。ごめんなさい」
「やっぱりそうですか。そんな気はしていました。恋人がいるんですか?」
佳純はその答えを予想していたように,すぐにそう言った。信二は首を横に振って,なるべく多くを語ることなく,自分の状況を説明した。
「いいえ。恋人はいません。あなたとそんな関係になる資格が僕には無いんです」
「どういう意味ですか?」
しかし,佳純は信二の抽象的な説明に納得できなかったようで,彼にさらに質問をした。
「誰にも言わないって約束してくれますか?」
「はい。あなたが秘密にして欲しいのなら,誰にも言いません」
佳純がそう約束してくれたので,信二は自分の正体を話すことを決意し,それを話した。
「分かりました。僕はロボットなんです。使用人ロボットの体に,特別な人工知能を搭載したロボットです」
それから佳純は混乱しているように信二に質問を浴びせ始め,彼は冷静に答え続けた。
「ロボット?あなたが?ロボットって,あのロボットのことですか?」
「中野さんがどのロボットを思い浮かべているかは分かりませんが,おそらくそのロボットのことです」
「じゃあ,あなたを操作していた人がいるってことですか?これまでの私との時間にも」
「いいえ。決して操作はしていません。僕のAIの成長を見ているので,僕の行動は僕自身が考えた結果です。ただし,観察はしています」
「観察?観察ってどんなことですか?」
「僕が行動している時の,目線カメラの映像を見るんです。ちなみに,今のこの映像も,僕の主人は見ていると思います」
「そうなんですね」
ひとしきり信二を質問責めにすると,佳純はそう呟いて落ち着いた。
「信じられないなら,証拠を見せましょうか?」
「いいえ。結構です。自分で確かめます」
「え?」
信二は自分がロボットだと告げた人間は,普通怒るものだと思っていた。高橋京子がそうだったから,中野佳純も,同じく怒るのだろうと予測していた。
しかし彼女が発した次の言葉は,信一も含めて誰も予想だにしなかったものだった。
「立花信二さん。命令です。あなたの主人のところまで,私を連れて行きなさい」
「分かりました」
信二は反射的にそう答えて,佳純を信一がいる家に案内し始めた。
佳純のその行動は,人間の命令に逆らうことができない信二のAIを利用したものだった。
その様子をリアルタイムで見ていた信一は,モニターの前で頭を抱えていた。
考えてみれば,信一には予想はできたことかもしれない。佳純はボランティアを掛け持ちするほど見栄っ張りで,他人からの評価を気にしている人間だった。
人工知能について表面的なことを調べるというのは,利口ぶりたい大学生が良く使う手段だ。それに,それは世間一般的に公表されている事実でもある。彼女がそれをやってても,なんらおかしくはない。それに若ければ若いほど,新しい技術への抵抗は少ないもの。彼女が信二を利用するということを考えてない方が馬鹿だったのだ。
「やっぱり,俺の嫌な予感は当たるんだな。当たったところで,どうしようもない問題だったが」
信一は苦い顔でモニター越しの佳純を悔しげに見つめながら,そんな独り言を呟いた。
そして,信二が彼女を信一の居場所に連れて来ている以上,今更逃げても仕方ないことを悟った彼は,特に何もせず玄関で彼らが来るのを待った。
そしてその時はやって来た。
信二に家の前まで案内された佳純は,ノックすることもなくいきなりそのドアを開けた。なんの前触れもなくその家に入った彼らは,腕を組んで待ち構えていた信一に迎えられた。
「いらっしゃい。初めまして,俺は立花信一。あんたが中野佳純さんだな。信二が世話になったみたいで,どうもありがとう」
信一はなるべく愛想よく佳純に自己紹介をした。しかし彼女は,トレードマークともいえる愛嬌ある笑顔を彼に一切見せることなく,淡々と挨拶を返した。
「初めまして。あなたが信二さんの主人の方ですか?」
「あぁ。俺は信二のことを使用人としては見てないが,世間的に見るとそうなるな。よろしく」
信一は佳純に向けて握手する手を差し出したが,彼女がその手を取ることは無かった。
「そうですか。ごめんなさい」
佳純はそう言って冷たく信一に謝ると,いきなり右手を大きく横に振り,その小さな手のひらを彼の頬にぶつけた。
パチン!という音が玄関に響くと同時に,信一の顔がその勢いで右を向いた。
「大丈夫か?信一」
その光景を見た信二は,心配そうな声をかけて信一に近寄ろうとした。しかし,左頬を片手で押さえた信一はもう片方の手のひらを信二に向け,彼を制止させてから言ったのだ。
「大丈夫。これもこの子の愛の形だろう。だから受けてやったんだ」
強がりのような言葉を口にした信一を見て,佳純は再び静かに口を開いた。
「そう。それじゃあ」
彼女はそう言うと,今度は左手を横に振り,彼の右頬に向けて思い切りぶつけた。
またもや,ビンタの勢いで横を向いた信一は,正面を向き直すとすぐに,怒りの感情を露わにして佳純に抗議した。
「おい!二度目は愛じゃないぞ!」
佳純は信一に対抗するように,感情をむき出しにして彼に言った。
「そうよ!これは私の愛なんかじゃないもの!私の怒りよ!私と子供たちの大事な人を,まるで実験動物みたいに扱われて怒ってるの!」
怒りの表情を浮かべ続ける佳純に対して,彼女の本音を聞いた信一は笑みを浮かべながら答えた。
「へー。なるほどな。お前みたいな人間は嫌いじゃない」
「へー。私はあなたみたいに,他人を弄ぶ人は大っ嫌いよ」
佳純は信一の言葉に対して嫌味のようにそう答えると,彼に背を向けて入口のドアを開けた。
「失礼しました」
そして不機嫌そうな声色でそう言い放つと,佳純は一人で外に出て,後ろ向きのまま乱暴にそのドアを閉めて行った。
「信二。彼女を近くまで送ってやれ」
佳純が嵐のように去った後,玄関に残された信一は,同じく玄関に立ち尽くしていた信二にそう言った。
「いいのか?」
「いいさ。お前のビンタに比べたら,ハエが止まったようなもんだ。早く行け」
信二は佳純にビンタされた頬をいまだに押さえている信一のことを心配していたが,信一はその手で信二の背中を押して彼を外に追い出した。
「分かった。行ってくる」
信一の言葉を受け取った信二は,先を行く佳純を走って追いかけた。
「中野さん。駅まで送ります」
「ありがとうございます」
追いついて来た信二に,佳純はいつもよりも無愛想にお礼を言った。信二はそんな彼女の対応に戸惑いながら,遠慮がちに話しかけた。
「それと,信一のことなんですけど。悪い人じゃないんですよ。僕のAIを育てたのは,あの人なんですから」
信二は信一のフォローを口にしたが佳純の心にそれが響く様子はなく,彼女は不機嫌そうに冷たく答えた。
「そうなんですか。でも,私はやっぱりあの人の行動は好きになれません。大事に思ってる人が人間扱いされてないなんて聞いて,黙ってられるほど私は大人じゃないんです」
「中野さんの気持ちはとても嬉しいです。でも,僕にとっては信一も大事な人です。嫌われているのを聞くと,悲しくもなります」
信二がとても悲しそうな表情でそう語ったのを見ると,それまでムッとしていた佳純の表情は,少し申し訳なさそうな表情に変わった。
「そうですよね。ごめんなさい」
「分かってもらえたならいいんです。信一のこと好きになってもらえましたか?」
佳純に理解してもらえたと思った信二は,ホッとして尋ねた。佳純は首を横に振って答えた。
「いいえ,さすがに好きにはなれません。でも次に会う時には,普通に話せるように努力してみます。せめて,いきなり殴らないくらいには」
「ありがとうございます。きっとまた会えば好きになってもらえると思います。」
「どうでしょうかね?」
佳純は冗談のように笑顔でそう言って信一についての会話を終え,信二ととりとめのない話をしながら駅に向かった。
「彼女にはもう二度と会わないかもな」
携帯電話を耳に当てた信一が,電話相手にそう言った。もう信二のカメラ映像は見ていないようだった。
「そう?私はいい子だと思うけど。そんなにビンタされたことが嫌だったの?」
彼と通話している女性の声は,不思議そうに彼にそう尋ねた。
「そうじゃない。もちろん嬉しいことでもないが」
信一は軽く彼女の質問を否定すると同時に,誤解されないための言葉を付け足して答えた。しかしそれでは納得できない彼女はさらに質問した。
「じゃあ,何が気に入らないの?性格?彼女はまだ若いんだから仕方ないでしょう。あれだけ美人の若い子が,自分のことが好きじゃなかったら,私はむしろ嫌味に思えるけど?」
「気に入らないことなんて無いさ。彼女が自分を大好きなのは,今となってはもはや長所だ。中野佳純は自分を愛し,他人も愛せるようになった立派な人間だよ」
信一がそう言って佳純のことを褒め称えると,余計に不思議に思った様子の彼女は彼に質問をし続けた。
「それじゃあ,なおさら何でよ?似た者同士仲良くすればいいじゃない」
すると,休む間も無く質問する彼女を少し面倒に思った信一は,簡単な言葉を使って強引に話を終えようとした。
「分からん!とにかく嫌な予感がするんだ。俺があいつに近づきすぎると,何か悪いことが起きそうな気がする」
信一がそんな漠然とした理由を聞かせると,意外にも彼女は納得したような声を上げて答えた。
「あー,なるほど。あなたの嫌な予感は前から当たるからね。今回も当たったんでしょう」
「あぁ。当たっても何もできなかったけどな」
「私のせいにしないでよ」
「誰もしてねぇよ」
彼らはそんな風に小言を言い合った後,本題の信二の報告に話を戻した。
「ともかく,今回の信二の収穫は,何よりも中野佳純と知り合いになったことだな。ロボットのあいつの為に,怒ってくれる人間がいるってことが分かって良かったよ」
「それは同意。あの子は確かに良い子ね。でも無償の愛って結局のところ何なの?」
彼女の単刀直入な質問に対して,信一は真面目に考えながら,ゆっくりと答えた。
「結局一言で表すと,見返りを求めない愛ってことになるんだろうな。でもその形は人によって違う。信二がやったように,相手のためを思って,嫌われてでも相手の弱みを正直に伝える行為もそう。佳純が俺にやったように,大事な人の名誉を守る為に,第三者を攻撃するのもそう。もちろん,世の中の子供を持つ親が,苦労しながら子供の成長を見守ることも,無償の愛の形だ。どれも,何かを大切に思うがゆえの行動で,本人は大した得がないどころか,損すらするかもしれない行為だろ?」
「損得勘定だけで仕事してる私としては,耳が痛い話ね」
本当にそう思っているのか分からない淡々とした調子で,彼女は信一にその感想を述べた。信一はそれを否定することもなく答えた。
「でもお前のそれも,人間としてはごく普通の考えだ。信二はそろそろそれも理解しないといけない」
「じゃあ,次は?」
信一の次の行動にピンと来た様子の彼女はそう言って,彼に探りを入れた。信一も彼女の考えを予測し,それを肯定して答えた。
「あぁ,その通り。どこかで仕事をしながら,人間の気持ちをより理解してもらおうと思ってる」
「ふーん。止めはしないけど,壊さないように気をつけなさいね」
「分かってるよ」
「それじゃあ,もう報告することがないなら,今日のところは終わりにするわ」
「あぁ,愛してる」
「フッ。じゃあね」
信一の唐突な愛の言葉を鼻で笑って,彼女は電話を切った。
そして信一は,次なるAI(愛)の進化のための準備を始めたのだった。
『コンビニエンスのAI(愛)』編につづく