AIのままに,わがままに
『自分が生まれた意味とは何か?』
多くの人間が一度は考える疑問である。
ある者は努力した結果それを見つけ,またある者は自然にそれを見つける。見つからないまま生きていくものも多い。
しかし,立花信二はそのどれでも無い。
彼は『世界中に愛を満たす』という,大きすぎる確かな意味を与えられてて生まれてきたのだ。
立花信二が京子の料理教室に通うのをやめてから,数週間が経過した。
彼はその間,本来の仕事であるはずだった家事や洗濯,腕を上げた料理などをして過ごし,料理教室に通っていた頃よりも安定した日々を送っていた。
しかしそんな彼の平穏な時間は,信一の言葉によって唐突に終わりを告げた。
「信二,『無償の愛』って分かるか?」
信一は夕食を食べ終えた後,食器を片付けている信二に尋ねた。
「見返りを求めない愛だろ。母親から子供への愛が一番身近な例と言われてる」
「ネットで調べたのか?」
突然の質問に対して作業しながらすんなり答えた信二に,信一はもの言いたげな目で聞いた。
「そうだよ。悪いか?」
信二は開き直ったように答えた。その態度を見て信一は笑って答えた。
「ハハ。悪くはないが良くもない。お前自身はどう思うんだ?」
「俺は普段からそれをやってるんじゃないか?これまでだって今だって,信一の家事は俺が無償でやってるだろ」
信二はそう言って自分の意見を述べたが,信一はすぐにそれを一蹴した。
「いいや,それは違うな。俺が頼んだことをするというのは,お前の本来の仕事だから。ロボットは基本的に無償で働くが,それを使用する人間は作った人間に金を払ってる場合が多いだろ?つまりロボットのその行為は間接的に有償ってことだ。捨てられない見返りのために働いてるともとれる」
「それなら,ロボットの俺が無償の愛を表現することは不可能なんじゃないか?」
彼の話を聞いて疑問を抱いた信二は,片付け作業を中断してそう尋ねた。しかし,信一はまたしてもすぐにそれを否定した。
「そうじゃない。そんな疑問が湧いてくる時点で,お前は無償の愛を理解してないってことだ」
「そうか?」
「そうだよ。だからお前に新たな命令を下そう」
疑いの目線を向けた信二に対して,信一ははっきりとそう答え,机の上にあった書類を彼に見せながら,こう言ったのだ。
「明日から学習支援ボランティアとしてフリースクールに行け。そこで無償の愛を学んで来るんだ」
「フリースクール?」
信一の言葉と彼が持っている書類の文字を見て,その意味が理解できなかった信二は聞き直すために,とっさにそう口に出した。
「あぁ。不登校の学生が学校の勉強に遅れないように勉強を教えたり,その生徒が学校に戻りやすくする環境を整えるための施設だよ」
「いやいや,フリースクール自体は知ってる。そこで俺は何をすればいいんだよ?」
分かりきったことを答えた信一に,信二はさらに問い詰めた。
「それは自分で考えることだな。おそらく今のお前なら行けば分かるさ。迷わず行けよ」
「分かったよ。信一の命令なら仕方ない。行ってみる」
こうなるとどれだけ聞いても無駄だろうと判断して,信二はそれ以上質問するのをやめてそう言った。
「今度の俺は料理教室の時ほど,お前のことを監視しないからな。一週間くらいしたら確認するから頑張れよ」
「あぁ。頑張って来る」
その答えを聞くと信一は,信二が行くことになるフリースクールのパンフレットや使用するテキストなどを手渡して自室に戻った。
信二に渡されたパンフレットには『フリースクールきぼう学園』という施設の紹介が書かれていた。
そこは主にいじめなどの理由で学校に行けなくなってしまった中学生たちに,学校への復帰や高校への進学を目標にして勉強を教える施設のようであった。そしてそれだけではなく,子供たちが社会に復帰しやすくなるように,勉強以外の課外活動や体験学習の時間も積極的にとっているらしい。
信二は義務教育レベルのことなら他人に教える能力はあるつもりだった。使用人ロボットとしての基本機能の一つである。だが実際の子供に教えるのは初めてであったため,彼は使用するテキストをしっかり読み込んで次の日に備えた。
そして次の日。彼はフリースクールきぼう学園にやって来た。
十名前後の生徒が席に座っている教室で,信二はクラス主任の先生と共に,彼らの前に立っていた。
「みなさん。今日から新しい先生がみなさんの勉強を教えてくれます。それではどうぞ」
クラス主任の雑な紹介を受けて,信二は生徒達に自己紹介をした。
「初めまして。立花信二です。学習支援ボランティアは初めてなので,至らないところもあるかもしれませんが,精一杯頑張るのでなんでも聞いてください。よろしくお願いします」
それは信二がいろんなことを考慮して前日に考えた挨拶の言葉であった。彼はできるだけ明るくそれを口にしたのだが,生徒達からの言葉は信二のそれとは打って変わって,とても静かなものになって返ってきた。拒絶されていると感じるほどではないが,受け入れられているという感じでもなかった。
「はい。ありがとうございます。それでは今日も楽しく勉強しましょう」
主任の先生はそれを打ち消そうとするかのように明るくそう言って部屋の隅に移動し,信二に後の授業を任せた。
信二は主任に見られながら教壇に立った。審査するような目線を浴びせられながら,個性あふれる生徒たちを相手にした授業だった。
それは信二にとって決してやりやすいものではなかったが,彼は自身のそのポテンシャルを活かして,経験豊富な主任の先生も感心するほどの分かりやすい授業をやりきった。さらにその後の生徒の質問にも優しく答え,子供たちに好感を持たせることもできたようだった。そして課外活動のキャンプや調理実習でも,信二はそれまでの経験と能力を遺憾なく発揮した。
そうして一週間もしないうちに,信二はフリースクールの教員たちに頼られるような存在として認められていった。そして初めは暗い表情を見せていた生徒達も,彼が真摯に向き合った結果,彼の愛に応えるようにしだいに笑顔を向けるようになっていったのだ。
そんなある日,授業を終えた信二がいつも通りに片付けをしていると,彼と同じくボランティアとして参加している女性が信二に話しかけた。
「立花さん,この後時間ありますか?」
彼女の名前は中野 佳純。信二が来る以前から学習支援ボランティアとしてここで働いており,生徒にも優しく接することで,信二に負けず劣らず人気の先生であった。
普段の彼女は大学生をしているため信二と接する機会はあまり無かったが,信二は彼女の噂を何度か聞いていた。その整った容姿と綺麗な長い黒髪に魅せられて,彼女に好意を寄せる男性スタッフも多いらしい。
「ええ,何ですか?」
「これから訪問学習に行くんですけれど,一緒に来てもらえませんか?」
佳純は遠慮がちにそう言った。
「もちろんです。ぜひお供させてください」
信二は彼女からより生徒に受け入れられる秘訣を学べるかもしれないと思い,二つ返事で了承した。
授業の準備をしてフリースクールを出た二人は,歩いて訪問学習の生徒の家に向かった。
「立花さんって,子供達に勉強教えるのが上手みたいですね。以前に経験とかがあるんですか?」
信二と並んで歩きながら,佳純は口を開いた。
「いいえ。知識として知っていただけで,実際に教えたのはここが初めてです」
信二が正直にそう答えると,佳純は目を丸くして驚いていた。
「へー!それはすごいですね。初めてなのに先生方にあれだけ褒められてる人は今までいないと思いますよ」
「そうですか?でも中野さんも人気があるという噂をよく聞きますよ」
「私は割と長いですし,他のボランティアもいろいろやってますからね」
「それなら,中野さんの方がずっとすごいですよ。僕はこの一つで精一杯です」
信二は佳純の言葉を聞いて,心からの言葉を彼女にかけた。
「フフ,ありがとうございます」
彼女は照れながらも,信二の褒め言葉を素直に受け取った。
そうしているうちに,二人はある一軒家の前に辿り着き,佳純がそこで立ち止まって言った。
「ここですよ。生徒は佐藤功太という15歳の男の子です。他の先生と代わりながら週三回の授業をしているんですよ」
「へー。大変ですね」
信二がそう言うと同時に,佳純はその家のインターホンを押して家の人の返事を待った。
「はい。佐藤です」
インターホンから佐藤功太の母親と思われる女性の声が聞こえてきた。佳純は慣れた様子で,インターホン越しに彼女と話し始めた。
「こんにちは。きぼう学園の中野です」
「いつもありがとうございます。どうぞ上がってください」
「お邪魔します」
佳純はその会話を終えると,その家のドアを開けて信二と共に中に入った。
二人が玄関に入ると,初老の女性が奥の部屋から出て来て彼らを出迎えた。信二はその女性が口を開く前に挨拶の言葉を口に出した。
「新しくボランティアとして入った立花信二です。よろしくお願いします」
「功太の母です。手がかかる子かと思いますが,うちの息子をどうぞよろしくお願いします」
お互いに丁寧なお辞儀を交わし,信二は彼女に軽い自己紹介してから家に上がった。
「では上がらせていただきますね」
佳純は事もなげに母親にそう言った後,階段を上って行き信二も彼女の後に続いた。
コンコン
「功太君。入るよ」
佳純は二階の閉じられたドアをノックしてから,中にいる人物に声をかけた。
「どうぞ」
部屋の中から子供の声で返事が聞こえると,佳純はそのドアを開けて中に入った。
「お邪魔します」
「こんにちは。功太君」
そう言いながら中に入った二人を見て,功太は少し驚いている様子で彼らに挨拶をした。
「こんにちは」
戸惑っている彼を見て,信二は優しく彼に声をかけた。
「初めまして。僕は新しい学習支援ボランティアの立花信二です。どうぞよろしく」
「よろしくお願いします」
功太はお辞儀をするように軽く頭を動かして,そう答えた。
「今日は立花先生から教わってみる?」
佳純は明るい声で功太にそう提案した。しかし彼は首を横に振って答えた。
「ううん。中野先生がいい」
それを聞いた信二は軽く傷ついたのだが,功太は全く気づいていないようだった。功太とは初対面だから恥ずかしがっているだけなのだろうと自分に思い込ませて,信二もなるべくその気持ちを外に出さないように気をつけた。
そして功太の言葉を聞いた佳純は,一瞬表情を曇らせてから彼の言葉に答えた。
「そっか。うん。それじゃあ,いつも通り私が教えます。この前の授業ではここまでやったんだよね?」
「はい」
そうして,佳純の授業が始まった。信二はその間,特にすることが無かったため,ひたすら彼女が功太に勉強を教えている様子を観察していた。彼女の教え方は素人目から見ると,とても上手くできているように見えた。佳純が功太にアドバイスをすると,その途端に功太はすぐに問題を解けるようになっていたのだ。しかし,勉強の教え方を基礎から書き込まれている信二から見ると,その様子に何か気になることがあったようで,少し不安そうな目で彼女達の様子を眺めていた。
「それじゃあ,今日はここまでにしましょう」
佳純はキリがいいところまで進めたところで,そう言ってテキストを閉じた。
「次の授業は明後日だね。伊藤先生が来ると思うから,予習復習をしっかりね。それじゃあ,今日の授業を終わります。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
お礼を言い合って,佳純たちはその日の授業を終えた。
そして信二達は功太の母親に再び丁寧に挨拶した後,彼女に見送られてその家をあとにした。
行きの時と同じように,二人並んでフリースクールに帰っていると,佳純が信二に声をかけた。
「どう思いましたか?」
「どうって,何がですか?」
いくつか思い当たることがあった信二は聞き直した。
「功太君のことです。あの子は少し前まではフリースクールに来て,みんなと一緒に勉強していたんですよ。でもだんだん来なくなって,今は訪問学習って形になってるんです。みんなに好かれている立花さんに会ってみれば何か変わるんじゃないかと思ったんですけど,他の人と同じでした。お手を煩わせたみたいでごめんなさい」
申し訳なさそうに謝ってきた佳純に,信二は優しく返した。
「いいえ。構いませんよ。少し人見知りなだけなんじゃないですかね?それより,中野さんは佐藤君に何か特別な思い入れでもあるんですか?他の先生方はそんなことやっていないと思いますけれど」
そんな信二からの疑問に,佳純は笑顔で答えた。
「私は学校が好きなんです。今まで通った学校は小学校も中学校も高校も,どれもとても楽しくて大好きでした」
そして,表情を少し真剣なものに変えながら彼女は話を続けた。
「でもフリースクールに通ってる子達はそう思ってないんですよね。きっと彼らが通っていた学校の空気とかクラスメイトが,たまたま彼らの性格に合ってなかっただけだと思うんですよ。だから環境を変えて,彼らがまた学校に行くことになった時には,学校を好きになってもらいたいんです。そのためには,学校の勉強や人との付き合い方とかを忘れて欲しくない。功太君はこのままだとそれができそうにないから心配なんです」
「そうですか。やっぱり優しいんですね」
「ありがとうございます」
彼女は信二の言葉を素直に受け取り,その後も他愛のない話をしながら二人はフリースクールに戻った。
そうして信二がフリースクールでボランティアを始めてからの一週間は終わった。
「なかなかやるじゃないか。無償の愛が分かっているかはともかく,先端技術の塊と言われてるだけのことはあって,なんでもそつなくこなせるんだな」
信二の目線カメラを通して彼の一週間の様子をざっと見終わった信一が,目の前のモニターから目を離して,背後にいる信二の方を振り返ってそう言った。
「へへ,まあな」
自分の映像を彼と共に見ていた信二は自慢げにそう答えた。
「今のところ,何か気になるところはないか?」
「気になるところって何についてだ?」
信一の質問についていくつか心当たりがある信二は尋ねた。
「何でもいい。お前の成長具合を確認しないといけないんだ」
「うーん。あったと言えばあったけど。無償の愛とかとは関係ないけどいいか?」
「それでいいよ」
言い渋る信二に信一が促すと彼はそれを話した。
「中野 佳純さんってボランティアがいただろ?その人の勉強の教え方がちょっと変だったんだ」
「そうか?俺から見ると上手く教えてると思ったぞ。彼女が教えたらあの生徒はすぐに問題を解いてたじゃないか」
信一は不思議そうにそう聞いた。すると信二は,普段の仕返しとばかりに大げさに笑って,上から目線で信一に告げた。
「フッフッフ。そんな事を言っている時点で信一は教育について何も理解していないってことだ」
「あぁ。そうかもな。それで,何で彼女の教え方が変って思ったんだ?」
信一が平然としてさらに尋ねると,信二はいつも通りの穏やかな調子に戻りそれを説明し始めた。
「簡単に言うと,中野さんは問題の解き方をそのまま教えていたんだよ。だけど,まともな教え方をする人は,解き方の求め方を教えて分からせる。似てるように見えるかもしれないけど,その二つには雲泥の差があるんだよ」
「ふーん。何でその方がいいんだ?」
再び信一が質問すると,信二は当然のようにそれを説明した。
「そりゃあもちろん応用ができるからだよ。解き方をそのまま教えても解けなくはないけど,問題の形式が少し変わると出来なくなる。いつまでもフリースクールにいて,中野さんが優しく教えてくれるわけじゃないだろ?学校に復帰するつもりならなおのこと,学校の先生に教えてもらえてない分,しっかり理解しなくちゃいけないと思うんだよ」
彼のその言葉を聞いた信一は,納得したように頷きながら答えた。
「なるほどな。うん。アプローチはズレてたみたいだが,俺も同じようなことを思ったよ。ちなみに信二は中野 佳純がなんでそんな教え方をすると思う?」
「うーん。教え方を知らないのかもな」
信二は佳純の気持ちを推測しながらそう答えたが,信一はすぐに否定して言った。
「おそらく違うな。多分彼女を動かしているのは承認欲求ってやつだ。今のお前には分からない感情だろう」
「知ってるよ。他人に認められたいって思う感情のことだろ?」
信二は彼に張り合うように辞書に載っているような言葉の説明を信一に話した。信一はそれを肯定した後で,さらにその言葉の説明を始めた。
「あぁ。要するに,もっと自分のことを褒めて欲しい,自分がいかにすごい人間か分かって欲しい,世界に必要な存在だと認めて欲しいって感情だよ。でもロボットは違うだろ?大抵の場合,意味を持って生まれるからな。使用人だとか友達,恋人,掃除ロボットとかもある。言葉の意味は分かるが,今のお前にその感情は無いんじゃないか?」
「うん。確かに分からないな。でも彼女の教え方とは関係ないだろ?」
信一の言うことの一部には納得できたものの,佳純との関連性に理解できない信二が質問した。信一は淡々と答えた。
「それが関係あるんだ。俺には彼女がみんなにすごいと思われたいがために,より簡単な手段で勉強を教えて子供を甘やかしてるように見える。それはお前にとって正しい教育じゃないんだろうが,俺にとってもそれは子供に対する正しい愛じゃない。中野 佳純は強すぎる自分への愛を他人に認めさせるために,子供を利用してるんだよ」
「そんなことないだろ。俺は彼女がそんな人には見えなかった。子供が好きないい人に見えたぞ」
信二は佳純のことを貶すように言った信一に反対したが,信一はそれを気にするそぶりも見せず冷静に話を続けた。
「自覚はないんだろうな。だからこそ面倒なんだ。お前が彼女に教えてやるといい。良かれと思ってやってるかもしれないが,お前がやってることは子供の状況を悪化させかねないんだ,ってな。お前もさっき似たようなこと言ってただろ?愛の無い行動は,たとえ無自覚でも他人をダメにする」
「そうか。厄介なものなんだな,承認欲求ってのは。やっぱり今の俺には理解できない」
信二は半ば諦めたように,自分を無理やり納得させて答えた。しかし,信一は彼のその様子を見てさらに説明を続けた。
「かなり悪い言い方をしたかもしれないが,承認欲求というのも決して悪いものじゃないんだぞ。認められようとするからこそ,努力できる人もいる。それに,勉強でも自分で理解できていないことは人に教えられないのと同じで,自分を愛せない人間に他人を愛することはできない。強すぎる欲求は他人を脅かすが,適度なものは必要なんだ」
「その適度がどのくらいか分からないんだけど」
承認欲求が理解できない信二は,文句を言うようにそう言った。
「認めてもらいたいと言うなら,ありのままの彼女を認めてやればいいんだ。自分が大好きな彼女なら,きっとすぐに他人も愛せるだろうよ」
信一は落ち着いた様子でそう言うと,立ち上がって信二のそばに行き,彼の目を見て真剣な様子で話し始めた。
「誰にも必要とされない人間なんていないし,誰にも愛されない人間もいない。もし周りに愛してくれる人がいないなら,俺がみんな愛してやる。俺は全ての人間が,自分と他人を愛せる世の中になって欲しいと思うんだ。お前にやって欲しいのはそのための一歩なんだよ。俺にはお前が必要だ」
「分かった。やってみるよ」
信二は,信一のその言葉とその表情に呑まれるように,自然に彼の言葉を受け入れていた。
「それじゃあ,お前に新しい指令を与える」
信一はそう言ってから信二を指差し,彼にその内容を告げた。
「自分への愛しか知らない中野 佳純に,他人の愛し方を教えてやるんだ」
「イエッサー」
信二は軍人のように敬礼の真似をしながら答えて,その新たな命令を了解したのだった。
つづく