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どうやら異世界に来れたようです。

何かによって勢いよく押された扉に押し倒された俺は、痛む頭と腰を押さえながら起き上がった。

一体何があったっていうんだ?


「いったー。」

そう言って、ゆっくりと立ち上がる。

あれは何だったんだ?風みたいだったが、あんな風、家の中で普通吹かないだろ……。

あ、母さんは!?

「母さん、大丈夫!?」

リビングから吹いてきた風だ。母さんはもっと被害にあっているに違いない。

……。

返事が……ない?

全身の血の気がサーッと引いた。

色々なものが散乱しているリビングへと足を踏み入れ、母を探す。

「母さん!どこにいるんだ?!大丈夫?!」

リビングに続くダイニングとキッチンにも足を踏み入れる。けれど、母さんはどこにもいない。

もう一度リビングへ戻り、見回してみる。

ふと、足元に散らばったものの下に、見たことのない、絨毯のようなものが見えた。

足元に散らばった紙やペンを適当にどかすと、焦げ茶に金色の刺繍が施された、中世のヨーロッパを思わせる絨毯のが顔を出した。

「これ、高いやつじゃ……?なんでこんな物がうちに?」

それは、とても見事な絨毯で、素人目にもホームセンターに売っているものとは全然違うとわかった。

うちは、父が大手企業の課長であるため、そこそこのお金があるのは知っていたし、母の実家が小金持ちだというのも知っていたが、お高い絨毯を買うような人は、家族や近い親戚にもいないはずだ。貰い物なのだろうか?

いやいや、こんなこと考えてる場合じゃなかった。

本当に母さんはどこに行ったんだ?

リビングとダイニングとキッチンが繋がったこの部屋には、裏口へ出るための扉と合わせて三つしか扉はない。俺が入ってきた扉から飛ばされることは無いはず。

念のためにと残り二つの扉から外に出てみるが、母どころか、部屋の中には散らばっている紙やら何やらもない。

とりあえずまた、あの絨毯の元へと戻る。さっきの強風といい、母がいなくなることといい、一番怪しいのはこの絨毯しか思い当たらない。

……まさか!実はこの絨毯は空飛ぶ絨毯で、母は飛ばされたとか!!!

んな訳ないか。飛ばされたなら絨毯がここにあるわけないしな……。

我ながら乙女チックな発想に、独り苦笑いをする。

そのとき、足元に散らばった物の中に、一つだけ違和感のある紙があった。プリントやらFAXのコピー紙やらの白い紙の中に、明らかに色が違う紙が見えた。よく、映画で見る紙に似ていた。確か羊皮紙だったような……。

恐る恐る拾って触れてみると、独特の感触があった。年季を感じさせる、古い書物の様な、つんとする匂いがした。

そこには、所々に少しシミのある黒いインクで、文字のようなものが書いてあった。しかし、文字のようなものということがわかっただけで、なんと書いてあるかは分からなかった。見たことのない文字だった。

他に何か書いていないかと、裏返しにしてみる。

すると、今度は知っている文字で、しかも日本語で「もうひとつの世」と書いてあった。それは、筆のようなもので書かれており、にょろにょろとした、いや、達筆だったため読みづらかったが、多分そう書いてあるのだろう。

「もうひとつの世……まさか異世界か?」

てことは、母さんはもしかして異世界に行った……とか?

……仮に行けるとして、どうやって行くんだ?と考えた。しかし、それも一瞬だった、心当たりがあった。絨毯だ。

どうやればこの絨毯で行けるのかは不明だが、物は試しと、絨毯の真ん中に立ってみた。

……これからどうすればいい?

こういうのって呪文とか唱えれば良いのか?

異世界へ行けっ、とかか?それとも、アブラー カタブラー ちちんぷいぷいのぷい!とか……。虚しい。

まあいいや、

「異世界へ行けっ!」

とりあえず前者のにする。後者は恥ずかしくてとても言えなかった。可愛い女の子とかが言えばいいんだろうな……栞とか。

「栞が言ったら可愛いだろーなー。コスプレして、髪はツインテで、ステッキなんかもっ……」

パァンッッッ!

「え?」

「お兄ちゃんのバカ!この変態!オタク!厨二病!帰ってきて早々、最悪!!」

し、栞……?

「き、聞いてたのか?というか……ただいまぐらい言えって……。あ、まさか、異世界へ行けっ!も聞いてたりしたか?」

恥ずかしさで顔が火照るのがわかる。

あ、そうだ。せっかく呪文唱えたのに異世界行かないな。

「異世界?何言ってんの?ああ、今朝の。ていうか、なんで部屋こんなに散らかってんの?お母さん整理整頓には気配ってるのに……。お兄ちゃん最低。」

と、栞に立て続けで罵声を浴びせられる。栞の目が怖い……。

「えと、そのな、俺じゃないぞ?!あ、あと、母さんが……いないんだよ。」

なんとか弁解と、今の状況を伝える。

「え、お母さんがいないって、買い物じゃないの?さっき靴無かったけど。」

さっきの声よりも低いトーンで栞が言う。

やばい、機嫌を損ねすぎたかもしれない……。

けど、母さんがいなくなったのは事実だ。と、いうか、母さん靴はいてたのか?家の中で……。

まあ、異世界に行ったのなら説明つくけど。

「で、でもな、さっきまでは居たんだ。そしたら家の中で強風が吹いて、いなくなったんだよ!」

事実を簡潔に伝える。意味わかるかは分からないが……。

「あーもう、厨二病の言ってることはさっぱり。お兄ちゃんいい加減目を覚ましたら?異世界だってあるかわからな……っい?!ちょっと何これ!?」

栞が俺のことを若干心配(?)していた時だ、俺と栞の乗っかっていた絨毯から、竜巻のような風の渦がうまれ、辺りに煙のようなものが立ち込めた。

栞は、と思い、見ると……白!?

「ちょっ、見ないでよ変態!!」

妹の制服のスカートのしたが……。

と、そんなことを思っているうちに煙と風が収まってきた。そして、急に目の前が眩しくなり、思わず手をかざした。

段々と視界がはっきりとしてくると、眩しさの正体は太陽だと気がついた。横を見ると、よかった、栞もちゃんといる。

それよりも……ここは外か?

なんで家にいたのに外へ?栞も、ここどこ?、と呟いていた。

すると、背後でドスゥゥンと、何か重いものが落ちたような、鈍い音がした。

思わず二人揃って後ろを見た。

そこには、モ〇ハンなんかに出てきそうな、俺の三倍はあるイノシシのような生き物がいた。

「フウゥゥウウウゥ……。」

と、俺と栞の眼前にある巨大な鼻から鼻息が吹き付けた。ねっとりとした臭い鼻水と共に。

俺と栞はお互い顔を見合わせた。

栞は鼻水の下で青ざめた顔をしていた。多分俺も同じ顔をしていたと思う。

……。沈黙が数秒間あった。

俺は恐る恐る巨大イノシシと目を合わせる。その目を見た途端、俺の全身の神経という神経が震えた。

「し、しお、り、食われる……かも……。」

そう言い終わると同時に俺たち二人は走り出していた。そして、それを待っていたかのように巨大イノシシも俺たちを追って走り出した。

どうやら山の中らしく、ここから麓の方まで続いているこの道を下らないことには、どうしようもなさそうだ。

全力で走る。命の危険をここまで感じたことはなかった。

「「うわぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??」」

気づけば栞と二人、叫びながら走っていた。

高いところに登ったり、道を曲がればとりあえずは逃れられるのだろうが、もう足がそれをすることができない状態になっていた。止まろうにも止まれず、より速くすることも出来なかった。

ふと、後ろを見る。すると、あの巨大イノシシは、足を四本まとめてブレーキを掛けているようだ。

……お前も止まれなくなったんだな。

かわいそうに、と思いながらも、若干助かったかも?と思っていると、横を走っている栞が、

「いやぁああぁぁぁあ!!!ぶつかるぅうう!!」

と、叫び声をあげた。

ぶつかると言うので、直ぐ前に向き直ると、目の前には大きなブタの様な生き物が道をふさぐように横たわっていた。よく見ると、縄か何かで縛り付けられてるように見える。

「おにぃちゃぁああぁん!!」

栞がさっきよりも大きな声で、甲高い声をあげたときにはもう、ブタのお腹にキャッチされていた。

「……し、しおりぃ、大丈夫か?どうやら……い、異世界に来ちまったみたいだ。」

異世界って、こんなに怖い場所だったんだ……。

そう実感した俺は、ブタのお腹の肉の海の中で意識を失った……。




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