表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ悪の組織と呼ばれても。  作者: 海野 絃
時富宗元という男。
1/5

第1話

「宗元さん、起きてください」

 その声を聞いて重たい瞼を開けると、そこには一緒に横になっている美女の顔があった。

「…おはよう、千景」

 俺は彼女の声を聞くまではあえて寝たふりをして朝を過ごす。それはある種の習慣であり、俺の数少ない毎日の楽しみでもある。今日の君はどんな顔をしているのか?、そんなことを思って彼女の顔を見るわけだが、今日はいつになく上機嫌だった。

「今日は機嫌がいいな。どした?」

 俺が上体を起こすと、彼女はやけに軽々とダブルベッドから飛び降りる。そしてテレビに出る「美しすぎるーー」と呼ばれる人々が霞むような笑顔を見せた。

「ふふん、今日は何の日でしょう?」

 なるほど、全く記憶にない。誰かの誕生日か?

「12月17日…だよな?」

「うんうん、それでそれで」

 まずい…俺も知ってないといけないやつだ。

「君が楽しみにしてたゲームの発売日?」

「…違います」

 いかん、あからさまにテンションが下がっている。

「あの…宗元さん、覚えてません?」

 嘘はやめといた方がいいな。

「悪い」


 嘘は絶対にダメだ。


 正直が美徳とは思っていないが、偽るよりずっといい。尤も、俺がやらかしていることには変わりないのだろう。

 千景は俺の顔を見て…少し呆れたような溜息をついて首を横に振った。

「そ…っか。大丈夫です。朝食にしましょう」


 あぁ、またその顔をさせてしまった。


 俺はベッドを降り、千景の背中を追う。

 何の日か聞くべきか。否、ここで蒸し返すのは如何なものか。しかし本当に大丈夫というわけでもあるまい。

「そうか…」

 リビングの食卓には朝食が並んでおり、千景は席に着くと、いつもと変わらない素敵な笑顔を見せる。

「顔、洗って来てください」

「ああ」

 もし重要なことなら千景から教えてくれるだろう。それがないということは…

「千景、今日は夜遅くなりそうだが…構わんか?」

 まぁこれくらいは聞いておこう。

「え…?」

 …ん?

「えっと、夕飯は?」

「こっちで適当にする」

 リビングと洗面所はそう遠くないので、俺は少し声大きくして顔を洗った。そして、鏡で自分の大してかっこ良くもない顔を確認し、特に異常が見られなかったので、リビングに戻った。

「まぁ、カレンダーに書いた通りだな」

 俺は報告、相談、連絡を欠かしたことがない。俺のスケジュールは常に千景も把握できるようにしてある。

 …そう思うと、やはり千景が言わんとしたかったことはさほど重要じゃないのか?

「さて、いただこうか」

「…」

 俺が千景の向かいに座ると、千景は下を向いて黙っていた。

「千景?」

「…あっ、はい…いただきます」


 またその顔だ。その一瞬見せる何かを隠すような笑顔…


「なぁ千景」

「はい?」

 本当に一瞬なんだな。

「…いや…」

 …まぁいいか。

「今日も綺麗だな、と思っただけだ」

 時刻は7時2分、普段家出る時刻が7時45分か。早く食べて身支度すれば、もう1本早い電車に乗れそうだ。

 などと考えながら食パンをかじり、スープを啜って千景の方を見る。

「そ、宗元さん!…いきなり何を…!」


 ああ、平和だな。


「ふっ…顔真っ赤」

「見ないでください!」

「暖かそうで何よりじゃないか」

 この平和な空間にいると、たまに自分を忘れそうになる。俺が何のために地球にいるのかも。いっそ、忘れてしまった方が楽なのかもしれないが。


 ーーキュピロット、ペルッコの未来を…頼むーー


 …いや、忘れられるわけがない。そんなこと、絶対許されやしないのだから。

「うん、今日も頑張れそうだ」

「もう、宗元さんの馬鹿」

 それでも彼女にはこれ以上の嘘はつきたくない。重ねてきた嘘があまりにも大きすぎる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ